俺、責任はとるんで
「起きろ、ソウマ君」
「んあ?」
ほほを叩かれ俺は目を覚ました。
「あいかわらずだな。君は」
「今回は俺悪くないと思います。ヒナミが言わなかったからです」
つーか今までも俺が悪かったことないと思う。全部事故、事故なんだよぅ……。
「それで、どうしたんですかメグミさん?」
俺はあごをさすりながら体を起こした。
「今回の試合で君の体について分かったことを、君に伝えておこうかと思ってな」
「……痛みのことなら」
「違う。そのことじゃない」
メグミさんは首を振った。
「君の体はけががすぐに治る。しかし、それにはどうやら差異があるようだな」
「差異?」
メグミさんは俺の前に座った。
「おかしいと思わないか? 君は試合中息を切らしていたし、時々ふらついていたりもしていた。それに、君はヒナミちゃんとリーリャに頭部を殴られるなどして気を失っている。どうしてだ? 治るのに」
「あ、それ俺も試合中思っていました」
「これは私の推測だが、君の体は外傷と言うか、体の外側の傷や体を破壊されるような大けがに関しては強い。治るから。しかし、呼吸器系や脳への、いわば内的なダメージは治りが悪いのではないのだろうか」
「なるほど、体の内と外のダメージで違うんですか」
「目で見てわかるか、わからないかの違いでもあるな。これはこの先かなり重要になってくると思う。自分の体にしっかり気を配れ」
「わかりました。あの、ありがとうございます」
「ああ。そうだ、それと」
「ん?」
「今日は、その、すまなかった」
メグミさんは頭をかきながら言い、そしてこう続けた。
「……でも、後半は、とても楽しかった。またやろう」
メグミさんは俺に右手を差し出してきた。
「……俺からお願いしたいくらいです」
俺はその手を、しっかりと握った。
「さて、いよいよ明日が出発の日だな」
「みなさん、準備はできていますか?」
「我は問題ない」
「ボ、ボクも……大丈夫、です」
プロレスの試合のおおよそ二週間後。
俺たちはマーレ連邦に行く準備を整えていた。
「なあ、ヒナミ。そう言えば俺、マーレ連邦がどんな国か知らないんだけど」
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
「俺が聞いたのはマーレ連邦が広いってことと、そこにマーレ連邦特別派遣部隊がいるってだけだ」
「そうでしたか」
俺は、ムチムチは好きだが無知は嫌いだ。
「では、説明しますね。オルカちゃん、リーリャさん、わたしの説明に捕捉があったらどんどん言ってくださいね」
「わ、わかり……ました」
「ああ、わかった」
「では。……ごほん」
ヒナミは一つ咳払いをして始めた。
「マーレ連邦はアーデル王国の南に位置していて、水棲種の国です。領海が非常に広いのが特徴です。その代わり領土は小さいですけど」
「連邦っていうのは?」
化け物みたいなモビルスーツがいるのだろうか?
「小さな……州が集まって、できた国、です」
「海は広いからな。すべてを一つの組織が統治することは不可能に近い。いくつかに分割して統治するのが現実的だ」
「なるほど」
「ですけど、やはり一つの国ですから中心が無いといけません。中央政府が無いとバラバラになってしまいます。マーレ連邦は州ごとにトップがいますが、さらに上に一人大統領を国民投票で選んで置くのです」
「大統領制を敷いているのか」
「マーレ連邦についてはどうでしょう。他に何か言っておくべきことはありますか?」
「我はそこまで詳しくないからな。オルカに任せる」
「ボ、ボク、ですか!?」
「なぜ驚く? 自分の国だろう」
「そ、そうですね。……えと、特には……」
オルカは少し頭を巡らせたようだが、特に何も思いつかなかったようだった。
「まあ自分の国について説明しろって言われても案外難しいよな」
俺だってお国自慢しろって言われてもちょっと思いつかない。なんだろ、オタクがいっぱいるよとか? それ自慢かな。あ、プロレスは世界レベルだよ!
「それじゃあ明日からの予定でも確認しておくか」
俺は三人にそう言った。
「まずオルカの魔法でオルカの州に行って」
「我が海の浄化を手伝う」
「同時に汚染の実態も確認しておこう」
「そして汚染を、オルカちゃんたちが住む海を守るために」
「ボ、ボクと、ヒナミさんと、ソウマさんで……船に、乗り込む、ですか?」
「ああ、バッチシだ」
俺はうなずいた。
「完璧な計画だ。まったく問題が無いな」
「ソウマ、ありがとうございます。火、あたたかいです」
「はあ、はあ、つ、疲れた……」
火おこしってすっげー大変。縄文時代のピーポーマジリスぺクト。
完璧な計画だと思っていたが、初日でつまずいた。
俺たちは無人島で、最初の夜を迎えていた。
「八月とは言え、夜は冷えるな」
リーリャが身をかきよせながら言った。
「やはり海の上は、風を遮るものが無いからだろうか……」
「……ほら」
俺はTシャツの上に着ていた半袖のパーカーをリーリャに投げた。
「寒いなら、着てろ」
「あ、ああ、ありがとう……」
リーリャはそう言ってパーカーを羽織った。たき火が顔の下にあるせいか、リーリャの顔が赤く染まっているように見えた。
「なあ、リーリャ」
「何だ?」
「こうパーカーの袖をさ、顔に近づけてさ、『ソウマの匂いがする』って言ってくれない?」
「はあ?」
「『いい匂い。なんだか落ち着く』って言ってくれたらなおいいな。甘い声でさあどうぞ」
「死ぬがいい」
「そ、そこまで言わなくっても……」
青少年の夢の一つじゃないですか……。
「変態なことを言ってないで、そろそろ寝ましょう」
ヒナミが眠そうな声で言った。
「オルカちゃん、こっち来て」
「え? なん、ですか、ヒナミさん」
オルカは不思議そうに言ってヒナミに近づいた。
歩けないので手を使って動いていた。
そうやって四つん這いのような格好で近づいてきたオルカに、ヒナミはがばっと抱き着いた。
「え、ええっ!?」
「こうすれば、寒くないでしょ?」
「そ、そうですけれど……あれ、ヒナミさん?」
「言わないでください」
オルカが言おうとしたことを、ヒナミは静かに押しとどめた。
「どうした?」
変に思った俺はヒナミの様子をよく見た。
「……ヒナミ、震えているのか?」
「……ばれちゃいましたか」
ヒナミはオルカを抱きしめたまま、静かに震えていた。
これはおそらく寒さのせいではないのだろう。
「ヒナミ殿……」
リーリャもヒナミの体を見て、心配そうに言った。
「ごめんなさい。ちょっと、不安になっちゃって。わたしたちこの先、どうなってしまうんでしょうか」
ヒナミの弱音なんて、俺はこれまで聞いた覚えがない。
「ヒナミ、大丈夫だ」
「ソウマ?」
「おい貴様、そんな無責任なことを」
「無責任なんかじゃない」
俺は勢いよく立ちあがり、自分の胸にドンとこぶしを打ち付けた。
「俺に任せろ」
「え?」
「もしも、どうしようもなくなったら、俺はこの島に国を造る」
「……へ?」
ヒナミの口から気の抜けた声が漏れた。
「俺はヒナミ、リーリャ、オルカを妻に迎え、国民をわんさかと増やす。もちろん責任はとるさ。家族のことなら俺に任せろ!」
俺が力強く言ったあと無人島に、水を打ったような静寂が訪れた。
「……やっぱり変態ですね。ソウマは」
「なぜだ!? なぜそうなる!?」
「当たり前だろう。貴様は馬鹿か?」
「さ、さすがに……どうかと」
リーリャは大きくため息をつき、オルカは俺に若干の嫌悪を含めた言葉を浴びせた。
「まったく、くだらないこと言ってないで寝ますよ」
「そうだな。こんなのと付き合ってられん」
「ソウマさん、もうちょっと……離れて、寝て、くれませんか?」
「……はい。すいませんでした」
俺は大人しく彼女らから数十メートル離れたところで寝ることにした。
「……ソウマ」
「ん?」
離れていく俺の背中に、ヒナミが声をかけた。
「……ありがとうございます」
「なんのことだ? 俺は何も知らない。何もしていない。じゃあなおやすみまた明日」
俺は振り返らずに手だけを振った。
「全員寝たら火消えるにきまってるだろ」
「ソウマだって気がつかなかったじゃないですか」
「それは、そうだけど……」
翌日目を覚ますと、昨日せっせと起こした火が消えていた。
俺はもう一度昨日と同じように火を起こしていた。
「……ついたぞ」
「ありがとうございます。ずいぶん早いですね」
「コツをつかんだ気がする」
だからといってまた起こすのは面倒なので、四人で交代しながら火の番をすることになった。
その火でヒナミが朝ごはんを用意してくれたので、俺たちはありがたく温かい料理をいただいた。
「ふう……。無人島で腹いっぱいになれるって贅沢だな。腹ごなしにそのへん歩いてくるわ」
「あまり遠くには行くなよ」
「ああ、わかった」
リーリャに心配されながら俺は無人島を一周しようと歩きだした。
「少し荒れてるな」
昨日は穏やかだった海は白波が立ち、波が少し高くなっていた。
「俺たちがあった嵐が近づいているのか?」
そんなことをつぶやきながら俺は一人、ぽてぽてと歩いていた。
「昨日はあんなこと言ったけど、本当どうしよ……なっ!? あ、あれは!?」
俺の目の前には、小高い山くらいありそうな波が迫ってきていた。
「ま、まじか! こんなん無人島ごと飲み込まれるぞ!」
俺は反転し、ヒナミたちの方に走った。
「ヒナミ! リーリャ! オルカ! に、にげ……! ぐっ、がぼっ……!」
しかしヒナミたちのもとにたどり着く前に俺は波に飲み込まれた。
ちく、しょう……。
みんな……死なないでくれっ!
そして俺の意識は海の底に沈んでいった。