俺、お口上手なんで
「すまない。待たせたのである」
「いいえ、まさか王女が来られるなんて思いませんし」
すっかり外が暗くなったころ、シュトルツは俺たちがいる会議室にやってきた。
「確かに、あれは俺も予想できなかったのである。……さて、それでは君たちの話を聞くのである。君たちはいったい何者で、どうしてあのようなところにいたのか。君たちはどのような繋がりなのか」
「はい。俺たちは、この船にやってくるためにマーレ連邦に来たんです」
シュトルツが来る前に俺たちは話し合いをしていた。そして、この偶然を利用しない手はないということに決まった。俺たちは本当のことを、言える限りのことは言うことにした。
「何? この船にであるか? それはなぜである?」
「シュトルツさんに会ってお話をするためです」
「俺に会うため? いったい何の用である?」
「シュトルツさん、マーレ連邦の海に人間側の船が有害な物質や液体を捨てて海を汚染していることを知っていますか?」
「何!? それは本当であるか!?」
「このオルカという水棲種の子の話です。俺は直接見たわけではありません。そこで、シュトルツさんに調査をしていただきたいと思ったのです」
「ううむ……」
俺がそこまで言うと、シュトルツは腕を組んでうなった。
「もしもそれが本当だとしたら、それは許しがたいことである」
「本当っすね! いったいどこの部隊のやつだか!」
ラントもなぜか同席しており、シュトルツの後ろでぷんぷんしていた。
「わかった。では早速明日から調査を始めるのである。ラント、頼むのである」
「了解しました。では早速各方面に連絡してきます。失礼します」
ラントはシュトルツに敬礼をして、そして部屋を出て行った。
「君たちの目的はわかったのである。しかし君たちの関係はまだ聞いていない。人間、森精種、水棲種。普通は関係を持たないはずの四人が共に行動している。これはどう説明する?」
やはり、聞かれるか……。
「……ファイク大佐をご存知ですか?」
「ん? ああ知っているが、しかしそれがどう関係するのである?」
「彼は、ここにいるリーリャの故郷を襲って、女性を連れ去り、そして乱暴をしていたんです。一度や二度の話ではありません。何回も何回もです」
「お、王国軍人ともあろう者が、そんなことを!? 王国軍人としての誇りを忘れたのであるか……!」
シュトルツは怒りにこぶしを握り締めた。
「その噂を聞いた俺とヒナミは、いてもたってもいられなくなりアーデル王国を無断で出国し、そしてファイクの暴虐を止めました」
「……ま、まさか、ファイク大佐を意識不明の大けがに追い込んだのは!」
「はい。俺です。俺がやりました。一人で」
シュトルツは目を見開いて俺を見ていた。
「そこでリーリャと知り合いになり、そしてそのあと海を汚され住処を追い出され、そしてリェース皇国に流れ着いたオルカとも知り合いになり、今にいたります」
「ふむ……。そう、であったか」
シュトルツは腕を組み瞑目した。
俺たちの間を静かに時間が流れていく。
しばらくして、シュトルツはゆっくりと目を開けた。
「俺は周りの者を亜人種や人間などというくくりではなく、一人の人として見ようとしているのである。俺は、君たちが人として正しいことをしていると判断するのである。よって、俺は君たちを信頼するのである」
「……つまり?」
「君たちの、無断での出国等々には目をつむるということである」
俺はその言葉に、心の中でガッツポーズをした。
「ありがとうございます。それで、俺たちはこれから?」
「調査が終わるまでは船にいてもらうのである。それが済み次第、港にて解放するのである」
「わかりました。それまでは大人しくしておきます」
「寝室は用意するのである。あとで案内させよう。では、俺はこれで失礼するのである」
シュトルツはそう言って部屋を出て行った。
「ソウマ、口が上手ですね」
「嘘は言っていない」
盛ったり隠したりしたかもしれないが。
「まあとりあえず目的の一つは達成したわけだ。調査をしてくれるってよ。よかったな、オルカ」
「は、はい。ありがとう……ございます」
「俺に礼を言うことねえよ」
するとガチャリとドアが開けられた。そこから医務室で俺を見てくれていた口元にほくろのある女性が顔を出した。
「皆さんの部屋を用意しました。案内しますので、どうぞ。申し遅れました。私は九条と申します。ラント大尉とともに、あなたたちのサポートをさせていただきます」
「部屋からは出ないようにお願いします。ですが、何か御用があれば来ますので遠慮せずにお呼びください。それでは、おやすみなさい」
「あ、どうも。ありがとうございます」
九条さんは軽く頭を下げ、部屋から出て行った。
俺に与えられた部屋は四畳くらいの広さで、ベッドと机が置いてあるだけだった。だからといって不満があるわけではないが。
俺はゴロンとベッドに横になった。枕元には病院の病室にあるナースコールのスイッチのようなものがあった。さっき言っていたのはこれのことだろう。
とりあえず、オルカの海のことはなんとでもなるだろう。実際に海が汚れているんだ。調査をすればすぐに実態がわかるだろう。俺たちは、あとはオルカの海に行って浄化の手伝いをすればいいだけだ。それもリーリャがやるだけで俺は何もできないが。
ファイクの時みたいに俺が何か体を張ったり、血なまぐさい展開になったりすることはなさそうだ。もうそれが一番だよ。俺疲れちゃうんだもん。
俺はやることもないので、ゆっくりと目を閉じた。
「想真は、関節技は得意だったっけ?」
「まあ、ある程度は。なんで?」
「それがね、聞いてよ!」
母さんはなぜかテンション高めだった。
「どうしたの?」
「ブラジルの柔術、グレイシー柔術って知っているでしょ?」
「ああ、知ってる」
グレイシー柔術。
ブラジリアン柔術のことだ。
ブラジルに移民した日本人、前田光世が自らのプロレスラーなどとの戦いから得た経験を、ブラジルのグレイシー一族に伝えたことが始まりだと言われている。
公式大会では寝技の組み技が主体で打撃技は禁止されており、関節技と絞め技のみで戦う。
現在総合格闘技において、最強の名声を得ている格闘技だ。
「そのグレイシー柔術がどうしたの?」
「今まで日本人はグレイシー一族に、総合やプロレスで負けっぱなしだったでしょ。でもね、この前とうとうあのIQレスラーが勝ったの!」
「本当!? それはすごいな!」
「それもセコンドがタオルを投げての完全勝利! 想真ももし柔術家を相手にすることがあったらがんばりなさいね!」
「俺の将来はなんだよ……」
俺は呆れ半分で言った。
母さんはそんな俺の顔を見て、微笑んだ。
「あ、トイレ……行きたい。どこだ?」
俺は寝ぼけ眼で部屋を出て廊下を歩いていた。
ぼーっと歩いていると、廊下の角を折れたところから金髪碧眼の超絶ハイパー美少女が車いすに乗って現れた。後ろには黒いスーツを着たメガネの女性もいて、車いすを押していた。
俺はその金髪を見て一瞬で目が覚め、ついでに部屋から勝手に出てはいけないと言われていたことも思い出した。
「あら、お早いお目覚めですね。おはようございます」
「おはようございます」
「あ、お、おはようございます」
しかし二人に声をかけられてしまったので、今戻ることは非常に難しい。どうしよう……。ついでにトイレ行きたい。
「あら? あなたは、まだ子どもですか? わたくしと変わらない年齢に見えますけれど」
アウラ王女は俺の顔を見て首をひねった。
「子どもが軍にいるなんて、これはゆゆしき問題です! 葛城さん、シュトルツ様をお呼びしてください!」
「ちょ! ちょっと待ってください!」
そんなことされたらいろいろ困る!
「じ、自分は……マソウ・イウトナ上等兵であります! 二、二十二であります! よって、子どもではありません!」
俺は額に手を当て敬礼をして、口から出まかせを言った。
「あら、そうでしたか。それは失礼しました。ずいぶんとお若く見えたものですから」
「お、お気になさらず。よ、よく言われますので」
「そうですか。……あの、マソウさん?」
「はっ! なんでございましょう」
「少しお聞きしたいことが……そんなに硬くならずともよろしいですよ。楽にしてください」
「はっ! ありがとうございます!」
俺はそう言って肩から力を抜き、目と口を半開きにし、体と顔から一気に力を抜いた。そうまるーん。
「……うふっ」
するとアウラ王女は手で顔を覆い下を向いた。
「どうされましたか、王女?」
後ろの女性、葛城さんというのだろうか? は、アウラ王女の顔を覗き込むようにして言った。
「ちょっと、すいません、んふっ!」
アウラ王女の肩はプルプルと震えていた。
「ま、まさか、楽にしてもよいと言って、うふっ、あんなに力を抜く人がいるなん……あはっあははは!」
アウラ王女は突然、お腹を抱えて笑い始めた。
「正直な方、ですねっ。ふふっ、あはは!」
「すいません、マソウさん。アウラ王女は妙なところでお笑いになる癖があるのです」
「そ、そうっすか……」
「はあ、はあ、ふう……。取り乱してしまい、申し訳ありません。もう大丈夫です」
「そうですか」
俺はまた笑われても困るので、ある程度真面目な顔をしておいた。トイレ行きたいし。
「それで、先ほどはなんと?」
「ああ、そうでした。昨日のわたくしの話は、聞いていただけましたか?」
昨日。甲板でのことか。
「はい。拝聴させていただきました」
「一人の軍人として、一人の人間として、どう思われましたか?」
「……自分、いえ、俺がいつも思っていることと重なるところがありました。俺はこの世界に真の平和を実現できればと思っています。俺は、そのために今日まで闘ってきました」
俺は正直な気持ちを言った。
「王女にはきっと、王女にしかできないことがあると思います。ですから、その、がんばってください。俺たちも、がんばります」
「……あなたのような方が、軍にいらっしゃるのですね。なんだか安心しました」
王女はそう言って微笑んだ。その微笑みは、まるで一つの完成した美しい絵画のようだった。
「お付き合いさせてしまいましたね。ありがとうございました。では、わたくしはこれで」
「はい。失礼します。……ところで」
「どうされました?」
「お手洗いはどこでしょうか?」
「方向音痴さんですか?」