俺、楽しんでもらいたいんで
「あの、村長さん……」
「なんじゃい、ソウマ君」
「リングの上でブレイクダンスしてるアレ、なんですか?」
「何って、おぬしらが作った人形じゃよ」
翌朝。
俺がリングの様子を見に行くと、リングのそばに村長とメグミさんがいて、そしてリングの上で見たことのある人形がキレッキレのダンスをしていた。
「なんで動いてるんですか?」
「わしが編み出した魔法で動いておる」
「ま、まじっすか……」
「私が動かしているんだ」
俺が心底驚いていると、メグミさんが腕を組んだまま言った。
「メグミが思い描いた動き通りにあの人形『クゥーカラ』が動くのじゃ」
スタンドとか汎用人型決戦兵器とかIBMとかそんな感じか。
「でも、人間は魔法を使えないはずじゃ……」
「私が魔法を使っているわけではないよ」
「わしがクゥーカラとメグミを魔法でつなげておるのじゃ」
するとメグミさんがニヤリと笑い、挑戦的な声で言った。
「君が教えてくれたプロレス技。存分に味わわせてあげよう」
「……望むところですよ」
俺もなんだか楽しくなってしまい、そんなことを言った。
「ところで、人形のダメージがメグミさんにフィードバックするなんていうクソ仕様にはなっていませんよね?」
「もちろんじゃとも」
「それじゃあ俺、どうやって勝てばいいんですか? あんなん無敵じゃないですか。ダメージないとか」
つうか関節技効くの? 人形の関節って?
「君も似たようなものじゃないか」
まあ、そうだけども……。
「ははっ、そんな不安そうな顔をするな。あの人形は普通の人間と同じ個所に弱点が設定されている。頭とかを攻撃されると動作が鈍くなるんだ。そこを君がフォールして、スリーカウントを取れば、君の勝ちだ」
「ああ、それならなんとかなりそうですね」
「ソウマ君。いい試合にしよう」
そう言ってメグミさんは俺に握手を求めてきた。
「はい。村の方が楽しめるような試合に」
俺はそう言ってメグミさんの手を握り返した。
「それじゃ俺、準備してきますんで」
「ああ」
俺は準備のために、一度村長さんの家に戻ろうとした。
「降って湧いたようなこのチャンス……。君の嘘、この試合で暴く」
「ん? なんか言いました?」
「いいやなんでも」
「ん?」
ま、いっか。
「みなさん、おはようございます。起きたら突然こんなのができていてびっくりしましたよね。でも、驚くのはまだまだ早いですよ。今日はここで、ある人が、見たこともないようなものを、見せてくれるそうですよ」
ドアの隙間からちらりと覗くと、リングの上でヒナミが大きな声でリングアナ役をしてくれていた。
「それでは早速、呼んでみましょう! 青コーナー! ないとおおおうううっ! ソオオオマアアアツ!」
ヒナミの声とともに村長さんの家の扉が開き、俺は外に踏み出した。
リングへと続く道の両脇には、いったい今から何が始まるのかと目を輝かせている人でいっぱいだった。
俺はゆっくりと、視線を全身に浴びるようにしながらゆっくりと歩き、そしてリングに上がった。
「百七十センチ、八十二キロ。内東、ソウマ!」
ヒナミがもう一度紹介してくれたので、俺は右腕を高々と上げた。
そして着ていたガウンを一気に脱いだ。
すると周りがざわめいた。感心したようにうなる声や、ため息が俺の耳に届いた。
俺はガウンをコーナーにいたピャトゥカに渡して、青コーナーにもたれかかった。
「では、続きましてソウマの相手を務める方をお呼びしましょう。赤コーナー! クゥーカラアアア!」
ヒナミがクゥーカラを呼び込むと、突然赤コーナーの上にズドンと、クゥーカラが降り立った。
メグミさん、派手好きだなあ。
クゥーカラは初めて見たときのような茶色単色ではなくなっており、かっこいい刺繍の施されたショートタイツを履き、かっこいいボディペイントが塗られていた。
「百七十五センチ、七十八キロ。クゥーカラ!」
リングの周りは突然の展開にざわついているが、ヒナミが冷静に進行を続けたおかげで落ち着きを取り戻した。
「ちなみに彼は、メグミさんの指示で動いていますが実際に魔法を使っているのは村長さんです。お二人に拍手をお願いします」
赤コーナーに座っていた二人は立ちあがり、礼をした。観客席にいる村の方もその礼に拍手で応えた。
「さてみなさん。選手のお二人が登場しましたが、ここで何が始まるのでしょうか?」
ヒナミが聞いたものの、村の方は首をかしげるばかりだった。
「そうですね、わかりませんよね。……実は、今からソウマが格闘技の試合を見せてくれるのです!」
ヒナミがそう言うと、客席は再びざわついた。
「みなさん、格闘技と聞くと、ただ相手を倒すだけの競技だと思いますよね? でも、今から始まるのは違います。今から始まるのは、相手を倒すことも目的ですが、なんと技を『魅せる』ことも目的という珍しいものなんです!」
ヒナミの言葉を客席の村の方は興味津々の様子で聞き入っていた。
「それではここでルールの説明に入ります。わたしはここで失礼します」
ヒナミはぺこりと頭を下げた。
「続きは」
「我、リーリャ・クラッシィーヴィが引き受ける」
今度は縦じまのシャツに蝶ネクタイ、黒いパンツスーツを履いたリーリャがリングに上がってきた。
「ルールは簡単だ。相手の両肩を床に押し付けたまま、我が三カウント数えるまでそのままでいるか、もしくは片方がギブアップをすれば勝ちとなる。また、周囲を囲むロープを相手がつかんだ時は、離れなければならない。これをロープブレイクと言う。……まあ、こんなところだ」
他にも反則がどうの、リングアウトがどうのといったルールはあるが、今は別にいい。
「レフェリーはこの我が引き受ける。よろしく頼む」
リーリャはそう言って頭を下げた。
「まあ長話はこれまでだ。早速始めてもらおうじゃないか。両者、準備はいいか?」
俺とメグミさんは黙ってうなずいた。
「あ、言い忘れていましたけどわたし、解説するんで! 昨日ソウマにみっちり勉強させられたので、任せてください!」
ヒナミがリング下から言った。
「では……スラージャッツァ!」
リェース語で『戦う』という意味の言葉をリーリャが言ったことが合図となり、オルカがゴング代わりの鈴をちりんと鳴らした。
こんな大勢の前で試合をする。
……滾ってきたぜ!
さあ、キャモーンッ!
試合が始まり、俺とクゥーカラ……というかメグミさんだな。とにかく俺とクゥーカラ(メグミさん)は、まずゆっくりと間合いを計るように動いた。
リングの真ん中を中心に円を描くようにじりじりと動いた。
まいったな……。相手は人形なので表情が無い。だから仕掛け時がよくわからないのだ。
俺はちらりと、コーナーにいる生身の方のメグミさんを見た。
メグミさんは真剣な表情でリング上を見ていたが、ふと俺と目が合った。
それが、合図になった。
俺とクゥーカラは、一気に間合いを詰めるとがっちりと組み合った。
「これは、えっと……ロックアップです! これで、力比べをします!」
ヒナミの解説が入る。
「うおおお……!」
この人形、クゥーカラ。
思っていたよりも、はるかに力が強い!
俺は組み合ったまま押され、ロープに追いやられた。
「メグミ殿。ロープブレイクだ」
「ソウマの背中がロープに着いたので、メグミさんは一度離れないといけません」
俺は両手を上げ、暗に仕切りなおそうという意志を示した。
しかし、クゥーカラは右手を大上段に振り上げた。
「なっ……! メグミ殿!?」
リーリャが慌てた声を出した。
しかし、振り上げられた手は勢いを落とし俺の頭を優しくポンポンと叩いた。
そしてクゥーカラはリング中央までゆっくりと戻り、手のひらを上に向け指をクイクイと動かし俺を手招いた。
その動きに客席がどよめいた。
はっ、なるほどね。挑発してんのか。……面白え。
俺もまたゆっくりと近づき、再び組み合った。
今度はこっちじゃい!
「おおりゃあああ!」
俺は力をこめ、今度はクゥーカラの方をロープに追いやった。
「さあ。ロープだ」
俺は言われた通りに手を離したが、離れる前に額をクゥーカラの腹にくっつけ両腕を力が抜けたようにブラブラとさせた。
そして体を起こしてリング中央に戻り、両手を前に出して手のひらを上に向け、お返しとばかりに挑発的に手招いた。
すると赤コーナーの方から「ふっ……」と鼻で笑うのが聞こえた。
客席からはパラパラと拍手が聞こえた。
まだまだだ。もっと、割れんばかりの拍手と歓声が聞きたい!
そして三度組み合った。
組み合うと同時にクゥーカラは体勢を入れ替え俺の頭をわきに抱えた。
「これはヘッドロックです。ギリギリとソウマの頭が締め上げられていきます!」
「ぐっ……!」
俺は頭を締められたままクゥーカラをロープ際まで押し、頭を強引に引っこ抜き、そしてクゥーカラを反対側のロープに投げた。
クゥーカラはロープの反動を利用し、勢いをつけて戻ってきた。
俺は戻ってきたクゥーカラの左肩に自らの左肩をぶつけた。これも一種の力比べである。
「ぐはっ……!」
「あ! ソウマがクゥーカラの体当たりに打ち負けました!」
クゥーカラのあまりの勢いに俺は後ろに勢いよく倒れ込んでしまった。
しかし。
「ふんっ!」
俺はハンドスプリングですばやく起き上がり何事もなかったかのような顔をしてみせた。
一瞬のにらみ合いのあと、クゥーカラはロープに走った。
俺は反動をつけてこちらに走って来るクゥーカラに垂直になるように体をうつぶせに倒した。
俺の上をクゥーカラが飛び越えもう一度ロープを使いこちらに走ってくる。
俺はすぐに立ち上がり、向かって来るクゥーカラの顔面にドロップキックをくらわした。
客席からはおおー、という驚きの声が上がった。
クゥーカラは背中からバタンと倒れ、追撃を恐れてか体を転がして場外に出た。
俺はマットを右手でバンバンと、徐々に叩く間隔を縮めながら叩き拍手を煽った。
客席の方もわかってくれて、パン、パン、パンパンパンパンと手を叩いてくれた。
俺はそれを確認すると、クゥーカラがいる向きとは逆のロープに走り反動をつけ、クゥーカラのいる方に走った。
「あ、これは! みなさんクゥーカラから離れてください! お気を付けくださーい!」
ヒナミが慌てた声で注意を促す。
そのおかげでクゥーカラの近くからある程度村の方が離れてくれた。
これで気兼ねなく、飛べる。
俺は勢いそのままにロープを飛び越えながら前転し、背中からクゥーカラにぶつかった。
「こ、これは、ノータッチトペ・コン・ヒーロです!」
「うおおおい!」
俺は立ちあがり、右手を高々と上げながら雄叫びを上げた。
村の方はそんな俺を見て拍手をしてくれた。