俺、心配されなくても大丈夫なんで
「このあとどうすんの? まだ午前中だ。なんかやることあんのかなー」
俺は立ちあがって体全体を軽くストレッチした。のびーるのびーるのびーるストップ!
するとヒナミも立ち上がった。
「わたしはピシェーラさんとブラート君に会いに行ってみます」
「ああ、あの二人もう大丈夫なのか?」
ピシェーラさんとブラートはファイクに暴行を受けた二人だ。
それに、ファイクに大事な家族を奪われた二人だ。
「体の方は。……でも、やっぱり、心の方はそう簡単にはいきません。ですから、せめて、少しでもお話をしてこようかと……。あの」
「うん?」
「今わたしがやろうとしていることは、正しいと思いますか?」
「どういうことだ?」
「家族を失った人のもとに家族じゃない人が行って、妙に突っつくのは、はたして正しいのでしょうか?」
ヒナミは不安そうなまなざしで俺を見た。
「……まあ、余計なことすんなって思う人はいるかもしれないな」
まず俺がそうだった。
母さんが亡くなってから、学校の教師は妙に俺に構うようになった。
ざけんな。
今まで問題児扱いしておいて、よくもまあぬけぬけと俺に甘い言葉を吐けるものだ。
あのときほど、人間が心底うっとうしいと思ったことはない。
「でも、ヒナミならきっと大丈夫だ」
俺はヒナミの肩にぽんと手を置いた。
「ヒナミの優しさは、どんな人の心だって温かく照らせる。だから、大丈夫だ」
俺の心を融かしてくれたように。
きっと、二人の心を癒してくれる。治してくれる。
たぶん俺やほかの人にはできない。ヒナミだからできることだと思う。
「二人だって、ヒナミならって思うはずだ。普段のヒナミを知っているんだから。……さあ、行ってこい」
「そう、ですか。……うん! そうですね! ありがとうございます。それじゃ、行ってきますね!」
ヒナミは元気な声でそう言い、明るい顔で出て行った。
そうだよ。お前はそういう顔の方が似合うんだから。浮かない顔は似合わない。
それにしても、人の心のために俺ができることはないだろうか?
二人のことはヒナミに任せるが、ガラ村の他の方だって多かれ少なかれ心に何か抱えているかもしれない。
俺に、できることは……。
「まったくおいしい立ち位置だね。ソウマ君」
考え込んでいるとメグミさんに声をかけられた。
「ヒナミちゃんを励ます役目、変わってほしかったよ」
「ヒナミが俺に聞いてきたんですからしょうがないですよ。というか、そんな抗議のためだけに呼んだんですか?」
「いいや。ちょいと真面目な話だ。外に出よう」
メグミさんは傍らにあった杖を持ち、ゆっくりと立ち上がった。
「あまり他の人には聞かれたくない話なんだ」
「ここなら人は来ないだろう」
「人気のないところに連れこんで何する気ですか怖い」
俺とメグミさんは村長さんの家の裏に来ていた。
「真面目な話だと言っただろう……。信用が無いなあ」
メグミさんはかっくりと肩を落とした。
「まあいい。本題だ。……君は今後、なるべく自分の体を傷つけてはいけない」
「え、どうしてですか?」
俺はどういうわけか体を傷つけられてもすぐに治る。致命傷でも関係ない。たとえ内臓を吹っ飛ばされようが一瞬で治るのだ。
だから別に心配されるようなことではない。
今までだって、この体のおかげで乗り切れたんだ。
「君を慮っている部分も少なからずある。そうやって自分の体を犠牲にすることが当たり前になって、死が当たり前だと感じるようになったとき、君は人として大事な何かをなくしてしまう気がする」
それは俺も少し考えていた。
けがをしないこの体はとても便利で、多少の無茶どころか決死の無茶も恐れることなくできてしまう。
そんなことをしていてはいずれ人として、破綻する。
リーリャにも言われた。
俺のやり方は、周りの人をないがしろにしていると。
「しかしそれ以上に、その体質はあまりにも目立つ」
「はあ。目立つ、ですか?」
メグミさんの予想外の指摘に俺は少し驚いた。
「ああ。この前のファイクの事件の時、君は一般の兵士にその体質を目撃されている。その時の兵士の証言は今、集団幻覚の類だとして見られている」
たしかに俺はこの前、兵士の目の前で撃たれたりしたにもかかわらず、死なずにいつまでも戦っていた。
「一度や二度の目撃証言なら冗談だと笑い飛ばされるだろう。しかしそれが各地から何度も報告が上がってきたら? 君は立派な有名人、お尋ね者になってしまう。それでは今後の活動に支障をきたすだろう」
死なない人間がいるという報告がいくつも上がってきたら軍もさすがにおかしく思い、調査に乗り出すかもしれない。それは厄介だ。
「でもそれだと、今まで通りにはいきませんよ」
「むしろ今までが異常なのだよ。死んでもいいなんて前提で戦うなんて、何かが間違っている。……ところで」
メグミさんは腰をかがめ、俺と目線を同じにした。
「な、なんすか?」
「これはもっと早く聞いておくべきだったが、君は、痛覚はあるのか?」
「……やだなあ、無いですよ。あったら大変じゃないですか。銃で撃たれる度に痛いんじゃたまったもんじゃありませんよ」
俺がそう言うとメグミさんは俺の目をじっと見てきた。
「本当か?」
「本当です」
俺も真っ向からその視線を受け止めた。
俺とメグミさんの目線が交差し、時が止まったかのような静寂が生まれた。
「……そうか。だが、だからといって無茶をしていいわけじゃない。そのことは、肝に銘じておくように」
「わかりました。ありがとうございます。心配してくれて」
「なんのなんの。それじゃ、私は家に戻るよ」
そう言ってメグミさんは杖を突いてゆっくりと戻っていった。
「……はあ」
メグミさんの姿が完全に見えなくなってから俺は大きく息を吐いて、家の外壁に体を預けずるずると座り込んだ。