三話
コーヒーが淹れ終わり、小さい可愛い花柄の描かれた入れ物に移される。あ、そっちは女の人向けなんだ。
「ど、どうぞ」
ソーサーに乗ったカップがおそるおそるカウンターのテーブルに置かれる。立ち込める湯気がコーヒーの熱さを物語っていた。
これが喫茶店のコーヒーというやつか、ワクワクするぜ。そう思うと自然と顔がニヤついた。
「いただきます」
カップをとり、コーヒーを口に入れる。あの香ばしい臭いを持つ飲み物がどんな味かと思ったが……………。俺はカップをソーサーに置く。
「どう、かな………?」
お姉さんが上目遣いで見てくる、コーヒーを飲む前なら可愛いと思える仕草だがそれどころじゃない。
正直に言おうか迷う、言ったらまたこの人を不安にさせるんじゃないかという懸念があるからだ。だが舌に感じてる味はなんとも耐え難い。
迷った末俺はミルクの入ったカゴと砂糖の小瓶を見つけた。
ガッという音が似合うほど速くミルクを取りパチンとふたを開けコーヒーにぶち込む。砂糖も同様にだ。
「あ、ごめーん。うちのブレンド味が苦めになってるから慣れない人にはきついかもしれないの」
お姉さんが手を合わせて謝る。
嘘だろ、なぜ先に言ってくれなかったんだ。聞かなかった俺が悪いんだろうけどこの気持ちはなんとも言い難い。
俺は複雑な思いと共にコーヒーの中身を混ぜ…………。
す、スプーンがねえ。
「あ、これ使って」
お姉さんがスプーンを差し出す。
「あ、どうも」
今度こそコーヒーの中身をかき混ぜ再び口に入れる。うん、これなら普通に飲め…………、まだちょっと苦いな。少しだけ砂糖足すか。
「ねえ、四月から行く高校ってどんな名前のとこ?」
お姉さんが両手でほおづえをつきながら言った。
残念なことに今までの言動ゆえにその仕草に可愛さなど微塵も感じなかった。
「坂原北高校です」
俺が答えるとお姉さんが口を手で覆って目を見開いた。おい、なにをそんなに驚いてる。
「実は妹も坂原北なの」
ブシャァァッ!
思わずコーヒーを吹いた。これは流石に驚いたわ。平常でいられるかっつーの。
「ほんっっっと……………にすっごい偶然ですね」
がっつり溜めて俺は驚きを表現した。
「でしょ!すごくない?!すごい偶然じゃない?!」
お姉さんの騒ぎようにも違和感はない。
「で、その妹さんはどんな人なんです?」
ここまで来るとお姉さんの妹さんがどんな人物なのか聞いてみたくなった。
無言で上を見るお姉さん。
「なぜそこで黙るんです?」
「妹はね、わたしより活発じゃないし、素直じゃないの…………」
お姉さんがすっごい暗いトーンで言う。
「もしかして妹さんのこと嫌いなんですか?」
「嫌いじゃないけど好きじゃないっていうか…………」
煮え切らないお姉さんの返事。家族とはいえ人間関係は複雑だな。
「きみは兄弟とかいるの?」
「妹が一人。自分一人暮らしなんですけど実家離れる時すっごい泣かれましてね、そりゃあまあ大変でしたよ…………」
俺は妹のみかんが泣いた時を思い出す。
『やっぱりやだ!お兄ちゃん行かないでー!』
引っ越す前に一度説得したものの妹は引っ越し当日にまた泣いて俺にすがりついてきた。
『なに言ってんだよ。今日引っ越しなんだよ、今泣かれても困るっつーの』
俺はしかめっ面をした。
『でもだめー!行かないで!』
『いいかみかん、お兄ちゃんとはちょっと離れ離れになっちまうけどもう会えないわけじゃないんだ。会おうと思えばいつでも会える。だからな?ちょっと離れるけど気にすんな』
俺は優しくみかんの頭をなでた。
『うん、分かった!あたし、お兄ちゃんに今度会いに行く!』
あの時はなんとか説得したが今でもすげえ不安だ、俺のことが恋しくて泣いてねえかなぁ………………。
「妹さんと仲がいいんですね」
「否定はしませんよ」
「なんじゃさっきから騒がしい、店番もろくに出来んのか」
店の奥から仏頂面のお婆さんが出てきた。
「おばあちゃん!違うの!これはね…………」
お姉さんが慌てて誤魔化すように手を振る。まるでいたずらを見つかった子供のようだな。
「なんじゃ、客がいたのか。あんまり喋り過ぎて客を困らせるんじゃないぞ」
お婆さんが俺に気づいて言う。
「どうも、お孫さんにはお世話になってます」
俺はお婆さんに頭を下げる。お婆さんはこのお姉さんの祖母ってことでいいんだよな。
「ほう、その若さでコーヒーの味が分かるとは中々やるのう」
「いえ、そんなことは…………」
俺は慌ててコーヒーの表面を隠すように口に入れる。味が分かると言われたのにブレンドにミルクを入れて味を薄めたなんて気づかれるわけには行かない。
「ほっほっほ。よいよい、あれは元々ミルクやシュガーで苦味を抑えながら人が好きなように飲む仕様なのじゃ。ちなみに苦味を抑えると酸味が出るようになってる」
苦いのに混じって舌がピリピリ来るやつがあるけどそれが酸味か。みかんやレモンみたいな柑橘系のとは違うが確かにそれは酸味と言われるやつだ。
「紹介するね、この人わたしのおばあちゃん、ここのお店の店長で若い時におじいちゃんと一緒にお店開いてずっとやってるみたいなの」
お姉さんがお婆さんを紹介する。
若い時ってどれくらいだ?この見た目だと戦争経験は…………実際はさておきあってもおかしくない貫禄だな。
「あ、お婆さんが店長だったんですか。てっきり………」
俺はお姉さんに目を移す。
「え、わたし?」
「ほっほっほ、だと良かったんじゃがのう。どうじゃ、付き合ってみるか?」
お婆さんがほがらかに笑う。
「ええ?!」
思いもよらない言葉に俺は驚きを隠せなかった。確かに一目惚れではあるけどいきなり付き合えといわれてもちょっと……………。
「ちょっと、お客さんからかわないでよー」
お姉さんがお婆さんに言う。
「じゃが、好みじゃろう?」
お婆さんの言葉にがくんがくんと頷いた。
「え、そんな、わたし心の準備が…………」
お姉さんが顔を真っ赤にして手で覆った。
「ほっほっほ、面白い面白い」
完全に俺達のことからかってるなこのばあさん。いかついようで遊び心をどこかに持ってるようで油断も隙もねえ。
「坊主、今日はタダでいいぞ、そのコーヒーの金はいらん」
「そんな、悪いですよタダなんて。ちゃんとお金払わないと………」
俺はお婆さんの申し出を断る。
「いいていいて。今日ここに来てくれた記念じゃ、いわゆる初回サービスというやつじゃな。その代わり、今度からちゃんと代金は貰うぞ」
「そういうことなら」
お婆さんの笑顔に俺はありがたくその申し出を受けることにした。
それから俺はお姉さんやお婆さんと雑談をしながら楽しい一時を満喫した。
「また来てねー!」
「待っとるぞー!」
帰り際二人が俺を見送った。その時お姉さんは元気よく手を振っていた。
★★★★★★★★★★★
少年が店を出た後、店長はからかうように孫娘に言う。
「いい、男じゃったのう」
「だから違うって!あの子とは別にそんなんじゃないから!好きとかそんなんでもないから!」
孫は必死に否定するも先ほどの少年のことが頭の片隅に残って離れないでいた。
「ほっほっほ、どうだか」
店長は含みを持たせるように笑った。
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