俺、サバット使いと戦うんで
「その構え。杖術……いや、サバットか」
「へえ、知っているのですか?」
「まあな」
元の世界で俺は、プロレス以外の他の武術、武道、格闘技なんかをある程度勉強した。
プロレスは、言ってしまえば何でもありの格闘技で、それゆえに様々な格闘技のエッセンスが取り込まれている。だから、それぞれの格闘技の動きなんかを研究するために、俺はネットとかで世界中の格闘技の大会を見ていた。
こいつの構えは、そのうちの一つとよく似ている。
サバット。
フランス発祥のボクシング。
試合形式的には、キックボクシングと言った方がわかりやすい。
現代では杖を用いないルールが採用されているが、元来サバットは杖を持って行うものだった。
だから、ベルクの構えはそっちに近い。
「その杖、銃のためだけってわけじゃなかったんだな」
俺はベルクの握る杖を見た。
アレティの命を奪った杖を、見た。
「ええそうです。便利でしょう? これだとですね、直接相手に触れずとも相手を殺せるのです」
ベルクは愛おしそうにその杖を撫でて言った。
「汚い他種族を相手にする私にはぴったりですね。それにスマートです」
「汚い?」
「ええ。そうです。やつらは汚い。汚らしい。決して直接触りたくありませんね」
ベルクは一歩俺に近づき、杖をフェンシングのレイピアのように構え、杖の先を俺の方に向けた。
「私の妹の命を奪ったやつらになど、決して触りたくない」
そして、ふっと息を吐きだして杖を突いた。
「くっ……!」
早い!
かろうじて躱したが、少しかすった。
首の横がじりじりと焼けるように熱い。
「ふう、外しましたか。いい勘をしていますね。ですが……はあ!」
「う、お、おお!?」
次々と、文字通り目にも止まらない速さでベルクは杖を突きだしてきた。
くっそ、早い!
クリーンヒットはなんとか免れているものの、頬や首、それに耳を杖先がかすめていく。
このままではジリ貧だ。いつか顔面を貫かれる。
治るっちゃそりゃ治るけど、絶対に隙ができる。
その隙に、ヒナミとソフィアがやられては元も子もない。
一瞬ちらりとメグミさんの方を見た。
さすがメグミさん。十人を相手に対処はできている。しかし、ヒナミたちを守る余裕はなさそうだ。俺は一瞬たりとも隙を見せるわけにはいかない。
……逆に、ベルクの方に隙があれば。
「……妹って、何の話だよ?」
「そうですね……特別に教えてあげましょう。これで君も、亜人種が、吸血種がどれだけ下劣かわかりますから」
ベルクは杖を超高速で動かしながら、しかし声は冷静なままで言った。
「吸血種が、卑劣にも自分たちの欲のために、吸血のために人を攫っていることは知っていますか?」
「さっきソフィアから聞いた。でもそれは、お前らがちゃんとした食事を、血液を与えずに、動物の血ばかりを飲ませて、飢えさせているからだろ? お前らにも原因は……」
「ラルフェが殺されたのは私のせいだと!?」
突然、ベルクは声を張り上げた。
「……ラルフェは、私の妹は、吸血種に攫われたのです」
ベルクは、顔を憎悪に歪めてそう言った。
「ラルフェは! 吸血種に攫われ、血を吸われ、殺されたのです!!」
「なんでわかるんだよ? 攫われたのを見たのか?」
「ラルフェの友人が見たのです。吸血種がラルフェを攫うその瞬間を!」
「そう、だったのか……」
だから、それほどまでに吸血種を……。
「ラルフェは、遺体さえ見つかっていない。きっと、その化け物どもに食い尽くされたのです! だから私はそいつらを滅ぼす! ラルフェのために!!」
ベルクの杖には、より一層力がこもったようだった。己の目的を、信念を再確認したように。
なるほど。身内の仇か。そりゃ、まあ、ねえ。
「……でも、だからといって、吸血種を、アレティを殺したことを許せはしないな。いや、むしろ余計に許せねえな!」
俺は俺の後ろで、アレティを抱きかかえているであろうソフィアのことを想った。
「妹亡くしたお前なら、妹失う悲しみを痛いほどわかってんじゃねえのかよ! それをよりにもよって自分の手で、同じ悲しみを人に味わわせるなんて、何考えてんだ!」
俺がそう言い放った瞬間、ベルクの動きが鈍った。
隙が、できた。
……間合いを、詰める!
杖の使えない超接近戦なら!
「甘いですね!」
「ぐっ!」
俺が懐に飛び込むため、距離を詰めた瞬間、ベルクの長い脚が俺の体を襲った。
「間合いを詰めたらそちらの距離だとでも思いましたか? 無駄ですね。私はどの距離でも対応できます。遠距離は杖、中距離はキック、近距離でもパンチがあります。サバットは、最強の武術です」
「うるせえ! 最強はプロレスだ!」
「プロレス? 聞いたことないですね。どんな技術か知りませんが、そこまで言うなら、見せてくださいよ!」
蹴りで距離を戻したベルクは、再び杖でのラッシュを始めた。くっそ俺スタンド使いじゃねえよ!
やべえなまじでどうするよ俺!? だいたいこの杖早すぎんだよ! 冗談だろ! 頭おかしい動きだぜ!?
……待てよ。ちょっとおかしくないか?
なんで俺、こんなアホみたいに早い突きを躱せているんだ?
いやまあ、俺の身体能力が超絶すごいって言う理由もあるんだけど。あー、いやいやどうもどうも。すんませんねー、ちょっと天才なもんでして。
そんな俺でもさすがに目にも止まらない級の速さの突きを、勘だけで躱すなんてできないっすよ? 超能力者じゃないんだから。
どういうこっちゃ?
「ほら、ほら、どうしましたか、少年? プロレス、見せてくれるのではないのですか?」
いや、この杖……。
あ!
……こいつ、もしかして?
イチかバチかやってみっか。どうせこのままでも、どうしようもないしな!
俺は杖をかわす動きを、ぴたりと止めた。
そして杖先が目前に迫った瞬間。
杖の動きも、ぴたりと止まった。
「……どうした? なぜ突いてこない? 俺は止まっているぜ?」
しかし、ベルクは歯噛みをしたままピクリとも動かない。
「あるぇ? どったのかなこのキザオちゃんはぁ~? さっきまで元気良く俺を殺そうとしていたのに、どうして今、俺が動きを止めた途端、君も止まっちゃったのかな? 疲れたの? 疲れたったの、僕?」
「こっ……の……!」
ベルクは中折れ帽の下から真っ赤な顔をしてこちらを睨みつけていた。しかし、依然として手は出してこない。
「ええ……今のソウマ何ですか? すっごく腹が立つというかむかつくというか。後ろで聞いているわたしもぶっ飛ばしてやりたくなりましたよ?」
「儂もだ。もう一度牢屋にぶち込みたくなったわ」
「うわどうしようギャラリーからの声がつらい。つらたん」
こんなどうでもいい会話をしているときでも、ベルクは何もしてこなかった。
「どうしてお前が動けないのか。杖での攻撃を止めたのか。当ててやろうか?」
俺はダンッと床を蹴ってベルクに一気に近づき、ベルクの持つ杖を握り締めた。
「この杖、すっげえ脆いんじゃねえの?」
そして俺は杖を握っている手に、ほんの少し力をこめた。
それだけで、アレティを殺した杖は、枯れ木の枝のように、ぽきりと折れた。
「あら、まじでか。思ったより脆かった」
「く、くそ……!」
ベルクは杖が折られる直前に手を離し、俺から距離を取った。
「最初っからお前、俺に当てる気なかっただろ」
俺がそう言うと、ベルクの眉がぴくっと動いた。
だいたいおかしかったんだ。あんだけの杖の動きを俺が、ちょっと掠る程度で避け切るなんて。
でも、向こうに当てる気がないなら話は別だ。
「人間の骨って、固いよな。頭蓋骨とか超固いよな。こんなガラスみてえな杖、当たった瞬間砕け散っちまうよな」
だからこいつは、わざと、当たるか当たらないかのギリギリのところを狙い澄まして突いていたんだ。まあそれもそれですげえけどよ。
「じゃあ何でこんな脆い杖なんか使っていたんだ? 普通の杖なら固さは十分だろうに。……簡単だ。銃として使うからだ」
ベルクの杖は、アレティを殺したように、銃として使える構造だ。つまり杖を模した銃と言うわけだ。
しっかし困ったことに銃って言うのは重たい。それこそ、サバットの杖のように振り回すなんて論外。
「強度を犠牲にしない限りはな」
俺は足元に落ちている杖の残骸を拾って検めた。
中は空洞になっていて、そこによくわからない部品がくっついていた。俺は銃にはあまり詳しくない。
けどそんな俺でもわかることがあった。
側と言うのか装甲と言うのか何と言うのか、とにかくこの銃の外側の部分は、驚くほど薄かった。
「強度犠牲にしてクッソ軽くすれば、サバット風に振り回すこともできなくはないだろう。でも、あまり脆くし過ぎると、弾撃った反動で壊れちまう。だから、二発までなんだ」
さっきこいつは、銀の弾丸が二発しかないから二発しか撃てないと言った。だが違う。真の理由は、杖自体が三発以上もたないからだ。
……あれ?
「あのさあ、俺思うんだけどさあ。仕込み銃にした意味何なの? 意味わかんないんすけど?」
「あぐっ……!」
「あれ、もしかして痛いところ突いちゃった?」
ベルクは俺がそんなとこを指摘するなんて、予想だにしていなかったというような顔をしていた。
「この杖、いや銃か? とにかくこれ、一本につき二発しか撃てないし、サバットに使うには全然向いてないし」
メリットがわからない。意味わかんない。
「適当に想像するけど……お前は元々サバットを得意としていて、それで仕込み銃の存在を知って、どっちも杖使うから相性抜群じゃんとか思って、自分専用の杖をその隊長の権力で大量生産させて、でもいざ使ってみたらアホみたいで、でも生産しちまった以上使うしかなくって、今もなお使い続けているってとこか? これ作るのに相当注ぎ込んだだろうからな、引くに引けないか。……って、うわおう!?」
「黙れ!」
俺が適当な推理を披露していると、ベルクが突然間合いを詰めて、殴りかかってきた。
「な、なんだ突然!? ……さては図星だな?」
「黙れと言っているのだ!」
ベルクはさっきまでのインチキ紳士みたいな態度とは打って変わって、完全お怒り軍人モードだった。
ベルクは杖を失ってもやはりサバットの使い手。鋭い蹴りやパンチが飛んできた。
しっかーし!
「ふふ……ふひ……ふははは! ふひゃひゃひゃ! そんなキックやパンチ、さっきの駄杖と比べたら止まって見えるぜ! ぷぎゃー!!」
怒りで冷静さを欠いているベルクの攻撃など、避けるのに造作もなかった。むしろさっきと同じようにわざと外しているんじゃないかと思うレベルだ。
「そういやなんでお前、俺とタイマン張ったんだ? 時間稼ぎ……を俺一人にやる意味わかんないし……杖で体力削って、ヘロヘロになったところをパンチキックでとどめとか?」
「こんのっ……! 何で!?」
「なんでわかるのかって? 別にわかっていたわけじゃなくって想像して適当に言って、それでお前の反応を見て答え合わせ。さっきのも合ってるっぽいな」
ん? ちょっと待てよこいつベルク。
見てくれは、綺麗な白い肌に同じく綺麗な金髪で目鼻立ちも整っている。
格好も、三つ揃いのスーツに中折れ帽。
でも、
「お前、見た目でごまかしているけど、実際超馬鹿なんじゃね?」
見た感じ超紳士っぽいからうっかり騙されそうになるが、
「ななな何をっ!?」
「あ、この反応やっぱ馬鹿だ」
図星突かれて狼狽とか、間違いない。
しかもこいつ、策を弄するタイプの馬鹿だ。
……こんな奴に……アレティは殺されたのか。
冗談じゃねえぜ……。
クソが。
クズがっ。
……俺の、クズ野郎!
こんな奴から、女の子一人守れないなんて。
こんなつまらない奴から、恩人の一人も守れないなんて。
どの口で世界平和なんてほざいていやがるんだ。
ふざけんなくそったれ。
……アア。
……ムチャクチャハラガタッテキタ。
……ナンダ。
……イイトコロニ。
……イカリヲブツケルノニチョウドイイヤツガ。