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俺、異世界平和にするんで  作者: 圭
吸血種編
63/73

俺、再会を果たすんで

 「あんた、誰だ?」


 「お、話せるようになったか」


 「ああ。まだ目は少しかすんでいるけど」


 「そりゃ気の毒だ」


 男は俺を負ぶったまま、薄暗い廊下を歩いていた。


 「それよりもあんたはいったい何者なんだ?」


 「俺か、俺は、そうだな……」


 「もったいぶんなよ」


 「俺にもいろいろあるんだよ。……じゃあ先に君の名前を教えてくれよ」


 「俺か?」


 まあ、本名でいいか。


 「俺は、内東 想真」


 俺が言った瞬間、その男の手の力が抜け、負ぶわれていた俺は背中から地面に落ちた。


 「痛! な、なにすんだ!」


 したたかに頭と背中を打ち付けた俺は即座に抗議の声をあげた。


 「お前、想真なのか?」


 「あ? 言ったじゃねえか」


 「母親の名は!?」


 「は?」


 「母親の名前は何と言う!?」


 男は尻もちをついた体勢の俺の肩を掴んで、揺らしながら言った。


 「ゆ、揺らすな! まだ頭くらくらしてんだから!」


 「いいから言え!」


 男は大声でそう言った。その声は何だか、焦っているように聞こえた。


 「……内東 静。旧姓は、清水」


 「まさか……そんな、馬鹿な……」


 男は呆然とした声でそう言うと、その場にがくりと膝をついた。


 「なんだよ? それがどうしたんだよ?」


 「……想真、なのか。大きくなったな」


 男は両手を、俺の顔を両側から包むようにして添えた。


 「……は?」


 「本当に、立派な面構えになりやがって。あのころはもっとちっこくてかわいかったのになあ……」


 「あんた、何を言って……」


 「想真。落ち着いて聞いてくれ。俺の名前は、想一郎。内東 想一郎だ」


 「……な、え? ま、まさか、お前……!」


 俺の頭にかかっていた靄が次第に解け始め、目の焦点が合った。


 俺の目には、昔見た時より少し変わっているものの、面影は全く変わっていない顔が映った。


 筋の通った鼻。凛々しい眉。薄めの唇。まるで整っていない無精ひげ。適当に短く切られた髪。


 そして、信念の宿った瞳。


 この男は……!


 「そう。お前の父さんだ」


 「父……さん……」


 「どうしてお前がこんなところにいるのか、俺にはわからない。想真、お前、ここがどこだかわかっているのか? どうやって、いつこっちに来た? ……母さんは、母さんはどう――」


 「このクソ野郎!」


 「ぎゃば!」


 俺は目の前にあった父さんの顔を、岩よりも固く握りしめた拳でぶん殴った。


 父さんは顔をガードすることもできずに、後ろに吹っ飛んだ。


 「な、なにすんの!? 親子の感動の再会の場面じゃん!」


 父さんは右のほほを押さえ、涙目で言った。


 「うっせえ馬鹿野郎! こんなところで何してんだ! ああ!?」


 「そ、想真?」


 「俺たち置いてふらふらとどこかに行って、それでたどり着いたのがここか!? 何考えてんだ! ぶっ飛ばすぞ!」


 「もうぶっ飛ばされてんだけど!」


 「うるせえ! まだまだこっちは殴り足りてねえんだよ!」


 「父親に向かって何たる言い方! いったい静はどんな教育を……そうだ。静は? お母さんはどうした!? まさか、静もこっちに?」


 「死んだよ」


 「……え?」


 「俺が十五の時、だから、二年前だ。二年前に母さんは病気で死んだ」


 「そ、んな……嘘、だろ? なあ想真、そんな冗談はよくないぞ?」


 「俺がこんな嘘、吐くわけねえだろ」


 父さんは信じられないといった表情をして、両手で顔を覆った。そして床にごつりと頭をぶつけて、うずくまった。


 その姿はまるで、見えない誰かに懺悔しているようだった。


 「……俺の、せいか? 俺が家を空けたからか? そのせいで静は……無理をして――」


 「それ以上言うんじゃねえよ」


 俺はうずくまる父さんの胸ぐらをつかんで、強引に立たせた。


 「てめえのせいだ? ふざけんじゃねえよ。たとえ、お前がいようがいまいが母さんは死んだ。そうに違いない」


 父さんは顔をあげると俺の目を見た。


 顔をあげた父さんの目は、真っ暗だった。


 「それは、自分がいても助からなかったから、俺がいても同じだと自分に言い聞かせているだけじゃないのか? 俺のことを無力だとすることで、自分の無力を正当化しているだけじゃないのか?」


 「そんなことはない」


 「十五のお前に……何ができたって言うんだ! 俺がいれば、俺ならなんとかできたんだ!」


 「母さんはそんな弱い人だったかよ!」


 喚く父さんに俺は言葉をぶつけた。


 「……!」


 父さんはぐっと息を呑んで下を向いた。


 「母さんは、俺たち二人がいなけりゃ生きられないほど、弱い人だったかよ。違うだろ。母さんは強い人だっただろ。一人で俺を育ててくれたんだ。一つの弱音もこぼさずに。そんな強い人の傍に、こんな馬鹿男二人いたところで、どうしようもなかっただろ。……なあ、あんたが惚れた女は、自分以外誰かいないと何もできないような、生きることができないような、そんな人だったか?」


 「……そんなわけ、あるか……そんなわけあるか! あいつはまっすぐな芯を持った、強い女だった! 腐ってた俺を蹴飛ばして、一喝して立ち直らせた、そんな女だ。……でも、だったら、そりゃひどい話じゃないか」


 顔をあげた。父さんの声は震えていた。でも、涙は流していなかった。ただ、心が泣いているのはわかった。


 「俺がいてもいなくても、あいつは死んだのか。避けられないことだったのか。なら俺は、何なんだ。何もできない男なのか!? 俺はあいつにたくさんのものをもらったのに、俺はあいつに最期まで、何もしてやれなかったのか……。たとえ、傍にいたとしてもか……」


 「母さんの最期に、俺は立ち会った。母さんが最期に言った言葉を教えてやろう」


 母さんは最期に俺に向かって言っていた。けれど、きっと、母さんは俺の瞳の中に、父さんの影も見ていた気がする。


 だから、伝える。


 「母さんは、『幸せだよ』って、『ありがとう』って言った。そう言わせたのは、もちろん俺の成長にでもあるが、きっと、あんたに向けても、言っていたんじゃないのか?」


 「……ぐっ、く、そが……くそったれがあああああぁぁぁぁ……!」


 父さんは天井を見上げて、絶叫した。


 俺は父さんの胸に、もう一発拳を、優しく当てた。

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