俺、あの発言変だと思うんで
「ラントさん」
「何ですか? 内東君」
「俺がシュトルツさんにオルカの海について行ったとき、あなた『いったいどこの部隊のやつだか!』って怒っていましたよね?」
「ええ、それはだってそうでしょ? 海を汚すようなこと、誰だって怒りますよ。でも、それは今関係ないじゃないっすか」
「俺あの時一言も、『軍の船が』汚染水を捨てていくって言っていませんよ?」
俺がそう言うと、ラントは目を見開き口を震えさせた。
「それなのにどうしてラントさんは、どこの部隊のやつだなんて言ったんですかね? 民間の船にも部隊なんてあるんですか? 俺は部隊なんて言葉使う組織は軍隊くらいしか思いつかないですけどねえ」
「どういうことであるか、大尉。ぐぅ……」
「か、艦長!」
シュトルツは頭を押さえてうめきながら体を起こした。九条さんがシュトルツの肩を優しく支えていた。
「まさか君は、知っていたのであるか? 海を汚す者がいることを」
「そ、れは……そ、そんなの言葉の綾じゃないっすか。ねえ、内東君」
ラントは口を引きつらせながら言ってきた。顔から滴り落ちるほどに汗をかいていた。
「顔に出すぎだろ、ラントさん。いや、ラント! お前がオルカの海を汚していたんだろうが! ああ!?」
「ち、ちが」
「俺たちを偽の命令で殺そうとしたのもあんただ! 俺たちが調査を依頼してきて、それが邪魔だったから、消そうとしたんだろ。……なんとか言ってみろ!」
ラントは部屋にいる者全員の視線を受け引きつった笑みを浮かべながら後ずさりをした。
「ほ、本当に僕じゃないっすよ。……いやいや、本当本当」
「調べればすぐにわかることである。ラント大尉、ここは観念したほうが身のためである」
「ははっ、ま、参ったなあ……。内東君と王女がこの船に来なけりゃなあ……よかったんすけどねえっ!」
ラントは叫ぶとともに懐からナイフを取り出した。
「まったく、僕は本当にツイてないっすよ!」
「やっと本性を現したな、ラント! そのナイフ一本でどうするつもりだ?」
「いやあ、どうしましょうか。今一番厄介なのは内東君っすね」
「ああ? って、眩しっ、レーザー?」
俺の目に赤い光が当てられ、俺は一瞬たじろいだ。
「まずは君からっすよ!」
明滅する視界の中見えたのは、ラントの笑みと、こちらに飛んでくる板状のものと、刃のないナイフの柄だった。
ま、まさか……スペツナズナイフ!?
と、まあ驚いてはみたけれど当たっても死なないし焦ることないか。身体のことばれるかもだけどなんとかごまかそう。どんと構えて、ラントが焦ったところを取り押さえようか。
そして俺はナイフを受け入れる準備をした。
もうすぐ、当たる!
そしてぐじゅりと、ナイフが肉を潰す音が聞こえた。
「ぐ、ぬぅぅぅ……」
「シ、シュトルツさん!?」
ぼたりぼたりと重たい音とともに血が床に落ちていく。
俺の目の前でシュトルツは膝をつき、片手で顔を押さえた。
「なんだ、艦長出てきたんすか。さすがっす。立派な行動です」
シュトルツは俺にナイフが当たる直前に俺の前に飛び込んできて、そしてその身にナイフを受けた。
「な、ど……どうしてですか!? シュトルツさん!」
「君たちを……殺す必要が無いと、わかった以上、君たちは守るべき対象になった……。俺は、軍人である。命令を守り、そして国民を、いや、人を守る軍人である! ぐっ、おおっ……」
シュトルツが顔を押さえている手の隙間から血が溢れてきた。
「ヒ、ヒナミ!」
「わかりました! シュトルツさん、手をどけてください」
ヒナミはシュトルツのそばに座り、シュトルツの手をそっとどかした。
「はっ……! 目、目に、ナイフ、が……!」
ヒナミが自らの口を両手で覆いながらそう言った。
「ま、まじかよ……!」
シュトルツの右目に、まるで元から生えていたかのように一本のナイフが屹立していた。
「は、早くちゃんとした治療をしないと! く、九条さんとおっしゃいましたよね」
「は、はい」
ヒナミは顔を青ざめさせている九条さんに声をかけた。
「船内に外科手術の出来るお医者さんと手術のできる設備は?」
「軍医が一人いらっしゃいます。手術室も、簡易的にですがあります」
「ではすぐに!」
「行かせると思うんすか?」
ラントはそう言って部屋のドアの前に仁王立ちした。
「艦長が行動不能になってくれたのはありがたいっすよ。いくら内東君との戦いで弱っていたとはいえ、僕では正直相手になりませんからね」
「退け、ラント。そこを退けえ!」
「いいっすけど、さすがに君でも……」
ラントはニヤリと笑い部屋のドアを開けた。
「ここを通るのは、無理じゃないっすかね?」
「くそ、またかよっ……!」
ラントが開けたドアの先には、十数人の武装した男たちがいた。
「僕が一人でこんなことするわけないじゃないですか。僕はね、地道にこっそり根を張っていたんすよ。このアポステルに!」
「あんた、人望あんのな。無さそうなのに」
「いやいや僕に人望なんてありませんよ。彼らには彼らの事情があるんすよ。金が無いとかね。……さて!」
ラントは両手を大きく横に広げ、俺たちを見下すようにして言った。
「ここで艦長と王女は亜人種とその協力者により殺され、暗殺者四名は僕率いるこの部隊によって殺される! いいシナリオでしょう?」
ラントの後ろに控えている男たちがすっと武器を構えた。
……さすがに、打つ手なしか? 万策尽きたか?
俺一人だったらどうにでもなる。どれだけ武器を持った人間がいようが構わず突破できる。
だけどここには守るべき人たちがいる。七人だ。
彼ら彼女らを守りながら戦うには、七人は多いな。
俺の手はそこまで大きくない。
「……なんでだ?」
「なにがっすか?」
「なんで、こんなことをしたんだ?」
「時間稼ぎっすか? まあ、急いでないからいいんすけどね。いいっすよ、教えてあげます。何から聞きます?」
「なんでオルカの海に、マーレ連邦の海に汚染物質を捨てた?」
「金になるんすよ。大企業さんがね、処理に超高額な費用が掛かるっていうもんですから、じゃあ僕がその三割で捨ててあげますよって感じで」
俺はぎりりと歯をかんだ。
こんなやつが金目当てにしたことのせいで、オルカはヒナミの作った飯を食って涙を流すほどに食い物に困っていたっていうのか!
「じゃあ次は何で今僕がこんなことをしているか、っすかね」
ラントは息をふっと吐き、シュトルツを指差した。
「僕はね、艦長が嫌いなんすよ。大嫌いです」
ラントは忌々しげに顔を歪めた。
「実力でしか人を見ない堅物。僕はね、けっこう有名な家の長男です。軍である程度出世したら後は遊んで暮らせる。僕は良家の生まれであることを精一杯利用して出世しようとした」
「その若さで大尉っていうのはそういうことか」
「ええ。順調に上り詰めていたんすけどねえ。そこの艦長が、シュトルツ少将が邪魔をしたんすよ」
「俺、が?」
「あなたの下についてから僕はまったく出世できなくなったんすよ。あんたが実力でしか人を見ないから。僕は何もできない。家の力で出世してきた僕にあるのはコネと財だけ。僕は何も持っていないんすよ」
「確かに君は以前、俺に金を渡そうとしてきたな。俺は受け取らなかったが」
「そうっすよ。まったく、本当に堅い人ですよ。あんたがパパっと僕のことを評価していればこんなことをせずに済んだんすよ」
「俺は君のことを、評価していたつもりだが」
「嘘言わないでくださいよ。じゃあ何でいつまでたっても僕はこんな何もない海上で副官なんかやってるんすか。……冗談言うなよ!」
「俺は、君のことを高く評価していたつもりである。現に、君は来月からミッテに配属される予定だったのである」
「は? 何を馬鹿な……」
ラントは鼻で笑ってそう言った。
「君の実務能力はとても優れている。そこをミッテのものに認めさせるのに時間がかかった。それは俺の力不足が原因である。俺が一般の、何の力も持たない家の生まれであるから、発言がなかなか通らなかったのである。……長年無聊を囲わせてしまったこと、すまない」
シュトルツはそう言って、ラントに頭を下げた。
「そんな、そんなうまい話あるわけないっすよ!」
「今回王女がアポステルに来られたのは、マーレ連邦を視察すると同時に、君の人となりを王に伝えるためでもあったのである。君に伝えなかったのは、本当の君を見てもらうためであったのである」
「……そんな、じゃあ、な、あ、え? 僕は、そんな、そんなこと……今さら言うんじゃないっすよ!」
ラントは叫ぶと後ろにいた男の腰から拳銃を引き抜いた。
「どっちにしろ、あなた方を殺して全部でっち上げて、僕が王女の仇を討った英雄となれば僕の出世は約束される! もう、これで――」
「な、何だあいつはっ!」