俺、王女の家庭教師やらせてもらうんで
ラントが引き金に指をかける直前、部屋の外から慌てたような声がした。
「た、大尉! おそらく侵入者です!」
「人数は?」
「一人、です」
「じゃあ、撃ってください。発砲を許可します」
「はっ! 了解しました」
「ヒナミ、みんな! 頭下げろ!」
俺は急いで叫んだ。
そして俺たちが床に伏せた瞬間、外からいくつもの発砲音がした。
「あ、当たらない!?」
「そんなば……! がはあ!」
「何だあの動き!? 人間じゃねえぞこいつ!」
外から発砲音に混じって男たちの慌てた声が聞こえた。
「な、何してるんすか? 早く!」
「わ、わ、来る来る来る! がっ!」
「銃声が、止んだ?」
「な、何すかあんたは!?」
「がっかっ……はな、せ」
ラントがドアから後ずさりしながら怯えた声で言うと同時にドアから、武装した男の喉を右手で掴んで持ち上げながら一人、何者かが入ってきた。
そいつは男か女かもわからないどころか、人間か亜人種かもわからなかった。
つばの広い帽子を目深にかぶり、全身を覆うくらい大きなマントを羽織っていた。
そいつは右手でつかんでいる男を思い切り上に持ち上げ、そして一気に床にたたきつけた。
「ごふっ……」
男は頭を強く打ち動かなくなった。
「今の動き……チョークスラム?」
「誰っすかあなた? いったい何者なんすか!?」
ラントは懐からさっきと同じ形状のナイフを取り出しそのマントの奴に向けた。
「避けろ! それはスペツナズナイフだ!」
「遅いっすよ!」
ラントの声とともにナイフの刃がまっすぐ飛び、マントの奴の腹に刺さり、コツッと言う音を立てた。
「あれ、骨に当たったにしては妙な音っすね」
ラントはそう言って首をひねりマントの奴を注視した。
マントの奴は自分の腹に刺さったナイフを触ると、右手でがっしりと掴み、腹から抜いた。
「そ、そんなことをしたら血が噴き出しますよ! って、あれ?」
ヒナミは慌ててそう言ったが、特に血が出ているような様子はなかった。
「な、え? どうなってんすか!? ……って、どこに!?」
ラントの目の前から突然、そのマントの奴は消えた。
ように見えたのだろう、ラントの視点からは。
「どこ? どこっすか!?」
ラントは周りをぐるぐると見まわした。
しかしそれでは見つけることはできないだろう。
なぜならそいつは、ラントの直上に、真上の天井に立っているのだから。
そいつはラントの目が追い付かないほどの速さで飛び上がり、天井に着地したのだ。
マントの奴はラントに向かって真っすぐに落ち、ラントの頭を後ろから両足で挟み込んだ。
「な、なんすか!?」
そいつはラントの頭を足で挟んだまま一気に上体を後ろに反らしてバク宙することでラントを持ち上げ、ラントを脳天から床に突き刺した。
「リ、リバースの、フランケンシュタイナー?」
ラントはうつぶせになり、ピクリとも動かなくなった。
「な、何者だ?」
『ヒナミちゃん! みんな! 無事か!?』
するとそのマントの中から聞き覚えのある声が聞こえた。
「メ、メグミさん!?」
『ああそうだ。まあ、正確には私ではないが』
するとマントの奴が帽子を脱いだ。
「お、お前は……クゥーカラ! ……か?」
帽子の下には奇妙なお面をつけたクゥーカラがいた。お面をつけているのにクゥーカラだとわかったのは首元やお面で覆い切れていない頭部が木だったからだ。肌が木の知り合いは俺にはクゥーカラしかいない。
「な、なんで?」
『君たちが絶体絶命だとわかったからいてもたってもいられなくてな。村長に力を貸してもらったのだ』
クゥーカラの胸についている葉っぱからメグミさんの声が聞こえた。俺たちがリーリャを助けに行ったときに使ったものと同じだ。
「どうやって来たんですか?」
『私たちがリーリャを助けに行ったときに世話になった木があるだろう? あの木の枝の先端にクゥーカラを乗せて、枝をしならせて投げたのだ。生身の体ではできない芸当だな』
「どうしてわかったんですか? 誰も、何も連絡なんて……」
『ソウマ君。君、昨日私に連絡してきてから端末を一度でも見たか?』
「いや、そんな余裕ありませんでした」
『今見てみろ』
俺は言われた通りに端末を取り出した。
「あれ?」
端末は電源が入りっぱなしで、しかも通話中になっていた。
『昨日、君は私との通話を切らずにポケットにしまったのだろう。私はまあ、君たちの様子がリアルタイムで分かるかもしれないと思ってそのままにしておいたのだ』
昨日俺はメグミさんに連絡を取ったとき、ラントの寝言に驚いて慌てて端末をしまった。その時俺はメグミさんとの通話を切らずにいたのだ。そのためメグミさんは俺たちの会話を昨日から今日までの間聞くことができ、そしてこうして駆けつけることができたのだ。
おそらく位置も、俺の端末の電波か何かをたどったのだろう。
「奇跡みたいな偶然ですね」
『君たちは私が守ることになる運命なのだよ』
俺とメグミさんが話していると、ヒナミがクゥーカラに近づいて行った。
「メグミさん! この部屋の外は安全ですか?」
『廊下に今立っている人間はいないよ』
「でしたら早くシュトルツさんを!」
「艦長、しっかりしてください」
「ぐ、くぅ……」
シュトルツは目を手で押さえながら立ちあがった。
『医務室はどこだ?』
「私が案内します」
九条さんがシュトルツを支えながら言った。
「あれ? そう言えばメグミさん。目、見えてるんですか?」
クゥーカラにそんな機能あったっけ?
『見えているよ。村長が孫の危機だと言って急いで作ってくれた。このお面がその役割を担っている』
「メグミさん、わたしとシュトルツさんと九条さんを、医務室まで守ってください」
『任せなさい。ソウマ君たちは?』
「ラントがまた何かしないように見張っておきますよ」
『わかった』
「ではわたしたちは行きます」
ヒナミがそう言って、四人は部屋から出て行き、部屋には王女と葛城さん、それにリーリャとオルカと俺が残った。
「さて、一件落着かな」
「そうだな。あとはオルカの海をしっかりときれいにしてやればいいのだろう」
「皆さん……ありがとう、ございます。……ボ、ボク、なにも、してなくて……ごめん、なさい……」
オルカは申し訳なさそうに頭を下げた。
「気にするな。我も似たようなものだ」
リーリャも目を伏せてそう言った。
「いや、二人はやっぱりいなきゃダメだったよ」
俺ははっきりとそう言った。
「オルカがいなければ俺はこんなことがマーレ連邦で、この世界で起きているだなんて知ることもできなかった。俺はこの世界を平和にする一歩を、オルカのおかげで踏み出せたと言ってもいい」
「え……?」
「リーリャがいなければ、ひょっとしたら村長はメグミさんに力を貸してくれなかったかもしれない。それにリーリャは俺たちの精神的な中心だった。無人島で冷静に動けたのはリーリャのおかげだ」
「ふっ……そうか」
「それに二人が俺の後ろにいたから、俺は倒れずに戦えたんだ」
守るべきものがある者は強いってやつだ。
「二人とも、ありがとう」
「マソウさんは外国語がお上手ですね」
「ん? ああ、そうですね。勉強しましたので」
俺と二人の会話を聞いて、アウラ王女は感心したように言った。……マソウは訂正しなくてもいいのかな?
「やはりわたくしも他国の言語も身につけなければならないのでしょうか……」
「しかしお嬢様、我が国には他国の言語を解する人間はほとんどおりません。それに書物もほとんど戦時中に燃やされるなどして失われました。今から勉強されるのは難しいかと」
「はあ、そうですか……」
葛城さんの言葉を聞いてアウラ王女は少し肩を落とした。
「ではマソウさんはどのようにしてお勉強を?」
「リェース語を知っている人に教えてもらいました」
ヒナミがリェース語を使える理由は言わない方がいいと思ったので、俺はヒナミの名前は出さなかった。
「なるほど、知っている方に直接教えを乞うわけですね。……では、マソウさん」
「はい?」
「ぜひわたくしに他国の言語を教えてください!」
「え、ええ! まじっすか!?」
アウラ王女の言葉に俺は驚いた。俺の口から王族の方に向けるにはあるまじき言葉が出てくるくらいに驚いた。ちょうびつくり。
「軍内部での手続きはご心配なく。わたくしの方できちんとしておきます。ですからぜひシュロス城でわたくしに言葉の勉強を!」
アウラ王女は祈るように手を組み、上目づかいで俺を見てきた。
「いや~でも~え~。どうしようかな~!」
「おい貴様、なぜそんなにニヤついている?」
リーリャの冷たい声が聞こえたような気がしたがアウラ王女が可愛くてよく聞こえなかった。
「専属家庭教師か~でも俺~ほかにやらなきゃいけないことも~あるんですよね~」
「もちろんそちらを優先していただいて構いません。空いている時間にでも、どうでしょうか?」
「そうですか~? それなら……」
「ふざけ、るんじゃ……ないっすよ」
声のした方を見るとラントが苦しげに息をはきながら手を床につき、なんとか立ち上がろうとしていた。
「君が何で、シュロス城に行くんすか。僕はもう、行けないのに」
「もう諦めろ、ラント。あんな技くらったらしばらくは立てない」
「ぐっ……」
ラントは立ちあがろうとしたものの体に力が入らないのか、ばたりと床に倒れ伏した。
「お前には優れた実務能力があるってシュトルツさんが言っていたじゃないか。またがんばれよ」
「何を、もう終わったみたいな言い方、してるんすか?」
「実際にもう終わりだろう。アポステル内はたぶんメグミさんが制圧するしな」
俺が言うとラントは床にほほをつけながら口の端を歪めた。
「アポステル内は、ね。……外、見てみたらどうっすか?」
「何? 外?」
俺は部屋の小窓から外を見てみた。
「外に何が……ん? なんだ、あれは。船か?」
小窓からは一隻の船が見えた。おそらく軍艦だろう。船の大きさの基準がどれくらいかわからないが、それほど大きくはなさそうだ。
「あれは、いったい――!」
俺が船をじっと見ていると突然その船で爆発が起き、アポステルが大きく揺れた。
「な、まさか! 撃ってきやがった!?」
「はは、遅いっすよ」
ラントは息を切らしながらも、嫌な笑みを浮かべて言った。
「ラント、てめえ!」
「僕だけが動いていたわけではないんすよ」
くそが……! どうすりゃいいんだ!
「……待てよ」
……嫌な予感がする。
「あ、貴様! どこへ!」
「甲板だ!」
俺はリーリャの声に急いで答え、甲板に駆けた。