五十五話
互いのコーヒーがちょうど空になったところであたしは言った。
「ねえ、この後時間あるならお店手伝わない?」
「え?」
「えっと、友達とか自分の家がやってるお店に連れてきたのなんて初めてだし二人で仕事出来たら楽しいな、なんて、あはは……………」
喋り方がちょっとぎこちなくなっちゃったわね。本当はパーティーの準備が終わる前に時間稼ぎでこんな褒められた理由じゃないからかしら、あー言わなきゃよかったー。
けどみかんからの返事は予想したよりいいものだった。
「あたし、やる」
「いいの?」
「うん。あたし、こういう仕事やってみたい」
「でもあたし達中学生だから給料出ないわよ?」
「でもいい、やりたい」
いいんだ。
薫子に話を通して更衣室で着替えをする、みかんにはないけどあたしの衣装は名札付きだ。
「あんた意外とこういう服着るの早いわね」
あたしはみかんを見て言った。
「普段からそういうの着てるし」
「あー」
あたしはみかんの着ていたゴスロリファッションの服を思い浮かべた。あれを毎日着てればメイド服を着るなんて大したことないわね、ていうかあんな派手なのよく毎日着られるわね。
黒いワンピースにフリフリのエプロンをつけ終わったあたし達は出口に向かった。
「ちょっと待ちなさい」
あたしはみかんの後ろの白いエプロンのリボンを結び直した。
「これで大丈夫よ、ちゃんと鏡見て後ろも確認しなさいよね。みだしなみはメイドの基本よ」
「分かった」
更衣室を出てバックヤードに来た。
「おおー、みかん様。流石はお嬢様のお友達で!メイド服がよく似合っておりますー」
薫子が両手を合わせて感激する。
「やめなさい薫子、この子が恐がってるじゃない」
あたしは薫子を制した。
「大丈夫よアリエ、気にしないで」
みかんが言った。
「ならいいけど」
「まずお友達には来店されたお客様のお出迎えと席への案内、注文を取る作業をやっていただきます」
薫子がみかんに仕事を説明する。
「とりあえずいらっしゃいませご主人様といらっしゃいませお嬢様の声が大きければどうにかなるわ、やってみなさい」
「い、いらっしゃい、ませ………」
あたしも少し教えてみたけどみかんの声はかなりか細った。
「あの、もう少し大きな声出ませんか?」
薫子が言う。
「すいません」
「もう一度言ってみなさい」
「う、うん。い、いらっしゃ…………ませー」
「やっぱ駄目ね、もう少しどうにかならないの?」
もう一度言わせても同じような感じだったのであたしの声にも苛立ちが出ていた。
「ごめんなさい」
「ならあの言い方を試してみてはどうでしょう?」
薫子が言う。
「あれってなによ?」
「だから、あれですよあれ。お嬢様が昔やってたやつですよ」
「昔って……………あ」
思い出した、すごい恥ずかしいやつだけど。
「それで出来るならやってもらおうじゃない。みかん、あたしに続いて言いなさい。よくぞいらっしゃいましたご主人様!あたしに接客されることを感謝しなさい!」
「よ、よくぞいらっしゃ………ご主人様!感謝しなさい!」
腰に手を当てたあたしに続いてみかんが言う。
「言葉は言えてないけど声はまあまあね。このまま二人で行くわよ、あの夕日に向かって!」
あたしは遠くを指さした。
「うん!」
頷くみかん。
「夕日などありませんが」
薫子が突っ込む、あんたは黙ってなさい。
「お嬢様ー!13番テーブルにパフェのご注文です!」
社員スタッフの一人が注文の書かれた紙を持ってくる。
「今作るわ」
紙を確認するとメイドいちごパフェ、デラックスメイドパフェ、メイドキウィパフェの三つだった。
「団体さんね、やってやろうじゃない!」
あたしは拳に手の平をパン!と叩いた。
「参りましょうお嬢様、みかん様もついてきてください」
薫子が言う。
「は、はい!」
手を洗った後キッチンに行き棚からグラスを、冷蔵庫からフルーツを出して並べる。フルーツは必要な分だけ台に置いてあとは冷蔵庫に戻す。
「お嬢様はいちごパフェを、薫子様はデラックスパフェをお願いします。わたしはキウィパフェをやります」
薫子に言われあたしはいちごをまな板の上に乗せた。
「あの、わたしはどうすれば………」
みかんに言われて気づいた。
「あー、そうだみかんにパフェの作り方教えないと。ちょっと待ってなさい」
あたしは前の棚に下がってるファイルを取り出した。
「テッテレッテッテー、初心者でも分かるパフェの作り方説明書ー!他のデザートもあるけど」
説明書というかいわゆるマニュアルね。
「馬鹿じゃないの?自分でテッテレッテッテーとか普通言わないし」
みかんが冷たい目で言った。
「ああ?なによそれ、あたしの遊び心が分からないっていうの?」
「いいからそれ見せて」
仏頂面でみかんが言った。こ、この子葉月がいないとほんとつまんない子よね。もう少し愛想よくならないかしら?
あたしと薫子は慣れてるのでマニュアルを見ずにフルーツをグラスに入れていきチョコソースやクリームを乗せていき最後にスプーンを刺す。
「出来たわ」
「出来ました」
「こっちも出来たわ」
『うそ!?』
みかんも盛り付けが出来たらしく驚いた。
「どういうことよ、なんで見ながらなのにあたし達と同じペースで出来てんのよ?!」
あたしは声は荒らげて言った。
「知らない、あんた達が遅すぎるんじゃない?」
なんか鼻につく言い方してるわねぇ。
「あ、あんたねえ…………」
ちょっと出来るからって調子に乗らないで欲しいと思ったけどどうにも言う気になれなかった。
「と、とにかく!出来たならもってくわよ」
あたしは気を取り直して銀色のお盆を取り出してパフェを三つ乗せる。
「これ持ってキッチンを出てちょうだい」
「分かった」
みかんがお盆を受け取ってフロアに行く、あたしは後からついていく形。
「えっと………」
みかんがフロアをキョロキョロする。
「13番テーブルはあの向こうよ」
あたしは指で指し示した、女の人が三人いる席だ。
「分かった」
「メイドいちごパフェのお嬢様ーとか言って置く相手を確認するのよ。で、最後にご注文は以上でしょうかって言うのよ」
「任せて」
13番テーブルについてみかんがパフェを届ける。
「め、メイドいちごパフェのお嬢様ー!」
「は、はい!」
みかんの大きな声に客の方もビクッとしてしまう。流石にあれは声大きすぎじゃないかしら。
他の二人にも大きな声でパフェを渡す。注文の確認もなんとか出来た。
「ふう」
あたしは思わず息を漏らした、とりあえず形にはなったみたいね。
「あれ、アリエちゃんじゃん。今日はシフトなんだね」
客の男があたしに話しかけてくる。社員の人はあたしのことお嬢様って呼んでるけど客の方はあたしの事情なんて知らないから馴れ馴れしく話しかけてくるのよね。
「なによ、今忙しいから話しかけないでくれる?」
あたしはスタッフ側にも関わらずタメ口で男の人を睨みつけた、敬語とか苦手だからたまに取れるのよね。
「す、すいませんでした………」
男がおそるおそる席に戻る。ふん、分かればいいのよ。
接客を終えたみかんが戻ってくる。
「すいませーん」
「はい」
みかんが客に呼ばれてそっちに行く。大丈夫かしら?多分注文だろうけどちゃんと取れるか不安だわ。
幸いにもメイド服のポケットにボールペンと注文を記録するバインダーと紙が入ってたからみかんもそれを出して注文を聞いた。
そうえば注文の取り方教えてなかった、最後まで教えないと。あたしはみかんの後ろに現れて教えてあげた。
「一通り聞いたら繰り返しますって言って注文されたもの全部言って」
「繰り返します…………」
みかんがあたしに言われた通りにする。
「注文は以上でよろしいでしょうか」
あたしが次に言う言葉を教える。
「ちゅ、注文は以上でよろしいでしょうか」
みかんの言葉に客の返事が返ってくる。
「はい」
「最後に料理が出来上がるまで少々お待ちくださいって言うの」
あたしが言葉を教える。
「料理が出来上がるまで少々お待ちください」
みかんが復唱する。
「さ、行くわよ」
あたしがみかんを連れていこうとすると目の前の客が言った。
「その子新人さん?可愛いね」
「今日だけの手伝いよ、あとこの子に手出したらあたしとその子の兄貴が黙ってないから」
「う、うん。分かった………」
客は男の人だったのでみかんに手出ししないよう釘を刺しておいた。この店ってスタッフが可愛いメイド服着てるから変に客にちょっかい出されることもあるのよね。ただでさえメイド喫茶っていういかがわしい商売してるし。
みかんと一緒にバックヤードに戻る。
「で、出来た?」
みかんが不安そうにあたしを見てくる。
「まあ、とりあえず合格点をあげてあげるわ。声がちょっと大きすぎる気がするけどそこはサービスよ、感謝さなさい!」
あたしは上から目線で言ってやった。
「よかったぁ」
はあーと息を吐くみかん、よっぽど緊張してたのね。
「あなた初めてしては声は出てたから今度は落ち着いて話せるようにしなさいよね」
「う、うん。頑張る」
「お嬢様ー!」
「な、なによ?!」
薫子がいきなり抱きついてきた。
「ついに自分で接客するだけでなく人に教えられるところまで来たのですね!わたし感激でございます!」
「一々感激しなくていいから、あと他の人も見てるからやめて!」
「申し訳ありませんお嬢様」
薫子があたしから離れる。
「ほんと恥ずかしいからやめてよね」
その時みかんがクスっと笑った。
「なによ、なにかおかしい?」
「別に、何か楽しそうだなって」
「ふん、悪くはないわね。よく一緒にいるし」
「わたしはいつもお嬢様には楽しくさせていただいております!」
薫子が言った。
「うっさい、あなたは少し落ち着きなさいよ!」
「ははっ。最近はこの店の手伝いを始め、それを見守る楽しみも出来ましたが同時に出かける時について来るなと言われる時もあり寂しく思います」
薫子がハンカチを出して涙を拭く動作をする、絶対嘘泣きでしょそれ。
「子供じゃないんだからどこでもかんでもついてくのはやめなさいよもう」
一人で出かける時は葉月の店に行くんだけどそれを知られたら薫子のこと全力で殴ってるわね。
「しかしあなたは星宝家の跡取りであり万が一誘拐などされてはお祖母様になんと顔向けしたらよいか………」
「考えとく」
流石にあそこまで言われたら素直に頷くしかないわね。
「お金もちって大変なのね」
みかんが言う。
「お金があるからその代償と思えば大したことないわよ」
その後も接客を続けみかんも慣れてきたのか偉そうに言ってきた。
「どう?あたしの接客は」
「どうって、やっとまともになってきたばかりだしメイド喫茶のサービスも出来てないのになに言ってんのよ」
「メイド喫茶のサービス?」
みかんが首を傾げたのであたしは注文用紙を止めるバインダーで彼女の頭を叩いた。
「とぼけんじゃないわよ、メイド喫茶って言ったらおいしくなーれ♥おいしくなーれ♥て客と一緒にやるのが決まりじゃない」
あたしは手でハートを作りながら言うとみかんの顔が何か酷いものを見たみたいになった。この子にやらせないだけで何度か見てるはずなんだけど。
「えっと、やりたくないの?」
「い、いやだ………」
首を振るみかん。うそ、全然予想してなかったんだけど。
「いやだってなに言ってんのよ、ここメイド喫茶だけど?そういう店なんだけど?」
「ふぇ………」
あたしが問い詰めるとみかんが泣きそうな顔した。やめて、そんな顔しないでよもうっ。
「分かった、分かったから。あなたはバックヤードにでも下がってなさい」
とうとうあたしのが根負けした。
「ごめん」
「いいのよ別に、あたしが言い出したことなんだし」
あたしは薫子を見つけるとみかんを連れていく。
「ごめん薫子、この子メイド喫茶のサービスが出来ないみたいでバックヤードに入れてくから」
「そうでしたか。それは申し訳ないことをしました」
「ごめんなさい」
みかんが謝る。
「いいいんですよ、お気になさらぬとも」
薫子が優しく笑った。
空が暗くなった頃スマホを見ると葉月からメールが来ていた。そろそろパーティーの準備が出来てるみたい。
「ビンゴ!薫子、今日はもう上がるわ」
「かしこまり、ました…………?」
「さ、今日はもう帰るわよ」
「いいの?」
「いいから着替えるわよ!」
首をかしげる薫子をよそにあたしはみかんを更衣室に引っ張った。
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