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俺、異世界平和にするんで  作者: 圭
水棲種編
47/73

俺、またやりたいんで

 メグミさんの声が俺の耳に滑り込み、俺は全身がゾクリと粟立った。


 落とそうとした瞬間、クゥーカラが身をひねった。


 俺の手からクゥーカラの体が離れた。


 そして俺の首の後ろにかかっていた腕が首の前に回され、後ろに思い切り引き倒された。


 俺は後頭部からマットに勢いよく叩きつけられた。


 ……まじ、かよ。


 あの体勢から、リバースDDTとか、普通出来ねえよ。


 俺の頭は、熱に浮かされたようにぼうっとしていた。


 何かが体に覆いかぶさってきた。


 床を叩く音。何かを数える声。


 それに、俺の名前を必死で呼ぶ声が至るところから聞こえる。


 なんだろう。


 なんか、よくわかんないけど。


 体に力が……。


 「スリ……」


 「おらあああ!」


 俺は声をあげ覆いかぶさっている者をはねのけた。


 「何、だと……!」


 「ソウマ返しました! スリーカウントギリギリでなんとか返しました!」


 「はあ、はあ……負けて、たまるかってんだ」


 俺はうつぶせに倒れマットにほほをつけながら言った。


 「さすがだ、ソウマ君。でも君はもう満身創痍のようだ。次で最後だ」


 クゥーカラは俺を強引に立たせて後ろに回り、俺の胴に腕を回した。


 「らあっ! おらっ!」 


 俺はなんとか逃れようと肘を後ろのクゥーカラの頭に当てていた。


 「往生際が悪いなあ」


 クゥーカラは胴に回していた手を外し、俺の両脇の下から腕を入れ俺の首の後ろで手を組んだ。


 「こ、これはドラゴン・スープレックス! 受け身が取れない危険な技です!」


 くそ、何か。何かないか? 逃れられる方法は!


 ……ある。一つだけ。でもこれは、失敗したら脳天からマットに落ちる。失敗したら、確実に負ける。


 でも、このまま何もせずにくらっても終わってしまうだろう。


 なら、イチかバチかっ!


 「ソウマ君。これで、最後だ」


 メグミさんがそう言って、クゥーカラが俺の体を持ち上げた。


 「うらああああっ!」


 俺は持ち上げられる瞬間、両足でマットを強く蹴った。


 それにより、メグミさんが思っていたよりも速度が増す。


 速度が増すということはつまり、外向きにかかる力が強くなる。


 その力は、俺の首の後ろで組まれた手を少し緩めた。


 「ふっぐうううっ!」


 そして俺は渾身の力で、地面に着く直前に後方に宙返りをした。


 「何……!」


 「ソウマが、つかまれた状態から抜け出しました!」


 力がかかって緩まった手がほどかれ、俺は足から着地することに成功した。


 クゥーカラは投げる対象を失い、背中からマットに落ちた。


 「へっへっへ。ちょいとビビったが、うまくいった」


 俺は倒れているクゥーカラに近づいた。


 「次は、俺の番だ」


 俺は倒れているクゥーカラを引き起こして後ろに回り、さっきクゥーカラにやられたのと同じようにクゥーカラの胴に腕を回した。


 クゥーカラは俺と同じように肘を俺に当てようとしてきた。


 しかし、そんなもの悠長に待っていられない。


 俺は腕を回すと、一瞬のためも作らずに後ろに反り投げた。


 「こ、高速式のジャーマン・スープレックス・ホー……あれ、ホールドせずに、え!」


 俺はブリッジをした状態から両足でマットを蹴り、クゥーカラの胴に腕を回したまま後転した。


 そしてもう一度クゥーカラの後ろに立ってクゥーカラを引き起こしもう一度、今度こそジャーマン・スープレックス・ホールドを繰り出した。


 ズドンという音とともに、マットが揺れた。


 技が決まるとすぐにリーリャが近くに来た。


 「ワン! ツー! ス……」


 「まだ、終われるかあ!」


 クゥーカラはなんとか片方の肩をマットから浮かした。


 「ヒナミちゃんの前で負けたくない。たとえ戦っているのが私じゃなくて人形でも、私はヒナミちゃんの前で勝ちたいのだっ!」


 メグミさんの叫び声が聞こえてきた。


 ……貴女もやっぱり、大人じゃないですね。


 負けず嫌いなところ、俺とそっくり。


 子ども、ですね。


 でも、負けてあげませんよ。


 俺だって、勝ちたいですから。


 俺はジャーマンを返されても、腕をクラッチしたまま離さなかった。


 そして腕をクラッチしたままクゥーカラと立ち上がった。


 俺は左手でクゥーカラの右手をつかみ、その手をこちらに思い切り引っ張った。


 引っ張られたクゥーカラは勢いよく反転して、こちらに向いた。


 向いた先に待ち構えるは俺が振りかぶった右腕。


 俺は左手でクゥーカラを引っ張りつつ、右腕をクゥーカラの喉元に叩きつけた。


 クゥーカラは腕を叩きつけられ、その場で後方に一回転し、頭からマットに落ちた。


 「レ、レインメーカー! レインメーカーですっ!」


 俺はクゥーカラをゆっくりとフォールした。


 「ワン! ツー!」


 そしてリーリャの右腕が高々と振りかぶられ、


「スリー!」


 マットに、声とともに落ちた。


 オルカがゴング代わりの鈴をちりんちりんと鳴らした。


 「勝者、内東、ソウマアアアッ!」


 ヒナミの声が、村中に響き渡った。







 「はあ、はあ、はあっああ……」


 呼吸が落ち着かない。


 疲れからか。


 それとも、興奮からか。


 「すごいもの見せてもらったよー!」

 「かっこいい!」

 「けがはないのかい?」

 「お兄ちゃん! さっきの僕にも教えてよ!」

 「あっちの人形の方もすごかったのう」

 「あれは村長とメグミさんが動かしていたんですよね?」

 「いやー。さすがお二人だ」


 客席から、予想以上の拍手と歓声が聞こえてきた。


 ……よかった。本当に。


 みんな、笑顔だ。


 俺は足元で倒れているクゥーカラに目をやった。


 そいつに表情なんてあるわけないのだが、なんだか、やりきったと笑っているように見えた。


 「メグミさん。上がってきてください」


 「ん? 私か? 負けたものを見せしめにしようってか……」


 ブツブツ文句を言いながら、メグミさんは杖を突いてリングに上がってきてくれた。


 俺はクゥーカラを引き起こし、俺の右に立たせた。


 「メグミさん、ちょっと俺の左に立ってください」


 「あん?」


 俺はクゥーカラの左手をつかみ、そしてメグミさんの右手をつかみ、両腕を一気に振り上げた。


 すると客席からはまた大きな拍手が鳴った。


 「なんのつもりだ?」


 「いい試合をしてくれた盟友を称えているのです」


 「ふん、何が盟友か」


 そう言いながらもメグミさんは俺の手を振りほどくことはせず、客席にいる村の方々の顔を眺めていた。


 「おーい、次はいつやるんじゃ?」


 すると客席から声が上がった。


 「え、次?」


 「せっかくこんな立派なもの村の真ん中に作って置いて、一回こっきりというわけないじゃろ?」


 「そうだよ! 僕また見たいよ!」


 「また、いいんですか?」


 「こっちからお願いしたいくらいだよ」


 「……だそうですよ、メグミさん?」


 「まあ、いいんじゃないか? ……次は負けない。絶対にだ」


 「ふっ、もちろん。そのくらいじゃないと」


 俺はメグミさんにそう言って二人の手を離し、客席の方に向いた。


 「みなさん、ありがとうございます! また、近々、絶対に、試合します! 今度はもっとすごいものをお見せします! 今日は本当に、ありがとうございました!」


 俺はリングの四方にそれぞれ頭を下げた。


 そしてリングを降り、村長さんの家に向かった。


 着替えねえといけねえや。名残惜しいけど。


 俺が村長さんの家に入ると、ヒナミが服を持って玄関で立っていた。


 「……お疲れ様でした。ソウマ」


 「おう。ヒナミも、お疲れ様」


 「はい。ありがとうございます……」


 「……あの、そこどいてくれませんか? 着替えたいんですけど?」


 「……ソウマ、さっきの、メグミさんの話」


 「もう一回試合するって?」


 ヒナミは首を横に振った。


 「違います。試合中の……」


 それだけで、俺はヒナミが何を言いたいのかわかった。


 「ああ、あの話か。……気にするな」


 「どうなんですか? 痛み、あるんですか?」


 「……無いよ。だから、心配するなって!」


 俺はそう言ってヒナミの頭をくしゃくしゃとなでた。


 「な、何するんですか! と、と、年下なのに!」


 「そんな顔してるからだ。せっかく盛り上がった後なんだ。明るくいこうぜ!」


 俺はそう言ってヒナミの脇を通り抜け、二階に上がろうとした。


 「……いつか、あなたが本当のことを言えるように、わたし、強くなります。あなたがわたしたちに心配をかけられるくらいに、強くなります」


 ……疲れているから、よく聞こえないや。


 俺は何も言わずに二階の部屋に入った。


 「あ、ヒナミ殿。すまないな、服を持ってきてもらって。どこかに置いておいてくれれば、かまわ……」


 二階には真っ白な背中をさらけ出して、真っ白なショーツもさらけ出して、絶賛お着替え中のリーリャがいた。


 ああ、さっきヒナミが持っていたのはリーリャの服だったのかー。


 ……まあ、唯一救いだったのは、向こうを向いていてくれたくらいか。


 正面からだったら、俺はたぶん全殺しにされていた。


 ふう、危ない危ない。


 後ろだけならまあ、半殺しですむだろうすむだろうじゃねえよ嫌だよごめんなさいってかなんでヒナミ言わないの!


 「……はあ、もう、なんだろ。慣れちゃった。この展開。さあ、リーリャ。さっさと俺を気絶させて暗転と行こうぜ。ってか君たちも無防備すぎるんだよなあ。もっとそのへんなんとか――」


 ゴスッという音が顎のあたりから聞こえた。


 薄れていく意識の中最後に見えたのは、手で胸を隠しながら、涙目で俺のあごを蹴り上げた半裸のリーリャだった。

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