俺、服買ってもらうんで
「ん……ふぁ……」
俺はトントンという音で目を覚ました。
あまり見慣れない部屋なので、昨日のことが夢でないことがわかって少し、ホッとした。
あたりを見回すと、エプロンをつけて台所に立つ母さんが……。
「え……? 母さん?」
「ん? ソウマ、起きたんですか?」
そこには朝食を作っていると思われる、ヒナミがいた。ちょっとまだ寝ぼけてたっぽいな。
「ああ、今起きた。おはようヒナミ」
「おはようございます。ソウマ」
俺は起き上がり、布団をたたみ、顔を洗い、着替えた。
そしてヒナミが作ってくれた朝食を食べた。なんか旅館とかの朝食をイメージすればいいのだが、茶碗一杯の白米だけではまず足りない量のおかずが出てきた。
「朝からけっこう作るんだな」
「朝食は大事ですから」
俺たちは粛々と朝食をすまし、今日のことを話した。
「今日はソウマの物をいろいろ揃えようと思います」
「いろいろ?」
人生のことか? それとも男と女のことか?
「ソウマがこれからどうしようと考えているのか知りませんけど、しばらくはわたしのところにいますよね?」
「まあ、そうだな。他に行くとこないし」
「ですから、生活するにあたって必要なものを買いに行きましょう」
「え、いや、いいよ。俺は一応必要そうなものはリュックに詰めて持ってきたし、それにヒナミにお金使わせるっていうのもなんだかなって感じだし」
そこまでしてもらったら言い逃れができないほどにヒモである。
「わたしのお金のことは気にしなくていいですよ。わたしそこまで欲しいものってありませんし」
「いや、でもほら。持ってきてるから」
俺がそれでも断るとヒナミはほほをぷくっとふくらました。
「もう! かわいくない男の子ですね。では、そのリュック見せてください」
「なんでだよ。はっ! まさか俺の着替えに興味がっ! ヒナミも案外すごい性癖抱えてそうだな」
俺がそう言うとヒナミは顔を真っ赤にして首を振った。
「そんなわけないじゃないですか! 違います。本当に生活用品が揃っているかチェックします。ほら、見せてください」
これはどうあがいても無駄かもしれん。
俺はしぶしぶヒナミにリュックを渡した。
「拝見します。……何で下着がこんなに?」
いやん見ないで恥ずかしっ!
「いやそれはまあ、あって困るもんじゃないだろ」
「まあ確かにそうですね。ん? ズボンや上着の替えが入っていませんけど……」
「いや、ジャージと制服入ってるだろ」
「ジャージは寝間着代わりでしょう。それに制服は普段着ませんし。……もしかして、今履いているジーンズと着ている上着しか持ってきてないんですか?」
「うん」
俺が正直に答えるとヒナミは手を額に当てて天井を仰ぎ見た。
「男の子って、みんなこうなんでしょうか?」
「みんなではないと思うぞ。俺が服とかに興味が無いだけだ。つーか、いつも体清潔にして、肌着さえ変えてりゃ問題ないだろ」
「はあ……」
ヒナミは大きくため息をつくと床に横になった。
「もう、言葉がありません」
「……なんかごめん」
俺はヒナミの落胆っぷりに申し訳なくなってなぜか謝った。
「いいえ、謝らなくてもいいです。……わたしがソウマをなんとかします」
え、なんとか?
「服を買いに行きますよ!」
「ええ……めんどくさい」
「行くんです! 十七の若い男の子がそんなんじゃいけません。ほら立ってください」
そう言うヒナミの目はやる気に満ち溢れていた。俺を立たせようと服を引っ張ってくる。やだちょっと怖い。
「……本当に嫌なら、いいんですけど」
ヒナミはそう言うと俺を引っ張る手を緩めた。
「無理強いは、したくありませんし……」
「ええい、わあったよ! 行くよ! 俺の服、買ってください! ……だからそんな顔すんじゃねえよ」
そんな沈んだ顔されたら断われるわけないだろ。わざとか。卑怯だぞ。
「いいんですか?」
「そう言ってるだろ」
「わあ、嬉しいです! わたし実は人の服見たてるの好きなんです。ありがとうございます!」
ヒナミは一転、まばゆいほどの笑顔でそう言った。
……ったく、単純だな。
「礼を言うのはこっちだよ。それじゃ、行こうか」
「はい!」
ヒナミは笑って、元気よく返事した。
「うーん、この子体つきがいいからこういうのはどう?」
「あ、いいですね! じゃあじゃあ、こっちのはどう思いますか?」
「あらいいんじゃない? この子にぴったりだと思うわあ。あなたセンスいいわね。うちで働く?」
「そ、それはまた今度……」
「あらそう? 待ってるわよ」
俺はヒナミに連れられバスに乗り、近くの大型ショッピングモールに来ていた。
その中にある服屋で、俺は着せ替え人形よろしく次々と試着させられている。ナデナデシテー。それはファービーだな。ついでにエアをライドするやつも違う。
「ソウマ、今度はこっち着てみてください」
「こっちの帽子も合わせてみてくれるかしら?」
「……はい」
俺は試着室の外からヒナミと店員さんに渡されたものに着替えた。
「着ました」
「見せてください」
俺が試着室のカーテンを開けると、ヒナミと店員さんが俺の前に立ってじっくりと俺を見てきた。
「うん、いいじゃないの。あなた、自分で選んでみてどう?」
「……」
ヒナミは店員さんにそう聞かれたのに無反応だった。
「ちょっと?」
「……へっ? はっ! ごめんなさいちょっとぼうっとしてました」
ヒナミは顔を赤くして俺の方を上目遣いで見てきた。
「なんていうか、その、見違えたというか、別人というか」
ヒナミは自分の服の裾を指でいじりながら言った。
「なんかその、かっこいいなって、思って」
「お、おう……」
何だこれ超恥ずかしい! なんでそんな顔で言うんだよう。もうちょっと普通に言えよう。
「なんかなんだあれだな。『馬子にも衣裳』ってやつだな」
「あら、謙遜しちゃって。あたしはそんなことないと思うわよ。あなたスタイルいいし、顔もかわいいもの」
その店員さんはそう言うと俺に近づいてきて、そのごつい手で俺の手を握ってきた。
「あなた、その顔だったらこの業界でトップ取れるわよ。さあ、あたしみたい
に思い切って目覚めちゃいなさい!」
「いやそれはちょっと勘弁してほしいです」
「あらそう。残念ね」
そう言って、その服屋の店員さん(男)は俺の手を離した。
「そうよね。彼女がいるんだものね。こっちの世界には興味なさそうよね」
「きゃきゃきゃ彼女じゃないですっ!」
「そそそそうですっ! わたしたちは姉弟です!」
俺とヒナミは真っ赤になって否定した。
まあ確かにそっちの『異世界』には興味ないですけども……。
「あらそうだったの。ごめんなさいね。雰囲気がそんな感じだったから。その歳で一緒にお買い物なんて随分仲がいいのね。微笑ましいわあ」
「ど、どうも」
「それで、これで決まりにする? もうちょっと見ていく?」
「うーん、そうですね……。とりあえず今日はこれだけ買っていきます」
「ありがとう。じゃあ、ちょっと待っててね。袋に入れちゃうから」
「ありがとうございます」
店員さん(ゴリゴリ)はレジで大きな袋に服を入れていた。
「ふう、疲れた」
俺は店内にあったベンチに腰掛けた。
「お疲れ様です」
そう言ってヒナミも俺の横に座った。
「なあヒナミ。どのくらい買ったんだ?」
「ええっと、インナーとアウターがそれぞれ八枚で、ジーンズが三本と、それに帽子とベルトを二つずつです。とりあえず最初はこのくらいでいいでしょう」
とりあえず? 最初? 聞かなかったことにしよう。
「それにしても、楽しかったです。男の人の服って選んだことがなかったのでちょっと悩みましたけど」
「楽しかったのなら、よかった」
「ソウマは? 疲れただけですか?」
ヒナミは俺をじっと見てそう聞いてきた。
「いやまあ、疲れたは疲れたけど、でもちょっとだけ服に興味出たかも……」
「本当ですか!?」
「まあ、ちょっとだけな」
「じゃあまた一緒に服、見に行きましょう! 約束ですよ?」
そう言ってヒナミは右手の小指を立てて俺の方に差し出してきた。
「な、なんだよ?」
「約束、ですよ?」
「……わかったよ。約束だ」
俺も小指を立ててヒナミの小指に絡めた。
「えへへー」
「ふっ、なんだよ。その笑い方」
「あなたたち本当に姉弟? どこから見てもカップルなんだけど」
俺とヒナミが笑いあっていると、突然店員さん(腕の毛すごい)が横から話し
かけてきた。
「うわっ! びっくりした」
「わわわっ! って、姉弟です!」
「そう? まあいいわ。ほら、全部たたんで袋に入れたわよ。待たせたわね」
「あ、ありがとうございます」
「どうも」
ヒナミが礼を言い、俺は店員さん(目ぱっちり)から服の入った袋を受け取っ
た。
……重っ。
「それで、お代はこちらよ」
そう言って店員さん(推定百九十センチ以上)はヒナミに電卓を見せた。
「えっ……嘘……」
ヒナミは電卓を見ると口元を押さえた。
「どうしたヒナミ。もしかして高いのか?」
もしあまりに高いのなら、店員さん(つけまついてる)には悪いけど断らないと。
「いいえ違うんです。すっごく安いんです。あの、本当にこれで合っていますか? 計算が間違っているとか……」
「そんなことないわよ。あたしの計算に狂いはないわ」
「じゃあどうしてこんなに安くなるんですか?」
「あなたと一緒に選ぶのがとっても楽しかったからよ」
そう言って店員さん(肌きれい)はウィンクをした。
「え?」
「久しぶりに服選びでこんなに楽しめたわ。だからサービスよ。ああ心配しないで。儲けは他の客からふんだくって出すから」
「あはは……」
俺の口から乾いた笑い声が出た。
「ありがとうございます。その、わたしも楽しかったです」
「そう? よかった。じゃあまた来てくれる?」
「はい!」
「ありがと。じゃあ、気をつけて帰ってね」
店員さん(剃髪)は大きな手を胸の前で振った。
「はい。ありがとうございました」
「あ、どうも。ありがとうございました」
俺とヒナミはそれぞれ礼を言って店を出た。
「二人ともー! 末永くお幸せにねー!」
「だから違うっちゅうに!」
「だから違いますって!」