七十五話 葉月とアリエの遊園地デート
今日はさっきと別枠でもう一本
「ねえ、葉月くんとアリエちゃんて付き合ってるの?」
ある日、カフェダムールでふいにすももさんが俺とアリエを見て言った。
「なに言ってるのよ、葉月はとっくにあたしのものよ。今さら聞く必要なんてないじゃない」
アリエがさも当然のように言う。
「だそうだ」
俺にその意見を否定するつもりはない。
「そうじゃなくて、デートとかしてるの?」
「デート?そういや、ゴールデンウィークにみかんと一緒に映画見たり服買ったりしたよな」
「それデートじゃないわよ、あたしも葉月と一緒に出掛けたいって言ったから連れてってもらっただけよ」
「ていうかそれデートか?」
りんごが訝しげに言う。
「え?」
「だってそれ二人じゃなくて三人だし、デートというのは二人でやるものじゃないのか?」
「あ、確かに………」
「あたしは別にここで葉月の顔見ながらカフェモカ飲むのでもいいけど?」
アリエがあまり気にしない様子で言う。
「でもお付き合いしてる男女というのは普通どこかにお出かけするものとはお聞きしましたが………」
シャロンが首を傾げる。
「お前までそんなこと言うのかよ」
俺としてもあまり遠くに出かけるのは好きじゃないから店に籠る方がいいのだが。
「よし、ここは土日に二人にどこかお出かけしてもらおうか」
すももさんが絹江さんを見ながら提案する。
「ふん、そんなことのために休みを出すなんて嫌だねえ。しかも相手があのクソババアの孫って言うなら尚更だよ」
鼻を鳴らして私怨拒否する絹江さん。
「うわー、出たよお祖母ちゃんの祥子さん嫌い、そろそろ直したらぁ?」
すももさんが嫌味をっぽく返す。
「嫌だね、一生直すつもりはないよ」
「頼むよばあさん、な?」
りんごも手を合わせて絹江さんに頼み込む。
「むう………」
絹江さんは唸るも言うことを聞く気配はない。
「いいわ、そんなにあたしが気にいらないなら好きにすればいいわよ。その代わり、葉月はあたしの店で雇うから」
アリエもムキになったのか変なことを言い始めた。
「お、おい………」
そして俺の腕を引き寄せる。
「これで仕事も含めて葉月はあたしのもの」
アリエがからかうように言った。
「むー、分かった、分かったよ。葉月を貸せばいいんじゃろ?」
絹江さんがやけくそのように言った。
「ありがとう!お祖母ちゃん大好き!」
すももさんが絹江さんに抱きつく。
「たまにはいいとこするじゃん」
りんごも笑って言う。
なんでこの二人が俺達のためにお礼言ってるんだろ。
そんな二人の言葉に絹江さんの口元が緩んだ。
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結局俺はアリエとデートすることになり駅で待ち合わせをしている。まだアリエは来ていない、女子の外出というのは時間がかかるものと妹のみかんが言ってた気がするがあいつもそういうものなのだろうか。
今はただ腕時計の針が動くのを見るだけだ。カチッ、カチッ、カチッ。針は少しずつリズムを刻むが一向にアリエが現れる気配はない。
待ち合わせだの時間はあと三十分ほどか。俺、早く来すぎたな。はりきるにもほどがある、あいつが遅いんじゃない、俺が早すぎたんだ。
ん?何か、見られてるような…………。どこだ、どっから見ている!キョロキョロ、周りを見渡すが何も…………。いや、一箇所怪しいな。行ってみよう。
柱の裏に隠れてる何かを伺うとアリエが現れた。
「なにやってんだよ」
「ふん、あんたが先に来てたから時間まで待ってたのよ。断じてこの格好で出るのが恥ずかしいとかそんなんじゃないからね?!」
アリエが顔を真っ赤にして言う。いや、それ恥ずかしいて言ってるようなものだろ。
アリエの格好は確かにいつもと違った。いつもなら学生服やワンピースをまとっているが今日はそれではない。
『いい?女の子がいつもと違う格好してたらそれはおめかしってことなんだから褒めてあげるんだからね?いい?』
これは昨日みかんにアリエとデートすることを伝えたら返ってきた言葉の一つだ。
『ええ!?お兄ちゃんてアリエと付き合ってるの?!も、もしかしてお兄ちゃん金髪とか歳下の子が好みだったりするの?』
と、最初は驚かれたがその後はデートのコツを色々教えてもらったりした。
今のアリエの格好はみかんと出掛けた時に買ったロングベストに柄物のTシャツ、短パンを組み合わせたものだった。買ったはいいがやはり恥ずかしくてこの日まで着れなかったようだ。
「ちょっと、なにジロジロ見てんのよ…………」
アリエが恥ずかしそうにして言う。おっと観察に夢中で言葉を投げるのを忘れていたようだ。よし、みかんから教わった方法を実践しよう。
「ふっ、流石はみかんが選んだ服、恐ろしいほどに似合ってるぜ」
俺はかっこいいポーズを取りながら言った。
「ありが………とう。て、なんか微妙ね」
アリエは顔を赤くするが煮え切らない表情になった。
「微妙て?」
「確かにみかんが選んだ服なんだけどあたしを褒めて欲しいていうか、あたしだけを見て欲しいのよ。むしろあたしだけ見てなさいよ!」
アリエがビシッと指をつきつけて言う。
「すまん、やっぱアリエだからこそ似合ってるよ、アリエは可愛いよ」
なんとか言葉を絞り出してみる。
「と、当然でしょ!あたしなんだからどんな服でも似合ってるに決まってるじゃない!」
アリエが拳を腰に当て偉そうにする。うん、やはりアリエはこうじゃないとな。
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「うんうん、なんとか第一関門はクリアみたいだね」
アリエからさらに離れた場所、駅の入り口から隠れるようにして二人をビデオカメラに納める別の二人組がいた。
「いいのかよこんなことして」
二人組の一人、りんごがすももに言う。これはいわゆる出番亀、覗きというもので褒められた行動ではないのだろうか。
「いいじゃんいいじゃん、こういうのは観察してこそ花なんだよ」
少しも悪いと思わないすもも。
「いい趣味してるなぁ」
りんごは姉の知られざる趣味に首を傾げる。
「あ、奥に入ってくみたいだよ。れっつらごー」
すももは向こうにバレないよう小声で言う。
「あ、待てよ姉貴ー」
りんごがすももを追いかける。
「お、手繋いだ。やっぱりデートはこうでないとね」
すももが葉月とアリエを見ながら言った。
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葉月side
片手全体にアリエの体温を感じる、これが女子の態度ってやつか。ん、人間にしてはちょっと変だな。
「冷たい」
「冷たいってなによ、あんたが熱いだけじゃないの?」
「いや、冷たい、少なくともみかんより冷たい」
そう言うとギリギリの手が締められた。
「痛い痛い痛いって!お前強く握り過ぎだろ!」
「なんでまた他の女の話すんのよ!今はあたしだけを見てなさいて言ったでしょ!」
涙目で怒鳴られた。
「わりぃ、」
他の言い訳が思いつかず謝るしか出来ない。
「むー」
頬を膨らませて睨まれた。やべえ、ほんと俺かっこ悪いわ、男として情けねえ。
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二人を観察するすももが言う。
「あーりゃりゃ、他の女の子の話を持ち出すのはナンセンスだねー」
「いったい誰の話したんだあいつは………」
りんごが葉月が話題にした人間を気にする。アリエの怒鳴る声は聞こえたがここからは二人の声は聞こえづらいのだ。
「うーん………」
すももがその相手を特定しようとする。
「葉月くんの周り女の子多いからなー、誰だろー」
「とりあえずあたしと姉貴だろ、シャロンだろ、清さんもいるし、あと最近アリアさんもよく店に来るようになったか」
りんごが葉月の周りにいる女子を指を折って数えていく。
「あ、みかんちゃんじゃない?前にみんなと出掛けた時もみかんちゃんのことばっか気にしてたし」
すももが一つの答えに帰結する。
「なるほど、あいつ、葉月の中じゃ例外な感じしてたもんな。アリエがいても関係なくみかんのこと話しそうだな」
「でも妹さんも一応女の子だからねー、アリエちゃんの前でみかんちゃんの話はやめた方がいいよ」
「妹がライバルとなるとアリエもかなり大変だな」
ICカードを使い改札を通る、その間もすももはビデオカメラを顔の横から離したりしない。
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葉月side
「そういや、みかんにお前とデートするって言ったらすごいおどろかれたよ」
俺は電車の中でアリエに言った。
「なんで驚くのよー。あたしはずっと前から葉月が好きだったのにー」
むーとアリエが口を尖らせる。
「俺はつい最近だけどな」
「でも、好きなんでしょ」
ジッとこっちを見つめてくるアリエ。その綺麗な瞳にときめきそうになる。
「お、おお」
俺は恥ずかしくなり、多くを語らずアリエの手を握った。
「あったかい……」
「こっちは冷たいよ」
「冷え性じゃないけど低体温なの」
アリエが拗ねたように返した。
「じゃ、俺があっためてやるよ」
俺はアリエを身体全体で包み込むように抱き締めた。ちょっと冷えるけど梅雨時の今にはちょうどいいくらいだ。
「ちょっと君嶋葉月………」
アリエの顔が赤くなり周りを観察している。
「なんだよ………」
「あんまり見られてるからやめなさいよ」
「あ………」
アリエに言われて周りを見ると周囲の人達が奇異の目で俺達を見ている。うわ、調子乗りすぎたかこれは、恥ずかしい…………。俺は身体の温度が一気に上がる感じがした。
「んっん……」
俺は咳払いするとアリエから身体を離しそっぽを向いた。
「もう遅いわよ馬鹿」
「いっそ穴に入りてぇ」
「こういうのを恋人同士って、言うのね」
「やめろ、バカップルみたいだろ」
アリエの言葉で体温が徐々に下がって行く。
乗り換えの時まで俺達は多数の視線にさらされ恥ずかしい思いをすることになった。
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「キャー!葉月くん人前でハグとか大胆!おっとこまえー」
二人を見ていたすももが盛り上がる。
「あれが出来立てのバカップル…………」
りんごが喉を鳴らし戦慄する。
「こ、これは見逃せないだなぁー。じゅるり、っと涎が、いけないいけない」
すももがビデオカメラを構えながら涎を流す。
「今、自分でじゅるりって言ったろ。あ、あたしもじゅるりだ、なんでだよ」
すももに指摘するりんごの口にも涎が垂れる。
「ふっ、分かってるじゃない。それが、バカップルの魅力ってやつだよ」
「バカップルの魅力………」
すももは完全な出歯亀精神で言っているがりんごが徐々にカップルっていいな、と思い初めていた。
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葉月side
乗り換えを何度かして目的の遊園地に到着。
「遊園地とか家族以外の人間と初めて来たな」
「なに言ってんのよ、あたしだって初めてよ」
二人とも家族以外とは初めての遊園地かー、緊張するなー。
「よしっ!」
俺は気合いを入れる。ここは男の俺がしっかりしないと!
「なにしてんの?行くわよー!」
アリエが遠くから俺を呼んでいた。く、気合い入れて損した。
「待てよー!」
受付に行き一日乗り放題の券を買う。
「高校生一人と中学生一人」
「高校生お一人と中学生お一人ですね」
金額を告げられ俺は財布を取り出す。
「必要ないわ、あんたは下がってなさい」
アリエが俺を制し手提げポーチから財布を取り出す。その財布はまさか……………。
バリバリバリバリ!店で見たのと同じマジックテープが派手な音を立てた。そして中からは…………。
「ストップ、やめようやっぱここは俺が出そう」
俺はアリエを止めた。これ以上やれば悲劇しか生まない。
「なんでよ、必要ないって言ってるじゃない」
「どうせその後万札何枚も出す気だろ?」
俺は小声で言う。こいつは店で会計する時はほとんどこうなのだ。最初こそは驚いたがブルジョワとは他の人間とは金銭感覚が違うのかもしれない。
「なによ、駄目なの?」
予想通りそのつもりだったアリエ。
「うちの店ならともかく外で何枚も万札出すんじゃないよもう、こんなの1枚でいいんだよ1枚で!」
俺はアリエから1枚だけ一万円札を奪い受付の人に渡す。会計を済ませ、奥に入る。
入り口近くでパンフレットを取り広げる。
「で、どこから行く?」
「どこからでも、あんたの選んだ場所ならどこでもいいわよ」
というアリエの適当な返事。そういうのが一番困るんだがな、まあいいや。色々あるな、どこから行こう。
「よし、決めた。ジェットコースター行こうぜ」
「じぇ、ジェットコースター?!」
かなり驚いた顔をするアリエ。
「なんだよ、もしかして苦手だったりする?」
絶叫マシンがひどく苦手な人間というのがたまにいるがこいつもその類だろうか。
「はあ、なに言ってんの?このあたしがそんなのが恐いなんてあるわけないじゃない。ジェットコースターでしょ?行きましょう、行ってやろうじゃない!」
妙に慌ててるというかやけっぱち気味なアリエ、大丈夫か?
ジェットコースターの列に行くと十分待ちという看板があった。
「意外と混んでないな」
「え、ええ………」
アリエの声は震えている。
「お前やっぱ恐いの?」
「はあ?なに言ってるのよ!このあたしがジェットコースターとか恐くないってさっき言ったわよね!?なんでまたそんな聞くのよ!意味分かんないし、あたしがジェットコースターを恐がる矮小な女に見える!?ねえ、見えるの?!」
また早口でまくし立てるように言うアリエ。早くなのが逆に怪しいな、恐いのを誤魔化すためにやってるのか?
「わ、分かった分かった、俺が悪かったって」
とまあ、押されてるのは事実なのでこれ以上は指摘しないでおく。
「ふん、分かればいいのよ分かれば」
アリエは腕を組んでそっぽを向いた。
俺達の順番が来てジェットコースターに座っていく。その時のアリエはガチガチに緊張したような顔になっていた。やはり恐いんだな、これは面白い、面白いぞ。俺は突っ込まないぞ、言うなって言われてるからな、もう突っ込まないぞー。
「な、なによ、まだ文句あるの?」
おっと、あまりにニヤニヤしてたんで気づかれたらしい。
「別に、なんもねえよ」
ポーカーフェイスだポーカーフェイス、あんまし変な顔してると馬鹿にしてるのかって言われるからな。
ガタ、ガタガタ………、ジェットコースターの車体がゆっくりと上に行く。ガタガタ、もう一つ揺れる音がする。ジェットコースターじゃない、横にいるアリエだ。
もう言わない、ニヤニヤもしない、無表情でただアリエを観察する。彼女の目は見開き、ガタガタと歯の上と下がぶつかり身体全体もガタガタと小刻みに揺れている。
ゴウッ!ジェットコースターが勢いよく動く。
「うひゃー!」
ジェットコースターなんて家族と来た時も身長制限で来れなかったから初めての感覚だ。勢いよく景色が変わる感覚、肌に触れる風、これこれで快感だ!
「いやー!」
一方、隣から来るのは悲鳴だ。乗る前はかっこつけて否定していたが直前の反応通り泣きながら悲鳴を上げるアリエ。
「いやいやいいやいやいやいやー!」
その悲鳴は止まらない、ジェットコースターが止まらない限り彼女の悲鳴もノンストップ、叫び続ける。
「うわー!」
「きゃー!」
ん、後ろから二つ妙に聞きなれた悲鳴があるような………。
「アリエちゃんの悲鳴アリエちゃんの悲鳴アリエちゃんの悲鳴、わー、ドキドキひやっふー!」
誰だか知らないがアリエの悲鳴を聞いて興奮してるようだ。とんでもない変態だな、本当に誰だか知らないが、本当に。
「姉貴なんでそのビデオカメラまだ持ってんだよ!さっきジェットコースター乗る前は仕舞ってただろ!?」
さっきの人に姉貴とかビデオカメラてワードを出しながら話しかけるやつがいる。だから知らない、こんなやつ知らないって!
「あのまま持ってたら危ないからって没収されかねないからね。あの二人の勇姿を全て収めるまでは死ねないんだ」
「姉貴こえー、マジシャンかよ」
あの二人てどの二人だろう、すげえ嫌な予感がする。
「ああああー!」
その予感のせいか俺まで変な悲鳴を上げてしまう。
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ジェットコースターを終えたアリエが言う。
「なによ、あんたも恐かったんじゃない」
も、と彼女は口にしたな、してしまったな。
「それは自白と受け取っていいな」
俺は冷や汗を拭いながら言った。
「あ…………」
アリエは恥ずかしさで顔を真っ赤にした。
「よし、次の絶叫マシン行くか」
俺は歩を進める。
「は?どういう意味よ?」
「お前が絶叫マシンが苦手だと認めたことだし、他の絶叫マシンも行こっかなて」
「意味分かんないわよ!普通そこは気を使って違うのにしなさいよ!」
怒られてしまった。
「てへっ」
俺は舌を出して誤魔化した。
「てへっじゃないわよ、サディストなの?あんた可愛い顔して彼女をいじめるのが好きなの?!」
アリエの顔が恐怖に歪む。
「恐いのは嫌か?」
「あんたはどうなのよ?」
俺の質問には答えず逆に聞いてきた。
「せっかくお前と来てるんだから色々回りたいな、なんて…………正直俺も恐いけどな」
俺は頬をかきながら言った。ちょっと恥ずかしいなこの台詞言うの。
「あ、そう」
アリエは少し顔を赤くして少し考えるような表情をした。
「あんたがそう言うなら………付き合ってあげるわよ」
そしてもごもごと声をくぐもらせながら言ってきた。
「ありがとう、大好き!」
俺は勢いよく思ったことを吐き出した。
「な、なに爽やかに恥ずかしいこと言ってんのよ!ほら、行くわよ。絶叫マシン乗るんでしょ!」
アリエは顔を赤くして俺を引っ張っていく。可愛いやつめ。
続くよこの話