五十九話
今回から文化祭の話です
「それでは、このクラスでやる文化祭の出し物を決めたいと思います」
眼鏡をかけたロングヘアの少女が言う。俺のクラスの学級委員長だ、眼鏡に合わせて真面目そうな瞳が委員長らしさを見せていた。
今は五月、ゴールデンウィーク明けの学校だ。秋に文化祭をやる学校もあるが俺達のいる坂原北高校は春に文化祭をやる。あ、今久しぶりに高校の名前言ったな。学校の場面自体あまりないせいか。
「はいはーい、俺メイド喫茶がいいと思いまーす。やっぱ文化祭と言えばメイド喫茶だろ、可愛いメイド目当てに客がわんさか来るし俺達も可愛いメイド見れて一石二鳥だぜ」
新井が手を上げて言った後、両手の指をワキワキ動かす。その動作に俺は思わず顔を背けてしまった。
その様を見て
「うわ、キモッ」
「これだから男は………」
という女子の声が聞こえた。
しかし男側からは
「いいねメイド喫茶ー!やろうぜー」
という声が出た。女の子好きを飛ばしてエロ本を学校に持ってくる変態、田中だ。
「だろ!いいだろメイド喫茶」
新井が人差し指を向けてかっこをつける。そしてイエーイ!と二人で両手を合わせる。
「メイド喫茶、と」
クラスの反応など気にせず委員長がチョークで黒板にメイド喫茶と書く。委員長というのは呼びづらいな。男共はその風貌と性格から委員長や学級委員と揶揄して呼んでるがやはり人はちゃんと名前で呼んでやらないと。
彼女の名は田村梨紗、彼女の女友達は梨紗、りさちー、梨紗ちゃんと呼んでいる。ゆかりじゃない、梨紗だ。俺は彼女の友達ではないので下の名前では呼びづらい、というわけで俺は田村と苗字で呼んでいる。
「はい、間宮さん」
スッと手を上げたりんごを田村が使命する。
「えっと………コスプレ喫茶とかいいんじゃないか?」
立ち上がり恥ずかしそうにりんごが言う。しかもなんで疑問系なんだ。
「え、間宮さんてコスプレとか好きだっけ」
「そんな話聞いたことないけど……… 」
「ていうかあの子、普段からあんま手上げないと思うんだけど」
周囲からはこんな声が上がっている。
「コスプレ喫茶、と」
黒板に書かれるコスプレ喫茶の文字。
「や、やっぱりいい!あたしってこういうの合わないしなんか恥ずかしいし」
りんごが顔を赤くして手を前に出す。
「ご心配なく、これはあくまで候補なのでコスプレ喫茶にならないという可能性もあります」
田村がクラスメイトにも関わらず敬語で言う。
「ならいいや」
安心して席に座るりんご。
「まあ、多数決で決まったら実際にみなさんにはコスプレで給仕していただきますが」
という冗談めいた言葉に
「やっぱその字消してぇ!」
と顔を真っ赤にして立ち上がっていた。その様子に教室中がハハハハハハ!という笑い声に包まれた。
その後も射的や輪投げ、手品など縁日やイベントでやりそうな候補が上がっていく。
「他に候補ありますか」
田村が教室を見回すが手を上げる者はいない。
「では多数決を始めます」
結果、メイド喫茶とコスプレ喫茶、明治維新喫茶が同点で残った。全部喫茶店てお前ら喫茶店好き過ぎだろ!
「ではこの三つの中からさらに多数決を取ります」
結果、決選投票でも三つとも同点になった。
「どういうことですかこれはぁっ!」
田村が投票の結果に発狂する。真面目な彼女にとって多数決がすぐに決まらないのは怒り心頭な出来事なのだろう。
「もう一度!多数決を取ります!」
田村はこう言ったが結果はまたしても三つとも同点だった。
「あああああー!」
発狂する田村、三度多数決が決まらないとなると俺達も疲れてくる。
「も、もう一度多数決を………」
田村は言うが
「めんどくせぇ」
「えー、まだやるのー」
という声が上がり始めた。
「あ、あのさ、いっそのこと一個にまとめちまったらどうかな」
俺は恐る恐る手を上げてみる。するとクラスの注目を集めてしまい、緊張を覚えた。
「君嶋?」
「あいつって、目立ちたがりだったか?」
とりんごみたいなことを言われる始末だ、悪かったな俺も内気で。
「まとめる、とは?」
田村が言う。
「明治維新喫茶は明治維新の時に流行った服装で接客するんだからその時点でコスプレだしそこにメイド服のエプロンでもつけれはいいかなって……………どうかな?」
それを聞いた田村のが見開いた。
「その手がありましたかー」
そしてゆっくりと噛み締めるように言った。
「すげーな君嶋」
「あったまいいじゃーん」
「ちょっと見直したかも」
という声が湧いてちょっと恥ずかしくなった。
「んっん、では文化祭の出し物は明治維新メイドコスプレ喫茶に決定しました。決定、しましたぁっ!」
最後の部分を拳を握り力強く言う田村。そんなに出し物が決まったのか嬉しいのか、まあ俺も嬉しいけど。ていうか名前まで候補全部合わせなくてもよくないか?
田村の言葉にパチパチパチと拍手が湧く。
「うっうっ、こんなにも早く文化祭の出し物が決まるなんて、先生感動しました」
今までのやり取りを見守っていたクラス担任に仁藤先生がティッシュで涙を拭いている。セミロングの優しそうな瞳の女教師だ、今回のようにクラスで何かを決める時は自分ではクラスを引っ張らず生徒の自主性に任せるという手法を取っている。
「あの、先生?」
田村が仁藤先生に戸惑う。いや、さっき大声でガッツポーズ取ってたお前がする態度かよ。
「昔はあれはやだ、これがいいってよく揉めたのよ。それに比べたらみんなお行儀よく多数決の結果に従ってくれてほんっと、いい子達よ。今日はもう終わりにしましょう」
あはは、そういうこと。昔は色々大変だったのか。
「そ、そうですか。では今日はお開きに、って駄目ですよ!まだ授業時間あるんですから」
田村が乗り突っ込みをかました。真面目なだけかと思いきや乗り突っ込みまでこなすとは。この学級委員、出来る…………!
「えー、では衣装について考えたいと思います。誰か案がある人いますでしょうか」
シーン、誰も手を上げない。女子ならこういうのは得意そうだが流石に明治維新時代のメイドとなると混ざってるせいで考えるのが面倒なのだろう。
明治維新と言えば和服、メイドと言えばあのフリフリのエプロン、である。和服ならレンタルだがレンタルでも和服はそれなりの値段がつきそうな上のメイド服のエプロンとなるとどこに売ってるか分からないため既製品を使おうにも難しそうだ。
「あ………」
声を漏らしたせいでクラスの注目が集めってきてまた緊張してきた。
「あ、いや、俺のバイト先の常連なんだけどその人がよく和服着てて、来る時によって和服の種類も違って数もありそうなんだよ。その人からなら全員分ってわけじゃないけど、接客する人数分をちょっと借りられるかなって。あともう一人の常連の家がメイド喫茶やってるらしくてさ、メイド服のエプロンはそっちから借りればいいと思うんだけど、どうかな?」
俺は考えを説明したが周りはシーンとなっててまるで手応えがない。あれ、失敗した?言い終えて不安になってきたぞ。
「そんな手段がありましたかー」
まず田村が口を開いた。その声はさっきよりも感嘆しているように受けられた。
「すげえな君嶋!」
「君嶋のバイト先すげえ」
「君嶋さんのバイト先つて間宮さんの家だったよね」
「じゃあ間宮さんの家がすごいの?」
「そういえばカリティーヌさんも同じバイト先じゃなかった?」
田村が口を開くとクラスメイト達も徐々に口を開き始めた。
「あのさ君嶋、メイド喫茶の方はアリエちゃんだとして和服は清さんだろ」
近くの席の新井が細々と言う。
「なんだよ、清さんじゃ駄目なのか?」
清さんはすももさんの友達だけど俺やりんごのこともよく思ってるから頼べば持ってきてくれそうだが。俺が駄目ならすももさんに頼んでもらえばいいし。
「いや、だってあの人のことだから和服を貸す代わりになんか変なことしてきそうじゃねえか?」
「あたしもそう思う、あの人に借り作るのだけはやめとっけ」
同じく近くの席のりんごが言う。
「変なことって?」
「分かんないけど何かそんな予感がするんだよ」
そんなに苦手か。
「そうでしょうか?わたしはあの方はいい人に見えますが」
シャロンが言う。授業が始まって早々に席替えがあったがシャロンも含め偶然にも俺達は席が近くになったのだ。
「ま、いい人ではあるな」
「では衣装の件は間宮さんと君嶋さん、カリティーヌさんにお任せしてよろしいでしょうか」
田村が言う。
「なんであたしが」
「はい!」
「問題ない」
りんごは否定的だったがシャロンと言い出しっぺの俺は喜んで承諾した。
「あの、間宮さん。先ほど君嶋さんが言ったバイト先というのはあなたのご実家では?」
田村が言う。正確には実家ではなく祖母の家だが些細なことだ。
「そうだけどさあ、めんどくせえ………」
りんごは髪をかきながら嫌そうな顔をした。
「間宮さん、さっきは発言してくれたから積極的になったのかと思ったら消極的になるなんて。先生が感動したのは間違いだったのね………」
仁藤先生が涙を堪えるように口元を覆う。
「す、すいません先生!やりますー!やればいいんでしょ!」
やけくそ気味にりんごが言う。
「ほんとー?ありがとー!」
パァっと笑顔を咲かせる仁藤先生。変わり身はやっ!絶対嘘だろ、さっきの涙声絶対嘘だろこれぇ。
「衣装はそれで問題ないですね。それで、次はメニューですが……………コーヒーと紅茶はインスタントでいいでしょうか?」
田村が話し合いを進行する。
「異議あり!」
そこへ俺は机をバン!と叩いて立ち上がった。あまりの強さにいってえ、と手を振る羽目になった。やべ、怒りのあまり勢い余った。
この態度にはクラスメイト達もびっくりしたのか目を見開いている。
「模擬店とはいえ喫茶店にインスタントとかナンセンスだと思います、やはりプロ同様コーヒー豆と茶葉を買うべきだと弁護人は主張します!」
言い終えると今度は痛い目を見ないよう軽くバンと机を叩いた。裁判じゃないがテンションが上がってこんな言い方になってしまった。
「そ、そうだそうだー!」
「プロのコーヒーを寄越せー!」
という声が湧いた。
「し、しかしそれでは費用がかかってしまうのですが…………」
田村が不味そうな顔で言った。
「せめてスーパーで売ってる廉価ものにしましょう。しかし豆と茶葉を使うということだけは譲れません」
最低ラインの妥協は見せるがそれ以上は出来ない。
「そうよー、お金なら出すからちゃんとしたコーヒー出させなさいよ」
「インスタントなんて出したら俺達のクラスが舐められちまうぜ」
クラスメイト達が言う。
「分かりました、コーヒーと紅茶はちゃんとしたものを使いましょう」
田村も不承不承承諾する。
「では料理の方ですが………」
「はい、家庭科室を乗っ取ってケーキやナポリタンを作りましょう!」
シャロンが言うと教室がざわついた。
「え、マジで?」
「シャロンちゃん見た目に反してワイルド過ぎんだろ」
「流石にそれはない」
こう言ったのは他のクラスメイトじゃない、俺達カフェダムールとその常連組だ。
「あの、先生。飲食系の模擬店て家庭科室を使うことはありますでしょうか」
田村も思わず仁藤先生に聞いた。
「うーん、ケーキはオーブンを使うから家庭室を使っても良さそうだけど基本はガスコンロで済ませちゃってるわね。そもそもケーキを作るなんてあまり聞かないわね、ケーキを出すならいつも近くお店で余ったのを貰ってるけど」
仁藤先生が顎に指を添えながら言った。
「そ、そうですか…………」
シュンとするシャロン。
「い、いいのよカリティーヌさん。作りましょう、せっかくなんだし学校でケーキ作りましょう」
「ほんとですか!?」
仁藤先生の言葉にシャロンの顔が輝く。
「うん、せっかくの文化祭だもの。お店をやる時だけじゃなくて準備も楽しまなくちゃ」
なんていい先生なんだ。生徒を見守るだけではなくやりたいことをとことんやらせてくれるなんて…………!
その後も他のメニューや店の飾りつけの話し合いが行われこの時間に出来ることは終わった。
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