三十二話
それからりんごを中心に制服作りが始まった。以前メモした寸法を頼りに布に下書きをし裁断をしていく、そこからさらにまち針で仮止めしながらドレスを縫っていく。
「いたっ」
すももさんが声を上げる。指を見ると血が出ていた、針で間違って刺したようだ。
「大丈夫ですかスモモ!」
シャロンが駆け寄る。
「う、うん………」
俺は近くのティッシュが目に入る。止血するためにすももさんにティッシュを差し出そうと思ったがりんごのが動くのが速かった。
「たく、なにやってんだよ姉貴」
りんごはそう言うとすももさんの血の出てる指をくわえた。
「りんご?!」
すももさんがりんごの大胆な行動にあっけに取られる。
「ワーオ」
シャロンがフランス訛りで唸る。
りんご本人としては至って真面目だがその光景は思わず喉を鳴らすほど艶かしいものに見えた。
やがてりんごが口からすももさんの指を離す。
「こんなん舐めとけ治るって、まだ血が出るなら自分でも舐めとけよ」
「う、うん………」
りんごは何とも思ってないがすももさんがりんごを意識する形になっていた。見てる方も意識を集中してしまうような光景だ、無理はない。
おっと、作業の途中だった。そろそろ作業に戻らねば。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
『やったー!』
俺達は両手を上げ歓喜した。
数日後、制服となる衣装が完成した。途中からミシンを何度か入れ一気に仕上げる形となった。全て手縫いならもっと日数がかかったろうが機械の力を使えば容易である。
「やったよりんご!わたし達やったんだ!」
「分かったから抱きつくな気持ち悪い!」
すももさんがりんごに抱きつく。すももさんが人前でりんごに抱きつくのを見るのは初めてだ。こういう時にやるのだろうか。
「やりましたねハヅキ」
「ああ」
俺はシャロンと顔を合わせるが恥ずかしくなり顔を逸らした。
「早速試着してみようよ!」
すももさんが出来た衣装を持って言った。
「それいいですね、やりましょう!」
「まあどうせ着るんだしな」
シャロンとりんごが同意する。
「つーわけで出てけ」
「分かったから押すなって!」
りんごが俺を部屋の外に押し出す。
やることもなく俺は店舗スペースに降りて接客することにした。
「どうした葉月また一人だけ降りてきて、今度は何で追い出されたんじゃ」
俺を見て絹江さんが言う。
「衣装が出来たんで試着するらしいです」
「ほう、ついにかい?」
絹江さんが感心したように身を乗り出す。
「ええ、ついにです」
「みんな、この店の制服が出来たぞー!」
『オオー!』
絹江さんが店の客全員に聞こえるように言うと歓喜の雄叫びと拍手が店全体に響き渡った。あまり人がいないにも関わらず客の声がかなり大きい。
衣装の件は製作を始めた段階から絹江さんが客達に言っており常連客はみなこのことを知っていた。俺達が作業のために学校帰りに店舗スペースからりんごの部屋に行く時もそのことについて聞かれたこともしばしばだ。
「よく頑張ったなー、葉月くん!」
「わしも長生きはするもんじゃのー」
客の何人かが俺に話しかけていく。カフェダムールの客はほとんどが大人の人でしかも定年退職してやることが時間の余った高齢の人が多い。専業主婦や仕事が早く終わり夕食を食べに来た人もいるがなぜかおじいさんやおばあさんの客の方が多いのだ。
「いえーい!みんなどう?カフェダムールの制服だよー!」
『おー!』
すももさんが店舗スペースに来て客達に衣装を見せびらかすとまた客達から歓声が上がる。白いシャツの上にピンクのドレスがついた姿はやはり中世ヨーロッパの町娘思わせてすももさんの可愛さを底上げしていた。
「どう葉月くん?似合う?」
「まあ、似合うっちゃあ似合いますけど………」
すももさんに聞かれるがどうも微妙な返事になってしまう。なにしろいかにも自慢げで褒めてくれという気持ちが丸わかりで真っ向から褒める気がなくなったのだ。
「え、もしかして似合わない?」
「さっきからうるせえ、なんだしこの騒ぎ」
「いったいなにが起きてるんでしょう」
りんごとシャロンも制服を着てやってくる。
それを見て俺は思わず叫んだ。
「シャロンのが似合ってるわ!」
「ええー」
すももさんが驚くが仕方のないことだ。制服を着たシャロンは銀色の髪や青い瞳と相まってまさに西洋から着た妖精のようだった。このドレスを着るにこれほとふさわしい人物はいなかった。
「おー、すももちゃん達新しい服に着替えたんかえ」
「よー合っとるのー」
すももさん達の制服を褒める声が客達からも湧く。
「これはすごい、フランスから来たみたいじゃー!」
「なにを言うんじゃ、この子はそもそもフランスから来たんじゃろ」
「おー、そうじゃった」
「この中じゃ一番この服が似合ってるんじゃないかの」
しかしシャロン個人を讃える声のが圧倒的であった。客から見てもフランス人のシャロンがあの衣装を着るのは反則級の見た目らしい。
「すげーな、シャロン。店のやつらに大人気だぜ」
りんごが店の光景に関心する。
「姉貴?」
りんごが首をかしげる。すももさんを見ると拳が震えていた。
「どうせわたしなんか…………」
まずい、この流れは…………。
「あの、すももさん…………」
俺は手遅れにならないよう注意を引きつけようとした。
「シャロンみたいなフランス野郎よりブスなんだー!」
「すももさーん!」
俺が叫ぶも虚しくすももさんは店を出て走り去ってしまった。
静まる店内、凝視される扉。制服歓声で湧いた店内がまたたく間に無音になってしまった。栄える時は派手に栄えたのに散る時は案外あっけなく訪れるものである。
「あ、俺追いかけてきます」
俺は申し訳ない気持ちで店を出た。
外はもう日が沈み夜、月が俺を照らしていた。すももさんはどっちに行ったのだろうか、勘で曲がり走る。
よく猫が集まる空き地、そこにすももさんはいた。
俺はすももさんの隣に座った。
「ほっといてよ、どうせ葉月くんもわたしなんかよりシャロンのが好きなんでしょ?」
すももさんが体育座りをしてうつむきながら言った。
「まあ、見た目が結構いいですからね…………」
嘘を言うのもあれなので正直に言った。
「やっぱり………」
すももさんは空の月を見るとはああー大きなため息をついた。
「どうせわたしは平凡で平均的な見た目ですよーだ」
いじけるように空き地の小石に指をさしてぐるぐる手首を回している。ご丁寧に自分でいじいじと言っている。
俺は月を見ながら口を開く。
「確かにシャロンはすももさんより綺麗な見た目をしてます」
「ちょっとー、そんな真っ向から言っちゃうー?」
すももさんが口を尖らせる。
「お客様からの人気のもシャロンのが上です」
「うう、それ言われるとなんも言えない…………」
俺が続けるとすももさんはトホホと言いそうな目で言う。
「けど、お店はその分賑やかになりました、すももさんやりんごがずっと明るくなった気がします。昔の二人やお店を知ってるわけじゃないですけどね」
俺はそう最後に付け加えるとすももさんがクスッと笑った。
「ありがと。それ言われちゃったら否定できないね。でも、楽しくなったのは葉月くんのおかげもあるよ」
「え?」
不意打ちに言われ俺はどう返していいか分からなくなる。
「初めてお店に出たばかりのわたしのコーヒーを飲んでくれた、それだけで十分嬉しいの」
「そんなことがですか?」
俺個人としてはあまり大したことには聞こえない。
「そんなことって。わたし不安だったんだよ、お父さんとお母さんがいなくなったばっかでなんもやる気おきなくて、それでも何かしなくちゃておばあちゃんの手伝い初めて…………」
そこですももさんが俺の方を向いて言った。
「だから、コーヒー一杯飲んでくれただけで嬉しいの」
すももさんが笑った。その笑顔は月明かりに照らされ思わず見とれてしまうほどだった。俺はすももさんと顔を合わせるのが恥ずかしくなり避けるように上を向いた。
「それを言うなら店の看板がお洒落じゃなかったら来てませんよ」
「え、看板?」
今度は俺がすももさんを驚かした。
「筆記体のお洒落なあの看板に惹かれたから俺はカフェダムールに入ったんです。ダムールて変わった名前もありますけどね」
「そっか、じゃあわたし達はあのお店を作ったお祖父ちゃんとお祖母ちゃんのおかげで出会ったんだね」
「ははっ、二人に感謝しないとですね」
すももさんの言葉に思わず笑った。
「でも、お父さんとお母さんが生きてたらおばあちゃんの家に来ることもなくて会えなかったのかな」
「絹江さんの家にはあまりいかないんですか?」
「うーん、お父さんのお店の手伝いがあるからそんなには来れないかな。来るなら夏休みくらい?」
俺は初めて聞く間宮家のお家事情に目を丸くした。
「すももさん、お父さんもお店やってたんですか?」
「うん、イタリアンレストラン間宮って言っててナポリタンがおすすめのお店だったの。わたしとりんごは料理とかはしないけどウェイトレスの方はお母さんと一緒にやってたんだ」
「あ、それでナポリタン好きだったんですね」
俺はダムールに初めて昼食を食べに来たころを思い出した。
「うん」
「俺は……、すももさんのご両親が生きててもきっとすももさんに会えたと思いますよ」
「ええ、どうして?」
「だって夏休みには来るんでしょ?たとえいつも店にいるのが絹江さんでもきっと俺はあそこの常連になってすももさんと巡り会います、そんな気がします」
「そんなこと言ったら葉月くんお店に恋してるみたいだよ」
すももさんに言われはっとした。
「ははっ、そうかもしれませんね」
店に恋する客と店主の孫娘とのラブロマンスか、これが小説ならとんだ喜劇だな。俺がすももさんに惚れることなんて万に一の確率でなさそうじゃないか。
「あー、でもそれだと葉月くんシャロンちゃんといる時間のが長いからわたしじゃなくてシャロンちゃんとくっついちゃうんじゃないかなー」
「ははっ、そう言われるとなんとも言えないですね………」
もしもの世界だが俺がシャロンと付き合う、という未来もあるかもしれない。いやいや、俺があんな美人と?やっぱりありえないよそんな未来は。
ふと横を見ると桜が見えた。今まで意識したことなかったがこの空き地には桜があるようだ。月明かりに照らされた桜には緑が混じり春の深まりを感じた。
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