俺、忘れ物をしたんで
「ふう、準備運動にもならなかったなあ」
「この化け物め……」
「じゃあお前はバケモノの子だな」
「何田守だ……」
父さんは二人の吸血種を、ものの数秒で倒してしまった。
剣を持った吸血種を、丸腰で。
それにもかかわらず、父さんの息は上がっておらず、汗の一つもかいていなかった。
「どうだ? 父さんは強いだろう?」
「まあな。でも、俺も強い」
「何をう、生意気な」
「それよりも、これからどうすんだ?」
「まずはいったん城の外に出たいな。情報提供者に報告をしておきたい。ここは電波が届かないんだ」
父さんは懐から携帯端末を取り出し俺に見せた。
それを見て俺は、自分のポケットにも端末があることを思い出した。
ポケットを上から触ってみると、固い感触があった。よかった、取り上げられてはいなかったようだ。まあ、取り上げる意味もなかったんだろうな。両腕使えん状態だったしな。
「そういや、さっき大戦中にどうのって話をしていたな。大戦にもかかわっていたのか?」
「まあな。その話はいずれしてやるよ。でもまあ、これは結構長くなる話だからなあ。それよりも、今は急いでここを出ないと。歩けるか?」
「子ども扱いすんな」
そして俺と父さんは再び薄暗い廊下を歩きだした。
「道はわかってんのか?」
「もちのロン」
「古い」
「何!?」
「驚くことかよ。だいいち、てめえが元の世界にいたころだってそれは死語だっただろ。……なあ、いつこっちの世界に来たんだ?」
「……家を出てからすぐだ。だから、十年前くらいになるな」
十年前。
この世界が、大戦中の頃だ。
「お前はいつ来たんだ?」
「俺は、半年前くらい」
「そうか。そういやさっき、こっちで活躍したんだぜみたいなことを言ってたが、この半年間でお前は何をしたんだ?」
「ああ?」
俺が半年間で、この世界に来てやったことか……。
「女の子のおっぱい揉んで」
「……ん?」
「美人のお姉さんとお風呂に入って」
「は?」
「獣人種三人を倒して、森精種の女の子と同じ布団で寝て、その子がリェース皇国特別派遣部隊にさらわれたからそいつらをぶっ飛ばして助けた」
「……」
「そんで、水棲種の女の子の裸を見て、動く人形とプロレスして、マーレ連邦特別派遣部隊の隊長と決闘して、軍内部の不正を暴いた。って感じだ」
ふと父さんを見ると、父さんは頭を抱えていた。
「俺はお前の将来が心配だ」
「なんだと?」
「こんな破廉恥野郎に育ってしまったとは……」
「うるせえ。だいたいそう言うのは全部事故だったんだよ。わざとやったのはない」
「それに、お前、獣人種を倒した? 特別派遣部隊と戦った? 冗談だろ? いかにお前が俺の息子とは言え、お前強すぎない?」
「向こうで母さんにプロレス技を叩きこまれたからな」
「ああ、静の仕業か」
納得するんだ……。
まあ、それに、少なからず父さんの遺伝の影響もあるだろう。
なんて、口が裂けても本人には言わないがな! なんか、腹立つ!
「でも、それだけじゃないだろ?」
「ああ?」
「お前の体。それはいったい、何だ?」
「……わからない」
「傷が治る……か。俺はそんな身体じゃないから異世界出身だからとは言い難いな」
「森精種の人は、『星霊』がどうのこうのって言っていた」
「『星霊』?」
「ああ。俺の体にはそれが無いってさ」
「なるほどねえ。たぶんそのへんに原因と言うか、理由があるんだろうな」
「……『星霊』って、何か知ってんの?」
「少しな」
「教えろ」
「偉そうだな」
父さんは顔をしかめて俺を見た。
「まあ、いいけど。息子が父親に反抗的なのは、むしろ喜ばしいことだ。自立心の芽生えだな」
「そんなことはどうでもいいんだよ。いいから教えろよ」
「わかったよ、急かすなよ。……星霊って言うのは森精種が使う、まあ生命エネルギーみたいなものだと思えばいい。その生命エネルギーは種族によって違う」
「種族によって?」
「ああ。水棲種なら『海精』、吸血種なら『血精』、獣人種なら『獣精』。そして、人間なら『人精』だ。でもまあ、名前が違うだけで、実際全部一緒なんだけどな。まったくどうして名前変えちゃうかなあ。面倒だぜ、覚えるの」
父さんは笑いながら文句を言った。
「まあだからその森精種の人が言ったのは、お前の中にはその人精が無いってことだな。生命エネルギーが無いってことだ。……なんでお前生きているんだ?」
「知らねえよ」
「そか。知らないか。なら考えてもしょうがないな」
「いいのかよ、それで」
「考えてもしょうがないことを考えたってしょうがないだろ?」
「この適当男め」
「はは、厳しいなあ。……おっと、そうこうしているうちに、外だ」
「っ! 眩しい……」
俺は久しぶりの外の明るさに驚いた。
おおよそ二か月ぶりの外だった。
空には厚い雲がかかっていて、青空は見えないけど、それでもずっと牢屋にいた俺の目には眩しかった。
「さてさて、それではそのへんで隠れながら連絡しますかね」
父さんはそう言うと、そそくさと近くにあった岩の陰に体をひそめた。
俺も後に続こうとして、なんだか癪なので違う岩場に隠れた。
俺は今出てきた建物の方に目をやった。
古城。
中世ヨーロッパの城。
そんな言葉が俺の頭にすぐに浮かんだ。
その城はまるでこちらを見下ろしているかのようで、俺は少し身震いした。変な威圧感を、その城から感じた。
「あ、そう言えば……」
俺はポケットから端末を取り出して、電源を入れた。
するとその端末は、幸運にもしっかりと起動してくれた。
「メグミさんに、連絡を!」
俺は急いでメグミさんが持っているだろう端末につなごうとした。
しかし。
「な! 消えた?」
画面には電池が空っぽになったマークが出ていた。
「くそ!」
俺は毒づいてその端末を放り投げようとして、やっぱりやめた。モッタイナイの精神だ。
「おうい、想真。どこだ? ああ、ここか」
父さんは俺のいる岩場に移動してきた。
「なんだよ?」
「とりあえず連絡はとれた。あとはここから立ち去るだけだ。行こうか?」
父さんは立ちあがって歩きだそうとしたが、俺が座ったままなのを見て立ち止まった。
「どうした?」
「……俺は、まだ行けない」
「ん? 忘れものか?」
「……ああ、忘れものだ」
「何を、忘れた?」
「泣いている女の子を」
「それはいけねえな」
「俺は、その子を、ソフィアを助けたい。助けなきゃならない」
「ソフィア嬢が泣いていたのか?」
俺はうなずいた。
ソフィアは、俺の血を吸うたびに泣いていた。
俺の首筋を、血とは別の温かさを持ったものが一緒に流れていた。
「ソフィアは俺の血を吸うたびに、『ごめんね。ごめんね』って言っていたんだ。血を吸うたびに彼女は泣きながら俺に謝っていたんだ。ソフィアはたぶん聞かれていたなんて思っていないだろうけどな。ソフィアがどうしてそんなことを言っていたのか、俺にはその理由はわからない。けど……」
俺は父さんの目をじっと見て言った。
「泣いている女の子を放っておけなんて、そんなことを、小さい頃、俺はあんたに教わっていない」
「……良い男に育ったな。上出来だ」
「俺はもう一度この城に戻る。そして、ソフィアを何とかする」
「当てはあるのか?」
「さあ? まあでも、そのうち何か思いつくだろうよ」
「そうか」
「あんたはあんたの予定通り、このまま逃げてもらって構わない。ここからは俺個人がやりたいことなんだから」
「はあ? 何言ってんだお前。息子を危険な目に合わせるわけにはいかないだろ。俺もついて行く」
「はあ? なんでだよ来んなよ帰れよ」
「ひ、ひどいなあ!」
「俺一人で十分だ」
「道、わかるのか?」
「ぐっ」
「この城の内部は複雑だぞう? 本当に一人でソフィア嬢のところにまで行けるのかなあ?」
「この……!」
「案内がいなくてもいいのかなあ? んん?」
「ちっ……どうしてもって言うのなら、ついて来させてやっても良い」
「どこまでも上からだなあ」
「うるせえ。行くならさっさと行くぞ」
歩き出そうとして俺を、父さんは片を掴んで止めた。
「待て」
「んだよ」
「考えなしに行ったってどうしようもない。ある程度、考えをまとめてから行く方が得策だ」
そして父さんは俺について来いと言って、城から離れたところにある大きな岩の陰に行った。
「想真、彼女はどうして泣いていたのだろうか? 謝っていたのだろうか? そして謝りながらもなお、お前の血を吸っていたのはどうしてだろうか?」
父さんは指を一本ずつ立てながら言った。
「……さあ?」
「俺にはなんとなくだがわかる」
「本当か?」
「俺の方がお前よりもはるかにこっちの生活は長いからな」
「けっ、自慢かよ。それで、わかるのなら言ってもらおうじゃないか」
「まず初めに」
父さんは指を一つ折った。
「彼女はどうして泣いていたのか? 簡単だ。彼女は優しいからだ」
「優しい、か?」
「わかりにくいがな。ソフィア嬢とは大戦中に知り合ったんだが、その時彼女は大戦を一刻も早く終わらせるために必死だった。もちろんそれは吸血種のためでもあったが、同時に彼女は他の種族のことも考えていたんだなあ、これが」
父さんは二本目の指を折った。
「次に、どうして謝っていたのか? さっきと同じ理由だ。彼女は優しいからだ。監禁されて血を吸われるお前に、申し訳ないと思っていたのだろうな」
そして父さんは最後に残った指を折った。
「最後に、それじゃあどうしてお前の血を吸い続けていたのか? これは、吸血種の食糧問題が原因だな」
「食糧問題?」
「吸血種は何を栄養とする?」
「……血」
「そうだ。まあ正しくは、血液に含まれる血精を栄養としているわけだが。戦前は献血と言う形でこの国には血液が各国から集まっていた。だが、戦後。エクシア―公国特別派遣部隊が、献血を廃止した。吸血種に十分な血精があれば、反撃される恐れがあるからな。それほどまでに、吸血種の魔法は怖い」
幻惑魔法。
たしかに、厄介な魔法っぽいな。
「じゃあ今は、いったいどうやって血精を補給しているんだ?」
俺が聞くと、父さんは渋い顔をした。
「……月に一度、動物の死骸を積んだトラックや飛行機がアーデル王国からエクシアー公国に来る。その動物の死骸の血を、一応の食糧としている」
「動物の、血? それも、死骸?」
「俺たちだって食肉を食べる。大した違いはない。問題はそこじゃない。吸血種は、人の血じゃないとだめなんだ。動物の血では血精の量が少なすぎる。このままではいずれ、餓死者が出る」
「そうだったのか……。つまり俺は、吸血種の食糧問題を救うメシアだったってわけか」
そう言えばソフィアに初めてあった時、救世主のごとき存在だって言われたな。
「俺は死なないから、永久に血が出る。ならば全国民の腹を満たすのに、俺一人が犠牲になればいいってわけだ」
「しかしお前の体質は前代未聞だ。だからおそらくソフィア嬢は、自分の身を実験台にして試験的にお前の血を吸っていたんだろうな。他の奴にやらせるって考えは、おそらくなかったんだろう」
「でも結果、ソフィアの体には異変があった」
「ああ、血まみれだったのはそういうことか」
「俺の血が原因なんだろうな。だから、俺が吸血種のために犠牲になったところで、無駄だっていうことか」
「まあそうだな。あっさり自分を犠牲にって考えが出るところが少し引っかかるが。でも、うーむ、さて、どうしたものかなあ。ソフィア嬢を助けるということはつまり、吸血種の食糧問題を解決するということになるんだろうなあ」
ソフィアは吸血種をどうしても救いたい。
そのためには血液が要る。人の血液が要る。
しかし大戦後、吸血種は人の血液が手に入れられなくなった。
だから各国にスパイを送り、情報を集め人を連れ去っていた。
そんな中俺と言う死なない人間の情報を得た。
俺はあっけなく連れ去られ、ソフィアが俺の血の安全を確かめた。
結果は、だめだった。
俺の血では吸血種を救えない。
ではほかの人の血を集める?
いや、それでは時間がかかる。それにエクシアー公国特別派遣部隊の存在がある。
もっと何か、手っ取り早い方法は……。
「……なあ」
「なんだ?」
「人の血、人の血液ならいいんだよな?」
「ああ。もちろん」
「俺に考えがある。うまくいくかどうかは、ソフィアに試してもらおう」