三十三話
それは五月も近い日のことだった、こっちに引越して来てから電話の一本もなかった妹のみかんから連絡が来たのだ。
俺は携帯の画面に表示されたのは知らない番号だ、ひとまず電話に出る。
「もしもし?」
『もー、お兄ちゃんひどい!なんでそっち行ってから一言も電話くれなかったのー?』
通話開始早々いかなり怒られた。あまりに驚いたのでみかんの声だと気づくのに時間がかった。
「あ、いや、こっちの暮らしが楽しすぎて忘れてた」
言い訳も出来ず白状してしまう。
『うわ、そっちの暮らしにかまけて妹ほったらかすとかお兄ちゃんさいあく…………』
電話口でもドン引き&軽蔑の顔が浮かびそうな声だ。
「ごめん…………」
大事な妹に連絡をするのを忘れるなんて俺はお兄ちゃん失格だ。
『ほんと、お兄ちゃんはあたしがいないと情けないなあ』
馬鹿にしたような声がする。俺が家を出てく前泣きわめいたのはどこのどいつだという言葉を抑える。落ち着け、悪いのは連絡しなかったこっちだ、ここは怒るとこじゃない。
「ほんとに、ごめん…………」
『やだ、許さない』
「え…………」
許さない?それは困った、連絡を忘れていたとはいえみかんは大事な妹だ。その妹に許されないとなると死んでしまう。明日には三途の川へまっ逆さまかもしれない。
『なんて、冗談だよ冗談。お兄ちゃん大好きなあたしがお兄ちゃんを許さないなんてある訳ないじゃん』
「ほっ………」
俺は胸を撫で下ろす。今のは彼女なりに俺をからかったらしい。
『で、本題なんだけど………』
俺をからかった時と打って変わって真面目なトーンで言い出す。
『あたし、お兄ちゃんの家に遊びに行くことにしたからー』
「へ?」
急に言われて何を言ってるのか分からなくなった。
『ゴールデンウィークの五日間、お兄ちゃんの家に遊びに行くことにしたから。どう?嬉しい?』
詳細を聞かされようやくみかんの意図が理解出来た。
「えーーーーーーーーー!」
そしてアパートにも関わらず叫んだ。
「え、マジ?正気?それほんと?!」
俺は驚きのあまり混乱した。
『嘘言ってどうするの、お兄ちゃん驚きすぎ。一ヶ月電話貰えなくて寂しいからいっそのことお兄ちゃんの家に遊びに行っちゃおうかなって思ってるの。だめ、かな………?』
みかんは説明を終えると甘えたように聞いてきた。俺はその声に思わず口元がニヤついてしまう。
「いいに、決まってるだろ」
『やった!ゴールデンウィークだからね?ゴールデンウィークの最初の日に行くから、覚えててね?』
思わず電話の向こうでガッツポーズをしているみかんが見えた。
「そんな念押さなくても分かってるって」
『じゃあ当日また電話するから────』
「あ、そういえばさ…………」
『え、なに?』
俺は電話を切ろうとするみかんを止める。
「この携帯にかかってきた番号知らないやつなんだけど………」
相手がみかんだと驚いてそれどころじゃなかったが今なら聞ける。
『ああ、これ?お父さんに買ってもらったの、これでいつでもお兄ちゃんと話せるからね』
友達とではなく俺とと言う辺りみかんらしい。
「へー、よく許したな」
俺の場合中学の時は携帯なんてまだ早いなんて言って買ってくれなかったのに。
『お兄ちゃんが中学生の時はまだ買ってもらってなかったもんね』
「言うなよそれー」
『じゃあ、そっち行く時また電話するから』
「ああ」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
俺は今カフェダムールの店内を徘徊している。注文を取るでも料理を運ぶでもなくただ歩いているのだから徘徊と言えるだろう。
「葉月くんさっきから変だよ、お客さんだっているんだからやめようよ」
「そうだぞ。大体お前元々そんなキャラじゃないだろ」
「何かありました?」
すももさん達が俺を見て口々に言う。
「やっぱそうか」
「いや変だろ」
「なにか悩みがあるなら言ってよ、わたし達友達でしょ?」
俺は意を決して口を開いた。
「実はな、妹が来るんだ」
「妹?お前、妹がいたのか」
「初めて聞きました」
りんごとシャロンが驚いた表情を見せる。
「そういえば初めて来た時そんなこと言ってたね。で、妹さんはいつ来るの?」
すももさんに聞かれ俺は答える。
「明日です、明日から俺の家にゴールデンウィークの間泊まることになってます」
『明日!?』
みんなの声が揃う。
「明日って、こんなとこで油売ってていいのかえ?」
店を仕切っている絹江さんが言う。
「一応部屋は片付けましたし来るのは明日ですから」
「とすると明日は休みにした方がいいかもしれんの」
「いえいえそんな、俺の個人的な事情でお店に迷惑をかけるわけにはいきませんよ」
絹江さんに言われ俺は慌てて言い繕う。
「なに言ってんだい、久しぶりの家族との再開だよ。明日くらいゆっくりしな、なんなら妹さんのいるゴールデンウィークはずっと休みでも構わんよ」
「それじゃあお店が………」
「馬鹿だねえ、ここにはあたし以外にも優秀なスタッフが三人もいるからの。一人減ったくらいじゃ大したことありゃせんよ」
「そうだよ、休みなよ」
「店はあたし達に任せろ」
「わたし、頑張ります!」
すももさん達も俺の後押しをする。その言葉の数々が優しさ帯びていて俺は思わず胸が熱くなってしまった。
「みんな…………ありがとう。俺、妹とめいっぱい遊んで来るよ」
「ところでハヅキの妹はどんな人でしょう?」
しばらくしてシャロンが聞いてきた。
「確か甘えん坊な性格って聞いたような………」
すももさんが言う。甘えん坊だったのは俺が引越しをする前の時の話だ。
「あの時ははな、普段のあいつは結構意地悪ていうか小悪魔みたいな感じだな」
俺はみかんの性格について話した。
「小悪魔?悪い人なのですか?」
シャロンが言う。
「悪い人っていうか悪魔みたいにこっちを翻弄したりからかったりするやつってことだよ」
「頭がよろしいんですね」
「まあ、そうとも言うな」
「小悪魔ねえ、あたし達にはいないタイプだな」
りんごが言う。
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