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僕とカフェダムールの喫茶店生活  作者: 兵郎
3章フランスからの留学生シャロン・カリティーヌ
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二十八話 清とカフェダムール




バイトも学校もない休みの日、俺が近所の空き地を通りがかるといつも通り猫達と猫好きの少女が戯れていた。一つ違うのはその少女が一人ではなかったということだ。髪を頭の上で二つ結びにしてTシャツにハーフパンツという装いの猫好きの少女は黒髪の女性に顎を撫でられていた。


ここではあまり見ない女性だ。からすのぬれば色というのはああいうのを指すのだろうか、彼女はそんな髪をしていた。春物のワンピースにカーディガンを纏った女性はどことなく大和撫子をイメージさせた。


「こんにちは」


俺に気づいた女性がこちらに笑いかけた。その顔はやはり気品に溢れていた、アリエのような高貴なものとは違うが日本人ならではの落ち着いたものを感じた。


俺は彼女に心奪われた、もしかしたらすももさんより美人ではないか。そう頭によぎったところで頭を振った、すももさんより美人とはなんてことを考えるんだ、俺にとっての初恋で一番の想い人はすももさん以外ありえないというのに。


「あなた、この辺りの人?」


女性が聞いてくる。


「あ、はい」


「実はわたし、カフェダムールてお店探してるんだけどどこにあるか知らない?」


ウチの客か、ウチなら探すまでもなかったかららくだな。


て、今さらっとカフェダムールをウチって言っちゃったよ!別に実家がダムールてわけじゃないのに、あの店に馴染み過ぎだろ俺…………。


「えっと、カフェダムールなら知ってるので俺が案内しましょうか?」


俺は女性に申し出る。


「まあ嬉しい!一緒に連れていってくれるのね!」


女性は顔の横で両手を重ねて喜んだ。その顔たるや甘い香りが漂ってくるほどだ。


俺は女性を連れカフェダムールへ向かった。その間女性が話しかけてくる。


「ねえ、あなた。あなたは若いけれど中学生?それとも高校生?」


この手の質問は初対面の人にはよく使いそうな手の話題だ。俺が大人に見えたなら仕事の話でもしてくるのだろう。


「高校生です」


「何年生?」


「一年生です」


「まあ、まだ入ったばかりなの。高校の勉強って中学の時と違って大変じゃない?」


「はは、追いつくのも大変ですよ」


「そうよねえ、わたしもこの間大学生になったばかりだけど今までと違って話が難しくて……………ノートに写すだけでも大変なのよ」


「学校て入り初めが感じですよね……………」


「一度慣れちゃえばもう大丈夫そうだけど」


「ですね」


女性は話す度に心地よい声が流れてきて聞いてる俺の心まで洗われるようだった。


けれどそんな楽しい時間も終わり、ダムールからはさほど距離が離れていないためもう着いてしまった。


「ここがカフェダムールです」


「ずいぶんお洒落な看板なのね」


女性が頭上のものを見て言う。


「俺もそう思います」


どうやら彼女とは気が合うようだ。この看板には俺は一目惚れしていた、まさか自分以外にこの看板が好きな客がいるなんて嬉しいな。


俺はダムールの扉を開ける。


「いらっしゃ…………葉月くん?」


すももさんが俺を見て驚く、別に俺はこの店にいつも出入りしてるので今日来たところで驚きはしないはずだが。


「あら、二人はお知り合いなの?」


女性がすももさんの反応を見て言う。


「清ちゃんいらっしゃい、清ちゃんこの子とはどこで会ったの?」


すももさんが女性に言う、この人は清という名前のようだ。なるほどカフェダムールを探していたようだがコーヒーを飲みに来たのではなくすももさんの家に来たかったのか、となると清さんはすももさんの大学での知り合いだろうか。


清というのも古き日本女児にありそうな名前だ、和服を着せて扇でも振らせたらさぞ似合いそうである。


「ええ、道に迷って猫さんと遊んでるところを彼に助けてもらったの」


「ふーん、この辺りって猫多いからね」


「それでこの子は…………」


清さんが俺に顔を向ける。俺の正体を教えろという意味だ。


「ああ、前に言ったほら、バイトの子だよ。えっと…………」


そこでなぜかすももさんが顔を赤らめる。こっちまで恥ずかしくなるのでやめて欲しい。


「ああ!もしかして……………」


清さんがはっとして手を合わせる、どうやらすももさんから俺のことを聞いていたようだ。


「ぽ…………」


なぜ擬音まで付けるのか。


「あ、君島葉月といいます。本日は休日ですがカフェダムールでスタッフを務めさせていただいております、以後お見知り置きを」


いい加減すももさんの動きを見守るのもあれなのでこちらから自己紹介することにした。


「あら、葉月ちゃんていうの!可愛いらしい名前ねえ」


清さんが俺の名前に感激する。気持ちは嬉しいが俺は名前についた部分が気になった。


「あらあら、ご丁寧にありがとうございます。わたくしは大鳳清と申します、実家は茶道の家元をやっております。以後お見知り置きを」


俺はあくまで店の店員として恥じぬよう名乗ったのだが相手の方も丁寧に返してくれた。彼女はどうやら茶道の家で育ったらしく喋り方や雰囲気に気品を感じるのも頷ける。


「紹介するね。この人がわたしのおばあちゃん、間宮絹江。うちの店の店長やってるの」


すももさんが絹江さんを紹介する。


「ここはマスターと言って欲しかったがのう」


絹江さんがすももさんの紹介に文句を言う。


「はじめましておばあさま、お孫さんの友人の大鳳清と言います。お孫さんにはいつもよくしてもらっています」


「お、おう。よろしく頼むよ」


丁寧な挨拶に絹江さんが戸惑う。


「ところで後ろのやつは誰じゃの?」


絹江さんに言われて俺達は後ろを振り返る。そこにはさっきの猫好き少女がいた。


「お前、なんでここに!てかいつの間に!」


俺は少女に向かって叫ぶ。どうやら清さんとの会話に夢中に後ろにいるのに気づかなかったようだ。


「あら、さっきの子。ついてきちゃったのね」


「いつも猫と一緒にいる子じゃん」


「なに?来ちゃダメ?」


少女が口を開く。


「ダメじゃないけどさあ、お前ここがどこか分かってんのかよ」


「喫茶店でしょ?」


「分かってんのかよ、ならコーヒーでも飲むか?」


気付かぬ内に現れたとはいえ客は客だ、バイトは休みだが一応歓迎することにした。


「コーヒー苦いからいや、カフェオレにして」


「了解、絹江さんカフェオレ一つ」


「注文はいいけどあんた今日休みじゃろ」


「ははは、そうでした」


つい店員として振舞ってたら絹江さんに突っ込まれてしまった。


「それじゃあわたしも何かもらおうかしら」


清さんが言う。


「ではブレンドはいかがでしょう」


「ではそれをお願いしようかしら」


「かしこまりました」


「絹江さんブレンド一つお願いします」


俺は絹江さんに注文を伝達する。


「だからあんた休みじゃろうて」


「てへっ、つい店員のノリでやっちゃいました」


また突っ込まれた、どうやらこの短期間で無意識に店員としての意識が叩きこまれてるらしい。


「ふふっ、わたし喫茶店入るの初めてなのー」


清さんがはしゃいだように言う。


「そうなの?清ちゃん高校時代とかクラスメイトとかと行きそうだけど」


すももさんが聞く。


「ほら、わたしって基本高嶺の花だからみんな近づきづらいのよ」


ふふって笑う清さん。


「高嶺の花って」


「自分で言うかな普通ー」


さらっと自分を高嶺の花と言える彼女の感覚に俺達は呆気に取られた。


「葉月ちゃん、今日はあなたお客さんなんでしょう?」


清さんが俺に言う。


「あ、はい」


「なら一緒にコーヒーでもどうかしら?」


「え、どうして…………」


そもそも清さんはすももさんに会いに来たはずだ、それなのになぜ俺とコーヒーなど。


「マスター、ブレンドをもう一つ貰えるかしら」


「あいよ」


絹江さんに俺の分のブレンドを注文する清さん。



清さんの向かいに座り運ばれたコーヒーを飲む。


「ところですももちゃんは葉月ちゃんのどこが好きなのかしら?」


「けほっ、けほっ!ええ、どういうことですか。すももさんが俺のことが好きとでも言うんですか」


ちょっとした衝撃に俺はむせた。すももさんが俺のことを好きとはどういうことだろうか。すももさんはあくまで友達として俺を見てるんじゃなかったのか、それとも体面上はそう言いながら心では俺に好意を抱いていたのでも言うのだろうか。


「え、なに?わたしのことなにか言った?」


聞いたなかったのかー、この衝撃の台詞を前に聞いてなかったのかー。


清さんはさっき俺に言ったのと同じことをすももさんに言う。


「ええっ!?葉月くんの好きなところ?!そんな急に言われてもわかんないよー」


すももさんが顔を赤くして混乱する。


「すももさんて俺のこと好きだったんですか?」


思い切って俺も聞いてみた。


「やめて!言わないでおこうと思ってたのに聞かないで!」


すももさんはそう言うと耳を塞いで住居スペースに行ってしまった。ようするに逃げたのだ。都合の悪いことがあるとすぐどこかへ行ってしまう、彼女の悪い癖だ。


「あら、よっぽど恥ずかしかったのね」


すももさんを見て清さんが頬に手を添えたポーズをとる。


「ところで葉月ちゃんの方はすももちゃんのことどう思ってるのかしら」


「えっ、俺ですか?」


今度は俺のことを聞いて驚いた、てっきり聞かれないと思っていたが。恋愛事情を聞いてるのに俺の名前がちゃん付けなのはどういうことだろうか、レズビアンだと思われてるとか?


「そうですねー………………」


俺はすももさんの行動を思い出す。初めてコーヒーを淹れる時にフィルターを隠すすももさん、ナポリタンを作れると見栄を張るも本当は作れなかったすももさん、俺が礼子さんの家で夕食を取ってると聞くや電話で暴言を吐くすももさん、シャロンの引越しの手伝いを頼んだらどこかに消えるすももさん、音ゲーが原因でりんごと喧嘩して最後にはりんごに甘えるすももさん、そしてついさっきの出来事。


思い出せば思い出すほどまともな思い出がない、いいのは顔だけだ。その顔ですらシャロンや清さんに比べたらあまり綺麗というものではなくなっている。


「もしかして、すももちゃんのこと好きじゃない?」


考えてることが顔に出てたのか清さんが俺を見て言った。


「うーん、正直そうでもないですね。顔はまあいいんですけど中身が…………」


「中身?すももちゃんとてもいい子だと思うけど…………」


どうやら俺の知るすももさんと清さんの知るすももさんは別物らしい。


「いい人なのは確かですけどたまに残念というか、しょーもないことで怒ったり恥ずかしがってどっか行っちゃうんですよ」


俺は苦い顔で言った。


「あら、可愛いくていいじゃない」


「そういうもんですかねえ」


あの状態のすももさんを可愛いと言うとは変わった人だ。


「それに、わたしの知らないすももちゃんを知ってるなんて羨ましいじゃない」


清さんの笑みがこぼれる。


「清さんはすももさんとは大学で知り合ったんですよね」


「ええ、あの子とはゼミで一緒で自己紹介の時に面白い子だなって思って友達になろうと思ったの」


「面白い、ですか」


『わたし、間宮すももです!家は喫茶店をやっててバイトの子達とも楽しくやってます!趣味はコーヒーを淹れることでーす!よろしくお願いしまーす!』


「って、ポーズ取りながら言ったの」


うっとりしながら清さんが言い終える。正直俺にはすももさんの話よりすももが自己紹介したシーンを再現した清さんのが面白かった。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



コーヒーも飲み終わり俺と清さんは二階にあるすももさんの部屋に来た。


「さっきはごめーん!急にいなくなっちゃってー」


すももさんが手をパン!と合わせ謝る。


「いいのよ気にしなくて、面白いから許すわ」


「あ、ありがとう」


清さんの言葉に釈然としないながらもすももさんはお礼を言う。


「それじゃせっかくだしケーキでも食べよっか、ほんとはりんごも呼びたかったんだけどあの子なんでか遠慮してて………」


すももさんが小皿に置いたいちごのショートケーキをどこからともなく出してくる。


「ちょっと待ってくださいすももさん、そのケーキどこから出てきたんですか。ずっと二階にいたから冷蔵庫の方には行ってませんよね?」


俺はケーキの出所が気になってすももさんに聞いてみた。


「葉月くん、世の中細かいこと気にしてたら生きてられないよ」


「は?どういう意味だよ………」


俺は彼女の言ってることが分からず思わずタメ口で接してしまう。


「世の中は、知らない方がいいこともあるの。分かる?」


「だからぁ、どっからケーキを出したか聞いてるんですよ」


「えっと、黄泉の深淵に食われることになるけどいいの?」


ここまで来ると流石に面倒にだ。


「もういいですそれで…………」


俺はもう突っ込むのをやめた。


「これ食べていいの?」


清さんが聞いた。


「いいよいいよ、食べちゃってー!」


すももさんに言われ俺達はケーキにフォークを入れていく。うん、いつも通りの美味いケーキた。


「おいしー!これどこで買ったのかしらぁ」


清さんがケーキの味に目を輝かせる。そうだろうそうだろう、ここのケーキは格別だからな。


「ふっふー。これは買ったんじゃなくて、わたしが作ったんだよー」


すももさんが胸を張って言う。


「すごーい、すももちゃんてケーキも作れるのねー」


「お言葉ですが清さん、この店のケーキはほとんどすももさんの妹さんが作ったものですももさんがやったのはいちごを上に乗っけるだけの簡単なお仕事です」


清さんがすももさんを褒めたところで俺はすかさず訂正を入れた。見栄は過度に張るものじゃない。


「ちょっとー、せっかくいいとこだったのにやめてよー」


「いや嘘はいけませんよ嘘は」


文句を言うすももさんにも俺は容赦しない。


「くすっ、うふふふふふ!」


清さんがいきなり手を口に当てて笑い出した。


「清さん………?」


俺達はわけがわからず清さんを見ることしかできない。


「ごめんなさい。だって、二人があんまり楽しそうにしてるものだからつい…………」


「そ、そうかなー。えへへ…………」


清さんの言葉にすももさんが照れくさそうに頬をかく。


「いや、そうでもないですね」


俺にとってはすももさんのボケよりすももさんを見詰める清さんのが面白い。時折あの人ほんとはすももさんに対してあれな目で見てるのではと思える。


「そう?仲のよさそうで楽しそうだけれど」


「むしろ清さんのが面白いと思いますけど」


俺は思い切って言ってみた。


「ええっ、わたし?わたしが面白いだなんてそんな褒め過ぎよー」


清さんは謙遜して言うがその目がうっとりしているのを見逃さなかった。


「いえいえ、そんなことありませんよ。清さんは充分面白いです、その上美人だ。面白いのに美人て反則ですよ!」


俺はちょっと彼女を刺激してみることにした。


「び、美人?そんな、わたし正面から美人て言われることなんて滅多にないのに……………」


清さんが顔を真っ赤にして手で覆う。これは効いてるぞ、もうひと押しだ。


「清さんは自分のことを高嶺の花と言っていますがそれはつまりクラスメイトからもあなたは美人と思われてる証拠ですよ!」


「そんな!ならみんなもっと早く褒めてくれればよかったのに!わたし、一人でずっと寂しかった…………」


とうとう泣き始める清さん。


「もう大丈夫です、俺がいます。俺が清さんを美人と認めます」


俺は清さんに優しく笑いかける。


「ううう……………。葉月くんの、葉月くんの美人好きドヘンターイ!」


「ちょ、すももさん?!」


すももさんは俺の制止も聞かず部屋を出ていってしまう。


「ああ、怒るすももも可愛い!ずっと見ていたいくらい……………」


清さんがすももさんがいなくなった跡を見てうっとりする。やはりこの人はすももさんしか眼中になかったか…………。


今回もお読みいただきありがとうございます。よかったらブックマークや評価お願いします

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