冬に降りしきる白い花
むかしむかしあるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。
女王様たちは決められた期間、交替で国のはじっこにある塔に住むことになっています。そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。
その国は規則正しく四季が移り変わり、人々は豊かな暮らしを送っていました。王立図書館で司書として働く青年もその一人、司書の仕事はたくさんありますが、彼はその中でも色々な資料の編纂を行っていました。
春にはどこにどんな花がどれほど咲いたか、夏はどんな怪談が流行ったかを、秋は小麦、冬は雪がどれだけ積もったかを毎日のように国中を歩き、正確に調べ、記録し続けていました。だから彼はこの国の四季が規則正しく移り変わっていることを誰よりも知っています。
そんな彼がこの国の異変に誰より早く気づいたのは当然のことでした。いつもなら春になっているのに何故か今年は冬が長い。不思議に思い図書館で資料を調べると青年は驚きました。なんと過去のこの国の資料がほとんど無かったのです、確認できる資料には今年もこれまで通りとしか書かれていませんでした。そういった中で確認していくと、どうやらこんな事はずっと昔から一度もないようでした。青年はすぐに王様に知らせました。
「ふーむ。春がまだ訪れないのはおかしい、というのだな?」
王様も困ってしまいました。こんな事は一度もなかったのですから当然です。王様はすぐに騎士に事の次第を調査するように命令しました。
「よいか、何故冬が終わらんのか、何故春が来ないのか調べてくるのだ」
「ははー」
騎士はすぐにその理由を調べました。そして王様に報告したのです。
「王様、理由がわかりました」
「ふむ、それでその理由とは?」
「はい。冬の女王様が塔に入ったままなのです。冬の女王様が仰るには春の女王様が塔に来ない限り出ることが出来ないとの事です」
「では春の女王が塔に来ない理由は調べたのか?」
「それが……春の女王様がどこにおられるのか誰にもわからないのです」
それを聞いた王様はとても驚きました。
「なんと!? 春の女王が行方不明!? それではこの国に春は訪れないということか!」
これは大変なことになりました。急いで騎士達に捜索を命じましたがどこにも春の女王様はいません。そうこうしているうちに辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。
困った王様はお触れを出しました。
1.冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
2.ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
3.季節を廻らせることを妨げてはならない。
このお触れを見た人々は我先にと春の女王様を探し始めました。またあるものはいっそのこと冬の女王様を塔から離すように考えました。しかしそれは両方とも失敗に終わりました。
人々は春の女王様がいそうな場所、例えば花畑だとか森の深くだとかを探し続けました。しかしそういった場所は既に騎士達が探し回っても見つけられなかった場所なのです。
多くの戦士や勇者達が塔に向かい冬の女王を塔から離そうとしましたが、これも失敗に終わりました。何故ならそんなことをしたら季節の移り変わりに支障をきたしてしまうことが冬の女王から告げられたからです。
「冬の女王様、どうしても出て行くことは出来ないのですか?」
「はい、古くからの決まり事にこの塔の中には必ず季節を司る者がいなければならないという決まりがあるのです」
「では春を飛ばし、夏の女王様に入っていただくというのはいかがでしょうか?」
「それも出来ません。正しい順序で移り変わらなければこの国の秩序が乱れ、大いなる災いが降りかかることになります」
女王様にこういわれてはもはやなす術がありません。この国に住むすべての者が春の女王様を探し始めました。
しかし春の女王は一向に行方知れず。このままこの国の人々は凍えてしまうのでしょうか。
「ああ、なんということだ! 春の女王が見つからないとは!」
「これ以上冬が続けば花達も咲くことが出来ません。国の最果てでも花が蕾のまま咲かずに枯れてしまうとのことです」
その時です。青年がおかしい事に気づいたのは。彼は国中を歩きながら記録をとり続けていましたが、国の最果ては荒涼とした土地が続くだけで花が咲いていることは一度もなかったからです。
思わず彼は騎士に尋ねました、いつどこでそんな話を聞いたのか。そして言いました、最果てで花が咲いたことはないと。
「いや、遠くの場所から来た旅人が言っていたんだ」
青年はさらに尋ねました。他にも花が咲こうとしている場所はあるのかどうか。
「聞いた話ではいたるところでそうなっているらしい」
そう答える騎士、そして青年は考えました。何故今まで咲くことのなかった場所に蕾が咲いていたのかを。その理由は誰かが植えたからに他なりません。この状況で誰が花を植えたのか、この国のすべての者が春の女王を探しています。つまり……
「何かわかったのか?」
青年は騎士の問いかけに答えました。もしかしたら春の女王は花を植えているのではないかと。いまだに見つけられていないのは花も咲かず人目にもつかない場所にいるからなのでは、と。
「すぐに地図を持ってきて調べてみよう」
地図に花が咲こうとしている場所を色づけると、やはり今まで花の咲いていた場所にはさらに多くの種類の花が、そして咲いていなかった場所にも花が植えてあるようでした。
そしてまだ色の塗られていない場所があります。冬は危険なので誰も近づかない山の頂上です。
「ここにいる可能性が高いのだな! すぐに出発の準備を!」
しかし外は猛吹雪、この天気で山に登るのはとても危険です。しかし今は一分一秒を争う状況。晴れるのを待つ余裕などありません。
「大人数で向かってもかえって危険だな……数を絞ろう」
そういうわけで捜索に向かう事になったのは青年と騎士、そして体力のある戦士と勇者でした。
「この天候での登山は危険だ! 本当に春の女王様はいるのか!? そもそも春の女王様は冬の山を登れるのか!?」
「だが誰も登って確かめた者はいない! これだけ探して見つからないのだから登るしかあるまい!」
「それにもし山で遭難でもしてたらそれこそ大変だろう!」
こうして四人は山に登ることになりました。その道は大変険しく、壮絶なものでした。果たして春の女王は山の頂上にいるのでしょうか。
「おい見ろ! 花が植えてあるぞ!」
「やはり春の女王様は山に登っていたのか……!? とにかく周りを調べるぞ!」
四人は離れると危険なので一緒になって春の女王を呼びかけました。
「ん? おい! あれ春の女王様じゃないか!?」
「あ! 本当だ! なんでこんなところで花を植えてるんだ!?」
ようやく、ようやく春の女王を探し出すことに成功しました。しかし喜んでいる暇などありません。四人はすぐさま春の女王に駆け寄り、冬の女王が塔で待っていることを伝えました。
「え!? もうそんな時期ですの!? 花を植えることに夢中になっていて気がつきませんでしたわ」
「ですから何故こんなことを」
「そんな事はどうでもいい! 早く季節を進めに行くぞ!」
それからは春の女王を含めた五人で急いで塔へ向かいました。塔では冬の女王が今か今かと待ちわびていました。他の女王も集まっていました。
「あ! 春の女王! 貴女今までいったいどこに」
「それより早く季節を廻してください!」
四人はとにもかくにも交替を要求しました。
「わかったわ!」
二人の女王が交替すると、国を凍てつかせていた吹雪は収まり、天を遮っていた漆黒の雲は晴れ渡り、地を照らしても決して暖めることのなかった太陽は暖かい光をもたらし地上には雪解け水が流れ、花が咲き乱れたのです。その光景は言葉ではあらわせないほどに美しく、国中の人々は感動しながらも季節が移り変わったことに安堵しました。こうしてこの異変はようやく解決したのです。
さて、ここまできて四人の次の行動はもちろんこの異変の原因を調べることです。塔の中に上がりこみ、四人の女王を集め、春の女王を問いただしました。何故そこら中に花を植えていたのか。
「な、何故ってそれは貴方に原因があるのですよ?」
この言葉は青年にかけられた言葉でした。当然身に覚えのない言葉なので彼は困惑するばかりです。彼が原因とはいったいどういう事なのでしょうか。
「実は私たち季節を司る女王はその季節になると塔に閉じこもってしまいます」
「それは当然のことでしょう」
「その通り。しかしそれは同時に自分が司っている季節を知ることが出来ないという事でもあるのです」
ここにきて衝撃の真実が今明かされました。なんと女王は自分の季節のことを何も知らないというのです。
「私は夏が暑いことを知っていますが、どれくらい暑いのかは知りません。なぜならこの塔はいつも同じ温度だから」
「私は紅葉というものを見た事がありません。この塔には窓が少ないから」
「私は雪というものがどういうものなのかわかりません。塔の中には雪が降ることも積もることもないから」
「そして私は花が咲いているのを見たことがありません。私が植えるのは種や蕾だから」
四人はあまりにもの事に開いた口がふさがりませんでした。しかしながらこれでは青年にどういう原因があるのかまだわかりません。
「私たち四人は自分の季節を知らずに過ごしてきました。書物を読んでも抽象的なことしか書かれていませんでした。あるいは今年もいつも通りと」
「ところが、です。貴方の書いた物にはそれはとても詳しく色々なことが書かれていました。春にはどこにどんな花がどれほど咲いたか、夏はどんな怪談が流行ったかを、秋は小麦、冬は雪がどれだけ積もったかが」
「そのとき始めて私たちは自分の季節に興味を持ちました。そして同時に自分の季節をもっと良くしたいとも思ったのです」
「ですから私は国中に花を植え、種を蒔き続けたのですわ。春が本来暖かく雪を解かす事も本で読んだのに失念していました。今まで一度も見た事がなかったから。そしてこれは他の女王達も同じことでしょう」
女王達は互いに頷き合いました。なんと言うことでしょうか。確かにこの異変は青年が編纂した資料が原因で発生した異変だったのです。
「ですがいくら何でも季節の移り変わる時期を忘れるなんて事があるはず……!」
「そ、それは……」
騎士のもっともらしい問いかけに女王達は全員戸惑っていました。
「いつも同じことの繰り返しだったから……私達でも期間については正確にはわからないの」
「ええ、いつもこのくらいだと判断してたから……」
「し、しかし……冬の女王様! 貴女は決まりごとを良くご存知ではありませんでしたか!」
勇者と戦士の質問に対し、申し訳なさそうな表情で冬の女王は答えました。
「あれは……その、今までずっとそうしてきたからてっきり、そういう決まりごとがあると思ってつい」
「家には誰かがお留守番をしていなければならないと教わっていたので、みんなでそうしようと決めたんです」
「それがこんなことになるなんて」
「そ、それに冬が少しでも長引けばより良くなるかななんて思ったり……」
これを聞いた四人は全員頭を抱えながら座り込んでしまいました。まさか四季を司る女王がここまで自分の季節に無知だったとは誰も、おそらく国中の誰一人として考えたこともないことだったからです。
「ご……ごめんなさい……」
こうして真相も解き明かされ、重い足取りで王宮に帰りました。
そしてそんなことなど知らない王様たちは大喜びで四人を歓迎しました。
「おお! よくぞ季節を変えてくれた! 褒美を出そう!」
しかし今は褒美よりも事実を伝えることが先です。四人は事の真相を王様に伝えました。仕方のないことではありますが、始めは誰もそんなことは信じませんでしたが、本人たちから確認を取ると王様は頭を抱えながらこう言いました。
「嘘……だろ……」
とりあえずその日四人は王宮で泊まり、翌日話し合いました。
「とにかくじゃ、約束どおり褒美を取らせよう。何がいい?」
この連日の出来事に頭が良く回らない四人はこう答えました。
「とりあえず女王様に教育係とお目付け役をつけましょう」
こうしてこの国の歴史上唯一発生した季節が移り変わらない異変は解決したのです。この異変は後に白い桜吹雪事件と呼ばれるようになりました。
そして褒美が実行された始めのころはお互いの季節にやきもちを焼き、そのせいで青年の書いた資料すべてに四人が喧嘩しないよう詩人が美しい詩を添えるようになりました。そしてこのころからでしょうか、冬に咲く花が少ないなんてずるい。と言い出した冬の女王が雪の結晶をまるで花のような形に変えて降らせるようになったのは。