五十二話
会計を終え服売り場を離れるとみかんがアリエに言った。
「せっかくだから、新しい服に着替えてどこか行かない?」
「どこかってどこよ?」
「お兄ちゃんは分かるよね?」
なぜか俺に話題を振るみかん。
「ゲーセンだろ?服屋はもう行ったんだからもうゲーセンしかねえだろ」
「その通り!」
ピッと俺を指さすみかん。いやこの茶番映画館出た後やったじゃん、なぜまたやるし。
「ゲーセンてなによ?」
アリエが首をかしげる。
『はあっ?!』
俺とみかんはアリエの発言に驚いた。電車の乗り方も知らなかったがゲームセンターも知らないのか。
「お前、ゲーセンも知らないのかよ」
「ゲーセンて言ったらゲームやるとこに決まってるじゃない」
そう言うと
「ゲームって家でやるものじゃないの?」
と返ってきた、頭が痛い…………。世間知らずとはこういうのを言うんだな。
「まあ、一緒にくれば分かるよ」
「その前に、服を変えないとね」
「え、それほんとにやるの?あの格好ちょっと恥ずかしいんだけど」
「問答無用!ほらほら行くよ」
そう言うとみかんはアリエを連れ出し手近な更衣室に連れ出した。
「ここがゲーセン…………」
ゲームセンターに着くとアリエが喧騒に耳を塞ぐ。
「そんなにうるさいか?」
「これくらい普通だと思うけど」
「あたしには十分騒音よ………」
アリエが顔を歪める。これからゲームで遊ぼうというのに大丈夫だろうか。
アウトレットの一画にあるゲームコーナーに過ぎないため騒音はそれほどではないはずだが慣れないアリエにはきついらしい。
まだ俺が実家にいた頃みかんと自転車でよく近くのデパートのゲームコーナーに来ていたため俺とみかんは慣れっこだ。
「とりあえず〇イカツ、やるか」
俺はみかんに言う。
「お兄ちゃんカード持ってきてるの?」
「当然」
俺はジャケットの内ポケットから三月まで使っていたICカードとドレスカードを取り出す。今の俺はさながらこれから決闘を始めるデュエリストの気分だ。
「さっすが、抜かりないね」
みかんのバッグからも同様にカードが出てくる。
「なにそれ、〇イマス?」
俺達を見てアリエが言った。
「〇イマスじゃねえよ」
「深夜枠でもソシャゲでもないわよ」
「じゃあなによ」
「夕方ゴールデンタイムのアイドルアニメ、のゲーム」
「ふーん、夕方にもアイドルアニメってやってるのね」
アリエの趣味は俺達と似てるようで大分違うようだ。特撮は普通に見るが夕方のアニメは見ないらしい。
「とりあえずやってみるか?面白いぞ」
「面白いかどうかはあたしが決めるわ」
〇イカツの筐体前についた。筐体上にキャラのイラストが描かれており画面の中ではCGのキャラが踊っていた。
アリエが上のイラストを眺める。
「可愛いじゃない」
アリエは〇イカツにはまりしばらく続けていたが後ろに人を待たせていたので無理矢理引っペがした。というのも、アリエが子供のようにわがままを言って筐体からどこうとしなかったからだ。
その後も様々なバーコードを読ませるゲームやリズムゲーム、格闘ゲームなどをやった。
アリエは筋がよく特に格闘ゲームでは最初こそ勝ったり負けたりを繰り返していたが途中からは連勝続きになるほどだ。 しかも連勝のし過ぎでアリエ目当てに対戦相手やギャラリーが現れるほどだ。
「なんだこれ………」
「意味わかんない………」
ゲーム画面を見た俺とみかんは絶句した。アリエの戦術は少し攻撃を与えて相手が怯んだ隙に連続攻撃、バウンドすると掴み技でさらに攻撃、落下する前に追撃、残り体力わずかのところで必殺技を使って勝負を決めるという流れだ。
「いや、意味わかんないし。こんなのありかよ、おかしいだろ絶対」
「うんうん、ありえない」
正気を取り戻して突っ込みを入れる俺達。
「なに言ってんのよ。このゲームは元々こんなんよ、ギャラリーが文句言わないでくれる?」
アリエの言葉は昔からそのゲームをやってる人間が言うものであって初心者が言うものではない。コンシューマ版ならあるかもしれないがアーケード版は初めてのはずだ。
傍目から見たら可愛い金髪の子がゲームで勝ってる風にしか見えないが画面を見てる方からしたら地獄絵図だった。
「ふう」
一勝負終え息をつくアリエ。対戦相手はさぞひどい顔をしてるんだろうなと思ったが想像よりもだいぶ晴れやかな表情をしていた。
「ありがとうございました!」
相手がお礼を言って立ち去る。アリエのような可愛い子とゲームが出来ると思えばむしろご褒美なのだろう。
列の少し向こうを伺うとどこかで見たような女性がいた。ただでさえ男ばかりの列に女性が一人というのも目立つが彼女はそれでも異質なオーラを放っていた。
「お兄ちゃん?」
それが顔に出ていたようでみかんが俺を呼ぶ。
「いや、なんでもない。気のせいだろ」
そう思ったのが間違いだった。列の向こうからその女性が現れた時はっとした。
「葉月くんにアリエちゃんじゃなーい。こんなところでどうしたのよ。あら、その子は?」
その女性、清さんが俺達に挨拶する。清と書いてきよと読む。すももさんの大学での友達でカフェダムールにもよく来ている。
ギャラリーから清さんが無敵のカウンターヒッターと呼ぶ声が聞こえた。まさかこの人、ここの常連なのか。
「俺の妹です」
「君嶋みかんです、兄がいつもお世話になってます」
みかんが俺に紹介され清さんに名乗る。
「あら、可愛いー!もう、抱き締めちゃいたいくらい!」
言うや否や清さんはみかんを抱き締めていた。
「お兄ちゃん、こいつ邪魔。ていうかキモい」
みかんが死にそうな顔で言った。みかんにとって初対面のやつに抱き締められることほど苦痛なことはない。みかんでなくても知らない人間にいきなり抱きつかれたら不快だろうな。
「え、気持ち悪い?」
清さんがみかんに言われこの世の終わりのような顔をする。そこまでショックを受けるようなことには思えないが。
「あながここに来るとは思わなかったわ、やるの?やらないの?」
アリエが急かすように言う。
「あら、やっぱり噂のバウンドファイターてあなたのことだったのね。ぜひお相手願おうかしら」
清さんが言う。アリエにそんなあだ名がついていたとは、少しやった程度でそれとはかなりの驚きだ。
キャラクター選択が終わり二人の戦いが始まる。まずアリエの攻撃がヒット、したのがまずかった、清さんがカウンター技を発動させたのだ、それを起点に清さんが連続攻撃を当てる。アリエのキャラがバウンドしたのを確認すると清さんがバックステップ、距離を置く。アリエがまた攻撃を仕掛けるもカウンターと連続攻撃を受けてしまう。
ここまで来くるとイライラしたのかアリエの眉が吊り上がってくる。
三度カウンター攻撃受けると流石に学習したのか自分から攻撃を仕掛けなくなる。だがそれで清さんの攻撃が止むことはない、清さんは長いリーチを生かし離れた距離から攻撃を当てていく。アリエは防戦一方になり上手く攻めることが出来ない。
アリエの顔を見ると歯ぎしりをしていて苛立ちがさらに高まっていた。逆に清さんは微笑んだままで表情を変えない、ギャラリーからはカウンター返しの悪魔と呼ぶ声が聞こえる。あだ名変わってるぞこの人。
アリエは一瞬の隙に攻撃を仕掛けようとするがそれが彼女の終わりだった、清さんがカウンターの必殺技を決めアリエの体力をゼロにした。
「このお姉さん容赦ねえな」
俺は清さんの蹂躙プレイに絶句した、清さんは知らないが初心者相手にこれはやりすぎではないだろうか。
「ひっく、ひっく…………」
あまりの蹂躙ぶりにアリエが涙を流す。アリエ自身は先ほどまでは勝つ側だったが対戦ゲームでここまで派手に負けると悔しいものである。
「え、アリエちゃん?」
清さんが戸惑ってしまう。
「あ、泣かした、悪魔があたしの妹分泣かした」
みかんがギャラリーから聞こえた異名をとって清さんを揶揄した。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃないの。アリエちゃんが弱いだなんて知らなくて…………」
清さんが言い訳を言うがその言葉選びが間違いだった。
「どうせ今日のあたしはビギナーズラックよー!」
アリエがすももさんが怒った時のように泣きながら去ってしまった。
「悪魔って、こええな」
「うん、無意識に人を傷つけたり出来るんだね」
俺はみかんとアリエの行った先を見ながら言った。
双葉パークを出て最寄り駅に戻ってくるとアリエが言った。
「えっと、今日は………………」
ボソボソと何か言ったようなするが聞き取れない。
「え、なに?」
「すまん、もっかい頼むわ」
「ありがとうって言ったの!またあたしと出掛けてあげてもいいんだからね!」
顔を真っ赤にしながらアリエが言った。やれやれ、シャイっ子はこんなことも恥ずかしがりながら言うのか。その言い方に微笑ましくなったが俺はあることに気づいた。
「あ、でもみかんゴールデンウィークいっぱいまでしかいないじゃん」
「まあね」
みかんがぺろっと舌を出す。
「そ、そう………」
アリエががっかりしてうつむく。
「大丈夫よ、夏休みにでもまたこっち来てあげるから」
「べ、別にあなたがいなくて寂しいだなんて思ってないんだからね!余計なお世話よ!」
みかんの言葉を顔を真っ赤にして否定するアリエ。本心と言っていることが真逆なのが丸見えだ。
「あ、そう。でもお兄ちゃんの家には行くからアリエにも会えるかもね」
みかんのその言葉でアリエの顔がパァァッと輝く。本当にわかりやすかった。
「す、好きにすれば?」
また顔を赤くしてアリエが言った。
「そうする」
俺はそんなアリエを見るみかんに声をかけた。
「この街に来る理由が増えたみたいだな」
「うん、また来るのが楽しみだよ」
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