三十六話
カフェダムールの前でみかんが止まる。やはりあの特徴的な看板はみかんの目にも止まるようだ。
「こんなところに喫茶店あったんだ」
「ここ俺のバイト先だよ」
「ええっ!?お兄ちゃんの?!」
俺が教えるとみかんが素っ頓狂な声を上げた。
「ああ、さっき一緒だったすももさんやシャロンもいるぞ」
「なるほど、じゃあここに入ればお兄ちゃんの仕事ぶりが分かるてことだね」
「いや、俺今日休みなんだけど?!」
みかんは俺が止めるのも聞かず店のドアに手をかけた。
「いらっしゃい。あ、みかんちゃんに葉月くん!」
中に入るとすももさんが出迎えてくれた。
店内を見回すみかん。
「へー、中々いい店じゃない」
「お褒めに預かり光栄です。お席こちらでーす」
すももさんに案内され席につく。今日は珍しく客として来てるので新鮮な気分だ。
二人でメニューを見る。さて、今日はなにを食べようか。ナポリタンはよく食べるしオムライスもそこそこ食べるが今回は…………。
「あ、お兄ちゃん。このお店ナポリタンあるよ!ナポリタン!」
みかんが興奮したようにナポリタンのところを指さす。
「そりゃあ喫茶店だしナポリタンぐらいあるだろ」
「だって家じゃナポリタン食べさせてくれなかったし………」
俺が言うとみかんが不満そうに口を尖らせる。
「やめろ、こっちじゃよく食べてるのにそんなこと思い出させるな」
実家にいたころの夢のない昼食を思い出して頭を抱えた。
「うわ、お兄ちゃんいつもナポリタン食べてるんだ。ずるーい」
みかんが非難するような目で言った。
「るせー、だったら今ここで食えばいいだろ」
「言われなくてもそうするし」
「すももさーん」
俺はすももさんを呼び注文をする。妹がナポリタンを食べるので俺もナポリタンを食べることにした。
「二人揃ってナポリタンとか変わってるね」
注文を聞いたすももさんが言う。
「いいだろ別に、だって実家じゃあんま食えなかったし」
「ていうかスパゲティって言えばあの赤いケチャップまみれのナポリタンたの!デミグラスソースかけた茶色いだか赤い方はスパゲティじゃないの!」
俺はそっけなく答えただけだったがまだ実家暮らしをしているみかんの方はテーブルを叩きながら力説した。
「そ、そうなんだ…………」
すももさんが苦笑いをした。
「飲み物はどうする?葉月くんはブレンド?」
「ブレンドて、お兄ちゃんスパゲティにコーヒー飲むのぉ?スパゲティには紅茶て昔から決まってるじゃん、スパゲティにコーヒーておかしいよ」
すももさんの言葉を聞いてみかんが眉を潜めた。
「そうなの?」
「うちの実家だとそうなんですよ」
驚いたすももさんに俺は説明した。よそでは知らないが実家ではスパゲティを食べる時の飲み物はいつも紅茶と決まっていた。
「へー、変わったうちだね…………」
「変わってないし、とにかくスパゲティに紅茶なの!」
再び苦笑いするすももさんをよそにみかんが再び紅茶を推す。
「いいじゃん、ここのコーヒー美味いし」
俺は口を尖らせた。
「えー、お兄ちゃんそんなコーヒー好きだったっけぇ」
驚いたようなみかんの顔。まあ実家にいた頃はあまりコーヒーを頻繁に飲むような人間ではなかったので仕方ない。
「いやあ、俺も昔はそうだったんだけどここのコーヒーが気に入ってからすっかりハマっちゃって………」
俺は頬をかきながら答えた。本当はすももさんに会えるという動機も最初の方はあったが長くなりそうなのでやめた。
「ふーん、じゃああたしも今日はコーヒーにしようかな。ブレンド?っていうのください」
みかんがブレンドを注文をする。
「ブレンドだね、葉月くんもブレンド?」
「はい」
「このお店っておばあさんがやってるんだね」
みかんがカウンターの向こうにいる絹江を見て言う。
「すももさんのお祖母さんで絹江さんて言うんだよ、すももさんの両親が亡くなって絹江さんがお孫さんを引き取ったんだよ」
「へー、複雑な事情があるんだね。あっちにいるショートヘアの人は?」
みかんが今度はりんごを指差して言った。
「すももさんの妹でりんごて言うんだよ、さっきみんなと一緒にはいなかったけどな。高校で同じクラスなんだよ」
「りんご?」
みかんが目見開く。どうやらりんごの名前が気になったようだ。
「りんごにすもも、お前と同じで果物系の名前とか笑っちゃうよな」
俺はみかんの思ってることを察して言った。
「やめて気持ち悪い、ついさっき知ったばっかの人の名前に親近感とか湧かないんだけど」
みかんが吐き捨てるように言った。
先にコーヒーが運ばれてきた。砂糖とミルクを入れて混ぜる。みかんはなにも入れずにコーヒーを口に含む。
「ケホッ、ケホッ。ちょっと、このコーヒー苦すぎない?」
コーヒーの苦さにむせたみかんが言う。
「やっぱ無理か、俺も最初は苦くて飲めなかったんだよな」
「お兄ちゃんひどーい、どうして言ってくれなかったのー?」
「てへっ」
文句を言うみかんに俺は舌を出した。いつもみかんにはしてやられてるからな、お返しだ。
「お兄ちゃんがそれやっても可愛いくない」
「う…………」
能面のような顔で言われ俺は顔を伏せた。
みかんがコーヒーに砂糖とミルクを混ぜてから口に入れる。そして中身を口に入れる。
「あ、おいしい」
みかんの口が緩んだ、どうやらお気に召したようだ。
俺もコーヒーを口に入れる。いつもの強い苦味と同時に酸味が口の中に流れ込んできた。
しばらくしてナポリタンが運ばれてくる。最初に食べた時と違いすももさんの要望でソーセージや人参などの具が追加されている。
二人で赤く染まった麺を口に入れる。いつも通りのケチャップの味が広がっている。
『うん、これこそスパゲティの味だ(だよね)!』
俺達は声を揃えて言った。
「ちょっとお兄ちゃん!真似しないでよ!」
みかんが声を揃えたことにむっとする。その態度に俺もむっとした。
「そっちこそ真似すんなし」
「なによ?」
「ああ?」
ますます互いが気にいらなくなった俺達は鋭い視線をぶつける。
「ほっほっほ、兄妹仲のいいことじゃ」
俺達のやり取りを見ていた絹江さんが豪快に笑った。
『仲良くないし!』
俺達は同時に絹江さんを睨みつけた。
「仲よくない割に息ピッタリじゃん」
りんごが俺達を見て言う。
「ていうかお前、俺が引越す前はあんなに泣いたのに今日は随分と生意気だよあなあ。お前兄貴をなんだと思ってるんだよ」
俺はみかんに言う。俺の頭からはみかんが大切な妹という事実は消えていた。
「そういうお兄ちゃんこそ兄のくせに反抗的だよねえ、お兄ちゃんはあたしの手のひらで踊らされてばいいのに」
みかんがたまらず言い返す。
「ああ?!」
「ええ?!」
俺達は再び睨み合い、グリグリと額をぶつける。
ガスッ!ガスッ!
俺達は硬いもので頭を叩かれ、衝撃が走った。
「いっつー」
「いってえ……」
俺達は痛みに頭を抑えながら殴られた方を見るとお盆を持ったシャロンが腰に手を当て立っていた。眉は吊り上がり目もキッとこちらを睨んでいる。
「ここはご飯を食べるところですよ!喧嘩するなら外でやってください!」
「あ、はい」
「ごめんなさい」
シャロンに怒鳴られた俺達はおとなしくナポリタンを食べることにした。シャロンが怒るところなんて初めて見たな、いつも笑顔を振りまいてるだけに余計恐かった。
「お兄ちゃん人参残ってるよ」
みかんに言われ皿を確認すると先ほどより人参の量が増えていた。
「お前こそ好き嫌いすんなし」
俺はみかんに足されたと思われるより多い量の人参をスプーンですくうとそれをみかんの皿に足した。
「ねえお兄ちゃん、さっきより人参増えてない?」
みかんが皿を見て首をかしげる。
「気のせいだろ」
さっきこいつも俺の皿に人参を足したんだ、俺だけ責められるいわれはない。
「いや気のせいじゃないよ!二人とも好き嫌いしちゃダメだよ!葉月くんもどうしたの?!いつもは人参もちゃんと食べてるじゃない!」
すももさんが俺達のやり取りを見て突っ込んだ。
「ちっ、バレたか」
俺は舌打ちした。
「バレたか、じゃなくて高校生なのに好き嫌いとかみっともないよ。ほら、みかんちゃんにあげた人参も食べよ」
「はーい」
俺はおとなしくみかんの皿から人参を回収して口に入れた。
「うぇ……」
独特の苦味に俺は顔を歪ませた。苦味を緩和するため甘みのあるソーセージを口に入れた。ソーセージもよく焼けており人参の苦味が少しは減った気がした。
「ふっ、ざまあ………」
「てめえ……」
みかんが馬鹿にしたような視線を向けてきた。
「みかんちゃんも食べれるよね?」
「え、わたしも、ですか?」
今度はみかんが言われ嫌そうな顔をした。
「お兄ちゃんが出来たんだから、妹のみかんちゃんも出来るよね?」
「ええ、まあ…………」
すももさんに言われみかんがフォークで人参をすくう。その顔はいかにもこんなもの食べたくないという顔をしていた。
「う、うう………」
「そんなに嫌なら無理に食べなくてもいいんじゃないか」
俺は眉を潜めるみかんを見かねて言った。
「よ、余計なお世話だし。そんなこと言われなくても食べれるし!」
そう言うとみかんは先ほど俺の皿に人参を置いたのを忘れ一気に口に入れた。
「う………」
顔を歪ませるみかん、そこにコーヒーを流し込む。両方とも苦いのは変わりないがコーヒーの方は耐えられるらしい。
「はーい、よく出来ましたー。偉い偉い!」
「別にわたしは………」
みかんがすももさんに頭を撫でられ顔を染める。
「葉月くも偉い偉い」
「俺もですか?!」
今度は俺がすももさんに頭を撫でられた。
「葉月も頑張ったんだからご褒美ご褒美ー」
「いや、俺は別にそういうの…………あ、やっぱり気持ちいいですこれ」
頭を撫でられる内に食事中に関わらず眠くなってきた。
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