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俺、異世界平和にするんで  作者: 圭
水棲種編
51/73

俺、決闘を申し込むんで

 「おはようございます、内東さん。失礼します」


 「あ、はいどうぞ」


 俺がそう言うと、ドアが開かれ九条さんが顔を出した。


 「お食事を」


 「あ、ありがとうございます」


 九条さんは机の上にトレーを乗せて部屋を出た。


 「後でお皿は取りに来ますので。それでは」


 九条さんは会釈をしてドアを閉めた。


 「朝カレーか。さすが戦艦」


 窓のないこの部屋に一瞬にしてスパイシーな香りがたちこめた。


 「では、いただきま……ってあれ? スプーンが無いじゃん」


 まいったな……。


 俺はしばらくうなっていたが冷めてしまってはもったいない。


 ……手で食うか。


 俺がインド人になることを決心してカレーに手を突っ込もうとすると、ガチャリとドアが開いた。


 「あれ、九条さん。スプーン持ってきてくれたんですか?」


 俺がそう言ってドアの方を見ると、九条さんはスプーンどころか食器のようなものは何も持っていなかった。


 代わりに持っていたのは、俺がこの世界に来て見慣れてしまったものだった。


 「内東さん。来ていただけますか? 艦長がお呼びです」


 九条さんは俺に拳銃を突きつけたまま、カレーを持ってきてくれた時と変わらぬ表情で言った。







 「シュトルツさん、これはどういうことですか? いきなり俺たちを集めて」


 「つい先ほど、シュロス城から直接、命令が下ったのである」


 俺が九条さんに連れて行かれた部屋は昨日の会議室よりも少し広く、そこにはヒナミたち三人もいた。


 シュトルツは椅子に座って机の上の紙を眺めていた。


 「ここにラントがシュロス城から電報で受け取った命令書がある。命令の内容はこうである。『艦内にいる亜人種及びその協力者二名を殺害せよ』」


 「なっ……!」


 シュトルツの目は鋭く俺たちを見据えていた。


 「な、なんで、いきなり……」


 「俺も詳しいことはわからないのである。どうして君たちを殺さなくてはならないのか。どうして君たちがこの船にいることをシュロス城のものが知っているのか。疑問は尽きないのである。……しかし、命令は命令である。俺は軍人である。命令には、たとえ納得がいかなくても、疑問を持っていても、従わなくてはならないのである……」


 俺の頭の中をぐるぐると考えが巡る。


 俺たちがアポステルにいることを知っているのは誰だ? シュトルツ、九条、ラント、アウラ、葛城。伝える時間はいくらでもあった。なぜシュトルツに何の説明もない? どうして問答無用で殺す?


 なんだ、どこで間違えた? 俺たちは何をしてきた? この船に入れられた時点で、終わりだったというわけか? メグミさんの話からシュトルツを信用しすぎた? アーデル王国軍を甘く見ていた? なんで、どうして……。


 何かないか。探せ。ヒナミたちを守る方法を。考えろ。この状況をどう切り抜ける。今までもなんとかしてきた。今だって、何か、何か、何か!


 「あんた、女、子どもを殺すのかよ……。命令があればあんたは、殺すのか!」


 「それが王国軍人である」


 「いい人だと思っていたんだぜ。俺は、あんたのことを……」


 「残念である。しかし仕方がないのである」


 同情は誘えないか。メグミさんの言っていた通り、堅物な野郎だ。


 ……そのあたりから仕掛けてみるか。


 「……あんた昨日、王国軍人としての誇りがどうのとか言ってたよな。今もそれは持っているか?」


 「もちろんである」


 「ならば俺は、あんたに決闘を申し込む!」


 「なんだと?」


 「決闘は知っているよな?」


 「今はかなり少なくなったが制度として残っているのである」


 安心した。決闘という制度、または概念が無かったり禁止されていたりしたら終わりだった。


 「まさか誇り高い軍人が決闘を申し込まれて断るわけないよなあ。ええ? シュトルツさんよお?」


 俺は心の震えを悟られないようにあえて挑発的に言った。


 「もし俺が勝ったら、オルカの海の調査をすることを確約し、さらに俺たちを解放してもらう」


 「君が、負けたら?」


 「……殺せばいい」


 「……いいだろう」


 シュトルツはそう言って立ち上がった。


 「男に二言はないのであるな?」


 「そっちこそ」






 「悪いな。勝手にこんなことにして」


 「いいえ。あのままでは、きっと殺されてしまっていたでしょうから」


 俺たちはシュトルツが決闘の場として指定した部屋に案内されていた。


 「こんなこと言っちゃアレですけど、君たちも災難っすね」


 案内してくれているラントがそう言った。


 「僕が連絡を受けたんですけどね、信じられませんでしたよ。……ショックでした」


 ラントは肩を落としてため息交じりに言った。


 「僕は立場上君たちを応援することはできませんけど、その……」


 「その気持ちだけで十分ですよ。ラントさん」


 「ごめんね。……さあ、ここだよ」


 ラントはそう言ってドアを開けた。


 「来たか」


 部屋に入ると、シュトルツが部屋の中央であぐらをかいて待っていた。


 そこは床に畳のようなものが敷き詰められた広い部屋だった。


 「普段は稽古場として使っているのである」


 シュトルツは言いながら立ちあがった。


 「さて、準備はいいであるか? 小僧」


 「待て、勝利条件は?」


 「どちらかが戦意を放棄するか、命が尽きるまで」


 「はっ! 上等」


 俺はそう言ってシュトルツの目の前に立った。


 やはりでかい。首が痛くなりそうだ。


 見た目からして完全にパワー型である。


 投げ技、打撃技に用心したほうがよさそうだ。


 「我は貴様を信じている。あの時のように、貴様はなんとかしてくれると」


 「ボ、ボクも……!」


 後ろからリーリャとオルカが声をかけてくれた。


 「ソウマ!」


 「なんだ? ヒナミ」


 「……お願いします」


 「任せろ」


 「両者準備はよろしいでしょうか?」


 すっと九条さんが俺とシュトルツの間に来て交互に目をやった。


 俺とシュトルツは同時にうなずいた。


 「私と、ラント大尉、それにあちらの三人が証人です。カメラでモニターもしています。どちらも終わった後で言い訳はできません。それでは……」


 九条さんは右手を高く上げた。


 「始め」


 そう言うと同時に、手刀をまっすぐ振り下ろした。





 「……動かないのであるか?」


 「あんたは?」


 始まってから、俺とシュトルツはどちらもまだ動いていなかった。


 「不思議なものではあるな。決めてもいないのに、どちらも武器を持っていない」


 「俺は武器なんかもらっても使えないだけだ。あんたは? 軍人なら銃でもなんでも持ってくりゃよかったじゃねえか」


 「まさか。子ども相手にそれでは大人げがなさすぎるのである。君にも一縷の望みを与えなくてはならないのである」


 「ほざけ」


 俺はそう言って右足を踏み込み、左ミドルキックをシュトルツの右わき腹に向けて放った。


 かなりゆっくり、力も何もこもっていない蹴りだった。


 「安い挑発に乗って出した最初の手が、こんなものか……」


 シュトルツは残念そうに言うと、俺の左足がシュトルツに当たった瞬間、右腕で左足をがっしりと掴んだ。


 「この程度でこの俺に決闘を申し込んだのであるか!」


 シュトルツはそう叫びぐっと腕に力を入れた。


 俺の左足が完全に固定された。


 「どうした!? もう終わ――!」


 「おらあっ!」


 俺は掴まれた左足を支えにして、右足も地面に浮かせた。


 そして左足を軸に、右足でシュトルツの後頭部から首筋あたりを蹴った。


 「ぐ!」


 シュトルツは力が抜けたように片膝をついて崩れ落ち、俺の足を離した。


 「延髄斬りってやつだ」


 俺はシュトルツから少し距離をとって言った。


 「かの有名な世界チャンピオンも恐れ、使用を禁止した技だ。効くだろ?」


 後頭部というのは人間にとって攻撃されればかなり危険な場所である。


 そこに全力で蹴りを入れたのだ。そうそう立てはしない。


 俺は最初から狙っていた。もっとも、延髄斬りを狙っていたのでは必ずしもなく、強力な打撃をシュトルツに一発浴びせようと思っていたのだ。


 シュトルツの体は大きい。シュトルツがいったいどのように戦おうとしていたのかは知らないが、少なくとも組み合って戦える相手ではない。そのため、俺は打撃技で終わらそうと思っていた。


 まだシュトルツの意識はある。


 あとはもう一発叩き込んで、やつの意識を刈り取る!


 俺は助走をつけ、片膝をついたシュトルツの顔面に膝を叩きこもうとした。


 「っらあ!」


 タイミング、力の入り方、すべてが完璧。


 これで、終わる。


 「舐めるなあっ!」


 「なに!?」


 完全に決まったと思われた膝蹴りは空を切り、そして俺の右足がシュトルツに掴まれた。


 そしてシュトルツはそのつかんだ足を自らの脇に差し込み、俺のアキレス腱に手を当てた。


 こ、これは……!


 「あ……があああっ!」


 「痛いか? 痛いであろう! アキレス腱固めである。知っているか?」


 「ぐああ、ああ、ちくしょう……知っている、さ。なんだ、あんた、でかい体して、があああ、くっ、器用じゃねえか……。これはただの、軍隊格闘技じゃねえな」


 「ほう、わかるか。その通りである。……俺は、柔術を習得しているのである」


 「なに!? 柔術、だと?」


 この世界には柔術があるのか!


 「まだ話せる余裕があるようであるな。ふんっ!」


 「あああああっ!」


 シュトルツはさらに強く足を締めあげてきた。


 「降参か?」


 「はあ、はあ、馬鹿言え。こんのっ!」


 俺は掴まれていない左足で、俺の右足を掴んでいる方のシュトルツの肩を蹴った。


 「ふっ、そんなものでは離さないのである!」


 「入れ、入れええ!」


 そして俺の蹴りがシュトルツの腕の付け根に当たった。


 「な? 何だ!?」


 その瞬間俺の足はするりと抜けた。


 「い、今のは何だ? 腕がしびれて、力が一気に抜けた……」


 「いちいち説明するか」


 俺はそう言ってシュトルツから距離をとった。


 くそ、柔術か。厄介だな。


 おそらく打撃技をいくら放っても腕や足を極められるだろう。投げ技など体が密着する技もだめだ。


 柔術。総合格闘技最強の武術。


 ……でも、忘れちゃあいけねえや。


 一番すげえのは……一番すげえのは! プロレスなんだよっ!

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