3話:住民の男
前回の後書きで「次回からはもう少し短く…」とか言っていましたが、1話、2話を読み返すとどう考えてもこのペースでは数百話は続いてしまう……と思い、今回からは逆に文章を長くして出来るだけ話数を少なくしようとしたので、今回から文章が少し長くなります。
それでも話が長引くと数百話まで続くかも知れません……。
〜人間界〜
小さい町までの長い道のりを歩くこと、体感時間で約二時間半。
道中、雑草に紛れていくつかの種類の薬草が生えており、更にその薬草はどれも状態が良く、薬品を作るとしたらかなり上質な物を作れそうだった。
当然の事、見つけた薬草は全て採取して転生した時に持っていた麻袋に入れ、持ち歩いている。
そういえば、転生した時に衣服やバッグ(麻袋)、靴等が予め備わっていたのは有り難い事だった。
流石に公共の場で過度な露出が法律違反となっているこの人間界において、裸で行動しなければならないというのは厳しいからな……。
転生して早々、全裸で人間に出会って露出狂扱いなんて言うのは酷な話だ。
何故最初から服やバッグ等を持っていたかについてはわからないが、考えても意味の無い事なので、あまりこの疑問には触れないでおこう。
とにかく最低限、衣服が備わっていて良かったと思う。
持っていた麻袋は結構丈夫で、ある程度重い物を入れても大丈夫そうな造りだった。
最初は麻袋に金銭が入っており、数ヶ月分の生活代になりそうな程度の金額だった。
まぁ金銭は数ヶ月の間に役職を探して就けばいい。
医療職や技術職、製造職や戦闘職等、大体の役職に必要な知識は頭に入っているのだ。
この麻袋は収納スキルが無い現在ではかなり便利だが、収納スキルを覚える事が出来れば必要は無くなる。
それまでの収納はこの麻袋で充分だろう。それに、収納スキルを覚えた時にはこの品質の麻袋ならそれなりに高い金額で売れそうだ。
転生した最初の時にはこの身体に慣れてなくて歩き方すらぎこちないものだったが、すぐに慣れて現在は普通の成人以上に速く、かなり速い速度で走れる様になった。
俺が魔王だった時も人間と同じ姿で生活していたという事が、これほどの短時間にこれ程この身体に慣れることが出来た大きな理由だろう。
そして、俺は現在小さな町に辿り着き、町の中を見て回っている所だ。
遠目にこの町を見た時は小さな家や店が集合した程度に見えたが、武器屋や防具屋、道具屋等が充実しており、そう発展していない町という訳でも無さそうだ。
この程度まで発展している町なら、もしかしたら魔法の事について知ってる住民がいるかもしれない。
この町で魔法の習得に関する情報を聞けるか、あわよくばこの町で魔法を習得できれば僥倖だな。
そう考えていると、町の住民とおもわれる成人男性に遭遇し、声をかけられた。
「おっ? この町の住民の顔は全員覚えてるけど、兄ちゃんは初めて見る顔だな。あんたはこの町の住民じゃ無いね。って事は久々のお客さんか! 兄ちゃんはどこから来たんだ?」
見た目は三十代後半の大人の男だ。
少しばかり小太りな体型をしているが、気さくに話してくるあたり、人柄は良さそうだ。
さて、出身地か……そういえば自己紹介関連の事など全く考えてなかったな。
当然だが、「元魔王だが転生して人間になり、偶然この町を見つけた」
などと馬鹿正直に話しても信じる筈はあるまい。
まぁここは旅人と言うのが無難だろう。
旅人と言う割に、荷物が服、麻袋程度で武器も防具も持っていないのが怪しいかもしれないが……。
「あぁ。この町とは別の町から来た旅人だ。旅の途中でたまたまこの町を見つけたんだ。この町は何という名前だ?」
人間界の地理は知識に入っているので、現在地さえ判れば、後は地図無しでも旅ができる。
とりあえず町名を聞いて、出身地はこの町からある程度離れた町を出身地として名乗る事にした。
「やっぱりな。こんな辺境の町に訪れる旅人は全員がこの町をたまたま見かけた者で、この町の存在を知ってて訪れてくる旅人はいねぇからな。あと、この町は『リーズ町』ってんだ。
にしても、旅人って割には荷物が結構少ねぇな。少し小せぇけど、この町はそこそこ良い品揃えしてるから良かったら寄っていきなよ」
荷物が少ない事は気になった様だが、旅人にも無駄に大荷物な者から、必要最低限の荷物で旅をする命知らずな者など色々な人がいるので、そこまで気にならなかったのだろう。
リーズ町か。自然豊かな地に存在する小さな町で、付近に山がいくつか存在する為に、腕に自信のあるレベルの高い大人達が洞窟を探索しては洞窟に存在するモンスターを狩っていると、魔王城で読んだ書物に記載されていたな。
出身地の方は……ここから適度に離れた町といえば『クラッド町』か。
「案内ありがとう。俺の出身地はここから少し離れた『クラッド町』だ」
「へぇ。めちゃくちゃ離れた町って訳でも無ぇけど、中々の距離を歩いてきてんだな。
わざわざこの近くまで来たって事は兄ちゃん、この先の『アインガルド王国』に興味があるのかい?」
位置を考えると、確かにこの町の近くに「アインガルド王国」が存在している。
アインガルド王国は人間の国では人間界で一番の国力、軍事力、経済力等々を兼ね揃えた人間界最重要都市だ。
そこまでの大国ともあれば当然、人間の知り得る殆どの魔法は勿論、あらゆるスキルも役職も揃っている国と言う事だ。
ならば、次の目的地はアインガルド王国だな。
きっと役立つスキルや、魔法が手に入るだろう。
まぁ魔法を手に入れるとは言え、魔王だった頃に光属性以外の殆どの魔法を習得しているので、様々な魔法式等を長い時間をかけて習う必要は無いのだが。
ならば、何故に魔法を人に教わる必要があるのか?という質問になるだろう。
その答えは、『人間の身体に流れる魔力を扱う感覚は魔王の身体に流れる魔力を扱う感覚と大きく異なるから』で、それが転生してから魔法を使えずにいた、恐らくの原因だ。
つまり魔法の知識が充分でも、使用できる様にするには、『魔力操作』と言う基本中の基本をこの身体でできる様にする必要があった。
逆に言えば、魔力の扱い方さえ理解できれば、転生してから『魔力消費軽減』スキルなどが無くなっている為に、魔法の使用時にいくつかの制限はあるものの、俺の知識にある幾千にも及ぶ魔法を体内の魔力の許容範囲で扱う事ができるという事だ。
まぁ大した戦闘もせずに普通に生活していく上で、そんな数の魔法を使用できたところで必要無いものが大半を占めるのだが。
それにしても……俺は人間界最大の王国に徒歩でも辿り着けるほど近い場所に転生していたのか。
何という僥倖。転生してからここまで、ステータスが人間並みになったこと以外、第二の人生は結構順調に進んでいるんじゃないか?
しかし、セインガルド王国は厳重な警備体制で、招待状等を持たない旅人は厳重な取り調べの末、その取り調べに一切の問題が無いと判断された場合のみ王国への入国が認められる、入国審査の厳しい国だ。
そんな王国に名の通らない町出身の旅人が突然入国など、ほぼ叶わぬ話だろう。
どうやって入国しようものか……。悩みどころである。
この男は入国の手がかりを知っているのだろうか?
「ああ。俺は魔法やスキルを身に付ける為にその王国を目指して旅をしている。あの国は魔法もスキルも豊富だからな」
「やはりな。にしても、招待状か何か持ってるのかい?セインガルド王国は入国検査がめちゃくちゃ厳しくて、余所者は招待状無しでは入国がかなり難しいって話は有名だぜ? クラッド町では招待状は作れないだろ?」
この男……というよりも、この町の住民はセインガルド王国の事は存じている様だ。
もしセインガルド王国とこの町との結びつきが強いなら、ここで招待状を作ってもらう事は出来ないだろうか?
「招待状か……持ってないな。この町で招待状を作る事はできるのか?」
入国検査の事を知りつつも、招待状を持っていないというのも不自然なのでさり気なく入国検査については知らないフリをした。
「残念だが、この町も王国から近いとは言え、関係は深くないから招待状を作っても入国させてもらえる可能性が低いぜ。
だが、ここからセインガルド王国を超えた所に『ミゼア大国』がある。そこなら王国にも名が通るだろうし、セインガルド王国に行くにも遠回りにならない筈だ」
『ミゼア大国』か。この住民の言葉から名前が挙げられるまで忘れていたが……確かに、セインガルド王国から最も近い国で、セインガルド王国との国交もある。
両国の住民同士の交流や貿易も盛んで、人間界では最もセインガルド王国との関わりが深い国だ。
更に、『ミゼア大国』は入国がさほど厳しくも無いので、所持品に危険物がない限りは大体の場合入国許可が出るという。
セインガルド王国への招待状を作りに行くのなら、ミゼア大国が最も適していると言えるだろう。
ミゼア大国で魔法やスキルが手に入るのなら、セインガルド王国では無く、ミゼア大国でも何ら問題は無いのだが、残念な事にミゼア大国は貿易・生産が専門のような国で魔法やスキルはあまり流通していない。
結局のところ、最終的な目的地はセインガルド王国に変わらないという事だ。
とにかく、招待状を手に入れるべく、次の目的地は『ミゼア大国』で決まりだな。
「分かった。じゃあ俺はこの町を少し回ってからミゼア大国を目指すことにしよう。見知らぬ旅人の俺に色々と案内してくれて感謝するよ」
「おうよ。じゃあな兄ちゃん。あと、ミゼア大国への道中でモンスターが出るかもしれねぇから装備は整えとけよ」
住民の男が去り際にアドバイスを残しながら、俺に背を向けて歩いていった。
さて、転生した地からここまで魔族生命体……つまり、さっきの住民がモンスターと比喩していた魔族生命体は出現しなかったが、この町からミゼア大国への道中はモンスターが出現する可能性があるのか。
この町の腕っ節に自信のある者に護衛を任せても良いのだが、人間界には魔界ほど強力な魔族生命体は生まれてこないため、現在の身体でも装備さえ整えば大体のモンスターは自分で対処出来るだろう。
まずはミゼア大国への道中でモンスターとの戦闘になった時の為に、武器屋で装備を整えよう。
他にも見てみたい店もあるし、さっき言われた通りこの町をしばらく見て回ってからミゼア大国を目指すとしよう。
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こうして次の目的地が決まり、第二の人生は順調に進んでいくであろう……と魔王は思っていた。
だが、この先魔王が思っていた平穏な人生を過ごす事は出来ず、更にあろうことか勇者という役職に就き、戦闘に身を置く事になるのを、現在の魔王が知る由はないのであった。
主人公の魔王が勇者になるまであと数話はかかりそうです……。
早いところ話を進めてタイトル通りの内容にしていきたいと思います。