俺、あの子を思い出すんで
「お前は、強いな」
「は? なんだよいきなり」
俺と父さんはいったん落ち着くために、横に並んで壁にもたれて、ぼうっとしていた。
すると不意に父さんが、そんなことを言った。
「お前は一人で母さんの死を受け止めたのだろう? 子どもって言うのは、知らないうちに成長するもんなんだなあ」
「……いや、違う。俺だって少し前は、母さんの死は俺のせいだと思っていた。あんたと同じだった。受け止めきれなかったよ」
俺も、この世界に来るまでは、父さんと同じ思いだった。
母さんの死に責任を感じ、無力感にさいなまれていた。
「でも、この世界に来て出会った子に、俺は母さんの話をしたんだ。そして、俺が母さんの重荷になっていたんだって言ったら、その子、すっげえ涙流して、『違います!』って言ったんだ。言ってくれたんだ。それで俺は、母さんの本当の想いに気づくことができたんだ」
俺が気づいた母さんの想いが、本当に合っているかという確証はどこにもないけど。
「そうだったのか。つまりその子は、お前だけじゃなく、俺のことも叱ってくれたことになるのかな。お前を通してな」
「そうかもな」
俺は俺を叱ってくれたその子の顔を思い浮かべた。
すると、目頭が熱くなってきて、無性にその子に会いたくなってきた。
「お前、泣いているのか?」
「うっせえ、ほっとけ」
「それを言ってくれた子のことを思い出したのだろう? 親だから、それくらいわかる。……どれくらい会っていないんだ?」
「わからない。ここに閉じ込められる前は毎日会っていた。でも、俺はここに閉じ込められて、会えなくなった。俺はいったい、どれくらいここに閉じ込められていたのだろう……」
「俺がお前の情報を手に入れたのは一週間ほど前のことだが、お前が連れ去られたのはおそらく、二か月ほど前だ」
「そ、そんなに!」
「ああ。外はもう、すっかり冬だぞ?」
「窓が無いから、時間感覚なんてすっかりなくなっていた」
「お日様は、偉大だなあ」
父さんが感慨深い声でそう漏らした後、廊下の奥からいくつもの足音が聞こえてきた。
そして三人の吸血種が姿を現した。
彼らは明らかに敵意をむき出しにして、こちらを睨みつけていた。
「あれ? ソフィア嬢、俺たちのこと城内に伝えてないのか? ってか何でばれたんだ?」
「てめえがさっき大声で叫んだからじゃねえかこの野郎!」
「俺のせいか!? それを言うなら想真だってけっこう大きな声で話していたじゃないか!」
「うるせえてめえ、子どもに責任を押しつけるつもりか!?」
「あ、こいつ。都合の悪い時だけ子どもになりやがって!」
「la imajuerisu!」
俺と父さんが言い争っていると、吸血種の一人が声をあげた。
「あの人、何て?」
「何者だ! ってさ。ya kirutiia kuriseru」
「la karanndasuri wirukyi!」
「何て?」
「王宮で何をしている! ってさ。つーか、お前言葉勉強しておけよ」
「うるせえ。これでもアーデル語とリェース語は使える」
すると吸血種の三人は、腰に提げた剣を引き抜いた。
「なあ、あの人たちたぶん、俺たちを殺す気だと思うぞ」
「ああ、俺もそう思う。ソフィア嬢も困った人だな。ちゃんと伝えておいてくれないと。お客さんがいますよって」
吸血種の三人は警戒しながらもじりじりとこちらに近づいてきた。
「……あんたは逃げろ。ここは俺がなんとかする」
「はあ?」
「なんだその馬鹿にした声は! うっわ超腹立つ!」
「お前今十七だっけ? ガキに何ができるってんだ?」
「ああ!? てめえ俺の実力ってやつを知らねえんだ! 俺が向こうの世界で何を身につけ、こっちに来てどれほどの活躍をしたと思って――」
「うるせえなあ。ギャーギャー騒ぐんじゃねえよ。いいからここは俺に任せて、下がってな」
父さんは俺を制止するように手を向けると、立ち上がった。
「なにい? てめえ、相手は三人だぞ?」
「だからどうした? 想真君? 君、俺が誰だかわかってんの?」
「誰だお前は?」
「wwraaaa!」
すると突然一人の吸血種が父さんに向かって剣を振り上げた。
「俺は」
「wirasu!?」
父さんは振り下ろされた剣を当たる直前にかわすと、吸血種の腕をつかみ、背負い投げの要領で背中から落とした。
吸血種の口から空気が漏れ、そのまま動かなくなる。
「俺は、元自衛隊隊員。レンジャー徽章、格闘徽章持ち。さらに特殊作戦群、通称『S』の元隊長」
そう言って父さんは、残る二人のもとに歩いて行った。
「そして、自衛隊史上最強の男でもある」
「うるせえ自称だろうが」
かっこつけてんじゃねえ。