俺、吸血種救えたと思うんで
「どうだ?」
「……感じる」
「え?」
ソフィアは大きく目を見開いて、俺を見つめた。
「血精を、感じる。感じるぞ!」
ソフィアの青かった顔が、血が通ったようにうっすらと桃色がかった。
「う……ん? あれ? お姉ちゃん、わたし」
「気がついたか?」
「血精の匂い? も、もしかしてお姉ちゃん、また人をさらって!?」
「違う。落ち着け。今お前が飲んだのは、人の涙だ」
「涙?」
「そう。血ではない。人の命ではない。儂らはどうやらこれから、人の命の源を吸わなくても生きていけるようだ」
「ほ、本当に!?」
「ああ」
「よかった……よかったね、お姉ちゃん」
「すべて、この男のおかげだ」
フードの子が、少し顔をあげた。
「あ、あなたは……」
「今までご飯、ありがとう。助かったよ」
「い、いえ。それよりも、あなたは逃げたのでは? いったいどうして?」
「吸血種を救うためだよ」
「そんな、まさか」
「本当のようだ。この男は、底抜けのお人よしか、それとも、底抜けの大馬鹿だ」
「うーん、自分でも前者か後者か、判断できないな」
「立てるか?」
「うん」
ソフィアとフードの子はソファから降りて、俺の前に立った。
「ソウマ、今までの非礼を詫びる。本当にすまなかった」
「いいよ別に。ソフィアも必死だったんだろ?」
「それと、改めて礼を言おう。ありがとう。さあ、お前からも」
ソフィアは隣のフードの子にも促した。
「は、はい」
そしてその子は、被っていた黒いフードを脱いだ。
ばさりと長い髪が下りていく。
フードの下から出てきた顔は……。
「ソウマさん、でしたね。わたしたちを、吸血種を救ってくださって、ありがとうございました」
全体的に顔は小さく、まだまだあどけない印象。
深紅の髪は長く、足首まで届くほどだ。
俺を見つめる瞳は、髪と同じくらい真っ赤だった。
俺はこの顔を知っている。
そして、声も知っている。
いや、今もその顔を、別の人物の顔に見ることができる! その声を、別の人物の口から聞くことができる!
「ソ、ソフィアが、二人?」
「何を言うか。儂がソフィアだ。こっちはアレティ。儂の妹だ」
「な、え、妹?」
俺には兄弟がいないからよく知らないけど、こんなに似るものなのか? いやいや、そんなわけないだろう。
「あ、わかった。双子だ」
「歳は五つ違う」
「うっそーどういうことだよーまじっすかー?」
「あれ、ソウマ君。君知らないのか?」
俺が頭を抱えていると、メグミさんが意外そうな顔で言った。
「何をですか?」
「吸血種の兄弟姉妹は同じ顔になると言う、吸血種の性質。君の世界の吸血種もそうじゃないのか?」
「そんなの聞いたことないっすよ」
メグミさんと吸血種について話したとき、細かいところを確認せず、どっちの世界の吸血種も同じ性質を持っているだろうとしてしまった。それがこの情報の行き違いを引き起こしたのだ。
「ソウマ君、吸血種は鏡に映らないのだぞ。どうやって自分の顔を確認するのだ」
「知らねえっすよそんなの」
肩を落とした俺を見て、部屋のみんなは気が抜けたように微笑んだ。
「ともかく、儂らの食糧問題の解決の糸口はつかめた。あとは各国に協力を要請しよう。血をよこせと言えば無理でも、涙ならどこかの国は提供してくれるだろう」
「俺からも知り合いに言ってみるよ。力になってくれるかもしれない」
リーリャやオルカに頼めば、なんとかしてくれるだろう。
「ああ、頼む」
「わたしからも、お願いします」
ソフィアは不敵に笑い、アレティはぺこりと頭を下げた。容姿が同じでも、中身はやはりだいぶ違うようだ。
「でも、お姉ちゃん。今までわたしたちがやってきたことは……」
一転アレティは悲しげで苦しそうな表情で言った。
「ああ、たしかに。それは、償っても償い切れないことだな。しかし、だからといって何もしないわけにはいかん。それも考えねばな」
「ソフィア、それはいったい?」
「……人攫いだよ」
ソフィアは沈痛な面持ちで言った。
「生きるためには必要だった。動物の血のみでは、儂らはおそらく十年と経たないうちに滅んでおった。……人間だけでない。森精種からも、獣人種からも、水棲種からも人を攫った。怪しまれない程度に、狡猾に。仕方ないことだと自分に言い聞かせて」
「そうだったのか……」
「赦されるとは思っていない。だが、償いたい」
そういうソフィアの表情は、たしかに後悔や罪悪感に染まっていたが、だが決してあきらめの表情はなかった。
何もかも忘れて、捨て去って、償うことを諦めようとはしていなかった。
背負う覚悟が、その顔からはうかがえた。
絶対に、諦めるほうが楽なのに。
忘れる方が、楽なはずなのに。
仕方なかった、しょうがなかったと割り切る方が、はるかに楽な道なのに。
ソフィアは償うという道を選んだ。困難な道を選んだ。
いや、きっとソフィアだけじゃない。アレティも、他の吸血種もそうだろう。
ソフィアという王を持つこの種族はきっと。
「……さて、それじゃあ俺たちは帰ろうかな。あとはそっちでなんとかなるだろう」
「儂はこれでも吸血種の王だ。いつまでもおぬしのような人間に頼っているわけにはいかんよ」
「外ではユウヤが待機しているはずだ。おそらく上空の、かなり高いところで待っているから、外に出たら連絡しないとな」
「ソウマ、帰ったら何がしたいですか?」
「そうだな……飯食って風呂入って寝たい」
「思う存分するがいいさ」
そして俺とヒナミとメグミさんは、部屋から出ようとした。
しかし、廊下にかつっという音が響いて、俺たちは足を止めた。




