俺、やっぱり無力なんで
「やっぱ一隻だけしかいないかもなんて、甘い考えだったな。ちくしょうっ!」
俺は道に迷いながらもなんとか甲板にたどり着いた。
そしてそこから見えたもの。
それは荒れる海と曇った空。
そして、アポステルを囲むようにして進む五隻の軍艦だった。
「あんなの、どうすりゃいいんだよ……」
俺はがくりと膝から床に落ちた。
無理だ。
人間一人が、たとえ死なない人間でもどうにかできる相手じゃない。
俺には無理だ。
みんなを、守れると思ったのに……。
圧倒的な力の前には、やっぱり俺は無力だったんだ。
本当は諦めたくない。
どれだけ拙い線でも、あるのならば俺はそれを手繰ってみんなを守りたい。
でも、無いんだ。
髪の毛一本の線さえも、俺の前にありはしない。
俺がぼうっと遠くの軍艦を見ていると、その船が主砲を一発放った。オレンジ色の砲弾がまっすぐこちらに飛んでくる。
ああ、あれはたぶん俺のところに直撃するな。
アポステルの甲板に、俺の座っているところに。
俺は己の無力さを改めて実感しうなだれた。
……終わった。
「ガアアアルウウウッ!」
うなだれた俺の耳に、獣の咆哮のようなものが聞こえた。
「な、なんだ!」
俺は驚いて顔を上げた。
すると、そこには。
「り、龍?」
「グルアアアウウ!」
アポステルの目の前にとてつもなく大きな、蒼い龍がいた。
体は元いた世界の東洋で描かれるようなフォルムをしており、そして全身を蒼い鱗が覆っていた。
そいつは飛んできた砲弾をその身で受けながらも倒れることなく、アポステルの周りを回っていた。
こいつ、守ってくれているのか? 砲弾から俺たちを。
龍は次々と飛んでくる砲弾を、大きな体で受け止め、鋭い爪のある手で握り潰し、刃物のような牙の生えた口で喰らった。
「おい! 貴様!」
「リ、リーリャ!? 戻ってろ! ここは危ないぞ!」
「オルカが、オルカが……!」
「オルカがどうした?」
「なっ! オ、オルカアア!」
リーリャは蒼い龍を見てオルカの名を叫んだ。
ま、まさか!
「リーリャ、まさかあいつは!?」
「海龍化したオルカだ!」
「あれが、オルカ?」
「ガウウウアアア!」
低く重たい咆哮が俺の腹に響いた。
「貴様が部屋を出た後、オルカは我が目を離したすきに自分で窓を乗り越えて海に落ち、そして海龍になったのだ」
「オルカ……お前」
蒼い龍、オルカは今もなおその身にいくつもの砲弾を受けている。
しかしオルカは一歩も引かない。怯まない。
それは俺が知っているオルカの姿とは、全く正反対だった。
「グアラルウウウガアアッ!」
オルカはアポステルに近づいてきた一隻の船に、自ら近寄って行った。
そしてその船の主砲や副砲を、両手の爪で引き裂き、さらに一度海に潜ったかと思うと、その口に船のスクリューを捕らえて海中から上がってきた。
近づいてきた船は航行不能になったのか、その場で沈黙した。
オルカはスクリューを吐き出すと、他の船をにらみつけた。
「オルカは自分が何もできていないことを我以上に気にしていた。自分の国の問題なのに何もできないことを悔しく思っていたのだ」
「あんな小さい頭で、何つまんねえこと考えてんだよ……!」
「だからきっとオルカは、今こそ自分がと思ったのだろう。こうして今我らの盾として戦っている。その身を犠牲にして我らを守ってくれているのだ!」
「ガオウガアアラアアッ!」
周りの四隻の攻撃がオルカに集中し始めた。
「オルカ! もういい、逃げろ!」
リーリャが悲痛な声で叫んだ。
「くそがああ! やめろ、やめろよおおお!」
俺も堪えきれずに、ただただ叫んだ。
しかし俺の願いは海の風に飛ばされ、砲撃の雨は止むことはなかった。
「誰か、誰か頼む。オルカを、助けてやってくれ……誰かあああっ!」
「はっ! オルカ、避けろおお!」
オルカの顔面に、砲弾が飛んでいった。
あれは、直撃する!
「オルカああ……あ?」
しかしその砲弾はオルカに当たる直前に不自然に軌道を変え、明後日の方向に飛んでいった。
「な、なにが?」
「あ、あれ! よく見てみろ!」
リーリャが何かを指差して俺に言った。
「なにが見えるんだ? ……あれ、は!」
オルカの頭の周りを黒いマントをはためかせながら一つの人影が飛び回っていた。
「あれは、クゥーカラ!」
クゥーカラはオルカの体を足場にしながら空中を飛び回り、飛んでくる砲弾を殴り飛ばしたり、蹴飛ばしたりしてオルカを守っていた。
俺は急いで端末を取り出しメグミさんの端末につないだ。
「メグミさん!?」
『アポステル艦内はすべて制圧した。あとは外の四隻だけだな。オルカちゃんのことは任せなさい。私が絶対に守ってあげよう』
「メ、メグミさん……」
『なにせオルカちゃんはヒナミちゃんの妹、つまり私の妹だからな。妹は守るさ』
「今のが無ければパーフェクトでした」
まあ、メグミさん流の照れ隠しなんだろうけど。
「でも、いつまでもこのままではいずれオルカも体力が尽きるでしょう。どうしましょう?」
『オルカちゃんにさっきみたいに船を一隻ずつ航行不能にしてもらおう。そうすればアポステルも安全になり、オルカちゃんは船を守る必要がなくなる』
「わかりました。オルカ!」
俺はオルカの耳に届くように大声で言った。
「オルカ! 周りの船を、できれば沈めずに、動けないようにしてくれ!」
俺が言うとオルカの耳がピクリと動き、微かにうなずいた。
『しかしソウマ君。周りの船が少し遠いからオルカちゃんがアポステルから離れることになってしまう。その隙にこちらを攻撃されたら元も子もない。私もオルカちゃんを守るのに手一杯でそちらは難しい』
「そう、ですね……。ううむ」
「どうした。何かあるのか?」
俺が腕を組んで悩んでいるとリーリャが声をかけてきた。
「もしも我に何かできることなら、ぜひ言ってくれ」
「ああ、実は……」
俺はメグミさんの言葉をリーリャに伝えた。
「というわけで、オルカがこの船を離れるとこの船はノーガード状態になってしまうんだ」
「……ならば、むこうから近づいてきてもらえばよいな? そうすればオルカはこの船から離れずに向こうの船に接近できる」
リーリャは自信ありげに微笑んでそう言った。
「できるのか?」
「この海に我の欲しいものがあればな」
リーリャはそう言って船の端に歩いて行き、海をじっと見下ろした。
「……よし、海底にたくさん生えている」
リーリャは海を見下ろしたまま両の手のひらを海の方に向けた。すると手のひらが淡く光り、甲板に幻想的な雰囲気が満ちた。
「すう……はっ!」
リーリャは一度深く息を吸い込み、そして気勢とともに一気に吐き出した。
すると海から巨大な何かが飛び出してきた。
「なんだあれ!? ……海藻?」
「この辺りにある海藻と海草だ。ワカメや昆布、それにジャイアントケルプもあるな。海藻も海草もいわば植物。ならば我、森精種に操れない道理はない!」
海から生えてきた巨大な植物たちは、一斉に周りの船四隻に伸び、そして巻き付いた。
「よし、捕まえた!」
巻き付いた植物は四隻の船を徐々にオルカの方に引っ張っていった。
オルカは近づいてきた船の主砲や副砲、それにスクリューなどを引き裂き、貫き、食い千切った。
しかしむこうも近づいたことで照準を合わせることが容易になったのか、まだオルカが壊していない船はより一層の激しさで攻撃してきた。
それをメグミさん操るクゥーカラが神懸かり的な動きで防いでいた。
「あと、一隻だ! 行け、オルカ!」
オルカの爪が最後の一隻の主砲に伸びた。
しかしその船は主砲と副砲を同時に放った。
それをクゥーカラは、副砲の方を右足で蹴り飛ばしたが、主砲をその身にもろにくらってしまった。
「ク、クゥーカラあああっ!」
クゥーカラは吹き飛ばされ、アポステルの甲板、ちょうど俺たちがいるところの少し前に落ちてきた。
「グルアアアアガアアアッ!!」
クゥーカラに守られたオルカは、最後の一隻に両手の爪を突き刺した。
そして、海に静寂が戻った。