俺、美人のお姉さんと風呂に入るんで
夕飯もすごい手間暇かかってる感がした。なんで一般家庭でジャガイモの冷製スープとかミートパイとか出てくんだよ。初めて食ったわ。
や~ば~い~。女子力や~ば~い~。ヒナミの女子力は五十三万です。
俺は元の世界では寮暮らしだった。がっこうぐらしではない。
飯は寮母さんが大体作ってくれていたが、土日の昼とかは自分で用意しなければならなかった。だから一応料理はできる。といっても適当に肉焼いてもやしとかキャベツとか入れて焼肉のたれぶっかけるだけなんだが。でもこれがうめぇんだから困る。白米によく合う。
そんな俺の料理と比べたらレベルが違った。レェェェヴェルが違ぇんだよ!
心中で目のあたりまでバンダナをかぶった人のまねをしていたら、ヒナミが困ったように声をかけてきた。
「あの……今日どこで寝るんですか?」
……へ?
「うわやべぇ、全然考えてなかった」
言われて初めて気付いたが決して俺が馬鹿だからではない。
だって普通今日の寝床を心配しながら生活してないじゃないですか。そんなこと考えるのはあてもなく旅するバックパッカーかダンボールの家を発明した人ぐらいじゃないですか。
「いやどうすっかな~。この世界で使えるお金も持ってないからどっかホテルとか探しても駄目だしな。うーむ……」
もう橋の下でダンボールの家職人に弟子入りしちゃおっかなぁ。
「あの……よかったらわたしのうちに泊まりませんか? たまに友達が泊まりに来るので布団はありますし」
え、いや。いやいやいやちょっと待って。
「いやワンルームじゃん。ヒナミ一人暮らしじゃん。なんか、あれじゃん。一応男女じゃん」
じゃんじゃん言っているが別にハボックとかピエールとかポルナレフとかは関係ない。なんならキルシュタインも関係ない。
「あ、別に、そのわたしは気にしないというか……なんというか」
ヒナミの頬は、光の加減か赤らんでいるように見える。
え……今日初めて会ったんすよ。なんすかあれすかモテ期っすか困る!
「ソウマが何かしようとしたら下の部屋にいるメグミさんが勘づいて来ますから。別に気になりません」
「あ、そうですか。そうですよね。うっす」
……だからなんで普通の人間の女の子と同じ部屋で寝るってだけで期待してんだよ、俺。しっかりしろよ。
「じゃあお言葉に甘えて泊まらさせていただきます」
「じゃあ先にお風呂に入ってきたらどうですか。もう沸いていると思います」
「確か共用だったよな。時間とか決まってるの?」
「ええ。八時から八時四十分まではわたしが入る時間ですので」
ちょうど今は八時だ。
「でも俺が先でいいのか? 後でもいいっていうかちょっと悪いぜ」
いや別にヒナミの残り湯がどうとかそういうことではない。……ちょっとこれは気持ち悪いな。さすがに。
「いえ、わたしはソウマの布団敷いてくので先にどうぞ」
「わかった。ありがとう。じゃあ先に行ってくるな」
まあ男の風呂なんてすぐ終わるしな。
烏の行水、烏の濡れ場だ。ちゃっちゃと入ってこよう。
俺は自分のリュックから必要なものを取り出し風呂に向かった。
ん? 風呂の電気がついているな。先に入った人が消し忘れたのかな?
いや誰か入ってるとかないから。ましてそれがきれいな女の人でラッキーとかないから。いやマジで絶対ないから。そんな中学生男子の妄想みたいなこととかありえないありえない。
フリじゃないよ?
ないないないRSじゃない♪
俺はそんな鼻歌交じりに服を脱ぎ、風呂の戸を開けた。
「おや、ヒナミちゃん。遅かったじゃないか……。ん? なんだソウマ君か。……そうかヒナミちゃんが入る時間を使って君が入るのか。でもそれだとゆっくりできないだろうから明日からは君が入る時間を別に用意しよう。なに大家さんとは長い付き合いだ。私に任せなさい」
ちょっと待ってほしい。
いったん落ち着こうと俺は急いで戸を閉めようとしたのだが、急に戸が岩になったようにびくともしない。
「おや、つれないな。ヒナミちゃんじゃなくて残念だがこれも何かの縁だ。私と一緒に風呂に入ろうじゃないか」
いつの間に後ろに回ったのか、メグミさんは戸を押さえていた。なんて力だ。 つーか近い近い近いやばい!
「いや何してるんですかメグミさん!」
「いいからいいから。ヒナミちゃんが入る時間無くなっちゃうぞ~?」
くっ、下手に抵抗すると、メグミさんの体が目に入ってしまったり体に手が当たったりラジバンダリしてしまいそうで動けない。意識的にやっているんだとしたら策士。
ヒナミが風呂に入る時間のことを言われると、時間を使わせてもらっている身としては強く出られないので俺はメグミさんと一緒に湯船につかった。
ここで一つ言っておきたいのだが俺は別に美人のお姉さんに誘われたから一緒にお風呂に入っているわけではない。俺はそんなにチョロくない。ヒナミの時間のこともあるし? せっかく誘ってくれたのに断ったらなんか悪いし? あとは……あとは、まあいいか。
「それにしても君はいい体つきをしているな。筋肉も引き締まっていいぞ。何かしているのか?」
「じろじろ見んでください。っていうかなんでヒナミが入る時間なのにメグミさんが入ってるんですか?」
「当然ヒナミちゃんと一緒に風呂に入るためだが?」
ためだが? じゃねえよ。
「ええと、あの、それをヒナミは知ってるんですか?」
「ふふふ。サプライズだ」
それは待ち伏せとか言われるものだ。変態の所業だ。なにやってんだこの人は。
ちなみに俺とメグミさんは隠すべきところはタオルを巻いて隠している。さすがに心臓に悪いし目に毒だし会話に集中できないし隠してるっつっても肩とか鎖骨とかは見えているわけでチラチラ見ちゃって集中できないです。はい。
「ヒナミちゃんが大学生になってからは部屋も風呂の時間も別々になってしまったんだ」
「……っていうことは高校生のころは一緒に入っていたと?」
その光景を想像したら、なんだ、その、あれだ。いろいろ捗る。
「ああ、私が引き取ってからずっとな。毎日成長していくヒナミちゃんを見るのは、私にとって一日の中で最も楽しみな時間だった。ウヘ……ウヘヘ」
途中まではわが子かもしくは妹の成長を見守る感じのエピソードだったのに、その笑い声で台無しだ。変態おやじの笑い方だ。
メグミさんは、だらしない表情を今度は少しさびしげにして続けた。
「でも今では一緒に入ることもなく、部屋も別々だから話す機会が減ってしまった。それに最近私に隠し事をしているような気がする。だから今日、私はヒナミちゃんを待ち構えていたのだよ。ゆっくりふたりきりで話すためにな。それに私も話したい! だってさびしいんだもん!」
自分の願望入っちゃってるじゃんか。
「つーか一緒に入りたいなら本人に直接言えばいいじゃないですか」
メグミさんはふるふると首を横に振った。
「いや。それでは多分ヒナミちゃんには断られるだろう」
「なぜです? ヒナミはメグミさんのことを実の姉のように慕っているんですよ。だったら……」
「いやだめだ。なぜなら部屋を別々にしたのはヒナミちゃんに頼まれたからだ。一応建前としては自立するためだと言っていたが本当はおそらく……」
おそらく、なんだ? あのヒナミが別居を自分から言い出す本当の目的。一体……。
「おそらく私が構いすぎたのが原因だ」
……なるほど。猫とか犬とかは構いすぎると逆にそれがストレスになることがある。きっとそれと似たようなことなんだろう。
「だからまあ、待ち伏せて無理やりにでも一緒に入ろうとしたんだが……」
ほぼ犯罪じゃんか。ヒナミも苦労してんな。
「結局ソウマ君が来たというわけだ。まあ君でもよかったんだが」
「いやよくないでしょ。俺じゃヒナミの代わりにはなりませんよ」
「その通り。誰かが誰かの代わりになることなどできない。よくわかっているじゃないか。なあ、偽の弟君?」