百十二話 町内運動会かけっこ編
「マスター、わたしはこの後出場ですので行ってまいります」
シャロンがアリエに言う。
「いいわ、わたしの分も力を振るいなさい」
アリエがさもシャロンの主のように言う。
「メトレニュ」
シャロンが胸に手を当て返す。かしこまりましたご主人様という意味だろうか。
★
進行役スタッフが出場者を列ごとに並べかけっこが始まる。シャロンとすももは同じ列だ。
「ふっふっふ。シャロンちゃん、わたしと当たるなんて運が悪いね」
すももが余裕を持って言う。
「たとえスモモが相手でも負けるつもりはありません、本気で行きます!」
シャロンも強気で言う。
「本気で勝てればいいんだけどね」
すももはにぃと笑う。
二人の番が来てピストルの音と共に走り抜く。
「おーっと!シャロン選手とすもも選手!ここで最初に前に出た!」
清の実況が響く。
「お祖母様、どう思いますか」
そして清子に声をかける。清は司会兼実況担当なら清子は解説を担当するのだ。
「うむ、若い二人は元気があっていいのう」
清子はシャロンとすもものスタートダッシュに関心する。
シャロンとすもものやや後ろには老人が一人いた。
「いえーい」
すももはシャロンを抜く際ピースサインをしてアピールする。
「ここですもも選手がシャロン選手を抜いたー!あまりの余裕にピースサインまでしています!」
すももの追い抜きに清の実況が響く。
「く……」
シャロンは悔しさに歯噛みした。
「あ………」
だかその後声を上げた。同じ列の老人がすももを抜いたのだ。齢八十は超えたであろうおじいさん、そのおじいさんが大学生のすももを抜いたのだ。
「あー!」
すももも抜かれたことに気づき衝撃で声を上げた。
「おっとここで松五郎選手が一気に前に出たー!すもも選手走るが間に合わない!もうゴールテープは目の前だ!」
清がすももを抜いた男の名前と状況を説明した。
パンパン!清の言葉通り松五郎が一位を取り、その後にすもも、シャロンという順だった。
清が順位をアナウンスする。
「今回松五郎選手が勝ちましたがお祖母様、勝因はなんでしょう」
試合後清が清子に解説を求める。
「うむ、若い二人が油断してやり合っていて片方が油断した隙にラストスパートをかけたことじゃろう。そのために体力も温存して二人の少し後ろにいたんじゃ」
「松五郎選手の作戦勝ちということですね」
「うむ」
「うわーん!わたしがおじいちゃんに負けるなんてー」
すももが地面に手をついて悔しがる。その様たるや油断と衝撃が混じっていた。
「スモモ、どんまいです」
シャロンがその肩を叩いて励ます。
「うわー、なんか余計くやしー!」
すももはさらに泣き喚いた。自分より劣っていたシャロンに励まされるなど屈辱以外の何物でもなかった。
「ええ……」
だがシャロンはそんなことも分からず戸惑ってしまう。
「いやー、二人ともよく頑張ったよ。若い子はやっぱ違うねえ」
二人を抜いた松五郎が言う。
「わたしより速い人に言われたくないし」
「はっはっは!そりゃそうだ、また来年戦おう」
松五郎は豪快に笑って言った。
「次は負けないから」
すももは松五郎を睨みつけた。この男、今度会った時はどう料理してくれようかとでも言わんばかりの目である。
★
列が進み祥子と絹江の番が来た。
「さあ、やってまいりました毎年恒例祥子選手対絹江選手の戦いです!二人はこの大会で幾度となく戦い、火花をぶつけました。だが結果は絹江選手の勝利で毎回終わっています。さあ、今年も絹江選手が勝つのか!はたまた祥子選手が初勝利なるか!」
清が祥子と絹江の因縁を解説する。
「二人はいつも頑張ってるからねえ、たまには星宝さんといいとこもみたいねえ」
清子が祥子を応援する。彼女含め大会の常連はお決まりのパターンを何十年も見せられてるので清子と同じ気持ちの者もいる。一方で、あまりの勝利年数にどうせ今年も絹江が勝つだろうと思う者もいる。
「絹江、今年こそ負けんかんね!」
祥子が両拳を握って絹江に宣戦布告する。
「言ってな、あんたがいくら鍛えようがこっちの鍛え方には足りないてとこ見せてあげるよ」
絹江が顔を上に上げて祥子を見下ろすように言う。
「キー!これだからあんたは!」
絹江の態度に祥子が怒りを募らせる。
「レースが始まるよ、落ち着きな」
「く………」
絹江に言われ祥子は冷静になろうとした。だがあまりの怒りに冷静になり切れなかった。
ピストルが鳴りレースが始まる。
「おっ、今回は祥子選手が前に出たー!どうやら今年は祥子選手に分があるようです」
清の実況が飛ぶ。
まさか今年は祥子が勝つのか?ついに?ついに?祥子は何十年のも敗北の末ようやく勝利を掴むのか。常連の誰もがそう思った。
勝った、祥子もそう思った。だがそれがいけなかった、ゴール直前に絹江が祥子の前に現れたのだ。
「き、絹江選手、ここでトップに出たー!そのままゴール!」
清が実況する。
二番手になった祥子はあぜんとした。馬鹿な、ようやく自分が勝利したと思ったのに。やはり自分は絹江には勝てないのか。祥子は絶望に支配された。
「まだまだ甘いのう、ふっふっふ」
絹江が勝利という美酒に酔う。
「お祖母様、今回の勝因は?」
「うむ、トップというのはギリギリまでわからないもの。やはり前にいるからと油断してはいかんのじゃよ」
清に促され清子が解説する。
★
今度はりんごの番になった。周りに同年代の人間はいない、だが彼女以外の誰もこの大会を何度も戦い抜いた猛者達である。
「りんごー!頑張ってー!」
すももがトラックの遠くから手を振る。
「お姉さんの応援とは羨ましいのう」
りんごと戦うおじいさんが言う。
「あなたー!ファイトー!」
また別の場所からおばあさんの声が響いた。
「そういうあんたこそ奥さんに応援されてるじゃないか」
りんごがおじいさんに言う。
「お互い負けられんのう」
「ああ」
二人は応援されてるもの同士、通じ合うものがあった。
レースが始まり選手が走り出す。
「おーとっ!トップはりんご選手と伝太郎選手だー!」
清が実況する。伝太郎というのがさきほどりんごと話したおじいさんだ。
速い!りんごは伝太郎に対しそう思ったが伝太郎はりんごこそが速いと思っていた。伝太郎は若いりんごが相手と見てはりきっており多少無茶をしてるのだ。
ゴールが近くなり、りんごはそろそろいいかと認識する。そう、今までのは小手調べ、やはり彼女も絹江や松五郎同様、終盤で一気に抜くのだ。
りんごは加速して一気に走り抜けた。伝太郎は追いつこうとするがぜぇ、ぜぇ、と息が切れるばかりで追いつけない。
「おっとりんご選手ここで一気にゴール!やはり若さがものを言うかー!」
清が実況する。
「はあ、はあ…………やっぱり若いもんは違うのう。わしも頑張ったけど勝てんわい」
伝太郎が息を整えてりんごに言う。
「あんたも結構やったよ」
りんごが伝太郎に右手を出す。伝太郎も右手を差し出す。二人は硬い握手を交わした。
★
「次は百メートルかけっこです。出場者はスタートラインの前に集まってください」
清さんのアナウンスが鳴った。
「よし、行くか」
俺はアリエに声をかけて立ち上がる。
「ええ」
アリエも俺に頷き立ち上がった。
俺たちは五十メートルの方では出なかったが今回はエントリーしたのだ。
「いってらっしゃーい」
すももさんに見送られて二人で出場者の列に行く。するとりんごとシャロンがいた。
「おお、お前達も出るのか」
りんごが俺たちを出迎える。
「せっかくだからな、走るやつには出ないと」
「自信はないから順位とかはこだわらないわよ」
「問題ない、運動は楽しむことが優先だ。勝つことが優先じゃない」
俺たちの言葉を受けてりんごが言う。そんなりんごを見てシャロンが言う。
「リンゴは広い心を持ってるんですね」
「広い心ていうか、勝ち負けにこだわるのは部活とか競技で本気でやってるだけで十分なんだ。まずは運動を楽しまないとな」
「りんご、お前………いいやつだったんだな」
俺はりんごの優しさに感動した。
「そんな褒めるものでもないけどな………」
りんごが照れるように頬をかいた。
「だからと言って手をつもりはない」
「俺もだ、全力で行くぜ」
「当然じゃない」
「頑張ります!」
俺たちは互いに宣戦布告をした。
俺たちの番が来てピストルが鳴る。俺たちは一斉に走り出した。
「おーとっ若手組!りんご選手と葉月選手が同率、次にシャロン選手、アリエ選手だー!」
清さんの実況に釣られて横を見ると確かにりんごがいた。
どういうことだ?本気を出せば俺なんて運動初心者などすぐに抜けるはずなのに。いや、これは百メートル走、そもそも五十メートルの方と違って持久戦なんだ、焦った方が負ける。
焦るな、呼吸を整えろ。焦った方が負けるんだ、冷静になれ。
俺は心を落ち着かせる。
「先頭二人の位置は変わらない、だがシャロン選手とアリエ選手が追いつき追い抜かれのデッドヒートだー!」
清さんの実況で状況を確認する。
嘘だろおい、序盤でそんな飛ばしたら体力無駄に失うって。あ………。
目の前をシャロンとアリエが抜けた。
「おーとっ!ここで先頭と後方の位置が変わったー!シャロン選手とアリエ選手、どこまで行くんだ!」
清さんの実況が響く。
流石に俺も焦った。俺は足を加速させてシャロンとアリエの横に出た。二人の顔が焦るものになった。二人は加速して俺を追い抜く。
お、おい………。また俺は焦った。加速して二人に追いつく。
「ここで葉月選手もデッドヒートに参戦かー!?」
清さんの実況が響く。ここで名前を呼ばれるのは恥ずかしいな。
そんな繰り返しでゴール近くまで来た。体力も消耗して三人ともぜえぜえ言っている。
「なんと、ここでりんご選手が脅威の加速だー!」
清さんの実況に目を丸くした。あいつ、いないと思ったらそういうことか。
ダッダッダッという音が後ろから迫る。俺たちは必死に足を振り回しが運動慣れしたりんごには勝てずあっさりゴールテープを抜かれてしまった。
「お前、勝負に参加しないで自分だけ体力温存してたな」
「汚いわよ」
俺とアリエはレース後にりんごに言った。
「これが本気ということだ。運動の勝負は単なる身体能力だけじゃない、頭も使うんだ」
りんごは俺たちの文句など意に返さない。
「すごいですリンゴ!ただ運動が出来るだけじゃなかったんですね」
シャロンが感激する。
「まあな」
今度のりんごは照れずに勝ち誇るように言った。なんかむかつく。
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