俺、本当に痛くないんで
「それじゃあ、もう一回行くぜ!」
俺がそう言ってリングに戻ろうとすると、ガシッと足首をつかまれ引きずり落とされた。
「がふっ」
俺は胸やあごをエプロンサイドにしたたかに打ち付けた。
そのすきにクゥーカラがリング上に戻ると、さっきの俺と同じようにロープで反動をつけこちらに走ってきた。
何をする気だ?
俺が身構えると、クゥーカラはトップロープに飛び乗り、そしてバク宙しながらこちらに飛んできた。
まさか、これは……!
あまりに意外な動きに俺は対応しきれず、まともにクゥーカラの体を受けてしまい、背中から倒れた。
「え、えっと、今のは……」
「シューティング・スタープレスだよ、ヒナミちゃん。後方に宙返りしながら前に進むという無茶苦茶な技だ。だけど、ソウマ君は多分できるよ」
メグミさんが言葉に詰まったヒナミのフォローをしていた。
たしかに俺は正調のシューティング・スタープレスならできる。
だけど、トップロープから場外に飛ぶなんてあまりに無茶苦茶だっ!
俺は起き上がろうとしたがなぜか体がふらついて上手く立てなかった。
なぜだ?
俺は体に受けた傷はすぐになるはずなのに。
ふらついて前かがみになった俺の頭をクゥーカラは両ひざで挟み込み、俺の胴体に腕を回した。
この、体勢は……!
俺は体に力を入れようとしたがうまく入らず、クゥーカラに持ち上げられてしまった。
クゥーカラは顔の前まで持ちあげた俺をエプロンサイドに向けて投げた。
「がっ!」
背中に衝撃が走った。
くそ、パワーボムかよ……。
クゥーカラはリングに上がると、俺の足を引っ張ってリング中央まで運び
フォールした。
「ワン! ツー!」
「らあっ!」
リーリャのカウントが進み、俺はツーカウントで返した。
今の一連の流れに客席から拍手が起こった。
クゥーカラはゆらりと立ち上がると、仰向けになっている俺の右脚をわきに抱え、そして抱えたまま体を内側に向けて横回転させた。
「があっ……!」
「今のは、ドラゴンスクリューです! ソウマの膝の靭帯が攻められていま
す」
そしてここからメグミさんの、俺の脚に対する執拗な攻撃が始まった。
次もクゥーカラは同じようにドラゴンスクリューを俺の右脚に何回も決めてきた。
俺が反撃しようと立ち上がると、クゥーカラは膝に向けて低空のドロップキックを放ちそれを許さなかった。
さらに、今度は俺の左脚を持ち、膝にクゥーカラの左肘を落としてきた。
肘を落とすと同時に立ち上がりまた落とす。立ち上がり落とす。落とす。落とす。
何度も何度もクゥーカラはそれを繰り返し、俺の右脚だけでなく左脚にもダメージを与えた。
……ダメージ?
その言葉に俺は強烈な違和感に襲われた。
どうして俺がダメージを受けるんだ?
すぐに俺は、俺の体は治るはずじゃないのかよ。
しかし実際に俺の脚にはダメージが蓄積し、立ち上がることが難しくなっていた。
クゥーカラはそんな俺をコーナーの近くに引っ張って運び、自分はコーナーに上ってこちらを向いた状態で立ち、そして俺の脚めがけてフロッグ・スプラッシュを決めた。
「あああっ!」
俺は思わず声を上げた。
そしてクゥーカラはのたうち回る俺の脚を強引につかみ、俺の脚と自らの脚を複雑にからめ思い切り後ろに倒れた。
「これは関節技です! 足四の字固めです!」
「がっあああ!」
「どうしたソウマ君? そんな声を出して。痛みは感じないんじゃなかったのか?」
脚を極められている俺に、コーナーからメグミさんがアーデル語で話しかけてきた。
「言っていたじゃないか。痛覚はないと。それなのにどうして苦しんでいるんだ? あれは、嘘だったのか?」
メグミさんの声は氷のように冷たかった。
「嘘、じゃありませんよ……」
「そうか」
メグミさんがそう言うと同時に、俺の脚がさらに締め上げられた。
「ぐああああっ!」
「子どもの嘘を見抜けないほど私の目は節穴ではない!」
メグミさんは声を荒げさらに脚に力を入れた。
「今までも少し不審に思っていたのだ。例えば君がヒナミちゃんに殴られたとき、それに私が君に車の中でチョップをしたとき、君は明らかに顔をしかめていた。今もだ。君の表情は明らかに痛がっているそれだ!」
「え、演技ですよっ……あああ!」
「本当は今痛いのだろ!? ヒナミちゃんと私を助けてくれた時も、リーリャを助けに行った時も、痛かったのだろ!? 銃で撃たれ、ナイフで切られ、気が狂うほどに痛かったはずだ! なぜだ、ソウマ君! なぜそんな嘘をつく!?」
「え……。ソウマ、痛覚が……?」
俺の視界の隅でヒナミが顔を青ざめさせているのが見えた。
……そんな顔、見たくないから。だから。
「余計なこと……言わないでください」
「余計なこととは何だ?」
「痛みがあるとか、無いとか、どうでもいいでしょう」
「どうでもよくなんて、無い!」
ぎちぎちと俺の脚が悲鳴を上げた。
「どうして君はそうなんだ!? 周りに心配をかけないようにか!? どうして、君は、そんなに強くいられるんだ!?」
メグミさんの声に、悲壮が見え隠れしていた。
「何なんだ君は。一体、どうしてそこまで……」
「だから言ってんでしょ。無いんですよ。本当にねっ……!」
俺は脚を極められた状態から、腕の力だけでロープを目指した。
「させるか。ここで君にギブアップと言わせる。そして痛覚があることを認めさせる」
「無いものを認めたくないので、俺は言いません。それにこのまま固まっていては盛り上がらないのでさっさとロープを目指します」
なぜメグミさんがここまでするのかわからない。
俺が無茶をするのを止めるためか? それとも他に何か理由があるのか?
わからない。
……でも今回の試合の主旨は違うはずなんだ。
俺の体質どうのこうとのいうものじゃない。
ただ、村の方に楽しんでもらうことが本当の目的なんだ。
だから、ここから俺が逆転して、最高に盛り上げてみせる!
「……マ! ソウマ! ソウマ! ソウマ!」
すると客席から、リズム良く俺の名前を呼ぶのが聞こえてきた。
一人二人の声じゃない。
「ソウマコールが、起きているんですか?」
ヒナミの戸惑うような声が聞こえた。
……おいおいコールなんて誰が教えたんだ?
そんなことされちゃあ、力湧いてきちゃうじゃん。
「ううおおおりゃあああ!」
「メグミ殿」
リーリャが俺たちにすっと近づき言った。
「ロープブレイクだ」
俺の左手がサードロープに引っかかっていた。
すると客席から大きな拍手が聞こえてきた。
「ソウマ君! まだまだこれからだ!」
「がんばれー、ソウマお兄ちゃん」
「メグミお姉さんもすごいねー」
「二人ともがんばれー!」
客席から俺とメグミさんに向かって声援が送られてくる。
「ソウマ! ソウマ! ソウマ! ソウマ!」
「メグミ! メグミ! メグミ! メグミ!」
「メグミさん、この話はまた今度です」
俺は足を引きずり、なんとか立ち上がってそう言った。
「……ああ、わかったよ」
「今は精一杯」
「盛り上げようじゃないか」
そして俺とクゥーカラは再びリング中央で対峙し、同時に肘を振りかぶった。
「ソウマがロープを飛び越えてクゥーカラの頭を両脚で挟みました。これはフランケン……おっと、クゥーカラ耐えました。そしてその体勢からパワーボ……あ、いいえ! ソウマが前転して丸め……できない! クゥーカラ、耐えてもう一度パワーボムッ! カウントが、ワン! ツー! あ、ソウマがギリギリで返しました!」
ヒナミの解説が白熱していくのが聞こえてくる。
「はあ、はあ……」
「なかなかやるね、ソウマ君」
膝立ちで息を切らす俺にメグミさんは楽しそうに言った。
メグミさんの怒涛の脚攻めから約十分が経過していた。
エルボー合戦からラリアット合戦に発展し、さらにはお互いの技の読みあいを何度もして攻守をひっきりなしに交代していた。
「場もかなり盛り上がっている。最高潮といってもいいんじゃないか?」
「そう、ですね。はあ、はあ、嬉しい限りです」
「そうだね。でもこれ以上長引かせたらどこかで冷めてしまうかもしれない。こういうのはいいところで切るのが大事だ。……終わらせようかっ!」
メグミさんの声とともにクゥーカラが俺のもとに走り、俺の膝を踏み台にして顔面に膝蹴りを叩き込んできた。
「シャ、シャイニング・ウィザードです!」
「ぐあっ!」
俺は衝撃で一瞬ふらついた。
そこをクゥーカラは見逃さず俺を立たせて、俺の頭を左わきに抱え、俺の左腕を自分の首の後ろに回し、そして俺の腰のベルトをつかんだ。
まずい……!
くらったら、たぶん立てない!
俺は慌ててクゥーカラのタイツを右手でつかみ、脚に力を入れ踏ん張った。
「どちらもブレーン・バスタ―の形で組み合いました。どちらが、投げ切ることができるのでしょうか?」
「く、くそっ……!」
俺の体が徐々に、徐々に持ち上げられていく。
そしてとうとう最高点まで持ち上げられた。
「……負けるかああっ!」
俺はクゥーカラの頭頂部に膝蹴りをし、なんとか元の体勢に戻った。
今度はこっちだ!
「うおおおあああっ!」
俺は雄叫びを上げクゥーカラを逆さに持ちあげた。
このまま垂直に落とせば、いくらなんでも返せないだろう。
勝った!
「勝った、とか思っていないだろうね?」