俺、愛の力で戦うんで
「そちらを選ぶのであるか。……つまり君は、美しい理想を抱いたまま殺されることを選ぶのであるな?」
シュトルツはそう言って腕に力を入れた。それは、終わらせる絞め方だった。
「七秒だ。七秒で君は終わる」
「がっ……」
「一」
くそ、だからといって、どうする?
「二」
俺はシュトルツの腕に手をかけた。太い腕だ。丸太のようなとはこれのことだ。俺の腕力じゃ到底外せない。
「三」
身長差がありすぎて、持ち上げることも難しい。
「四」
身長差?
「五」
……できるか? いや違うそうじゃないやるんだやるしかないんだできるできるできる!
「ろ……!」
「あ、ああ……あああっ!」
俺は絞められている首を支点にして自分の体を、腹筋を使って持ち上げた。
そして俺はそのまま体を徐々に持ち上げていき、シュトルツの体と俺の体が垂直になるまで体を持ち上げた。
「ば、馬鹿なっ!? なんて筋力であるか!」
「ふんっ!」
俺はシュトルツの首に向かって両足を伸ばした。
シュトルツは俺の首を両腕で絞めているので防ぐことはできず、俺の足がシュトルツの首を挟んだ。
「な、に……!」
俺は巻き付けた足で、シュトルツの首を絞めた。あえて名付けるならば、リバースの三角絞めと言ったところか。
やられたらやり返すのが、最近の流行りだ。
これがもし同じくらいの身長だったら、さすがに首に足は届かない。いくらなんでも俺はイカやタコではない。
しかし高いところに首があってくれたおかげで、相当無茶な体勢をしてはいるが、首に足は届く。
「し、しかし、まだ君の首を……俺は絞めているのであるっ! もう、七秒以上……経ったはず。どうして、どうして、落ちない! はっ、ああ……」
シュトルツは切れ切れにそう言った。
俺は残念ながら話せる余裕などないのでそれには答えられない。
もし、まだ話せる余裕が俺にあったなら、俺はこう言っていただろう。
愛の……愛の力さっ! ……余裕なくてよかった。
時として人の想いは常識を覆す。
人の想いは科学的に証明された公式を否定する。
人の想いは肉体の限界を超えさせる。
「ぐ、ふっ……」
シュトルツはがくりとひざから落ちた。
しかし俺の首にシュトルツの腕は回されたままで、力は抜けていなかった。首の骨がぎしぎしと音を立てている。
これはもう、ただの我慢くらべだ。
どちらが意識を保てるか。どちらが先に落ちるか。
「はぁ、ぁぁぁ……」
「ふぅ、ふぅ……ぅぅぐ……」
頭がぼうっとしてきた。……愛の力でもさすがにきついか。
「だ、だめなんですよ! 今この部屋に入っちゃ!」
薄れていく意識の中、廊下から慌てた声が聞こえた。
「ラント大尉、わたくしをアウラ・アーデルと知って言っているのですか?」
「で、でもここは今艦長が……」
「ですからわたくしが艦長にお話をするのです! 葛城さん、ドアを開けてください!」
バタンとドアが勢いよく開かれ、廊下から三人が入ってきた。
その瞬間、俺の首にかかっていた力がふっと抜けた。
「アウラ、おうじょ?」
そして俺の口から言葉が漏れると同時に、俺は意識を手放した。
「だからどういうことですかと聞いているのです! どうしてマソウ上等兵さんとこのお三方が殺されることになっているのですか。そんなことお父様は絶対に言っていません!」
「アウラ王女、しかしっすね。こうやってちゃんとね、ほら、指令書が……」
「ん、あ?」
頭の後ろに柔らかな感触を覚えながら俺は目を開けた。
「あ、ソウマ! 気がつきましたか……」
目を開けると、ヒナミの心配そうな顔が真上に見えた。……しかし何か大きなふくらみが邪魔をしてヒナミの顔は鼻から上くらいしか見えない。
「貴様、無事か! まったく心配させおって」
「ソ、ソウマさん……大丈夫、ですか?」
ヒナミの頭の上からリーリャとオルカが声をかけてきた。
「ああ、大丈夫」
俺がそう言うと、三人はそろって安堵のため息をついた。
すると大きなふくらみがさらに大きく膨らみ、ヒナミが息を吐くと同時に少ししぼんだ。
……そう言えば、俺今どんな体勢、っていうかどんな状況だ?
俺は確認するため頭を少し動かそうとした。
「あ、ちょ、だめです。ソウマ、その、頭をあまり動かさないでください。髪の毛が、くすぐったいです……」
「へえ、そうっすか……」
ああ俺今想像ついちゃったー。俺がどんな体勢か想像ついちゃったー。
「何故、膝枕?」
「そ、それは、その……ソウマが気を失ってしまっていましたし、固い床じゃかわいそうかなって……」
「なんだ、ヒーローへのご褒美かと思った」
「ち、違います!」
ヒナミはそう言っていきなり立ち上がった。
俺の頭はヒナミの太ももから滑り落ち、ゴッと言う音を立てて床に落ちた。
「い、いきなり、立つなよぅ……」
「人をからかえるくらい元気があるのならもういいでしょ」
「言わなきゃよかった」
俺は後悔しながら立ちあがった。……けっこう気持ちよかったんだよな。
「シュトルツは?」
「そこで、まだ気を失っていますね」
ヒナミと同じ方を見ると、シュトルツの大きな体が横になっているのが見えた。
「死んではいないよな」
「それは大丈夫だと、九条さんが」
その九条さんはシュトルツの頭の近くで正座をして、シュトルツの顔を心配そうに見つめていた。
「ですからお父様は急にそんな無茶な命令を出しません!」
「で、でも、ほら、指令書のコピーです。よく見てください。書いてあるでしょ?」
「よく見せてください」
「あれ、王女?」
何やら言い争っている声が聞こえ、そちらを見るとそこにはアウラ王女と葛城さん、そして困った顔をしているラントがいた。
「どうして王女がここに?」
「ソウマとシュトルツさんが気を失う直前にこの部屋に入ってこられたのです。なんでも、わたしたちを殺すという命令なんて出ていないと」
「え、どういうことだ?」
アウラ王女はラントから受け取った紙をじっくりと時間をかけて目を通した後、顔を上げた。
「これは……偽物ですね」
「な、何をおっしゃるんすか王女? ほ、本物ですよ……」
ラントが言うと、アウラ王女は首を振った。
「いいえ、これはお父様が書いたものではありません」
「ど、どうしてそうおっしゃるんすか?」
「これが送られた時間が書いてありますね? ここに。……五時二十八分と書いてあります」
「それがどうされたんですか?」
「お父様はこんなに早く起きてお仕事なんてしません。少なくとも八時を過ぎないとお父様は絶対に寝室から出てきません」
「いやいや王女、お言葉ですがそれでこれが偽物だなんて言い切れませんよ。たまたま起きたんじゃないっすか? 急な仕事で」
「ありえませんね。お父様はたとえこの世界が終わりかけても早起きなんて絶対にしません。この前も、わたくしとの約束を眠いからと言ってすっぽかして……なんなの、もう」
「お嬢様。今それは関係ないかと。あとで私がお聞きしますので、今は」
ブツブツと独り言を言いだしたアウラ王女を葛城さんがやんわりとたしなめた。
「あら、ごめんなさい。わたくしったら……お、おほん!」
アウラ王女は仕切りなおすように咳払いをした。
「と、とにかく! そういった理由でそれは少なくともお父様が書いたものではありません! 娘のわたくしが断言いたします!」
「では、それはいったい誰が?」
ヒナミが眉を寄せてそう言った。
「確かそれを受信して印刷し、艦長のもとに届けたのはラント大尉でしたね? 何か心当たりはありませんか?」
九条さんがラントに聞いた。
「ぼ、僕ですか? えっと、心当たりっすよね?」
ラントのほおを汗が一粒、つうっと流れ落ちた。
……あれ、あの時なんで?
私は読者に挑戦する。
わかっても書いたり言ったりしないでね。