俺、血を吸われちゃうんで
第四章、吸血種編に入ります。どうぞよろしくお願いいたします。
「想真の目は、お父さんにそっくりね」
「はあ? 父さんに?」
「うん」
見舞いに行ったとき、母さんは急にそんなことを言ってきた。
「どこが?」
「形もそうなんだけれど、どう言うのかしら? 瞳に宿っているものがそっくりね」
「何、それ?」
「想真の瞳には強い意志が宿っている。でも野心的じゃない。その根底には優しさがちゃんとある。それに、とても澄んでいるわね。お父さんもそんな目をしていたわ」
「目だけでそこまでわかるの?」
「わかるわ。目は口程に物を言うのよ」
母さんは何だかいいこと言ったふうな顔をしていた。
「ふーん」
「あら、信じていないわね?」
「信じていないというわけじゃないけど」
「けど?」
「父さんと一緒にされたくない」
俺は母さんから少し目を逸らして言った。
「……まだお父さんのこと、気にしているの?」
俺は肯定も否定もしなかった。
「たしかにあの人はわたしたちを置いて行ったように、思えるかもしれないわね。でもね、あの人だって何も、わたしたちを置いて行こうと思って、離れたいと思って、どこかに行ったわけじゃないの」
「じゃあ、なんで?」
「あの人はね、夢を追い求めたの。自分自身の夢を追い求めてどこかに行ったの」
「……」
「今は無理かもしれないけれど、いつか、想真がお父さんのことを理解できる時が来たら、お母さん嬉しいわ」
「ん? ……あ、ああ、が、がああああああああ!?」
あ、熱い!? 手が、足が……手足が焼けるように熱い! 動かない! な、なんだ? 何がどうなっているんだ!?
「ああああああああっ!」
くそっ、痛え……痛えよちくしょう!
俺は目ん玉が飛び出そうになる激痛の中、自分の手足を見た。
「な、なんだよ、これっ!?」
薄暗がりの中見えたのは、信じられない惨状だった。
前腕の部分に馬鹿でかい杭が打ちこまれており、それが俺の腕と壁を貫いていた。足も同様に、太ももに杭が刺さっており、それは後ろの壁と俺の足を固定していた。
「目を覚ましたか。人間」
夜の闇を切り裂くような鋭い声が、俺の耳に届いた。それはアーデル語だった。
俺は声の方に顔を向けた。そこには、深紅のドレスを見にまとった少女が立っていた。
俺はその少女の、髪に目を奪われた。
深紅。
見にまとったドレスに劣らないほどの、深紅の髪だった。
その髪は足首まで届くほどだ。
そしてその長い前髪からのぞく瞳もまた、真っ赤だった。白と赤の対比が薄暗がりでもはっきりとわかる。
顔立ちは全体的に小さく、まだまだ幼さが抜けきっていない印象だった。
俺は痛みに全身を包まれながら、喉を開いた。
「あああぐううがあっ、はあ、だ、誰だ……?」
「儂か? 儂は吸血種の王。ソフィア・フィリコス」
そう言ってニヤリと笑う口元には、人間よりもはるかに長い犬歯が見えた。
その犬歯を見て、俺は思い出した。
そうだ。俺はアポステルの甲板で、誰かに殴られて気を失って、それで。
ここに、連れてこられたというわけだ。
「ノス、吸血種?」
「そう。おぬしの、死なないおぬしの血が欲しくて、儂は部下を使い、おぬしをここに連れてこさせた」
「え? お、お前今、死なないって……」
「誰が、お前だ?」
ソフィアは眉をひそめると、俺の腹を思い切り拳で殴りつけてきた。
「がっはっ!」
「口の利き方を弁えよ。人間」
「そいつは、失礼したな。ソフィア」
すると今度はつま先で俺の鳩尾を蹴ってきた。
「死なないことはわかっている。無駄なことはよせ」
「ごぼっ、がは!」
俺の口からどす黒い血の塊が出てきた。
「ごふっ、どう、して……俺が死なないって?」
「吸血種は世界中、至るところに存在しておる。ある者は霧となって、ある者は蝙蝠となって、ある者は、人間に化けて、の」
なるほど。メグミさんの言っていたことは、正しかったということだ。
「そういった吸血種の情報網に、おぬしは引っかかったというわけだ。死なない人間。いやはや、儂らにとってはまさに、救世主のごとき存在だ!」
ソフィアは張り裂けんばかりの笑みを浮かべた。
「……なるほど、ね。たしかにその通りだ」
吸血種。
生き物の血を吸って生きる種族。
俺が死なない身体だということはつまり、どれだけ血を吸っても死なない。
永遠に血が出続ける人間。
そりゃあ、欲しくなるな。
「さて、人間と長話をする趣味は儂にはない」
ソフィアはずずっと俺の首元に顔を近づけてきた。
「……早速、味見と行こうか?」
ソフィアは舌なめずりをして、そして。
ぐじゅりと、歯が、牙が、俺の首元に刺しこまれた。
「あ、あ、ああああがあああぐあはああがああっ!?」
ソフィアに血を吸われているとき、俺は何とも言えない恍惚感と喪失感にとらわれた。
「がっあっあ、ああああ!」
自分の中の血が、どんどんと失われていっているのがわかる。
意識が、遠のいていく。
ちくしょう、ちくしょう!
「……ね……ご……んね」
薄れていく意識の中、ソフィアが俺の血を吸いながらぽつりと何かをつぶやいたが、俺はほとんど、聞き取れなかった。