二十九話
「制服だよ制服!」
カフェダムールでのある日、すももさんが言った。
「制服?学校の制服がどうかしたんです?」
「そうじゃなくて!このお店の制服だよ!」
すももさんが手を縦に振って俺の言葉を否定する。
「そういえばないな」
りんごの言う通りこの店に制服はない、あるのはエプロンだけだ。一応エプロンも各々色分けがされている。
「ちょっと寂しいですー」
シャロンが言う。別に俺個人としては制服などなくてもいいがあった方が店としてはいいかもしれない、制服はある意味店のシンボルになる。
「ならわたしの出番じゃないかしら?」
いつものように苦いブレンドに砂糖とミルクを大量に入れたコーヒーを飲みながらアリエが言った。彼女は俺とすももさんの関係を知ってしまったが俺のことを諦めきれずこの店に出入りしている。
「どういう意味だ?」
「あなた達の制服、わたしの会社が作ってあげると言ってるの。どう?やってみない?」
「ふん、あの女の力など借りんわい」
アリエの申し出を絹江さんが断った。絹江さんはアリエの祖母である祥子さんが嫌いである。
「あら残念」
「じゃあ今回の件はなしだな。俺達素人が制服をデザインして作るのは無理がある、やめだやめ」
あった方がいいのは確かだが作るとなると面倒になる。
「えー、やだよ。作ろうよ制服、やっぱり制服欲しいよ。制服があった方がお客さんにお店を覚えてもらえるもん!」
すももさんがこの話をやめようとした俺に反論する。
「せっかくですし、作りましょうよ。流石にエプロンだけでは喫茶店らしくないです」
シャロンが正論を重ねる。エプロンの話を持ち出されてはやりづらい。
「あたしは面倒だからそういうのいらないんだけど」
「制服作ればわたし達お揃いの制服着れるよ!制服作ろ、ね?」
「わ、わかったよ…………やればいいんだろやれば」
すももさんに押し切られりんごも制服賛成派に回ってしまう。制服よりも姉とお揃いの服を着れるのがよかったのか。
「葉月くんはどうするの?」
「はあー。やるよ、やる。反対意見が一人じゃやりづらいからな」
すももさんに問われ俺も根負けする。
「デザインは置いといてもだ、この中で裁縫得意なやついるか?」
俺がみんなに聞くとりんごだけが手上げ、他のみんなは気まずそうに顔を伏せていた。そしてりんごに視線がロックオンされる。
「ええと、あたしが作ればいいのか?」
りんごが根負けしたように口を開く。
「デザインはともかくやるなら実際の制作はりんご中心でやった方がいいな」
「まあ出来ないことはねえけど……………」
「じゃあ作ろうよ!今から!」
りんごの返事を了承と受け取ったのかすももさんがはやる。
「作るたってデザインも出来てないのにどうしろって…………」
「じゃあデザイン作ろっ」
「お、おい………」
困惑するりんごをよそにすももが彼女を住居スペースに引っ張っていく。
「あ、わたしも行きます!」
シャロンが二人について行き俺も行くしかなくなる。
「わりいな、折角言ってくれたのに」
俺は去り際アリエに言った。
「ふん、わたしの快い申し出を断ったのだからせいぜいいいものを作りなさいよ」
顔を赤くしながらアリエが答えた。
俺達はすももの部屋に移動して制服のデザインを話し合うことにした。そこですももさんが高校時代に授業で使ってたと思われるスケッチブックを取り出し何かを書いている。
「題して!カフェダムールの制服をみんなで考えてみよう選手けーん!いえーい!ぱちぱちー!」
「いえーい!」
スケッチブックに書いた派手な色の文を見せながら言うすももさんにシャロンが一人拍手する。
「もー、ノリ悪いなー。ほら、葉月くんもりんごも拍手!いえーい!」
『いえーい』
すももさんに言われ仕方なく俺達も拍手を返す。
その後スケッチブックから破られた紙が配られそれに各々が思いついたデザインを書くことになった。
女性ものなので俺が着るわけではないがすももさん達に混じって俺も自分の考えた衣装を書いていく。絵にそれほどの自信はないが基本的なことは出来てるつもりなので消しゴムで修正を入れながら鉛筆でドレスの絵を書いていく。
「ふう、出来たぞ」
俺は鉛筆を置き作業の終了を宣言する。
「はやっ。葉月くんもう出来たのー?ちょっと早すぎじゃない?」
すももさんが俺のハイペースに驚く。
「見てもいいですか?」
「いいぞ」
シャロンに続き他の二人も俺の紙をのぞき込む。俺のデザインはあの木製の壁に合うよう派手すぎずシンプルなものにしている。
「えっと…………これがハヅキの考えた服ですか?」
「それがどうした」
「流石に地味だろ」
「なんかつまんなーい」
シャロン達が言う。確かに俺のデザインは装飾など全くなくワイシャツの上にワンピースを引っ掛けリボンを付けただけのものになっているほどのものだ。
「しょうがないだろー、こういうの苦手なんだから」
俺は言い訳にもならない悪態をつく。
「ちぇー、じゃあわたし達がちゃんとやらないとね」
「やるからには本気でやる」
「渾身の一発決めます!」
作業が再開される。
「出来ました!」
次にデザインが出来たのはシャロンだ。
「ほう、出来たのか」
「どれどれ、見せて見せて」
俺達はシャロンのデザインを見て驚愕した。
「なんだこれ」
「いや花だろ」
なにも言えないりんごに俺は見たものを指摘する。
「花ったっておかしいだろ、いくらなんでも多すぎんだろ」
「そうですか?」
ものがものだけにりんごはシャロンに文句を言う。シャロンのデザインは左の胸元にバラの花があり右胸の端から腰まで花びらが斜めに走っている、腰から下は花びらをイメージしたフリルが全身に散りばめられていて全体的に喫茶店の制服というより社交界に使うようなドレスと見られても違和感がない。そしてなにより線が細かい、花びらの絵も緻密な描き方がされている。
「可愛いー!いいじゃんこれー、これ、これにしよっ、みんな」
「え…………」
「正気か姉貴」
シャロンのデザイン画を持ってはしゃぐすももさんに俺達は唖然とした。
「駄目ですか?」
「だってこれ喫茶店で着て接客するんだぞ」
「あとこれ作るのあたしだから、あんな細かいの作れねえし」
俺とりんごはシャロンに苦言をていした。シャロンのデザインは派手という以前に丈が長すぎるため歩くとつまずいて料理を落として客にぶつけそうだ。製作面でも細かいデザインのため時間や苦労を伴いそうだ。
「そうですか…………わたし、深く考えずにやっちゃいました。ごめんなさい…………」
シャロンが自分の失敗に気づき謝る。
「気にすんな、後にりんごとすももさんもいるしな」
「嘘?!これじゃあ駄目なのー?!」
「いや駄目でしょ」
すももさんが衝撃を受けて叫ぶ。
「まあ、こんなもんか」
若干時間がかかったがりんごもデザイン画を完成させる。途中悩んだり線を直したり試行錯誤をしていたようだ。
「どれどれー」
「おい姉貴」
いきなりりんごからすももさんがデザイン画を奪う。
「おおー、よく出来てるじゃーん」
俺とシャロンもすももさんの後ろからのぞき込む。
「お、いい感じに出来てるんじゃないか?」
「可愛いですー」
りんごのデザインはシンプルながら可愛く見せるための装飾を忘れず胸元や腰、袖にリボンが配置されておりロングスカートの裾にはレースがついており西洋町娘にいそうな装いだ。
「まあ、地味なのもあれだしそれなりに可愛くしないとな…………」
りんごが照れくさそうに頬をかく。その後なぜか俺を見た、俺のデザイン画に対する当てつけだろうか。
「つうか言い出しっぺの姉貴はデザイン出来たのかよ」
りんごがすももさんのを見ようとする。
「あー、だめー!わたしのはまだ出来てないからまだ見ちゃだめなのー!」
紙を上に上げて全力で拒否された。もう少しすももさんの作業を見守る。
「出来たー!」
すももさんが紙を前に出して完成を宣言する。
「どう?どう?」
紙を反転させ俺達に見せびらかす。
「あああ?」
「なんだこれ」
「可愛いですー」
シャロンは褒めていたが俺とりんごは首をかしげる。すももさんのデザインはなんというか………魔法少女のような姿をしていた、リボンは胸元に巨大なものが置かれスカートの裾は広がりが大きくフリルが何層にも重なっており装飾もかなり多めだ。
「すももさん、シャロンにも言いましたがこれ喫茶店の制服には向かないです…………」
「これはやめようぜ姉貴」
俺とりんごは苦言を呈する。
「えー、これも駄目なのー」
「駄目でしょ、もうこれただのコスプレだよ。これ作ってコスプレパーティでも行って来なさいよもう」
俺は口を尖らせるすももさんに全力で突っ込む。
「で、結局誰のやつ作るんだよ」
りんごが言う。デザインは四人とも出来た、後はこの中からどのデザインを実際に作るか決める番だ。
「多数決でもやるか」
「あたしは別にいいけど」
俺の提案が採用されたので多数決で決めることになった。
「じゃあまず俺の案がいい人ー」
誰もいなかった。
「おい、誰もいないのかよ!せめて誰か一人あげてくれよー!俺も結構頑張ったんだぜー?」
ショックのあまり俺は声を上げた。
「だってぇ、ねえ?」
「はい」
すももさんとシャロンが顔を合わせる。
「なんだよ」
「やっぱもうちょい派手さがいると思うぞ」
二人の態度が気になった俺が聞くとりんごが返してきた。
「うん、わたしもあれはないと思う」
「はい、わたしもちょっと………」
すももさんとシャロンが遠慮気味に抵抗感を示した。
「おい、そんな言い方はないだろ。大体、すももとシャロンのは派手過ぎて喫茶店の制服には向かないだろ!」
ムッときた俺は反撃に出た。ここまで言われて黙っているわけにはいかない。
「そんなことない!可愛いからいいの!可愛いは正義!」
すももさんがわけが分からないことを言っている。
「たとえ喫茶店の制服には向かなくても使えないというわけではありません」
シャロンの言い分は使いづらいと自分でいってるようなものなのでやはり別の制服を用意した方がいいと思う。
「そういうのいいから多数決取るぞ、姉貴の服がいい人ー」
りんごに言われすももさんが一人手を上げる。
「ちょっとシャロン、さっきはいいって言ったじゃん!」
シャロンが手を上げていないのに反応してすももさんが言う。
「言いましたけどわたしの趣味とは違うというか…………スモモて、たまにあざといですよね」
「あざ………」
シャロンが笑顔でものすごいことを言い放ちすももさんが言葉を失う。品行方正な性格を思わせるシャロンからのこの言葉はかなりの衝撃だった。
「あざといってねえ、そういうシャロンこそなによそのドレス!真面目そうに社交界に使いそうなの描いちゃってさあ、そっちのがあざといんだよねー」
反撃とばかりにすももさんもシャロンのデザインを貶める。
「魔法少女の衣装描いてる人には言われたくありまっせーん、可愛いさのアピールをほどほどにするでーす」
シャロンが語尾をわざとらしく伸ばして煽るように言う。フランス語訛りなどなく明らかに意図して伸ばしているように聞こえる。
「はあ?魔法少女の何が悪いって言うの?魔法少女馬鹿にしてんの?!」
すももさんがシャロンの服の襟を掴む。
「魔法少女は可愛いですがあの衣装を毎日お客さんに見せていたら恥ずかしい気持ちになるでしょう」
「言わせておけばー!」
怒りのあまりシャロンの襟を掴んだままガックンガックン揺らすすももさん。
「落ち着けすもも、キレてもしょうがないから」
「シャロンも言い過ぎだ、そこまでにしろ」
そろそろ見守るのも限界なので俺とりんごは二人を止めに入った。
喧嘩になってしまったので制服デザインを決めるのは後になり仕事に戻ることにした。アリエはコーヒーを飲み終わったのか店にはもういなかった。
「どうしたね?あんたら」
俺達の悪い空気や表情に気づいたのか絹江さんが言う。
「まあ、音楽性の違いですね。制服のデザイン考えるのはまた今度になりそうです」
「そうかい。まあ、減るもんじゃないし気長にやりな」
興味のなさそうな絹江さんの返事。俺達を応援するわけでも止めるわけでもなさそうだ。
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