五十八話 僕とカフェダムールの日常(夕食の話)
さて、ここから夕方遅くからのカフェダムールの話をしよう。夕方も六時を過ぎると早めの夕食を取りに来る客が多くなってくる。出先で夕食を食べると言うと移動時間を気にするから少し早い時間から食べれるよう来る人間が多いだろう。
ここはお洒落なレストランでも回転寿司でもないが夕食のためにわざわざ来る客も多い、ではなくほとんどの客が自分で夕食を作るのが面倒という理由らしい。
中には、昼に来たのに夕方にまた来る人もいるらしい。絹江さんから聞いた時はまさかと思ったが俺が一日中店にいる日にも同じことをする人間がいて驚いた。
因みに、俺達はバイト終わりに店で絹江さんのまかないを貰ってるけど店は閉店してるわけじゃないからな、一応店はやってるからな!ただ、客のほとんどはもう帰ってるんだが。
「ごめんくださーい」
店に女性と小学生ぐらいの女の子の親子がやってくる。
「あ、礼子さんに美結ちゃん。いらっしゃい、お席どうぞ」
「ありがとう」
「司お兄ちゃん、今日も元気だった?」
美結ちゃんが言う。
「ああ、元気だったよ」
俺は二人を案内する。礼子さんと美結ちゃん親子だ、礼子さんも自分で夕食を作るのが面倒になった時にここにやってくる。一週間に一ぺんは来る頻度だ。
お父さんがいないのは単身赴任をしてるから、普段は家にいないけどたまに帰ってるらしい。どうやら話を聞くと車のエンジニアで大手企業に勤めてるんだとか。
二人とはアパートが隣で一人暮らしを初めて最初の頃はよく助けてもらったんだ。
「今日はなに食べよっか?」
礼子さんが美結ちゃんに話しかける。母親特有の優しそうな声だ。この店には親子連れがよくくるからそういう声を聞く度に実家を思い出して恋しく思ってしまう。
「うーん、昨日はカレーだったから牛丼かなー」
美結ちゃんが礼子さんに答える。言い忘れたがこの店には牛丼やひつまぶしと言ったチェーン店にありそうな料理や古い和風の料理もメニューにある。
「じゃあ、わたしも牛丼にしようかしら」
礼子さんが美結ちゃんに合わせる。自分が作るわけじゃないから親子で別々の料理を食べてもいいんだけど敢えて合わせる辺り娘と同じ味と気持ちを共有したいという気持ちを感じる。
「葉月くーん、牛丼二つお願い出来るかしら?」
他の客に料理を出していると礼子さんに呼ばれた。
「牛丼二つですね」
「あと、カフェオレ二つお願い」
「以上で?」
「はい」
「確認します、牛丼二つとカフェオレ二つですね」
「はい」
俺は手が空くとエプロンのポケットの伝票に識別用のテーブル番号、料理の名前、数を書く。
「絹江さん、二番テーブルに牛丼二つです!」
「あいよ!」
それをカウンターの向こうに見えるよう壁にセロハンテープで貼り付けて注文を絹江さんに伝える。
カウンターには、同じように貼られた紙がいくつもある。夕食の時はもちろん昼食時にも同じような状況になる。
俺達がいる夕食時や土日はともかく平日の昼間は大丈夫だろうかと思い絹江さんに聞いてみたこともあるが…………
「余計なお世話だよ!まだわしゃ、そこまで老いぼれちゃいないよ!お前達はお前達の時間に仕事しな!」
と怒られてしまった。
ガスコンロ自体は三つほどあるが全て一箇所に固まってるので混雑時に使えるのは絹江さん一人だけだ。料理の練習をする時や混雑してない時は俺達も使うが混雑時には絹江さんがガスコンロ二つを同時に使って料理をするのだ。それは同じ料理だろうが別々の料理だろうが完璧にこなす。熟練の喫茶店オーナーの力である。
「りんご、二番テーブルにカフェオレ二つ頼む!」
「分かった!」
俺はもう一人カウンターの奥にいる人間に声をかける。混雑時の料理は絹江さんの独壇場だがコーヒーを出す方はりんごが専門でやっている。少し前は大量に作るとなると慌てていたが何度も繰り返す内に慣れて安定して作れるようになった。
コーヒーを淹れるお湯の方は電磁調理器を使って沸かしている。ガスコンロの三つ目が空いているがそれを使おうとすると絹江さんの腕と当たって危ないのでそれを回避するためだ。
「スモモ!十番テーブルにいちごパフェとチーズケーキの注文です!」
「分かったー!」
シャロンが別方向から現れカウンターの向こうのすももさんに伝える。すももさんはコーヒーを淹れるのと普通の料理はまだ苦手だがスイーツを作るのは覚えるのが早く、この役に抜擢される。
すももさんはいちごを切ったりしてクリームと一緒に投入し盛り付けていく。その動きは鮮やかにして大胆、正反対の要素を持つ動きを上手くやってのけてみせるのだ。他のやつなら慎重になってスピードが遅くなるが大胆なすももさんなら混雑時にも慎重にならず速く出せるのだ。
「五番テーブルナポリタンと八番テーブルのオムライス、出来たよ!持ってきな!」
『はい!』
俺はシャロンと協力して皿を受け取り所定のテーブルに行く。
「ナポリタンのお客様ー」
置く場所は一つな上に座ってるのも一人なので確認するまでもないが念のため確認するように言って皿を置く。
「今日もありがとう葉月くん」
料理を受け取ったお爺さんがお礼を言う。常連の人なので俺の名前も覚えられてるのだ。
「いえいえ、どういたしまして」
軽く返したが心の内では注文の度に何度言われても人にお礼を言われるというのは心地よいものだ。
「どなたか、お会計お願い出来るかしら?」
「はい、ただいま参ります!」
今度は一人のお婆さんに呼ばれレジの近くにいたシャロンが向かう。カチッカチッという音とシャロンが値段を伝える声とが響く。子盆に置かれたお金を受け取りおつりを渡す。
この店のレジ打ちは最初は値段設定が覚えられず苦戦したが絹江さんが業者に以来しレジに改良を加えモニターをパソコン式に変更、メニューの名前をクリックするだけで値段が出る仕様になったのでかなり楽になった。
それ以前は絹江さんに一々聞きながらやるかメニューの値段表を作って会計の度に確認してやるという手法をやっていてかなり時間がかかった。そのせいでお客さんを待たせたりレジに列が出来るほどだ。
だが絹江さんは出費を惜しんで新しいシステムのレジを用意してくれた。絹江さん一人の場合はメニューの値段は全て丸暗記していてこんな面倒な変更はいらないので俺達のためにかなりの出費をしたことになる。
店で働かしてくれる上に俺達が仕事をしやすいように設備への投資を惜しまない、さらには仕事終わりに家族でもない俺やシャロンにもまかないをごちそうしてくれるので感謝してもしきれない。
「今日もおいしかったよ、ありがとね」
お婆さんがシャロンにお礼を言う。
「はい、キヌエさんに伝えておきます」
シャロンが笑顔で答える。そしてお婆さんが何かを握らせた。
「飴あげるから、後で舐めな」
お婆さんが俺に近づいてまた飴を握らす。
「あんたにも」
「どうも」
俺は軽くお礼を言う。お婆さんはカウンターの空いてる箇所に飴を置いて言う。
「あんた達にも飴置いてくから、後で舐めな!」
「あいよー」
『はーい』
カウンターの向こうで絹江さん達が返事をする。
お客さんの中には俺達若いスタッフにお菓子をくれることもある。中には親戚のおすそ分けと言って果物やお土産をくれることもあるのだ。
夕食の時間はこんな風に過ぎていき、七時を三十分ほど過ぎて客がいなくなったところで絹江さんが言った。
「葉月、そろそろ看板を閉店にしておいで」
「はい!」
俺は外に出ると扉にチェーンで掛けてある営業中と書かれた看板をうらっ返して掛け直す。これで扉の前には閉店と書かれたことになる。
いつだかは七時ぐらいにまかないを食べたがそういう時もあるしその時には客がほとんどいなかったりするのだ。それは日によってまちまちなのだ。
これにてカフェダムールの今日の営業は終わり、あとはまかないを食べてアパートに帰るだけだ。カフェダムールは夕食時になると他のレストラン同様人がよく来て忙しい。そして完全にティーンエイジャーだけで来る客はもうおらずほとんどがお爺さんお婆さん、たまに親子連れという具合である。
カフェダムールの営業終わりと共に今回の話は終わりだ。まかないの話?あれはシャロンが引っ越して来た時とみかんが来た時の二回やったから今回はやらないぞ。
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