四十二話 アリエと清
今回は葉月達がカフェダムールにいない間のサブキャラ二人の話にしました
葉月達が映画を見ている頃のカフェダムール、そこで星宝アリエはカフェモカを飲んでいた。
以前まではブレンドに砂糖とミルクを多めに入れていたがいい加減一々飲む前に作業をするのが面倒になったのか途中から最初から甘くなっているコーヒーを飲むようになったのだ。
アリエがカップをテーブルに置く。
「ねえあなた、確か絹江と言ったかしら」
「そうだけどなんだい急に、名前なんて呼んでさ」
絹江は呼び捨てにされたことよりもこのそっけない少女に名前を呼ばれたことの方が気になったのだ。
普段からすもも達がいない間にこの少女が店に来て注文をするために呼びつけることはあるがわざわざ絹江の名前を呼ぶことはなかったのだ。
アリエは元々この店の店員である葉月を目当てに来ていて子供達がいる時はなぜか目当ての葉月ではなく彼女お気に入りの店員であるシャロンに注文を立てコーヒーを飲みながら葉月に話しかけるという具合だ。
絹江にとってはアリエは長年の商売敵の孫で最初こそ気に入らなかったが何度か彼女が店に通う内に愛着が湧いてしまったのだ。
そのアリエに名前で呼ばれたとあっては絹江も少し嬉しく感じるというものだ。
「今日も葉月はいないの?シャロンや他のスタッフもいないじゃない?」
初めて名前を呼んだからどんな用かと思ったがアリエの言葉に絹江はなんだそんなことかと口元をほころばせた。
「今日はお出掛けだよ、葉月の妹とみんなでね」
「はあ、なによそれ?昨日は妹が来るとか言って休むし今日はその妹とみんなで出掛けていないとかなによそれ、あたしをなんだと思ってるのよ」
絹江の返答にアリエは不満げに頬杖をついて口を尖らせた。
その様に絹江は可愛いさを覚え軽く微笑みながら言った。
「なんだい、一緒に行きたかったのかい」
「別にそんなんじゃないし。ただ、あたしをないがしろにしたのが許せないっていうか…………」
アリエは絹江の言葉を否定するがその後迷うように吐露した。
「あいつらにとってあたしはただの客でしかないのかなって」
寂しく言うアリエに絹江は優しく微笑んで言った。
「そんなにあの子達といたいならアドレス教えてあげようか?」
「そこまで余計なお世話はいらないわよ、欲しければ自分で手に入れるし」
そう言うとアリエはコーヒーを口に入れた。
すももの大学での友人、大鳳清が現れた。
「すももちゃーん、遊びに来たわ………よっと。あら?すももちゃんは?」
清は店内を見回すがすももがいないことに首をかしげた。
「あの女なら他のやつと一緒に出掛けたわよ」
絹江に紅茶を頼みながらカウンター席につく清にアリエが言う。
「あなた確かたまにお店にいる…………」
清はアリエの名前を思い出そうとした。
「宝星アリエよ、人の名前くらい覚えておきなさい」
アリエがぶっきらぼうに言う。葉月がいないせいかアリエの声には覇気がなかった。
「あら、初めて聞く名前ね。わたし、大鳳清っていうの。すももちゃんと大学で仲良くしてもらってるの」
アリエが名乗ると清も自己紹介をする。
アリエは軽くあしらうように言ったつもりだったが相手から丁寧な返事が来たので目を丸くした。
「あたしは………」
アリエは自分もこの店に来るようになった理由を話そうとしたが清が先に口を開いた。
「知ってる、葉月くんが好きなのよねあなた」
「ち、違うわよ!別にそんなんじゃないし!」
思わず声を上げてアリエは否定した。自分から言うには大丈夫だが人に言われると恥ずかしいものである。その表情は先ほどのような暗いものとは違い威勢のいい顔立ちだ。
「あら、じゃああの銀髪の子かしら?確か名前は………」
清は人差し指を口元に当てて考える。
「その子はシャロンて言うんだよ。ほら、紅茶飲みな」
絹江が紅茶を清の前に出しながら言う。
「ありがとうございます。へえ、シャロンというんですか。アリエちゃんはそのシャロンて子が好きなのしら?」
軽く微笑みながら清が言う。同姓でも思わず物怖じしそうになる笑顔だ。
「そっちでもないわよ!」
アリエは清の笑顔に一瞬目を奪われたがすぐに否定を入れた。
「大体、あたしにそっちの気はないわよ」
アリエが気を取り直して言う。清はどう見てもアリエより年上なのだがアリエはどうもこの女性には敬語を使う気にはなれなかった。
「あら、女の子同士でも別にいいのよ?」
「たとえあなたがよくても結婚までは出来ないわよ」
おくびもなく言う清にアリエは目を逸らしながら答えた。
「スイスとかの国なら同性婚が出来るらしいわね」
「出来てもあたしには不要よ。なによ、あなた好きな女でもいるの?」
怯まない清にアリエは冗談めかして言う。
「もちろん、可愛い可愛いすももちゃんよ。最近では葉月くんもいいなって思ってるけどね」
躊躇なく同姓の女性への愛を語る清にアリエは少しだけ羨ましいと思ってしまった。
「ちょっとかっこいいじゃない」
アリエは赤くなった顔を隠すように清とは反対の方を向いてコーヒーを口に含んだ。
「ねえ、あなたわたしと友達にならない?」
清の言葉にアリエは目を丸くして振り返った。
「あなたとあたしが?」
アリエはなにを言ってるんだ、という風に清を見る。
どう見ても歳の違う相手にそのような言葉をかけるなんてどうかしている。
アリエは元より家が金持ち故にプライドも高く、友人というのをあまり作りたがらない性格のも相まり清への不信感はさらに募った。
「だって同じ喫茶店に通って恋の話で盛り上がる仲間だもの、これはもう友達と思っていいんじゃないかしら?」
清の屈託のない笑顔にアリエは視界を完全に奪われた。
アリエに近づくような人間はその美貌と家の事情から下心を持った人間か自分を担ぎあげる腰巾着のような人間しかいなかった。
だが目の前にいる女性は打算も計算もなくただ自分と気が合うというだけで自分と友人になろうと言い出したのだ。
その清にアリエはこの人となら友人になってもいいかもしれないと感じた。
「下僕くらいなら、してあげていいわよ」
アリエは友人という言葉を言うのが恥ずかしく別の言葉を言ってしまう。
「あら、下僕ってことはわたしのお世話をしくれるのかしら?」
「ちっがうわよ!下僕になるのはあなた!あなたがあたしの世話をするのよ!」
予想したのとは別の答えにアリエは声を荒らげる。
「ふふっ、そういうことにしといてあげる」
清はアリエの言葉を笑って受け流した。
アリエはその言葉に今日寂しかった心が少しだけ晴れた気がした。
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