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俺、異世界平和にするんで  作者: 圭
水棲種編
44/73

俺、やる側に回るんで

 「おーい、リーリャ。……どっか行ったのかな? リーリャちゃーん」


 「だから! 誰が『ちゃん』だ! 何度も呼ばんでも聞こえておるわ!」


 「なんだよ。いるんなら返事しろよ。まあいいけど」


 メグミさんが家の中に戻ってからしばらくの間、俺は座り込んで考え事をしていた。


 するとふと、考えていたこととは全く関係のないアイデアが降りてきた。


 これは村のみんなを楽しませることができるかもしれない。少しでも、元気づけることができるかもしれない。


 しかし俺のこのアイデアには協力が必要だった。だからひとまずリーリャに相談してみようと思い、こうして家に戻ってきた。


 「オルカと村長さんは?」


 「じじいの部屋で魔法談議に花を咲かせているだろうよ。それで、何の用だ?」


 「ちょっと手伝ってほしいことがあってさ」


 「くだらんことだったら叩き潰すぞ」


 「くだらなくないと思う。この村の方たちのためのことなんだ」


 俺が言うと、リーリャは片眉をぴくっと上げた。


 「村のみんなのために? 何をするつもりだ?」


 「俺にできることなんてたかが知れている。でもこの場で俺にしかできないことをしようと思う」


 「回りくどいな。だからそれは何だ?」


 「エンターテインメント。つまり娯楽を提供しようかと」


 「娯楽?」


 「村の皆さんに、スポーツ観戦をしてもらおうかと思う。手伝ってくれるか?」


 リーリャは一瞬眉をひそめたが、すぐにうなずいてくれた。


 「わかった。村のみんなのためなら、我は力を貸そう」


 「ありがとう。それじゃあ、早速話を聞いてくれるか?」






 「なるほど。プロレス? をこの村でやるのか」


 「ああ。それが、俺が村の方の心を熱くさせることができる唯一のことだ」


 そう。降りてきたアイデアとはずばりプロレス。


 この村でプロレスをすれば、きっとみんな熱くなってくれるはずだ。


 プロレスというと、痛そうだとか、怖いだとかいう印象が強くあるかもしれない。


 しかしそれは一昔前までの話だ。


 近年になって、プロレスは大きく変わった。


 創意工夫を凝らした華やかでわかりやすい技。


 イケメンぞろいの選手に、きらびやかなコスチューム。


 リング上で繰り広げられる、まるで漫才のようなやり取り。


 地方巡業を子ども連れの家族が見に来るくらいで、今やプロレスは世代を超えて愛されていると言ってもいい。


 もちろん少し前のプロレスがよくないわけではない。当時だってテレビにかじりついてみていた子供たちがいっぱいいたはずだ。


 でも今俺がやるのに適しているのは、近年のプロレスだ。


 わかりやすくて華があって、初めて見る人でも十分に楽しめる。


 それを俺はこの村でやる。


 「それで、我らに協力してほしいことは何だ?」


 「まず戦う場所、リングが欲しい。それの設営だ」


 「どういうものを作るのか、我はさっぱりわからんぞ」


 「ちゃんと説明するから大丈夫だ。あとは、コスチュームを作ってほしい。せっかくやるんだ。本格的にいきたい」


 「わかった。村で裁縫が得意なものに声をかけよう」


 「助かる。……あとこれが一番厄介な問題なんだが」


 「何だ?」


 「相手がいない……」


 プロレスは基本的に一人ではできない。相手がいるから技を決められるのだ。


 「それは激しい動きをできる者でないとできないのだろう? 村に若い男はいないぞ」


 「これが一番の悩みどころだったんだ」


 技をできる人ってだけだったらメグミさんが最適だ。しかしメグミさんはけがをしているし、何より女性だ。俺は女性と戦うことはできない。なんか、気分的に。


 「うおー、どうしよー」


 何か、何かないか……。


 「……はあっ!」


 「きゃっ!」


 「ん? 今の声リーリャ?」


 すごくかわいらしい悲鳴が聞こえたのだが。


 「き、き、貴様がいきなり大声を出すから……」


 「ああ、悪い。でも、思いついたんだ。なんとかする方法が」


 「何?」


 「人がいないなら、人形を相手にすればいい」


 俺はさっき、元の世界で見た伝説の試合を思い出したのだ。


 それはインディー団体で行われた試合。


 人VS人形ダッチワイフの試合である。


 は? と思うかもしれない。人と人形がプロレスの試合ってバカにしているのかと思う人がいるかもしれない。


 しかし、あれこそまさにプロレス。


 己の磨いた技術を惜しげもなく披露するアレこそプロレスだと、見た時俺はそう思った。


 「俺と同じか、少し大きめの人形を作ってほしい。それさえあれば、俺はプロレスをしてみせる」


 「……何を言っているのかいまいちわからないが、わかった」


 「とりあえず用意してほしいものはそれだけだ。よろしく頼む」


 「ああ、任せろ。我もなんだかお前の熱気に当てられたのか、乗り気になってきた。まるで祭りの準備をするようだ」


 そう言って笑うリーリャは、なんだか少年のような、わくわくが抑えきれないというような笑顔をしていた。





 それから俺たちは急ピッチで作業を進めた。


 サプライズにするために、なるべく村の方に悟られないようにしようと決め、作業をする人は最小限に抑えた。


 俺は少し離れたところにある森から木を切り倒してリングに使うために頂戴し、それを村までせっせと運び、メグミさんが描いてくれた図面通りに切ったり削ったりしていた。


 ヒナミ、リーリャ、オルカの三人は、森精種のご婦人にしてもらっているコスチュームづくりの手伝いをしつつ、人形を組み立てていた。


 人形はリングを作るのに余った木を組み合わせて作った。


 村長さんは、「わしに考えがあるのじゃ」と言って、部屋にこもってしまった。


 俺は他にも、技の完成度をさらに高めるため村から離れた草原に行き、そこで技の練習をしていた。本番で体がなまっていてはみんなに申し訳ない。


 最高の試合を、みなさんにお届けしよう。


 ある日俺が練習を終え村に戻ってくると、ヒナミがある家のドアから顔を少しだけのぞかせ手招きをした。


 俺がその家に行くと中にはヒナミのほかに、リーリャ、オルカ、それにピャトゥカと、あともう一人森精種の女性がいた。


 「完成しましたよ。ソウマの衣裳」


 「おお! そうか!」


 ついにきたか!


 「これです」


 ヒナミがそう言って見せてくれたのは、手の込んだ刺繍の入っている動きやすそうなロングタイツだった。


 「注文通りに脚にぴったりくっつくようにしました」


 「うわ、すげー、超かっけえ! ありがとう! みなさん、ありがとうございます!」


 「あと、これとこれも」


 ヒナミは次に、二―パッドとロングブーツを出してきた。


 「これって……」


 俺は二―パッドと靴は、できれば欲しいけれど無理して作る必要はないと、ヒナミたちに予めそう言っておいた。


 「皆、盛り上がってしまってな。作ったのだ」


 二―パッドもブーツも、タイツのデザインにぴったりだった。


 「そ、それと……これも……」


 オルカはおずおずと、大きなコートのようなものを俺に渡してきた。


 「これは……?」


 「貴様の話では、プロレスには入場というものがあるのだろ? その時にこれを着るといい。最初にあえて筋肉を隠して置き、リングに上がったらその筋肉を惜しげもなく村の皆にさらけ出せ」


 「さあ、その衝立の向こうで着替えてみてください」


 「ああ……ありがとう。みんな」


 俺はなるべく顔を見られないようにしながら衝立の向こうに行った。


 くっそ。こんなん、反則だ。


 俺はコスチュームを濡らさないように着替えた。


 「……ど、どうだ?」


 着替え終えて衝立から出ると、女性陣は一様にぽかんと口を開けていた。


 なっ! もしかして、全然似合ってないのかな……?


 「に、似合っていないなら正直に――」


 「かっこいい」


 「……え?」


 「すっごくかっこいいです」


 ヒナミがなんだかぼうっとした声で言った。


 「き、きゃさまっ! な、なんで、そんな……!」


 リーリャは裏返った声を出して口をパクパクとしていた。


 「ボ、ボク……一生、懸命、作って……よかったです」


 オルカは瞳を潤ませながら言った。


 そして、一瞬の静寂のあと、女性陣は手に手を取り合ってキャーキャーと騒いだ。


 「なあ、俺もう着替えていいか?」


 ハズいんすけど?


 「あ、待ってください! だめです。もうあとちょっと見させてください!」


 「本番の時も着るじゃん」


 「それとこれとは話が別です。いいからあと一時間くらいそのままでいてください」


 「おい貴様! 後ろを向いてみてくれ」


 リーリャに言われるがままに俺は後ろを向いた。


 すると後ろから大きな歓声が聞こえた。


 ……まあ、作ってくれたんだし、もうしばらくこのままでもいいかな。







 「ここを結んで……よし」


 「ソウマ。できましたか?」


 「ああ、これでリングは完成だ」


 ここで万歳三唱でもできればいいのだが、あいにく今は深夜である。


 試合前日、というかもう当日になってしまっているが、とりあえず深夜。


 村の方に気づかれないように、夜中にこっそりと村の中央の広場にリングの設営をしていたのだが、今ちょうど完成した。


 「本番までにこのリングで練習できないのが少し不安だな……」


 メグミさんが横で、リングを見ながらそう言った。


 「いえ、メグミさんが設計してくれましたし、それにみんなで作ったんですから大丈夫でしょう」


 特性プロレスリング(異世界仕様)は、ロープとマット以外すべて木製である。


 ロープはリーリャがつる植物をより集めたものに魔法をかけて作ってくれた。本物のリングを俺は使ったことがないのでよくわからないが、おそらく遜色ない出来だと思う。


 マットは村中の家から使わない布をあれこれ理由をつけてもらってきたものを使った。


 「ここまで本当によくやってくれた。みんな、本当にありがとうございました」


 俺は協力してくれたみんなに深々と頭を下げた。


 「まだ終わったわけではないだろ? ソウマ君」


 「そうだ。貴様がちゃんとした働きを見せなければ、我らの働きが無駄になってしまう」


 「ボ、ボク……楽しみ、です」


 「がんばってくださいね、ソウマ」


 「ああ。任せろ」

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