三十九話
「はっ」
俺は意識を覚醒させ身体を起こした。
「あいたっ!」
しかしその際に何かに頭をぶつけてしまう。
「うう………」
痛みに頭を抑えていると同じように額を抑えているみかんが目に入った。どうやら先ほどぶつかったのはみかんだったようだ。
「わりぃ、いたの気づかなかったわ」
俺はみかんに謝罪した。
「もう、気をつけてよね」
周囲を確認する。壁や装飾品からしてここはリビングのようだ、身体も裸ではなくパジャマをまとっている。みかんも俺と同じ襟付き型のパジャマを着ていた。視線がやや高いところを見るとソファーに寝かされていたようだ。
「なあ、俺達風呂場にいなかったか?なんでリビングに移動してるんだよ」
俺はみかんに聞いた。
「お兄ちゃんわからないの?お兄ちゃんお風呂でのぼせちて気を失っちゃったんだよ」
「マジか」
あの時みかんの姿がぼやけていたのはそういうことだったのか。
「あ、てことは俺のパジャマ………」
そこでみかんが顔を反らして頬を赤くするとボソッと言った。
「お兄ちゃんもちゃんと男の子から男の人に成長してたんだね」
「やめろ、お嫁に行けなくなるだろ。俺まだ童貞なのに」
妹に男の体の隅々まで見られたという事実に俺の心に暗いものが立ち込めた。
「童貞なのにお嫁に行けないって、なに言ってるのお兄ちゃん」
みかんにジト目で見られ俺は正気に戻った。
時計を見ると九時半も近い時刻を指していた。
「もう寝るか」
「ええっ、さっき寝てたばっかだよね?」
俺が言うとみかんが驚いた。
「あれは寝てたと言わん、気絶してただけだ。つーわけで今から歯磨いて寝る!」
俺はソファーから降り洗面台に向かった。
「えー、早くなーい?」
「起きてたってやることないんだから寝るしかないだろ」
「テレビとかはー?」
「明日映画見に行くんだから夜更かしもしないで寝るんだよ」
「うわ、お兄ちゃんまっじめー」
みかんが引き気味に言った。
「遊びなんだから真面目になって当然だろ?」
俺は臆せず返した。
「じゃあ勉強は?」
「適当にやるがなるべく早く済ませる」
「あ、どっちかというと好きじゃない?」
「そういうこと」
歯を磨き終えベッドのある俺は自室に向かう。
「あ、待ってよお兄ちゃん!」
みかんが歯を磨いてる途中にも関わらず慌てて俺を追いかけようとする。
「俺は逃げないから口ゆすいでから来い」
「はーい」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ジリリリリリ!
目覚まし時計が鳴り目が覚める。隣には妹のみかんが………いなかった。どういうことだろう、と首を傾げそうになったがベッドから離れた位置に寝転がっていた。なぜだろうと思いながらも今さらだがこんなとこで寝てたら風邪を引くと思い布団をかけてやった。
パジャマから着替えると俺はキッチンに移動し朝食を作り始める。実家ではいつも朝食は目玉焼きにししゃも、スーパーで買った惣菜に納豆ご飯という朝食を食べていたので俺もそれに習い、玉子をフライパンで焼き、ししゃもをグリルに入れた。
一人暮らしを初めて間もない頃は何度か失敗したが今では朝食も難なく作れるようになっている。
玉子焼きや魚の皿がリビングに並んでくるとみかんが眠そうに目をこすりながらやってきた。まだ着替えてないのかパジャマのままだ。
「おはようみかん」
「おはよー」
朝の挨拶を済ますとみかんは変なことを言い出した。
「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃん昨日あたしのことベッドから追い出した?」
「なに言ってんだよ俺がそんなことするわけないだろ。ほら、手洗ってメシ食え」
「はーい」
俺に言われみかんは手を洗いに行く。その間に俺は他の食材を用意していく。
「朝起きたらね、あたしベッドの外にいたの」
みかんがししゃもを食べながら言う。
「寝ぼけて転げ落ちたんじゃないか?」
「寝ぼけてないもん!あたしそんな寝相悪くないもん!」
怒ってみかんが否定する。
「て言われてもそれ以外に理由なんて………」
「だって一昨日はあんなことなかったのに昨日だけベッドから落っこちてたもん!こんなのおかしいよ!やっぱりお兄ちゃんが追い出したんだよ」
自分がベッドから落ちた理由を兄にあると決めつけるとはなんて妹だ。
「兄に向かってなんてこと言うんだよ!俺はそんなことしてねえ!俺は誰も殺してねえ!」
こんな言われもない糾弾は断固講義である。俺は全力でみかんに立ち向かった。
「誰も殺人事件起こしたとまでは言ってないけど………」
「すまん、言いすぎた」
どうやらあまりの言われようにヒートアップし過ぎたようだ。
「ごめんなさい、あたしもお兄ちゃんのこと責め過ぎたかも」
みかんがすまなそうに頭を下げる。
「気にすんな。お前がベッドに落ちてるのに気づかなくてそのままにした俺も悪いしな」
「ありがと、お兄ちゃん優しい」
みかんの笑顔に俺は黙って笑みを返した。実家ではないがみかんといると実家のような安心感を感じた。
「いただきます」
みかんの向かいの席に座った俺は手を合わせ、俺もししゃもを食べ始める。魚を食べ終え納豆を混ぜる。俺の家では納豆に薬味や醤油を入れるということはせずパッケージの発砲スチロールに入ったまま混ぜている。
納豆を回すごとに箸の間でネバネバと納豆が糸を引きグルグルと発砲スチロールの擦れる音が鳴る。そのネバネバとグルグルが俺の中に眠るある記憶を蘇らせた。
その時はまだ俺達が小さくシングルベッドに兄妹二人が収まるからと親が同じベッドで寝かしていた。その時はみかんどころか俺も朝になるとベッドの外にいたいたのだ。それで俺達の身体が冷えないかと心配した両親が全身を覆うフリースの上着を着せたのだ。
すっかり忘れていたがみかんも俺も実は寝相が悪かったと両親によく言われていたのだ。ということは今回みかんがベッドから落ちたのはみかんだけが悪いのではなく俺が追い出したせいもある?
みかんには否定した手前、ここは黙っていた方がいいかもしれない。
「お兄ちゃんどうしたの?納豆に変なのでもあった?」
みかんに言われて前を見る。どうやら考え過ぎで手が止まっていたようだ。
「いや、なんでもない。ちょっと寝ぼけてただけだ」
俺は考えを悟られないよう平静を装った。
「ちょっとー、大丈夫ー?今日お出掛けなんだよー?」
心配されてしまった、みかんもリビングに来た時は寝ぼけてたんだけどな………。
「まだ朝だから大丈夫だろ」
隣に住むシャロンと合流し集合場所であるカフェダムールに向かった。店の扉を開け中に入るが開店準備をしている絹江さんとカウンターに座るりんごしかいなかった。
「あれ、すももさんは?」
俺が聞くとりんごがカウンターに乗せた肘から伸びた手に顎を置きながら答えた。
「姉貴なら寝坊して今急いで身支度してる」
そう答えるりんごの顔はかなりだるそうだった。
「どうしよう、朝一で行く予定だったのに」
みかんが暗い顔で言った。
「別に気にしなくてよくね?着替えてちょっとメイクして終わりなんだし」
俺が軽い調子で言うとみかんはすぐさま否定してきた。
「甘い、甘いよお兄ちゃん。女の人ってのはね、身支度にはすっごい時間がかかるの。それはもう服を選ぶところからメイクを終えるまで何十分も!」
チッチッチッと指を振りながらみかんは言うが俺は納得いかない。
「いやでも、お前の場合そんな時間かかってなくね?」
「だってあたしは持ってきた分しか服はないしメイクも朝ごはん食べた後歯磨きと一緒に終わらせたもん」
みかんの身支度の速さには感服するしかなかった。
「てことは寝坊して今から着替えだのメイクだのやるすももさんは…………」
俺はすももさんがいるであろう住居スペースに繋がる通路を見る。
「しばらく出てこないね………」
『はあ………』
兄妹揃って盛大なため息が出た。せっかくの兄妹でのお出掛けだというのに早々につまずくとはがっかりだ。
「ならみなさんでスモモを迎えに行きましょう」
「ちょ、シャロン?」
シャロンはみかんと俺の手を引いて店の奥に進む。
しかし階段のスペースは人が一人通れる程度の広さでシャロンに引っ張られた俺とみかんが通るには無理がある。
だがシャロンは俺達二人を勢いよく引っ張り上に上げようとした。それがいけなかった。
ガッ!ガッ!
俺とみかんは階段の角に脚をぶつけてしまった。思わず脚を空いてる方の手で抑える。
「二人ともどうかしました?」
音に気づいたシャロンが手を俺達から離しこちらを見る。
「どうかしましたじゃねえよ、お前が無理矢理引っ張るから脚ぶっけただろうが」
怒りで声を上げたいところが痛みでそれがまるで出来ない。みかんに至っては目尻から涙がこぼれそうになっていた。
「ごめんなさい!今すぐ治療します!」
シャロンは謝ると勢いよく俺達に駆け寄る。
「いや、いい。血出るようなことじゃないし」
「それよりも、すももさんを連れてかないと………」
俺達は痛みをこらえながら言った。
「大丈夫、これくらいすぐ治るさ」
俺がそう言うと階段の上にすももさんが現れた。
「しゃあっ!完璧完全絶好調!これが今日のあたし!」
すももさんは決めポーズを取りながら叫んだ。なにがどう完璧かは知らないがこれが今日のすももさんらしい。いつもよりやたらとテンションが高かった。
衣装はチュニックのシャツに下はフレアスカートという出で立ちであまり着ないものだ。顔もいつもと雰囲気が違うところを見るとメイクをしてきたようだ。
「終わったか姉貴、ならさっさと行くぞ」
りんごが階段の上を覗きそっけなく言った。
「はーい」
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