俺、俺のこと語るんで
「もう、大丈夫です。ごめんなさい」
顔を上げたヒナミの目は真っ赤だった。
「いや、まぁ、別にいいけどよ。それよりもメグミさん、俺が弟なんてよく信じたな」
それほど深い付き合いなら、弟がいないことくらい知ってんじゃないの?
「うーん。でもメグミさんわたしに甘々なので、私の言うこと大体信じます」
「あ、甘々なんすか?」
「激甘です」
そして顔を見合わせた俺たちは噴き出した。メグミさん、かっこいいイメージなんだけどヒナミには激甘なのか。
ヒナミはまだ笑っている。やっぱ笑った顔のほうが俺はいい。随分と勝手なことだが。
「あはは……。はは、ふう。じゃあほかに聞きたいことはありますか?」
「いや、結構長く話したし疲れただろ。休憩がてら代わりに俺の話をする。ヒナミが両親の話をしてくれたしな。俺の両親の話をしよう。聞いてくれるか」
どうしてかヒナミになら、俺の母さんと父さんの話をしてもいいと思った。
「はい。聞かせてください」
「ああ。まず父さんだが俺が七歳のとき、つまり十年前のことだが、家を出て行っちまってそれきり生きているのか死んでいるのかすらわからん。その頃の俺の記憶もあいまいだからどこに行ったのかもわからない」
「え、それって離婚で、とかですか……?」
「いや違う。父さんと母さんの仲はよかった。母さんは『あの人は夢を追い求めて旅に出た』とか言ってた」
意味わからん。それでも一家の主か。
「まあそういうわけで次は母さんの話だ」
母さんの話を人にするのは、そう言えばこれが初めてだ。
「母さんは父さんがいなくなった後も懸命に俺を育ててくれた、愛してくれた。ときに厳しく、ときに優しくな。俺は母さんのことが大好きだったし、今でも好きだ、尊敬している」
「いい、お母さんなんですね」
「ああ、本当に。けど母さんは俺が十五の時、病気になった。医者には、助かる見込みは無いと言われた」
さっきも夢で見た母さんの最期。それを俺は話した。
俺は少し俯き気味に話をつづけた。
「別に、父さんがいなかったから無理をして病気になったわけじゃない。俺が甘えていた。母さんの優しさに。泣き言一つ言わない母さんの優しさに。仕事と家事の両立で辛くないわけがない。俺は母さんの負担を何一つ減らせなかった。それどころか俺が負担だったんじゃないか、俺のせいだったんじゃないかって今でも思う……」
俺は母さんが死んだとき、自分のあまりの無力さに絶望した。
母さんが病気になるまで何もできなかった。
病気になってからも何もできなかった。
痛みや苦しみを和らげることができなかった。
俺は、俺はあまりにも、無力だった。
「って、悪いなこんな話聞かせて」
「違います。それは違います!」
強く意志のこもったその声に思わず顔を上げた。
すると、俺の目の前には引くぐらい号泣しているヒナミがいた。
「え、ちょっ、ヒナミさん?」
「ソウマのお母さんは最期に、幸せだったって! ありがとうって! そう言ったんでしょ。だったらソウマが負担だったわけないじゃないですか!」
「いや、でも」
「でもじゃありません!」
「は、はい、すいません」
「お母さんが泣き言を言わなかったのは、あなたのことを思ってのことでしょう。それなのにあなたは勝手に抱え込んで……。お母さんの気持ちをなんだと思ってるんですか!」
……俺は結局母さんのことじゃなくて、自分のことしか考えていなかったのか。
自分のせいにしないとやりきれなかったから。
耐えられなかったから。
それこそ甘えなのか。
そっとヒナミは俺の隣に来て、俺を優しく抱いた。
「甘えるなとは言っていません」
ヒナミは俺の心を読んだようなことを言う。
「甘えたいとき、それを許してくれる人がいれば甘えればいいんです。特にあなたはまだ子供なんですから。わたしより三つも下の男の子」
「ああ」
「そのかわり大人になったとき、誰かが甘えられるような優しい存在になってください。お母さんの優しさを受け継いで、誰かに伝えてください」
「ああ……。ありがとう」
俺の声は情けなく震えていた。
でも、本当にいいのだろうか……。
ヒナミの優しさは身を切る思いで得たものだ。
その優しさに簡単にすがってしまって、いいのだろうか。
今はまだ、わからない。
「では次は、わたしが疑問に思ったことをお話してもいいですか?」
「ああいいぜ」
赤く目をはらした二人が向かい合って話しているのは、はたから見たら滑稽かもしれない。
「えっと、ソウマについてのことなんですけれど……」
「ん? 俺のこと? いや、女性経験はゼロなんだが……」
「……っ! そんなこと聞きません! というか脈絡がなさすぎます!」
ヒナミは真っ赤になって否定した。
なんだ違うのか。
「胸か尻かだったら……胸だ」
「この変態! ソウマについてって言っても、あなたの癖のことじゃないです! もう……」
まあこれで場は和んだだろ。さっきまでかなりシリアスな雰囲気だったからな。違います~。決して下ネタ言いたかっただけじゃないです~。誤解です~。俺は紳士です~。
「そうじゃなくて。どうしてソウマの部屋のタンスが、わたしの部屋のタンスにつながったのかということです。偶然と言えばそれまでですけど」
まあ、確かに。言われればなんか気になるな。
「この世界ではこういうことあるのか?」
「いえ。わたしは聞いたことがありません。……もし魔法がらみのことだったら人間のわたしにはまったくわかりませんし」
「え? 人間って魔法使えないの?」
「ええ、使えません。たしか『星霊』? があるとかないとか。よくわかりませんけど」
そっか。魔法を知っている森精種とかの国に行くって言っても、ヒナミの話だと無理っぽいな。魔法とかわからないっぽい~。難しいっぽい~。
俺がまだ改二になっていないと、ヒナミが少し悩んでいるような表情をしていた。
「う~ん。これメグミさんには秘密にしてもらいたいんですけど……」
お、女の子の秘密⁉ いや、でも同性のメグミさんに秘密なんだからそういうのじゃないんだろうな。
……あれ? 俺なんで興奮してんだ? 普通の人間には興味なかったんじゃないのかよ。
「実はわたし……たまに森精種の国に行ってるんです」
「は?」
いや、え? はい?
「え、行けんの? どうやって?」
「地下道があるんです。大戦時にお父さんとお母さんが作って、使っていたものです」
「何しに行ってんだよ? ばれたらまずいだろ」
「……大戦中にお父さんとお母さんが行っていた森精種の村があるんですけど、そこにボランティアというか、みなさんの健康診断のようなことを」
そういや大学の学部、看護系だとか言ってたな。
「それはなに、両親の遺志を継いでみたいな感じなの?」
「まあ、はい。そんな感じです」
まじかよこいつ……。
「はあ……。なんていうかさ。さっきも思ったんだけど、そんな大事なこと、なんで俺に言ったの? ヒナミの両親の話も、今ヒナミが森精種の村に行っているっていう話も、ばらされたらとんでもないことになるじゃないか」
「ばらす人はそんなこと言いませんよ。それにソウマには、どうしてか話しても大丈夫だと思ったんです。ふふっ、おかしいですね。今日会ったばかりなのに」
おかしいのはお前の頭じゃい、と思ったがなんだか打算のない無条件の信用も悪くないと思えてしまった。
他のやつから無条件に信用されてしまったら怖すぎるのに、どうしてだろ。
「それでですね。今度の土日を使って行こうかと思うんですけど、一緒に来ませんか? あなたがどうしてこの世界に来たのかを知るために」
「行くに決まってんだろというかなんで一週間も待たされるんだ今行くぞ今、なう!」
念願の亜人種、なかでも代表的な森精種に会えるのになぜお預けされるのだ。
「いや、今日はもう遅いですしいろいろ準備もあるので……。今度の金曜日に大
学の授業が終わったら行きましょう。それまで待っていてください。というかなんで即決なんですか? 今までの話を聞いたら危険だとか思わないんですか?」
そんな言葉を俺は鼻で笑ってやった。
「はっ、たとえそこが戦地だろうがなんだろうが俺は行く。リスクもないのに夢がかなえられるなんて思ってないからな」
ヒナミは不思議そうな顔をして聞いてきた。
「夢? ソウマの夢と森精種の村に行くことがどうつながるんですか?」
「あー、言ってなかったかな。俺のいた世界には会話が成立するのは人間しかいないの。人間以外の種族なんていないんだ」
「でもソウマは森精種のこととか知っているような話し方をしてましたよね? 魔法のことも知ってましたし」
「俺のいた世界では森精種とかの亜人種はみんな空想上の存在だったから知ってるのは知っているんだ……って待った今の無し!」
あっぶね~。自分で亜人種のこといないとか空想上の存在とか言っちまった。無し無し。ノーカウントっ…………! ノーカウントっ…………!
「いや空想上のじゃなくて未確認の存在な。まあとにかく、俺の夢はその実際には見たことのない亜人種に会うことなんだ」
まあ実際には会うだけじゃなく平和に暮らすことも夢なんだが。
「なるほど。熱意のほどはわかりましたし、どうしてソウマが魔法のことを知っているのかもわかりました。でもやっぱり行くのは来週です」
……まあ、しゃーねえか。ヒナミの案内無しには行けんだろうからな。
ヒナミは時計を確認すると立ち上がった。
「もうこんな時間ですね。夕飯の用意をします。待っていてください」
「はーい」
……もうこの家の子になっちゃうんじゃないだろうか。もしくはヒモの未来が見えるぜ。