六十話
「あー、ちょっといいか?」
学校の帰り、りんご達と家近くの最寄り駅を出た俺はアリエに電話した。用件は当然メイドエプロンの件だ。
『なに、頼みごと?一昨日みかんのパーティで頼みごとしたばっかじゃない』
「そういえばそうだったな」
うわ、頼みづれえ。今日はゴールデンウィーク明けだったの忘れてた。
『でもま、あんたの頼みなら喜んで受けるけど』
「マジかよ………」
俺は胸が高鳴り思わず唸った。
『で、なにして欲しいの?』
「あ、うん」
俺は事情を説明した。
『そういうことなら喜んで貸してあげる、慈悲深いあたしに感謝しなさい』
アリエがいたずらっ子のようにニヤニヤしてる様が浮かんだ。
「ああ、ほんと助かる」
そう言う俺の顔も大分ニヤけてたかもしれない。
「で、あいつはなんて?」
りんごが聞いてくる。
「喜んで貸すから感謝しろってさ」
「マジか、案外あっさり決まるんだな」
りんごが驚いた顔をする。
「でも、これでエプロンの方はゲットですね!」
シャロンが小さくガッツポーズをする。
「あとは和服かー、てか和服じゃなくてもよくね?明治維新つったら文明開化の時代でもあるし洋服でもよくね?」
新井が眉を潜める。
「文明開化の洋服てどうせ貴族のあの派手な動きづらそうなあれだろ?それこそレンタルだの自作だので面倒なんだからツテあるならそっちから借りた方が早いだろ」
俺は低い声で軽蔑するように言った。
「でも、和服て着付けが大変て聞いたような…………」
食い下がる新井。こいつ、そんなにあの人の力借りるのが嫌か。
「でも、キヨはよく着物でお店に来てます。毎日大変じゃないんでしょうか」
シャロンが言う。
「そういえば。あんなもんよく毎回着て来れるよな、召使いでもいるのか?」
りんごが言う。
「あのさ、水戸黄門て昔あったじゃん」
「この紋所が、目に入らぬか~」
シャロンが見えない紋所を持って格さんばりの声を出す、紋所出す方て格さんだっけ。
「お前も見てたのかよ」
フランス人のシャロンが水戸黄門を見てるとは驚いた。
「はい、衛星放送ですが」
衛星放送て大分便利そうだな、俺見たことないけど。
「その水戸黄門がどうしたんだよ」
りんごが言う。
「あの人達さ、宿に泊まった時仲間に着替えさせて貰ってんの?いくらちりめん問屋の隠居とはいえそれはねえよ」
「どういうことだよ」
まだ分からない顔をする新井。
「だから、和服にも他人の手借りないと着れない派手なやつと一人で出来るやつがあんの!」
俺は苛立ちながら言った。
「マジかよ………」
低い驚く新井。いや、それは驚き過ぎだろ。
「じゃあ清さんの和服も………」
「そういう、こと」
俺はりんごに言葉を重ねる。
俺は清さんに電話をかける。
『あら葉月くん、どうしたの急に』
「あ、清さん。あのですね………」
俺は事情を説明する。
『いいわ、貸してあげる。その代わり、みんなで着た写真を後でちょうだいね』
「分かりました、恩に切ります」
俺は電話を切る。
「なんて?」
りんごが言う。
「和服着た写真あげれば貸してくれるってさ」
「いいのかそんなんで、絶対後々何かして欲しいとか言うんじゃね?」
新井が警戒心マックスで言う。
「ねえだろ、あの人にとっては貸した衣装着た可愛い女の子達見れればそれがご褒美だろ」
「そういうもんか?」
「可愛いは正義ですから大丈夫ですよ!」
「お、おう………」
シャロンの勢いにたじろぐ新井。
カフェダムールに到着。
「お前はどうする?ってここまで来たんだから聞くまでもないか」
俺は新井に聞いた。
「ああ、もちろんだぜ!」
中に入る俺達。
「あ…………」
中にはさっき電話した清さんがいた。
「あらみんな、こんにちは」
清さんが俺達に挨拶する。
「ど、どうも」
「ウス」
りんごは軽く挨拶。
「こんにちはー」
シャロンは元気よく挨拶する。
新井は苦手意識が強くそっぽを向いた。
「みんなおかえり」
先に帰ってたすももさんが挨拶する。
「ただいまです、すももさん」
俺達はすももさんに挨拶する。
新井がコーヒーを頼み俺達は制服を着に行く。と言っても俺は制服の上着からベストに着替えるだけだが。
「聞いたわよ、清ちゃんから着物借りるんだってー?」
すももさんが言う。
「まあ、文化祭で色々。あ、俺達店の方文化祭の準備で遅くなりますけど大丈夫ですか?」
俺はすももさんに言った後、絹江さんに聞いた。
「構わんよ、頑張りな」
快く承諾してくれたようだ。
「ありがとうございます」
「あー、俺も店長にバイトの時間遅くしてもらわないとなー」
新井が言う。
文化祭当日、早朝の学校。え、飛ばし過ぎだって?準備とか看板だの飾りつけ淡々と作るくらいだから書くことなんてないだろ。
教室にいると清さんから学校に着いたとの連絡を受けた。
「着物の人が来たみたいだから最初の接客班来てくれ」
俺は教室のクラスメイトに言う。
「え、もう来たの?!」
「ああ、来客用の駐車場にいるらしい」
「なんで?今日学校開放してんだからここまで来てもらえばいいじゃん」
ギャルっぽい女子、飯山が言った。確かこいつは準備の時も途中からやる気なさそうにしてたな。クラス全員参加とは思ってたらしいがご愁傷様だ、諦めろ。
「流石に女の人にあの量の着物を持たして学校の長い階段を歩かせるわけにはいかないだろ」
「お、おう…………」
「君嶋くんて優しいのね!」
ミーハー女子の山崎が言う。
「別に常識だろ」
そんな驚くことじゃないと思うが。
「またまたー、照れちゃってー。準備の時だってあたし達のことも手伝ってくれたじゃーん」
そう言って肩を揺らしてくる。こいつがスキンシップしてくると何故かりんごとシャロン、あと新井が不機嫌になるからやめて欲しい。今はあいつら家庭室からケーキ持ってきてるが教室についたら絶対殴られるんじゃないかて恐怖まである。
「葉月ちょっと邪魔」
「わたし達そこ通るのでどいてくれます?」
「いいよなぁ、お前は女子にモテモテで」
遅かったかぁ。三人が戻って来て教室の入り口にいた俺に睨みを効かせていた。他のクラスメイトと一緒に小型の冷蔵庫と別途にホールケーキを持っている。
飲食系の模擬店をやる場合、他の店なら保冷バッグに入れたペットボトルで済むがケーキは横幅があるので小型の冷蔵庫を使うことにしたのだ。
「なに、嫉妬ぉ?」
山崎が言う。
「お前は黙れ、いいから早く行くぞ。わりぃ、今どく」
俺は殴られない内にクラスメイトをつれ教室を出た。
「で、その清さんてどんな人なんだよ?」
エロ本だけでなくリアルな女も好きな田中が顔を限界までニヤつけながら言った。
周囲のクラスメイトはうわっ、キモッ!とすら言わない。いや、あまりの気持ち悪さに言葉も出ないんだ。男ですらやばいと思うくらいだ。気持ち悪い顔でこいつの右に出るものはいないだろうというぐらいキモい。
「黒髪の美人だな、大和撫子の」
「黒髪美女キター!」
田中が奇声を上げると俺達は距離を置いた。こんなのと知り合いと思われたら恥ずかしいったりゃありゃしない。
「でも気をつけた方がいい、油断するとあの人に食われるぞ」
「美女に食われるなら本望だよ」
爽やかな顔で言い切る田中、バカはほっとこう。
「食われるってなんだよ。蛇じゃないんだからそんなことするわけねえし」
飯山が言う。
「それだ」
俺は飯山を指さす。
「は?」
「清さんは蛇なんだよ」
「意味分かんないんだけど」
「あの人の性格は蛇みたいだと言ったんだよ」
「じゃああたし達その清さんて人に食べられちゃうの?」
山崎がゾッとしたような顔をした。
「性格つってんだろ」
「カエルみたいにバクっと食べられるってこと?」
飯山が言う。
「だから性格つってんだろ!」
なぜ飯山までボケるんだ、ボケは一人で十分だろ。
「じゃあとぐろ巻かれてギリギリ鳴らされんじゃね?」
「それは合ってる」
俺はキメ顔で言った田中に言った。
「合ってんのかよ」
言った自分が驚く田中。
「あの人は自分の魅力をぶん回して相手を虜にすることで捕食するて、感じなんだ」
「それ蜘蛛じゃない?糸で相手を捕まえて待ち伏せ的な」
山崎が言う。
「そうとも言うな」
駐車場に到着。
「おい、あれじゃない?」
飯山が清さんを見つける。
清さんがこちらに気づいて頭を下げる。俺も同様に返した。
「うひょー、やっぱ美人だぜー!」
本物を見て興奮する田中。
「きれーい」
山崎も清さんの魅力にメロメロだ。
飯山が顔を赤くし俯く。おい、早速食われてんじゃねえ、まだ遠距離だぞ。
「葉月くーん、迎えに来てくれたのねー」
清さんが言う。
「ええ、まあ。清さん一人じゃたくさんの着物持っていくの大変そうですから」
「ありがとう葉月くん、優しいのね」
清さんに手を握られ、俺は頬が赤くなるのを感じた。
「あら、あなたが葉月のクラスの子?可愛いわね」
清さんが飯山に言う。
「い、いや、あたしは別に…………」
さっきも赤かったがさらに赤い顔になる飯山。一気に喉元まで行かれたか。
「いいのよ、髪が黒じゃなくても着物は似合うわ。ささっ、教室に行きましょっ」
清さんが飯山を連れて行く。おかしいな、俺達が清さんを案内するつもりが清さんが飯山をリードしてるぞ。むしろ…………
「お持ち帰り?!あれお持ち帰りじゃね?!」
田中が興奮したように言う。そう、今の清さんはいわばお持ち帰りという状態に等しい。合コンで意気投合した男女が片方の家に連れていくというようなものである。
「あの人て女の子が好きなの?」
山崎が言う。
「多分どっちも行けるクチだと思う」
「てことは俺も…………」
気持ち悪い顔に変貌する田中。むしろ自分が清さんのいいように扱われそうなのによくもまあそんな顔をするな。
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