俺、この五つはちょっと嫌なんで
「ソウマ!」
その呼びかけに、ふと俺は我に返った。
「だめですよ。やり過ぎては。アレティさんのために怒るのと、その人を殺してしまうのは別です」
背後からのヒナミの声で、俺はキレずに済んだ。
「……ごめん、ありがとうヒナミ。助かった」
「いえ、わたしは何も。でもソウマ、わかっていますね?」
「ああ。わかっているさ。この馬鹿に、落とし前はつけさせるさ」
「くそ、私を何度も馬鹿呼ばわりして!」
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんだバーカ!」
俺はベルクが放ってきたパンチを躱して、その腕を掴み、ファイヤーマンズキャリーに持ち上げた。
「のわ!」
「お前に腹が立っているのは確かだからよ。だから、俺が絶対にやられたくない技ベストファイブをプレゼントするぜ」
まずは第五位!
選考理由は、痛そう。
「Go 2 Sleep!」
担ぎ上げたベルクを俺は前方に落とし、落ちてくるベルクの顔面に右膝をかちあげた。
「ぶはっ!?」
ベルクは仰向けで鼻を押さえて悶絶しているが、まだあと四つあるから休んでもらっちゃ困る。
俺はいそいそと手近にあった腰くらいの高さの台を運んで来て、それに飛び乗った。
第四位!
選考理由は、吐きそう。つか吐く。
「ダイビングフットスタンプ!」
俺は台から思い切り高くジャンプして、ベルクのどてっぱらに両足を揃えて着地した。
「んぐうっ! おうえぇぇぇ……」
「おいおい吐くんじゃないよ君、気持ち悪いから」
幸いベルクは吐くことなく、ただよだれを垂らしながら体を丸めて呻いていた。
「ほら次行くよ。立って」
「う、ああう、もう、ゆる……」
「許せるわけねえだろ馬鹿。殺されねえだけありがたく思え馬鹿」
「……もう、こん、なの、死んで、しまう……」
「心配すんな、死なねえよ。ある程度加減してやっから」
死なない程度ギリギリで加減してやっから。
俺は無理やりベルクを立たせ、背後に回った。
では、第三位!
選考理由は、受け身が取れなさそう。
「リバース・フランケンシュタイナー!」
俺はその場で飛び上がり、ベルクの頭を両脚で挟み込むと、勢いよく後方に宙返りした。
ベルクの頭が真っ逆さまに床に突き刺さる。
もはやベルクは声すら出さず、ただただ、か細い吐息を吐くだけになっていた。
「こいつ、あと二つ耐えられるかな?」
死なないかな?
「まあ、一応軍人だし。それなりに鍛えていることでしょう」
そういうことにしておいて、俺は再度ベルクをファイヤーマンズキャリーに担いだ。
「ま、また、さっきのか!? や、やめろ!!」
ベルクは怯えた声でそう言い、両腕で顔面をガードした。
「いや違うけど」
第二位!
選考理由は、痛そう。超痛そう。
「牛殺し!」
俺はベルクを前方に回転させながら投げ落とし、ベルクの頸椎を、立てた自分の膝にぶつけた。
「~~~~~~~~~!!」
ベルクは声にならない声をあげながら、陸に打ち上がった魚のようにビクンビクンとしていた。
「なんだ、まだ元気じゃん」
ふう、安心した。
「最後は、超大技で、ぶっ潰してやる」
俺はぴくぴくと小刻みに震えているベルクを立たせた。
そしてベルクの背後に回り、股の間に頭を入れ、
「よっこラック・ファレ、っと」
「な、に、を、する!?」
俺はベルクを肩車で持ち上げた。
「何って、プロレスを見せてやるよ。見せろって言っただろ? ……行くぜ? 死ぬなよ?」
「へ?」
そう言いながら真上にあるベルクの頭を捕えた。
「お待たせしました第一位!」
選考理由は、ヤバい。
俺はその場で開脚しつつベルクの頭を前に引っ張り、開脚した股の間に、床と垂直に落とした。
ベルクの脳天と床が衝突し、ぐしゃあという音がベルクの首あたりから聞こえた。
この技の名前は、
「片翼の天使」
願わくは、この天使が、アレティの御霊を天国に導かんことを。
「メグミさん、こっちは終わりましたよ。そっちは……」
「遅かったねソウマ君。まあ、ベストなんとかとか言って遊んでいるから、当然か」
「……メグミさん、なんすかその状況?」
メグミさんはぱっと見、ちょっとした山の頂上であぐらをかいているように見える。
だけど、
「ん? ああ、彼らはさっき私が倒した者たちだ。暇だったから積み上げてみた」
その山は、総勢十名の軍人系男子が折り重なってできたものだった。彼らは全員目を回してのびていた。
メグミさんがその上に座っていると、なぜだろう、日曜の五時半を思い出す。いい回答を言って司会者にもらったのかな? お題にちなんだものすごい商品を後で貰えたりするのかな?
……なんて冗談でも言わないと、この光景を受け止めきれない。こういうの、漫画とかでたまにあるけど、これはもう世紀末通り越して地獄ですわ。やべえ。超やべえ。何がやばいってマジやばい。
この人のことはもう放っておこう。俺の手には負えない。専門の方とかじゃないと無理。
それよりも、今は。
「……ソフィア」
「……すまんな。正直助かった。礼を言う」
「礼なんて、よしてくれ。俺は」
「それ以上言うでないぞ」
ソフィアは厳しい声音で、俺の言葉を止めた。
「こやつが死んだのはおぬしのせいではない。だから、同情も、謝罪も、筋違いで、いらぬことだ。だから、気に病むでない。よいな?」
「で、でもソフィア。俺は」
「よいな? 何度も言わせるなよ?」
有無を言わせないソフィアの言葉に、俺は力なくうなずいた。
なんてことだ。
こいつは、ソフィアは。
俺を気遣っている。
身内を失って、妹を亡くして、一番辛いのは彼女のはずなのに。
俺の悲しみを減らそうと、気を遣っている。
ソフィアが実際何歳なのか俺は知らない。でも見た目では十四、五歳くらいだ。
そんな女の子が、自分の悲しみをその身に閉じ込め、他人を気遣っている。
「……そ、ソフィ」
「こら」
何も言えなくて、でも何かを言おうとしたその時、ソフィアの隣にいたヒナミが口を開いた。
「こら。だめだよ。ソフィアちゃん」
「ち、ちゃん!? わ、儂はそんな歳では!」
人間の少女にソフィアちゃん呼ばわりされて狼狽する吸血種の王だったが、それを気にせずヒナミは言葉を続けた。
「悲しい時は悲しいと言うの。辛い時は辛いと言うの。強がらなくていいんだよ。少なくとも、ここでは」
そう言ってヒナミは、ソフィアの頭をその胸に抱きよせた。
「さっき、妹さんが言っていましたよね。前を向きなさいって。でも、やっぱりいきなりは大変だから、これはほんの一休み。明日、前を向くために」
ヒナミがゆっくりゆっくりと、言葉を区切りながら、ソフィアに言い聞かせるように言った。
ヒナミが一つ言葉を発するたびに、少しずつ、氷が融けるように、ソフィアの顔がくしゃくしゃになっていった。
「うぅ……うぅぅぅ……ぁっ」
ヒナミはその腕に、優しく力をこめた。
それが最後の一押しになった。
「ぅぁ……うわあああああ! ア、アレ、アレティィィィッ!! あう、ああ……わああああん、ああっうぐぅあうっ……はあ、はう……アレティ……」
ヒナミの腕の中で、吸血種の王は、ダムが決壊したように、その心の中を吐き出した。
「何故、何故だっ! あの子が、アレティが何をしたというのだ! ひっ、ア、アレティはっ……優しい、いい子だったのに……どうしてえええ!!」
ソフィアは、子どものように泣きじゃくった。子どものように、素直な涙を流した。正直な想いを吐き出した。
「いつも……いつ、も……儂の傍に、いてくれた。こんな、儂に、慕ってくれた。お姉ちゃん、お姉ちゃんと……言っ……て、くれ、て、……わああっああ!!」
気づけばソフィアも、片手でアレティを抱きながら、ヒナミの体にも手を回していた。
「アレティ、アレティ、アレティイイイイイ!! 死んでは嫌だ! 悲しい! おぬしが死んで、儂は、悲しい! 辛い! 苦しい! どうすればよい……儂は、どうすればああああ!!」
ソフィアはヒナミの腕の中で、ずっとずっと泣いていた。
身内を、妹を亡くした一人の女の子として、泣き続けた。