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僕とカフェダムールの喫茶店生活  作者: 兵郎
九章 坂原北高校文化祭
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六十九話 祖母からの贈り物

父方でも母方でもおばあちゃんて定期的にダンボールで何か送ってくるよねて話



四月下旬、俺は憂鬱な気分になっていた。それは東北の祖母から送られたものが原因だ。その送られたものとは、ズバリ、さくらんぼ!実家にいる時からよく送られてくるのだが一人暮らしを始めた今年も送られてきたのだ。


このさくらんぼ、三人暮らしなら辛うじて食べ尽くせるが俺一人は流石に無理だ。朝昼晩食事の後にさくらんぼを食べ、食べ食べ食べ、もう食べたくない。さくらんぼとかもう嫌だ。


「葉月くん今日元気ないね、なにかあった?」


無意識に顔に出ていたのか、すももさんに心配されてしまった。


俺はさくらんぼの話をした。


「ええっ、あれまだ残ってたの?!」


「どんだけあんだよさくらんぼ」


すももさんとりんごが驚いた。


「わたし達で、なんとか出来ないでしょうか……」


シャロンが言う。


「葉月、残りのさくらんぼ箱ごと持ってきな」


絹江さんが言う。


「あ、はい!」


俺は一旦家に戻り、ダンボールを持ってくる。


「うわぁ、たくさんあるよー」


「すげえな」


「食べても食べてもなくならそうですー」


すももさん達が実物を見てさらに驚く。


「こんだけあればいいチェリーパイが作れそうじゃの」


絹江さんが言う。


「え、アップルパイ?」


「あたしじゃねえよ、チェリーだよ、さくらんぼ!」


すももさんが素っ頓狂なことを言ってりんごに突っ込まれていた。


「色もまだまだ行けそうじゃの」


「冷蔵庫に入れてましたから」


「偉いぞ葉月、貰った野菜やフルーツもちゃんと冷蔵庫に入れて保存せんと腐ってしまうからの。特に油断して外に出しっぱなしにしてると………」


絹江さんが徐々に不安そうな顔になる。


「あ、もしかして経験あるとか?」


「言うでない!おすそ分けを近所の色んな人から貰って冷蔵庫という便利なものがあるにも関わらず廊下に放置したまま腐らせたなんて、死んでも言えんわい!」


絹江さんが必死に言う。


「絹江さん、思いっ切り言ってます」


「はっ、今のは忘れろ、忘れるんじゃぞ!いいな!」


『はい』


恐ろしくて従うしかなかった。


「ふむ、これくらいあればチェリーパイには足りるじゃろ」


絹江さんがザルボールにさくらんぼを入れていく。水を入れてザッザッと洗う。


「お前達、ちょっとこの子達のヘタと皮取ってくれんかの」


「了解です!」


絹江さんに言われ俺達は作業を手伝う。


冷蔵庫からパイ生地を取り出してそこにさくらんぼを乗せていく。オーブンに入れて焼く。


タイマーが鳴りオーブンを開けると中からこんがり焼きあがったチェリーパイが出てくる。


『おおー!』


その焼き加減に俺達は歓声を上げる。


「来たわよ愚民共、ってなに焼いてるのよ」


アリエが現れた。


「いらっしゃい。チェリーパイ焼いたんだけどお前も食うか?」


「チェリーパイ?別にいいけど……」


そっけないアリエの返事だが若干表情が緩んでるような気がした。


「パイはあたしが切るからあんた達はコーヒーでも入れな」


絹江さんが言う。


『はーい』


「でも、今日はなんだか紅茶の気分かな」


すももさんが言う。


「あたしも紅茶にしようかな」


「わたしも紅茶でお願いします」


「じゃあ、俺も紅茶で。お前はどうする?」


俺はアリエに聞いた。


「別にそれでいいけど、ちゃんと牛乳入れなさいよね」


「はいはい」


アリエは紅茶の苦味でも駄目みたいだ。


紅茶を淹れてみんなでチェリーパイを食べる。


「む………」


美味い、流石は祖母ちゃん家から来たさくらんぼだ。さくらんぼ独特の甘みがパイ生地と一緒に焼かれることで増幅されている。アップルパイとの違ってさくらんぼは一個一個が小さいからつぶつぶの食感もたまらない。


紅茶を口に入れるとコーヒーとはまた違った苦味が流れた。やはりアップルパイと言えば紅茶と相場が決まっている、今食べてるのチェリーパイだけど。


「あ、美味しい!これ美味しいよ!」


すももさんがチェリーパイを食べてはしゃぐ。


「言わなくても分かるし」


すももさんに絡まれてりんごがうざったそうにする。


「Oh C'est tres bon!」


「え、なんだっけそれ」


声を上げるシャロンの言葉が分からず聞き直してしまう。


「セ、トレ、ボンと言ったんです」


「ボン?」


すももさんが手を握ったり開いたりする。


「爆発、という意味ではありません。フランス語で美味しいという意味です。トレはとてもという意味ですがセはあまり特別な意味はありません、ないと文としては不自然ですが」


「なんかトレビアンと似てるな」


「まあ、親戚みたいなものですね」


勉強になるな、学校だと英語くらいしか外国語とか習わないけどたまには他の国の言葉を習うのもいいかもな。


「チェリーパイ、美味いか?」


俺はさっきから無言でいるアリエに聞く。


「悪くはないわね、あんたが作ったの?」


「俺は材料持ってきて皮とヘタ取って乗っけただけだよ、焼いたのは絹江さん」


「ふーん」



「すっももちゃーん、こーんにちはー」


清さんが声を上げて現れた。


「いらっしゃい清ちゃん」


すももさんがチェリーパイを口に入れながら振り向く。


「こらこら、客相手に失礼だよ。接客するならチェリーパイ置きな」


「はーい」


絹江さんに注意されチェリーパイが皿に戻される。


「みんなわたしのチェリーパイ食べないでよね」


「いや、食べねえし」


「誰が姉貴の食いかけとか食べるんだよ」


「あら?みんなでおいしそうに何食べてるのかしら」


清さんがチェリーパイに目を向ける。


「チェリーパイだよ、葉月くんのお祖母ちゃんがさくらんぼいっぱい送ってきたからそれをパイ生地に乗っけて焼いたんだ」


「あらそう、わたしも貰っていい?」


「いいよいいよ、いっぱいあるから食べてよ」


すももさんが清さんをカウンター席に案内し新しいお皿を取りに行く。


「どうした?」


アリエが清さんに奇妙な目を向けたので声をかけてみた。


「別に。ただあの女なんか苦手ってていうか………」


「はは、分かるぜその気持ち」


アリエの言葉に思わず苦笑いしてしまう。


清さんの前にチェリーパイと紅茶が運ばれ清さんがチェリーパイを口に入れる。


「あら美味しいじゃない!思わずほっぺたが落ちちゃいそう」


清さんが頬に手を当てて感動する。


「いやー、それほどでもー」


すももさんが照れたように言う。すももさんもさくらんぼの皮とヘタを取ったりパイ生地に乗せたりしたから作業自体には参加している。


「葉月くんのお祖母ちゃんにお礼しないと」


「え、そっちぃ!?」


清さんの言葉にすももさんが驚く。


「だって、葉月くんのお祖母ちゃんがさくらんぼ送ってくれなきゃチェリーパイ食べれなかったもの。ちゃんと送ってくれた人に感謝しなきゃ駄目よー」


「そ、そうだね………」


すももさんは褒められたのが自分じゃないと分かってがっかりだ。


「じゃあ今度お礼言っときますよ、友達も美味しいって言ってたって」


「偉いわー葉月くん、ちゃんとみんなの分もお礼言ってくれるなんて。なんていい子なのかしら」


清さんが俺に抱きついて頭を撫でてきた。


「べ、別に大したことないですよ………」


頭を撫でられるというだけでなく着物の中に隠れた彼女の豊満な胸が当たる感覚に俺の身体が熱くなるのを感じた。見た目そんな大きな胸に見えないのに、着物を着ると着痩せするという噂は本当だったのか。しかも意外とこの人背デカい。


「ちょっとー!葉月くんはわたしの葉月くんなんだから清ちゃんは離れてよー!」


すももさんが俺を清さんから引き剥がした。


「あら、ごめんなさい」


と思ったら今度はすももさんに抱きとめられた。あれ、また俺の顔が下にある。すももさんも意外と………いや、もしかして俺の身長が小さいだけか?すももさんの胸が当たってるのに身体が熱くならない、なんでだろう。


「あれ、葉月くん元気ない?」


「いえ、なんでもありません」


なんだろうこの消失感、コンプレックスにも似てる感じを覚えた。


「なんか気分悪い、あたし帰る」


アリエが言う。


「もう帰るのかよ」


呼び止めると悲しいような怒ったような複雑な表情をしていた。


「やっぱもう少しいる」


「お、おう」


アリエは紅茶を飲み干すと俺にカップを突き出した。


「おかわり」


「わ、わかった」


アリエに追加のミルクティーを出す。


「ミルクティーのおかわりお待ちど」


「ありがと」


アリエがミルクティーを口に入れる。


「あんたでもそういう顔すんのね」


「どんな顔だよ」


「別に、分かんないならいいわよ」



あ、残ったチェリーパイは俺達だけじゃ食べきれないから他の客にもサービスとして分けた。

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