三十七話
アパートに帰宅後、俺はシャーペンを持ち机に置いてあったプリントに向かった。
「なにしてるの?お兄ちゃん」
みかんが俺を見て言う。
「なにって宿題だよ宿題、ゴールデンウィークで休み長いからって学校から宿題が出てるんだよ」
「へー、高校生って大変なんだね」
「そういや中学の時はゴールデンウィークでも宿題とかなかったなー、お前の時もそうなのか」
「うん、そうだよ」
「はー、いいよなー中学は。暇でさー」
中学生が自分より楽してると思うと憂鬱になってきた。とはいえ宿題をやらないわけにはいかない、俺はプリントの文を読み始める。
「高校の授業てなにやるの?」
みかんが言う。
「なにって言われてもなー」
高校の授業と言っても色々あってすぐには出ない。
「そうだ」
俺は本棚の中から教科書を一冊取り出してみかんに渡した。
「これまだ宿題では使わない教科だから読んでいいぞ」
「いいの?」
「ああ、でも俺が使うかもしんないからそん時は返してくれ」
「はーい」
それからみかんは受け取った教科書を読んでいき俺は宿題を進める。
「うーん、終わったぁ………」
俺は背伸びをして固まった体をほぐす。
「終わった?」
みかんが聞いてくる。この間、同じ教科書で飽きたのか別の教科書や資料集、問題集を見ていた。
「ああ、終わった。結構疲れたけどな」
時計を見ると七時を過ぎた頃だった。
「もうこんな時間かよ」
「晩御飯もあの店で食べるよう誘われてるんだよね?」
みかんが確認する。
「ああ、そろそろいかないとすももさんに怒られるな」
俺はみかんとアパートを出て再びカフェダムールに向かう。
「ねえ、なんでお兄ちゃんはカフェダムールで働いてるの?」
歩きながらみかんが聞いてきた。
「なんでってバイトしないとおこずかい稼げないし家からの仕送りだけじゃ不便だろ」
「でもあそこの店バイトの募集の紙とかなかったよ、どうやってあそこのバイトになったの?」
「よく見てるな」
みかんの観察力に俺は目を丸くした。
「見てるっていうかあの店張り紙自体おいてないよ」
言われて俺は目を上にやった。
「言われてみれば確かに…………」
「それで、なんでお兄ちゃんはあそこでバイトしてるの?」
「初見で絹江さんやすももさんに気に入れられてたみたいで何度か店に出入りしてたら働かないかて誘われたんだよ」
みかんが俺の方を向いていた顔を正面に向ける。
「変わった…………人たちだね……」
「変わってるっていうか俺みたいな歳のやつはあの店出入りしないから珍しくて気に入ってんだよ」
すももさんの場合は違うが絹江さんの方は間違いないだろう。
「この辺りって学校もないし一人で喫茶店とか行きづらいのかな」
「かもな」
カフェダムールでの夕食、今日のメニューはカレーだ。
俺がカレーを食べていると人参がいつの間にか増えていた。横を見るとみかんの人参が少し減っていた。
やはりこいつの仕業か!俺は怒りを胸に秘めると黙って自分の皿からみかんの方へ人参を移動させた。しばらくするとまた人参が増えていた。俺はまたみかんの方へ人参を移動させる。また戻ってくる人参、その繰り返し。
「ちょっと二人とも!お昼もだけどそういうのはみっともないからやめてよね!」
『はーい』
またすももさんに怒られてしまった。
このままだと人参が食べづらいので福神漬けを大量に乗せてから食べることにした。まず俺が乗せ、次にみかんが乗せた。
「昼も気になってたのですがなぜお二人は仲が悪いのです?」
「え?」
「あなた、本気で言ってます?」
「えっと、冗談だよねシャロンちゃん?」
俺達はシャロンの言葉に一斉に首をかしげた。
「確かに俺達喧嘩することもあるけどそこまで仲悪いわけじゃないぞ」
「むしろ兄のことは好きですが」
俺とみかんはシャロンに言った。先ほど喧嘩した時のみかんへの嫌悪感はもう消えている。恐らくみかんも同じ気持ちだろう。
「喧嘩するのに仲が悪いわけではない?どういうことでしょう?」
シャロンはまだ首をかしげている。
「ほら、あれだ。喧嘩するほど仲がいいってやつ?」
りんごが手のひらを前に出しながら言う。
「それ言われると別に仲がいいわけじゃないて言いたくなるな」
「そういう言い方は嫌いです」
俺達はりんごに言い返した。
「なんだよそれ、意味わかんないし」
「喧嘩するほど仲がいいっていうか他の人よりずっと仲がいいから気楽になんでも言えるし喧嘩になるようなことも出来るって感じ?」
すももさんもスプーンを前に出しながら言う。
「まあそんな感じ」
「一緒じゃん」
「逆じゃよ逆。喧嘩するから仲がいいんじゃなくて仲がいいから喧嘩もするということじゃ」
納得のいかないりんごに絹江さんが俺の言葉を代弁してくれた。
「わたしもミカンと喧嘩するほど仲のいい関係になりたいです!ミカン、喧嘩しましょう!」
「ええ…………」
するとシャロンがみかんの手を掴んで言った。突拍子のない台詞にみかんが苦笑いしていた。
「シャロン、さっきの話聞いてたか?喧嘩するから仲がいいんじゃなくて仲がいいから喧嘩できるんだぞ?喧嘩したところでそいつと仲がよくなるとは限らないからな?」
俺はシャロンに苦言を呈した。
「分かりました」
納得したかと思えたがシャロンはとんでもないことを言ってきた。
「ならわたしのことをシャロンお姉ちゃんと呼んでください!それなら出来ますよね?」
「ええ……………」
みかんはさらに困ってしまう。
「お兄ちゃん?」
ついには俺に助けを求めてきた。
「あのさぁ、シャロン。急にどうしたんだよ、お前そんなキャラじゃないだろ。お前はもうちょいおとなしいキャラだったと思うぞ」
「わたしだって喧嘩するほど仲のいい妹や姉が欲しいんだよ!」
シャロンが絶叫した。敬語を忘れるほどの強い想いらしい。にしても…………。
「妹や姉ってなんだよ、友達じゃないのかよ」
「だってスモモとリンゴは姉妹でミカンはハヅキの妹だもの」
「そうだけど」
「さらにみんなわたしの目の前で喧嘩してるし」
「ああ………」
目の前で二度も見せられては善し悪しはともかく喧嘩に対して強いイメージを抱くのも無理はないか。
「だからミカン、わたしのことをお姉ちゃんて呼んで!」
「どうしてですか?!」
再び姉と呼べと言われみかんが再び困惑する。俺も思う、なんでだ!?なぜ喧嘩するほどの相手が欲しいからと自分を姉と呼ばせるのだろうか。わけがわからない。
「人と仲良くなるにはやっぱり呼び方からだと思うの、だからお願い!」
「とりあえず一回だけ呼んでやれ」
俺はシャロンの熱意に打たれみかんにシャロンの望み通りにするよう頼んだ。
「分かった。シャロン、おねぇ、ちゃん」
みかんが頬を染めながらか細い声で言った。
「はうあっ!」
それを聞いたシャロンが奇妙な声を上げ後ろにのけぞった。自分で要求したのに大分ショックだったらしい。
そして爽やかな顔になると言った。
「もっと、呼んでもいいのよ」
なんだこのオーラは。本当に、シャロンなのか?おとなしく虫をも殺さぬ優しいと言われたあのシャロンなのか?今のシャロンは今までにないほど姉のような包容力を出していた。
「いやです、気持ち悪い」
「うぇああ………」
みかんにピシャリと言われシャロンが顔を歪ませる。視界に悪いほどの気持ち悪さなので俺は視線を外してカレーを食べることに集中した。
「あたしは別にみかんが妹じゃなくても仲良くなれると思うけどな」
りんごがすももさんの向こうからみかんに笑って言った。
「りんごさん…………」
みかんはりんごを見詰めると言った。
「りんごさんて見た目と違っていい人ですね」
「ひでえなおい!あたしってそんな悪いやつに見えるかぁ?」
みかんの言葉にりんごが声を上げる。
「正直、お昼食べにきた時はそっけないというか恐そうなイメージがありましたから。ごめんなさい」
みかんはりんごに対する第一印象を謝罪する。俺もりんごに対してはクールな印象を持っていたからみかんの言葉も間違いではない。学校でもりんごはあまり人とは話さない性格だ。
「まあ、あたしも普段そういう風にしてるから仕方ないけど…………」
「でも、こうして話してみるとりんごさんが優しそうな人で良かったです」
「それは言い過ぎだ馬鹿………」
みかんに笑顔で言われりんごは頬を染めてそっぽを向いた。
それを見たすももさんがからかうように言う。
「あれぇ?りんごもしかして照れてるー?みかんちゃんに優しそうて言われて照れてるー?ウブだなぁ、りんごはー」
「照れてねえし!ていうかなんだよその言い方、気持ち悪いんだよ」
「えー、そうかなー」
すももさんはこう言うがりんごの言う通り今のすももさんは会社の女子社員に近づくエロ親父のようだった。
そんなこんなで楽しい時は過ぎ………。
『ごちそうさまでした!』
カレーの後に出たデザートのケーキも食べ終える。ケーキを作ったのは自分だとすももさんが自慢し実はほとんど他の人間が作っていると突っ込まれるのはお約束だ。最近だと俺やシャロンも絹江さんやりんごに習いながら少しずつケーキ作りに携わっている。
「そうだ!明日みんなでおでかけしない?」
別れ際すももさんが提案した。
「出掛けるってどこに?」
「坂原中央の双葉パークて知ってる?」
すももさんが言うがピンと来ない。
「知りません」
「初めて聞きました」
「知らない?!葉月くんもシャロンちゃんもこの町に来て一ヶ月経つけど知らないの?!」
すももさんが俺達の反応に驚いた。
「葉月はともかくシャロンは服とか買いに行くだろ?」
りんごが言う。どうやら男の俺がわざわざ行くような場所ではないようだ。
「いえ、最近だと買い物は全て近場で済ましてるので遠くへは行きません」
「そこまで遠方じゃないんだけどな………」
シャロンの返答にりんごが頭を悩ませた。近からず遠からずと言ったところだろうか。
「あの、その双葉パーク?っていうのはどれくらいかかるんですか?」
みかんが聞いた。
「電車で三十分じゃよ、ちょっと遠いがそんなにはかからん」
絹江さんが答えた。
「へー、どんなところなんです?」
「アウトレットじゃよ、ショッピングモールとも言うがの。ほら、確か…………」
アウトレットやショッピングモールという名前は知っているがそこがどういうものかはすぐに出てこない絹江さん。そこへすももさんが助け船を出した。
「色んなお店が入ってるってとこだよね」
「おう、それじゃよそれ。確かあそこには映画館もあるんじゃろ?」
「うん、せっかくだし映画も見に行こうかなって」
「映画、ですか」
「ね、いこっ、映画館!」
すももさんが楽しそうに俺達を誘ってくる。
「楽しそうです!ぜひとも行きましょう!」
シャロンが両手を重ねて言う。
「どうする、みかん?」
俺一人で決めるわけには行かないのでみかんに尋ねた。
「家にいてもやることないし行こうよ」
「あいよ。というわけで俺達も行くぜ」
「店はわしに任せてたっぷり遊んで来てよいぞ」
『はーい』
絹江さんの許しも出て明日は心置き無く出掛けることにした。
今回もお読みいただきありがとうございます。よかったらブックマークや評価お願いします