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俺、異世界平和にするんで  作者: 圭
吸血種編
67/73

俺、母さんに出会うんで

 「な、なんだ今の音!」


 「おそらくこの城の城壁が破壊された音だな。聞き覚えのある、建物が崩れる音だ」


 「いったい、何者だ? この儂の城に挑んでくるようなやつは?」


 「大変です! 王!」


 ソフィアの部屋に、息せき切って若い男の吸血種が飛び込んできた。


 「ん? 貴様ら、何者だ!?」


 彼は俺たち二人を見ると、剣に手を掛けて睨みつけてきた。


 「よい。彼らは儂の客人だ。それよりも、さきほどのは、何だ?」


 「あ、その、侵入者です!」


 「種族は?」


 「おそらく人間です」


 「数は?」


 「……一人です」


 「何?」


 え?


 「人間が、一人で吸血種の城に?」


 なんて酔狂な奴だ。


 「あれ、想真。お前今の兄ちゃんが言ったことわかるのか? 吸血種の言葉だったぞ?」


 すると父さんが小声で話しかけてきた。


 「さっき廊下でお前と吸血種が話していただろ? それでなんとなくわかるようになった。もちろん完璧にはわからないけど」


 「は、え、でもお前。さっきのほんの少しのやり取りで?」


 「なんとなくこっちの世界の言葉、パターン一緒だし、ところどころ微妙だけど、わからんではない」


 「息子が有能すぎてお父さん怖い」


 俺たちのどうでもいいやり取りを尻目に、吸血種は報告を続けた。


 「正しくは、侵入してきたのは一人ですが、上空にはヘリコプターが一機待機しています。ヘリからミサイルが打たれ、城壁が一部崩壊。そのあとあの女が一人で踏み込んできました」


 「女?」


 ソフィアはかすかに眉をひそめた。


 「それで、今は?」


 「……城内に入られました。あの女、何人がかりでかかっても、歯が立ちません」


 「……」


 ソフィアはソファに深く腰を下ろして、目を閉じた。


 「……そのうちここに来るだろう。待とう」


 「し、しかし……」


 「じたばたしたってどうしようもなかろう?」


 若い吸血種は、王がそのまま黙ってしまい、さらに俺たちの存在もあって迷いに迷っていたが、王から侵入者を守るためか、やがて部屋から飛び出して行こうとした。


 しかし、彼がドアに手を掛けた瞬間、ドアが内側にはじけ飛んだ。


 彼はドアと一緒に向かい側の壁に叩きつけられた。


 「私の弟は、どこだ? 私の最愛の妹の最愛の弟は、ソウマ君はどこだ?」


 そしてドアのなくなった入り口から、低く、暗い声が聞こえてきた。


 それは、聞き覚えのある声だった。


 こっちの世界に来てから、何度も聞いた声。


 俺を震え上がらせた声。叱ってくれた声。案じてくれた声。


 その声の主はゆっくりと部屋に踏み込んできた。


 「ヒナミちゃんをどれだけ心配させる? どれだけ悲しませる? 許さんぞ、吸血種どもめ……」


 真っ黒で長くてさらさらした髪と、女性にしては高く、そして引き締まった体。


 それと、俺がヒナミと一緒に選んだジャケットが、目に飛び込んできた。


 「メ、メグミさん……メグミさん!」


 俺は無意識のうちに呼びかけていた。


 「ん? ……ソウマ、君? ソウマ君か!?」


 「お久しぶりです。メグミさん」


 俺が言うと、メグミさんは俺のもとに駆け寄ってきた。


 「ソウマ君、君……君、無事だったか……」


 メグミさんの目にはうっすら涙が溜まっている。なるほど、俺に会えてよっぽどうれしいんだな。仕方ない、迎え入れてあげようか。


 俺はそう思って両手を横いっぱいに広げた。


 「はい。まあ、あまり無事とは言えませんが――」


 「この馬鹿者おおおっ!」


 「んごふぉう!」


 メグミさんはいきなり俺の顔面に、全体重を乗せた右ストレートを打ってきた。


 ただただ、ひたすらに、痛かった。


 「ソウマ君! 君は、どれだけ心配したと思っているのだ! この、大馬鹿野郎!」


 「ご、ごめんなさい……」


 メグミさんは倒れ込んだ俺の胸ぐらを思い切り掴み上げた。


 「本当に、どれだけヒナミちゃんが悲しんだと思っているのだ? どれだけ心配をしたと思っているのだ? ……どれだけ皆が、私が、心配、したと……」


 最後の方は、嗚咽が混じってよく聞こえなくなっていた。でも、想いは伝わった。


 メグミさんは俺の胸を掴んでいた手を離すと、思い切り俺を抱きしめた。


 「ごめんなさい。メグミさん。心配をおかけしました」


 「まったくその通りだ。反省しなさい」


 「はい」


 「でも、見つかってよかった。無事でよかった」


 メグミさんがいっそう腕の力を強くした。


 「……はい……はい」


 俺の目から、ダムが決壊したように、涙があふれてきた。


 俺はメグミさんの肩に顔を押し当てて、泣いている顔をなんとか見られないようにした。


 「さて、ソウマ君を連れ去ったのはあなたですね。ソフィア王?」


 メグミさんは俺を抱いたまま、ソフィアの方に目をやった。メグミさんの目は、見たことがないほどに鋭かった。


 「……そいつが死なない身体だと言うのがわかったのでな。血を吸わせてもらったよ」


 「な、に……! ソウマ君、本当か?」


 「え、ああ、まあ、はい」


 「何ということを!」


 メグミさんは俺から手を離してソフィアの方に体を向けた。


 「ソフィア王。どういうおつもりか?」


 「儂らの問題だ。人間には関係なかろう?」


 「あなた方の問題に、人間の男の子を巻き込んだのは……どこのどいつだ!?」


 メグミさんは叫ぶと、ソフィアの方に猛スピードで飛びかかった。


 「あ、ちょ、待ってメグミさん!」


 「ふ、来るか! 小娘!」


 「このおおお!」


 「お、お姉ちゃん!」


 そして、骨と骨とがぶつかり合う音が部屋中に響いた。


 メグミさんのこぶしと、そして、ソフィアではない吸血種の女の子の頬骨がぶつかり合う音だった。


 黒いフードをかぶった女の子が、メグミさんをソフィアの間に入り、メグミさんのこぶしをその顔で受けてしまった。その子は今、床に倒れている。


 「おぬし、今誰を殴った? ……殺すぞ?」


 ソフィアが恐ろしく冷たい声で言ったあと、俺がさっき見たのと同じ赤い光がソフィアの目から出た。


 「まずい! メグミさん目を逸らして!」


 「遅い! おぬしらもだ! やはり人間は人間だったのだ!」


 ソフィアは俺と父さんにも、その深紅の瞳を向けてきた。


 そして世界は、真っ白になった。






 その時、父さん、内東想一郎は自分の妻に出会っていた。


 「お、お前、静……!」


 「あなた、久しぶりね」


 「どうして、ここに? あ、そ、そうだ、し、静! 想真から聞いたんだ。お前、病気で……」


 「ここにいてはだめなの? あなたはわたしが傍にいると嫌なのね。だからわたしを置いて出て行った。よくわかったわ」


 「ち、違う! そんなこと言っていない! 俺が家を出たのは、お前が!」


 「あら、わたしのせいなのね。わたしが一人になって、一人で家事と育児をして、そして一人で死んだのは、わたしのせいなのね」


 「だからそんなこと言っていない! なあ、どうしちまったんだ! そんなこと言うの、いつもの静じゃない!」


 「いつものわたし? ねえ、いつものわたしって何? あなたはわたしの何を知っているの? ねえ、教えて?」


 「静……」


 「ねえ、想一郎さん。あなた、わたしに許されていると思っているの? あんな過ちを犯しておいて、あなた、わたしを裏切ったのよ? ねえ、想一郎さん?」


 「あ、やまち……。どうして、それを知って……でも、あれは、でも」


 「言い訳? 聞きたくないわ。あなたがわたしを裏切ったのは事実ですもの。わたし、悲しい。愛した人に裏切られて。ねえ、悲しいわ」


 「……や、やめてくれ……俺は、だって、あの時は、もう、やめてくれええええ!」







 その時、メグミさん、城之崎メグミは自分自身に出会っていた。


 「お前、私、か?」


 「そう。私は君だ。私は城之崎メグミ。君自身だ」


 「どういうことだ? 私は夢を見ているのか?」


 「まあ、そんなことはどうでもいい。それよりも、君はいつまでヒナミちゃんに隠し事をするつもりだ?」


 「……何の、ことだ?」


 「とぼけても無駄さ。なにせ私は君なのだから。知っているのだよ。なあ、あのことを教えなくていいのか?」


 「やめろ」


 「ヒナミちゃんには知る権利があるだろう?」


 「やめろ」


 「ヒナミちゃんは両親を失ったのだ。その両親の死の真相くらい、知っておいてもいいだろう?」


 「やめろ」


 「君は君自身を守るために、君自身がヒナミちゃんに嫌われないためにこの秘密を隠している。それは君のエゴだろう。ヒナミちゃんをこれからもだまし続けて生きていくのかい?それでいいのか? 本当に?」


 「やめてくれ」


 「ヒナミちゃんが一番大事だと言ったのは嘘か。君は自己満足のために、ヒナミちゃんの傍にいるのだな。はあ、ヒナミちゃんも気の毒だな」


 「やめて」


 「まさか小さい頃から慕ってきた城之崎メグミが、実は両親のか――」


 「やめてえええええ!」








 そして、その時、俺は母さんに出会っていた。


 「また会えたわね、想真」


 「ああ、母さん」


 「さっきはごめんね。置いて行っちゃったりして」


 「いいよ別に。またこうして会えたんだし」


 「そうね。また会えて、本当によかったわ」


 「母さん」


 「なに?」


 「さっきはどこに行こうとしたの?」


 「ここではないところ。静かなところ」


 「そこは、いいところかな?」


 「きっとね」


 「そう。じゃあ、連れて行ってくれるかな?」


 「あら、せっかちな子ね」


 「なんだか、疲れたんだ。いろいろあってさ」


 「そう。でも、いいわ。わかった」


 母さんは俺の手を引いて、真っ白な空間の向こう側に向かって歩いて行った。

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