六十二話
「終わったぞ」
俺は更衣室から出てアリエ達を睨みつけた。
「きゃー!可愛いー君嶋くーん!女の子みたーい!」
山崎が歓喜の声を上げる。
「なんでそうなるんだよ、男物の着物だろ?」
「でも女の子のエプロン付けてるし」
「ギャハハハハ!女の子みたいだってさ」
すると田中が派手に笑い出した。こいつ、人事だからって笑いやがって。
俺は田中の頭をガシッと掴んだ。
「ちょ、君嶋くーん?」
あっけに取られる田中を俺は更衣室の中にぶち込む。
「ほら脱げ、着付け手伝ってやるから」
俺は田中を床に倒すと言った。
「いやーん、やめて君嶋くんエッチー」
妙に高い声で田中が言う。
「やめろ気持ち悪い、てめえも接客やるんだろ」
「そうでした、てへっ」
舌を出す田中、ほんと気持ちわりぃ。
田中が制服を脱いでパンツ一丁になる。現れたのは胸のデカい下着姿の西洋人が描かれた柄もののトランクス。
「お前、どんだけ女好きなんだよ」
「いやーん、エッチー」
田中が両手でパンツを隠す。こんな時でも軽口を欠かさないとか生粋の変態だな。いや、男同士とはいえパンツを凝視するのはよくないな。
「葉月くん」
「すいません清さん、今着せます」
清さんに促され着物を取り出す。俺の青と違って緑系の色だった。清さんに手伝ってもらいながら田中に着物を着せ、帯をつけていく。
「おー、これが………」
着付けが終わり田中が自分の格好を見下ろす。
「まだ終わってねえし」
俺はメイドエプロンを取り出し、田中がそれを装着する。
「どうよ?似合ってる?」
田中の言葉に俺と清さんはそっぽを向いた。これはまあ、なんとも言えんな。
「おい?」
怪訝になる田中に清さんが折り畳み式鏡を見せる。
「ギャハハハハ!なんだよこれ、ダッセぇ!着物は男物なのにエプロンがフリフリとか似合わねえ!」
自分の姿を見て笑う田中、大分ポジティブなこいつ。
「よし、外のやつらに見せに行くか!」
気合いを入れて出口に向かう田中。なに、その格好を他のやつらに見せるだと?どこまでポジティブなんだ。
「あはははは!なによそれー、ちょー、似合わないんだけど、どうなってんのよー」
今度は山崎が田中を見て笑った。
「流石にあれはないわ…………」
飯山も引いた顔で田中を見る。
「ふっ、俺もあまりの似合わなさに酔っちまうぜ」
田中がかっこつけたポーズをとる。台詞も相まってクサいな。
アリエがチラチラと俺や清さんをチラチラ見てるのに気づいた。俺達、っていうか俺達の格好か?
「もしかして、アリエちゃんも着たいの?」
清さんが言う。
「あ、いや、あたしは…………」
顔を赤くするアリエ。
「そんな恥ずかしがらなくてもいいから。ささっ、一緒にお着替え行きましょ。メイドさんもご一緒にどうぞ」
清さんがアリエを連れていく。
「はい、きっと似合うと思いますよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
清さんの笑顔に彩原さんも顔を赤くして更衣室に入る。清さんの前では堅物なメイドさんもメロメロだな。
しばらくしてアリエと彩原さんが着物になって更衣室から出てくる。
「どう、かしら………?」
もじもじしながらアリエが言う。俺はその様に見とれた。髪の色と同じ黄色の着物に白いエプロンを重ねた彼女は西洋から来た妖精が大和撫子の鎧を纏ったように見え、とても美しく見えた。
「あ、うん。綺麗だと思うぞ?」
けど俺の口から出たのは短い言葉だけだった。
「きゃー!お人形さんみたーい!可愛いーじゃなーい!」
「うひょー、やっぱ金髪美少女は一味違うぜ!」
興奮する山崎と田中。金髪美少女なら染めてる方だが横にもう一人いるんだがな。
「なにあれ、超羨ましいんだけど」
飯山は悔しがっていた。
「なによ、褒めならもっとちゃんと褒めなさいよ」
不機嫌そうに俺に言うアリエ。
「いいじゃん他のやつが褒めてんだし」
「そういう問題じゃないの、今日会ったばかりのやつに褒められても嬉しくないわよ」
「なんてこと言うんだお前」
「いいからもっとちゃんと褒めなさいよ」
改めて褒めろと言われると困ってしまうな。
「あ、いや、似合ってると思うよ、綺麗だよ」
自分でも体温が上がるのを感じながら言った。
「分かればいいのよ分かれば」
腰に手を当てふんぞり返るアリエはちょっと嬉しそうだ。
「わたくしも、似合うでしょうか?」
彩原さんが言う。彩原さんは完全なメイド服を脱ぎ去り、和装の上にエプロンを付けることでまた違った魅力を引き出していた。
「似合ってると思いますよ」
「大人の人って感じー」
「いいじゃないの?」
山崎と飯山が言う。
「ちょっとババアぽいが悪くない」
変なポーズを取りながら言った田中の言葉で彩原さんの笑顔が凍りついた。
「どうせわたくしはあなた方に比べれば所詮ババアと言われる部類ですから………」
そして憂鬱そうに言った。
「ちょっと田中ー!なんてこと言ってんのよ!」
「デリカシー無さすぎ」
山崎と飯山が田中を責め立てる。
「いや、俺はほんとのことを言っただけで、それにババアにはババアの魅力が、あー!」
言い訳する田中だがもう遅い、ドガバキという音共に二人に殴られていく。いい所入ったなこれー。
「えっと、薫には薫の魅力があるからそんな気にしなくていいから、ね?」
「はい………」
アリエが彩原さんをフォローするが彩原さんは落ち込んだままだ。
「若いっていいわねー」
若者の元気ある様を見るような口調で言う清さん。清さんはまだ大学生のはずなんだけど。
「今戻ったー」
「お待たせー」
急いで教室に戻ると大分時間が経ったせいか店を開ける準備がほとんど出来ていた。
「遅いぞお前ら!もう模擬店オープン出来るんだぞ!」
りんごが苛立ったように言った。
「悪かったわね、遅くて」
アリエが嫌味っぽく言う。
「なんでお前まで着替えてんだよ、暇か」
それを見てりんごが呆れたような声を出した。
「つーわけでもうちょい時間借りるぞ」
俺がそう言うと共に田中が新井の肩を掴み山崎がシャロンを、飯山がりんごを確保する。
「へ?」
「なんのつもりだよ」
「ほよ?」
そしてそのまま外に連れ出した。
「ちょっと、あたし達これから料理やんなきゃって、おーい!」
「あの、わたし困ります………」
「どこ触ってんだ田中ー!ぶっ飛ばすぞー!」
翻弄されるままに三人は更衣室に運ばれていく。念のため清さんも同行だ。
「なあ、今すげえ美人いなかったか?」
「もしかしてあの人が和服持ってきてくれたのかな?」
「ていうか金髪の子と一緒にいる女の人は誰だよ」
清さんやアリエ、彩原さんを巡って教室内がざわつく。
「この子は星宝アリエ、家がメイド喫茶やっててメイド服のエプロンを持ってきてくれたんです。で、こっちがアリエの専属メイドの彩原薫さん」
俺は二人を仁藤先生に紹介する。
「星宝アリエです。よ、よろしくお願いします」
アリエは知らない先生相手に緊張しながら挨拶する。
「ご丁寧にどうもー、中学生?」
仁藤先生がアリエの顔を覗き込む。
「はい」
「そっか、今日はみんなのためにありがとう。おかげで文化祭が無事に開けたわ」
「いえ、あたしは葉月に頼まれただけですから」
恥ずかしそうにはにかみながらアリエが言う。
「ご紹介に預かりました、彩原薫と申します。この度はお嬢様の縁によりこのクラスを手伝わせていただきます」
「そんな悪いですよ、衣装まで貸してもらったのにそこまでして貰うなんて」
彩原さんに仁藤先生が返す。
「いえ、日頃お嬢様のお世話になっている君嶋様のためです。クラス共々恩返しさせていただきます」
義理堅く答える彩原さん。
「そこまで言うなら、お願いしようかしら」
「あたしも手伝います!接客は家の手伝いで慣れてるので」
アリエが拳を握りしめて言う。
「ありがとーアリエちゃん、優しいのねー」
仁藤先生は感激のあまりアリエを抱きしめて撫で始めた。
「あ、う………」
急に抱きしめられ戸惑うアリエ。
「あの、お嬢様はあまりそういうのは好まないので………」
「あ、ごめんなさい。つい興奮しちゃって」
彩原さんに言われ仁藤先生がアリエを放す。
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