百十話 葉月とシャロンは運動が苦手
「へえ、じゃあ二人は運動会出ないの?」
すももさんが言う。
「すいません、遠慮させていただきます」
シャロンは丁重に断る。
「出ません、ていうか学校の体育祭でも面倒なのに町の運動会なんて出たくありませんよ」
俺は迷惑だという顔をして言った。
「ふーん、残念。二人と戦えると思ったのに」
すももさんが口を尖らせる。
「戦うってすももさん出るんですか」
「いやー、だって楽しそうだしね。こういうお祭りごとは楽しまなきゃ」
すももさんが腕をバッと広げて言う。その様は本当に運動会を期待していそうに見える。
「あたしも出るぞ。運動神経にはそれなりに自信があるからな」
りんごがクールな顔で言う。
「よく言うよ、それなりどころか運動部の助っ人に引っ張りだこなくせに」
俺は皮肉を入れて言った。
「なんなら鍛えてやろうか?この間の体育祭みたいにな」
「やめろ、どうせそん時みたいにバテるのが落ちだ」
「わたしも、遠慮しておきますね………」
俺は心底遠慮したいという顔をした。シャロンも愛想笑いだ。
体育祭の前に俺たちが運動が苦手と言うとりんごは俺たちを鍛えようとしたんだ。だがやつは………。
★
「ほらほら!そんなんで過酷な体育祭を生き抜けると思ってるのか!」
一時間走り通した俺たちに向かってこう言ったんだ。流石に一時間走り通してれば俺たちはバテバテだ。走り続けるのは難しい、体力が貧弱だと特にだ。
「ぜぇ、ぜぇ、もう、無理………です」
シャロンは息も絶え絶えになって倒れていく。
「う………」
俺も言葉もなく膝から落ちた。
「なんだ、お前達もう疲れたのか。情けない」
倒れた俺たちにりんごが容赦なく言った。実は遥か後方にはすももさんが倒れている。この時は一日目ではなく何日も前からやっている。
「体育祭の練習?わたしもやるやる!」
とか言ってすももさんも走り込みに参戦してきたのだ。
「はあ、はあ………わたし、もう走れない」
だが結果は俺たちよりも前に力尽き、倒れた。気合いだけはあったんだがな。
★
だというのにまた俺たちを鍛えようとはりんごは馬鹿なのか。それともドSの癖持っていたりするのだろうか。だとしたら…………恐いな。
「でもおかげで本番でバテることはなかったろ」
「う……」
「それはそうですが………」
りんごの言うことは正しい。なにしろ体育祭終盤まで喉が渇くことはあっても疲れが出始めたのは最後の方だからな。やらないよりはマシだったと見ている。
「なんじゃ、二人とも体力作りもいやなのかえ?」
絹江さんが聞いてくる。
「ていうかりんごがスパルタなんですよ、体力のない俺たちにあんな練習量の運動やらせるとか無理ありますよ!」
「自慢ではありませんがわたし達がリンゴについていくのは月が落ちてきても不可能だと思います」
俺は声を荒らげて、シャロンは神妙な顔で主張した。
「情けない連中だな」
りんごがつまらなそうに言う。案外運動好きなんだなこいつ。
「はいはーい!わたしやる!」
すももさんが元気よく手を上げる。
「やる気あるのは姉貴だけか。よし、行くぞ!」
りんごが拳を握る。
「おー!」
すももさんが掛け声を上げる。そして二人で店を出る。おそらく走り込みに行ったんだ。
「マジか、どんだけやる気あんだあの二人………」
俺は驚いて二人の消えた店の出入り口を見つめる。
「羨ましいです、わたしにはあそこまで出来るバイタリティはありません」
シャロンが俯いて言う。
「別にいんじゃね?人には得意不得意とかあるし」
「そうですね。運動が苦手なら得意なことを探せばいいいんですもんね」
シャロンの顔が少しだけ明るくなった。
「別に学校の体育祭じゃないからそこまで身構えんでええと思うがのー」
絹江さんが悩ましく言う。
「どういうことです?」
「だって集まるの全員じいさんとばあさんばっかな上に出番ない時はテントでくつろいでるからそんな殺伐としとらんのじゃよ。楽しければオーケーなんじゃよ、勝つだの負けだのおまけみたいなもんじゃ。じゃからみんな楽にやっておる」
絹江さんが運動会の状況を説明する。
「へー、じゃあ俺もやってみようかな」
「それならわたしでもやれそうです」
俺とシャロンは運動会参加に乗り気になった。
アリエが来店してカウンターでカフェモカを飲みながら店を見回した。
「そういえば今日はあの二人いないのね」
すももさんとりんごがいなくて不思議な顔をした。この時間にあの二人がいないのは珍しいからな。夕飯の買い物にしてももう少し後の時間だ。
「運動会の話したら出て行ったよ。走り込みの練習でもしてんじゃねえの」
俺は推測を述べた。
「運動会?体育祭ならあんた達の学校は終わったじゃない、まだやるの?」
アリエが体育祭やってまた運動会と言われて混乱する。
「学校じゃなくて町のやつだよ」
俺はアリエに説明した。
「ああ、あのお祖母ちゃんが毎年うるさくなるやつ………」
アリエの顔がどよーんとした重いものになる。
「お祖母さんがうるさいてなんだよ?あの人がどうかしたのか?」
あの優しそうな人がうるさくなるとか運動会はよっぽどのことなのだろうか。
「だってお祖母ちゃん、毎年この時期になると今年こそ絹江を倒すとか言ってあたし達家族のこと朝からランニングに誘うのよ!学校とか仕事とかあるのに意味わかんないし、第一あたし走って汗かくとか気持ち悪くてやりたくないんだけど!」
アリエがカウンターをダン!と叩いたり頬を膨らませたりした。
「あー、汗ってベタベタしてやだよなー」
俺はアリエに同意した。
「あの女、懲りずにまた来るのか………。よかろう、またいつもの返り討ちにしてやるわい。ひっひっひ…………」
やばい、絹江さんの顔がいつになく邪悪だ。この人こんな性格だっけ。
返り討ち、ということは二人は運動会に毎回出てるのか。
「なにこの人、ちょっと恐いんだけど」
アリエが絹江さんに怯えて俺に抱きつく。
「あの、絹江さん………そんな顔してどうしたんです?祥子さんと戦うのがそんなに楽しみなんですか?」
俺も少し怯えながら言う。
「当然じゃよ、あそこであいつの泣く様を見るのがわしの生きがいの一つなんじゃからのう」
絹江さんの邪悪な笑みがニイッとなる。
「ほんと恐いなこの人………」
「意味わかんないし」
俺とアリエは揃って絹江さんに引いた。
「で、お前はどうしてるんだ?汗臭いのいやだから出てないのか?」
俺はアリエに聞いた。
「そうよ。あんたはどうするつもり?」
「俺は出るぜ。軽いお祭りみたいなもんらしいからな。運動神経の悪い俺でも問題ないらしいんだ」
「なら出るわ」
アリエの方針が変わって俺は戸惑った。
「え?でもさっき汗くさいのいやだって………」
「あんたが出るんでしょ?なら出るわよ」
「え、そういうこと?でも汗かくぞ、臭いぞ、だいぶ汚いぞ。それでも出るのか?」
俺は念を押すように言った。
「構わないわよ、葉月のためならたとえ火の中汗の中突っ込むわよ」
「お、おう………」
火の中汗の中ってなんだろう………、やっぱ火の中って言ったら水の中じゃないか?
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