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俺、異世界平和にするんで  作者: 圭
吸血種編
73/73

俺、吸血種の王の力に驚くんで

 「さて、さっきの座布団どもは装備を剥いで外に放り投げてきた」


 「部屋も、ある程度は片づけました」


 「アレティは儂のベッドに寝かしている。穏やかな顔で眠っておるよ」


 「後は、そいつだけだな」


 俺は床に転がっているベルクを見やった。


 ベルクは現在手足を縛った状態で転がしてある。顔はところどころ腫れ上がっていて痛々しい。誰だこんなひどいことした奴は。まったくひどいなあ。


 「こいつは私が軍に直接持っていって、裁きを受けさせる。こいつは殺人を犯した。見逃すわけにはいけない」


 「……少し、待ってはくれないか」


 メグミさんがベルクの首根っこをむんずと掴み、引きずっていこうとしたところを、ソフィアが呼び止めた。


 「そいつに見せたいものが。会わせたい者がいる」


 「私に?」


 訝るような視線をベルクはソフィアにぶつけた。


 「ああ。……ついて来い」


 そう言って歩き出したソフィアに、俺たちはよくわからないままついて行った。ベルクはメグミさんが、幼児が持つ買い物袋のように引きずっている。


 薄暗い廊下を歩き、下へと続く階段を下りた。その時のベルクの惨状は、見るに耐えなかったが、ざまみろとは思った。


 そうして、一つの扉の前についた。


 「ここだ」


 ソフィアはそう言って、その扉を開けた。


 その先には、


 「何だ、ここ……村、か?」


 扉の先には、広大な田園風景が広がっていた。


 ところどころに木で作られた小さな家があり、ここに人が住んでいることは想像できた。


 でも、俺たちはずっと城内を歩いていたはずだ。いくら城が大きくても、こんなところがあるとは思えない。


 例え地下を大きく掘って場所を作ったとしても、少なくとも、青空が見えるわけがない!


 「ソフィア、いったいここは……?」


 ソフィアをちらりと見て聞いたが、ソフィアは俺の質問には答えず、大きく息を吸い込んで、そして大声で呼んだ。


 「ラルフェ!!」


 「な、何?」


 それを聞いたベルクは、口を半開きにしてぼそりとつぶやいた。


 「ソ、ソフィア。その名前って……」


 「はーい!」


 俺が言うと同時に、遠くから元気よく返事が聞こえた。


 田畑の間に作られた細い道を、一人の女性が、果物がいっぱいに入ったかごを抱えて、走ってこちらにやってくるのが見えた。


 彼女は近くまでやってくると、走って乱れた長い金髪を手で直しながらニコリと微笑んだ。


 「あ、ソフィアさん、こんにちは。あれ? そちらの方々は? って、あれ!?」


 「そ、そんな、まさか!?」


 「お兄様!?」


 「ラルフェ!!」


 「……かしら? なんだか顔が腫れあがっていて、もしかしたら人違い?」


 こてんと首をかしげた彼女に、ベルクは首を振った。


 「いや合っている! 私だ、ベルク・アオスブルフだ!」


 「……ソフィア、これは、いったい?」


 「ここは、吸血のために儂らが攫った人々が暮らすための場所だ」


 ソフィアは目の前に広がる平和な景色を、目を細めて見ながら言った。


 「どういうことですか化け物。説明しなさい」


 ベルクは腫れた目でソフィアを睨みながら言った。


 「おぬしの妹がいなくなったのは、いつだ?」


 「三年ほど前、妹が登山に行って、そして帰ってきませんでした」


 「その時ラルフェは、足を滑らせたのか滑落事故を起こしておってな、そのままでは死んでしまうかもしれなんだ」


 「そうです。あの時私、もうだめかと思いました」


 ソフィアのセリフを、ベルクの妹、ラルフェが引き継いで続けた。


 「その時、吸血種の方が助けてくれました」


 「なん、だと?」


 「吸血種の方は私をここまで連れてきて、そして怪我を治してくれました」


 「その代わりに、ここに住み、血を儂らに提供することを約束させた」


 「家族と会えなくなるのは辛かったですけれど、でも、ここには私以外にも、人が住んでいましたから、寂しくはありませんでした。ほら」


 そう言ってラルフェが示す先には、他の人間の姿があった。


 いや、人間だけじゃない。


 そこには、森精種、獣人種、そして水棲種の姿があった。


 「儂らが他国に潜伏して人を攫っていたのは事実だ。だが、儂らが攫うのは、事故に遭うなどして、そのままでは命が危うい者だけと決めていた」


 「じゃあ、吸血で命を落とした人って言うのは……」


 「誰もおらんよ」


 きっぱりとソフィアは言った。


 「う、嘘だ……こんなのは、幻だ……あなたたちお得意の……」


 「そう思うなら、直接妹君に触れてみればよい」


 ソフィアの言葉を聞いて、メグミさんはベルクから手を離した。


 ベルクは覚束ない足取りでラルフェに近づき、その頬に手を触れた。


 「あ、ああ……」


 「お兄様。私は、無事でしたよ。ご心配をおかけして、ごめんなさいね」


 「ぅぅぅ……くそぅ……」


 ベルクはうめき声を漏らし、膝からがくりとくずおれた。


 「ところでソフィア、ここはいったいどういう場所なんだ? 城の外じゃないだろ。青空だし。つかお前、日光に当たって何ともないのか?」


 「心配はいらん。ここは、儂が魔法で作った仮想空間だ」


 「仮想空間?」


 「さすがに食べ物や植物、それに水などは本物だが。あとは、空も、光も、空間自体も幻だ」


 「まじかいな」


 俺は改めて村を見回した。


 どう見てもリアルだ。


 しかも、超広い。ように感じる。


 「驚いているのか?」


 「まあ、かなり」


 「舐めるなよ? 儂はこれでも吸血種の王だぞ?」


 ソフィアはあくまで平淡に、けれど、どこか得意げにそう言った。


 村の中には、五つの種族の人たちが、分け隔てなく話している。笑い合っている。協力して、野菜を育てたり、水を汲んだりしている。


 この世界は、ソフィアが作り出したんだ。


 「しかし、いつまでも彼らをここに閉じ込めておくわけにはいかん。それくらいはわかっておる。それに彼らだけでは、全吸血種を養えない。彼らの血を吸い尽くしたところでな。だから、おぬしには感謝する。ありがとう」


 「いや、俺はなんも」


 「そう言うな。いつか、この恩は返す。覚えておけ」


 「覚えておけって、それ完全にお礼参りの方向じゃん怖い」


 「あ、あの、ソフィアさん」


 「ん? どうした、ラルフェ?」


 「アレティさんは、今日はいらっしゃらないのですか?」


 その一言に、この場にいる誰もが、ベルクさえもが、凍り付いた。


 「私、アレティさんにこれを食べてもらいたくて。もちろん、血以外は栄養にならないことは知っていますが、それでも、こちらに来てできた、一番のお友だちに私の作ったものを食べてほしくて」


 ラルフェはそう言って、かごの中にある色とりどりの果物に目を落とした。


 「……ラルフェ、私は、私は、勘違いで……とんでもないことを……」


 「え? ど、どうかされましたか、お兄様?」


 「わ、私が……私が……」


 「アレティは、今、少し病気をこじらせてしもうての……しばらくこっちには来られん。すまんの」


 震える声で自らの過ちを告白しようとしたベルクを、ソフィアの声が止めた。


 「え! あの、アレティさんは大丈夫なのですか?」


 「おそらく大事無い。寝れば、きっとよくなる。まあ、そのうちよくなったら、また顔を見せに来させよう」


 「お願いします。あ、そうだ。それじゃこれ。すみませんが、アレティさんに渡してください」


 「……うむ。わかった」


 ソフィアはラルフェから、果物がいっぱいに入ったかごを受け取った。


 「あやつもきっと、これを食えば元気になるかもしれん」


 「ソフィアさん、吸血種は血以外は栄養になりませんよ?」


 「おぬしの想いが伝わるということだ」


 「ああ、そうですね。ふふっ。それじゃ、お大事にと、お伝えください」


 「わかった」


 ソフィアは微笑んで、そのかごを胸に、大事そうに抱いた。


 「あの、ソフィア王……私は……」


 「勘違いしてくれるなよ、おぬし」


 呆然としたベルクに、ソフィアは冷たい声を浴びせた。


 「おぬしは、たとえ妹君が無事だったとしても、儂を赦さなくていい。儂も、おぬしを絶対に赦さない。絶対にだ。……一生をかけて後悔しろ」


 ベルクは、ただうなだれた。そしてメグミさんがまた首根っこをひっつかんだ。


 たしか前にオルカが、赦す勇気なることを言っていたが、ソフィアはきっと、赦さない勇気をもったのだ。


 悲しみを絶対に忘れずに、一生覚えているという勇気を。


 「そうだ。皆に伝えねばならんことがあった」


 ソフィアはそう言って、体を村の中心に向けて、そして大きく息を吸った。


 「皆の者! よく聞け!」


 村中に響き渡る声で、ソフィアは言った。


 「おぬしら、今までここに閉じ込めて、すまなんだ! だが、今からはもう、自由に出て行ってもらえば構わない! 国で待つものがおるであろう! 国までは儂らが責任をもって送り届ける! 儂らのことは心配してくれるな! 儂らはもう、大丈夫だから!」


 その深紅の瞳から、涙をこぼしながら、


 「今まで、本当に、儂らを支えてくれて、ありがとう!!」

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