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僕とカフェダムールの喫茶店生活  作者: 兵郎
3章フランスからの留学生シャロン・カリティーヌ
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二十六話 アリエはなぜ葉月が好きなのか




なぜか俺に好意を持っている少女、星宝アリエがカフェダムールに来た何度目かの時だ。


「ところで前から気になってたんですけどアリエさんはどうしてハヅキのことが気になるんですか?」


糖分を多めに入れたコーヒーを飲むアリエにシャロンが聞く。気になる、とはシャロンは言ってるが恋愛感情のことを指していた。


「いいわ、あなたにはよくしてもらってるから特別に教えてあげる」


アリエはシャロンに対して言っているが聞き耳を立てれば俺達他の人間にも聞こえる音量だ。


「それはまだ幼かった頃……………」


アリエが俺との出会いを話し始める。


そう、わたしはあの時海にいたわ。家族と東北の避暑地に旅行に来ていたの。わたの家ではいつも夏は東北で夏を過ごすのがお決まり。


けどわたしはある夏、家族とはぐれてしまったの。寂しくて寂しくてわたしは泣いたわ、けど両親が現れることはなかった。そんな時よ、彼が現れたのは。


一人でどうしようもなかったわたしに手を差し伸べた彼は一緒に両親を探してくれると言ってくれたわ。彼のおかげでわたしは寂しくなかった、ずっと彼のことだけ見てればよかった!わたしは彼のおかげで両親と会えた!彼は、わたしの救世主だったのよ!


彼は別れ際言ったわ。いつか君を迎えに行く。だから、君は待っていてくれと。そしてわたしは彼との…………。


「言ってないわー!断じて!断じてそんな台詞は言ってないわー!妄想も大概にしろこの脳内花畑女!」


アリエが席を立ちさも聞いてる俺達の頭にその情景が浮かびそうなほど優雅に振り付けを交えながら語っている途中だったが俺は突っ込まざるを得なかった。話が長いのはまだなんとか我慢出来るが勝手に自分の記憶で事実をねじ曲げないで欲しい。


「あら、盗み聞きとは聞き捨てならないわね。その上わたしの話を妄想とは失礼なのではなくて?」


アリエが反論する。


「全てが妄想、とは言わない。俺の父方の実家も東北の方にあるからな、聞いてみればそんなことが昔あった記憶もある」


確か小学校中学年だか高学年ぐらいの時だ、あまりない出来事だから相手の顔や名前は忘れたがそういう出来事があったということは覚えている。


「助けたのはほんとなんだ」


「ならなぜハヅキはそんなに怒ってるのでしょう」


「いいやつじゃん」


すももさん達が言う。


「妄想というのは間違いでなくて?」


当のアリエに俺はこう切り返した。


「俺はお前が最後に言おうとしたキザな台詞は絶対に言わない」


「キザ、とは違うけれどあの時のあなたは常に奇妙な台詞を発していたわ。闇がどうとか腕や目がうずくとかなんとか、わたしには到底理解できなかったけれど」


闇?うずく?そのアリエの言葉で俺の記憶の中のスイッチが入った。


「あ、あああ…………」


俺は甦った忌まわしき記憶に頭を抱える。


そう、あの時の俺はどうかしていた、当時見ていたバトルアニメの影響を受け常日頃そのような言動を繰り返していたことを。妹も最初は乗り気だったが年が経つにつれダサいと言われるようになりそれに合わせて奇妙な言動はなりを潜めていた。


それがこんな形で思い出されるなんて思いもよらなかった。星宝アリエという少女は俺が封印すべき過去に出会った少女だったんだ。確かにあの時の少女にキザな台詞を言った記憶もある。それだけじゃない、彼女に対して何度も奇妙な言葉を向けたこともあった。


「あー、もしかしてそれって……………」


「やめろ、それ以上は言うな!言ってはならない!」


「あ、ああ。わかった」


俺は過去の奇妙な言動についた名前を言おうとしたりんごを止める。


「確か中二病って中学生とかがなるやつだよね、小学生で発症とか早くない?」


「あああああ!」


俺はすももさんにその名前を言われて発狂した、それはもう喫茶店の店員という立場を忘れ地べたを転がるほどに。


「やめんかみっともない!客の前でなんてことしてるんじゃ」


「すいません!つい我を忘れて………」


絹江さんに怒られてしまった。


「中二病とはなんでしょう?それは恥ずかしいものですか?」


日本文化に疎いシャロンが聞いてくる。


「ああ、とても恥ずかしいものだよ、そんな時期などなかったと忘れたいくらいに」


俺は頭を抱えながら言った。


「でも今のハヅキ、可愛いです。こういう恥ずかしいなら大歓迎です」


笑顔で言うシャロンに俺は顔をひきつらせた。この女、天然でSなのか…………。


「何を騒いでるか知らないけど、あの時あなたが言った言葉は妄想で捏造でもなく正真正銘紛れもない事実よ」


アリエが俺に向かって言い放った。事実、俺があの時彼女に向かって言ったことは間違いではないと受け入れるしかない。問題はその内容だ、俺は明らかに彼女を口説くようなことを言った。そしてそのことを彼女は覚えていて偶然見つけた俺に目を付けた、どんな一大恋愛小説だと言わざるをえない状況だ。


「話は分かった、だがお前の言うことを聞くわけにはいかない」


俺は正面からアリエに向き直って言う。


「そんな、どうして!あの時はあんなにもわたしを欲していたのに!」


アリエがテーブルをバン!と叩き声を上げる。


「確かに昔の俺はそうだったかもしれない。けど、昔と今は違うんだ、君は俺のことは好きかもしれないけど俺は君を好きにはなれない」


彼女には辛い事実かもしれないが俺はその事実から逃げてはいけない。


「どうして、まさか他に好きな人が………あ…………」


すももさんの存在に気づいたアリエの言葉が止まる。以前すももさんが言っていた友達以上恋人未満という言葉を思い出したのだろう。


「あはは、ごめんね葉月くんに好かれちゃって」


アリエがすももさんを睨むがすももさんは笑うことしか出来ない。


やがて根負けしたアリエは残りのコーヒーを飲み干して言った。


「帰る!」


会計をしアリエが店を出ていくと絹江さんがぼやいた。


「あーあ、これで常連が減らなきゃいいけどねえ」


「すいません絹江さん…………」


「あんたが謝ることじゃないよ、女ってのは色々複雑なのさ。きっとまた来るよ」


「だといいんですが」


俺の態度が原因で店の売り上げに響いたとなると気まずい気持ちにもなった。

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