俺、合法的って意味考えちゃうんで
「どうですか? オルカちゃん」
「おいしい、ですっ! すごく、とても、おいしいですっ!」
「おいおい……。もっとゆっくり食べてもよいのだぞ」
「で、でも、リーリャさんと、ヒナミさんの、お料理、すっごく……おいしいから」
「そうか……。ではたくさん食べろ。遠慮はいらない」
「は、い……。本当に、おいしい。こんなに……おいしいの、食べる、なんて、いつぶり……かな」
オルカは食べながら、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「オ、オルカちゃん! どうして泣いているんですか?」
「ごめ、なさい。こんな、おいしいの、食べるの……久しぶり、で。……最近は、海が汚いから……魚とか、獲れなかったから」
「……! オルカちゃん! まだまだいっぱいありますからね。もっと、いっぱい、食べてくださいね……」
ヒナミは涙目になりながらオルカの取り皿に山盛りに料理をよそっていた。
「ふ……。まるで本当の姉妹のようだな。ヒナミちゃんとオルカちゃんは」
そんな様子を見てメグミさんはポツリと言った。
「たしかにそうですね」
「つまりだ……私とオルカちゃんも姉妹ということになるな。合法的にな」
「意味がわかりません……」
なんだよ合法的って。
「まあ冗談は置いといてだ」
メグミさんは表情と声のトーンを真面目にして言った。
「さっきの話の続きだ。ああ、食べながら聞いてくれてかまわない」
俺たちが食器を置こうとしたところを、メグミさんは気にするなというように手を前に出して制した。
「マーレ連邦特別派遣部隊の隊長の話だ。そいつの名はシュトルツ・ライデンシャフトという」
「ら、雷電? シャフト?」
俺の頭の中では、知っているのか? とか、サイボーグ忍者とか、アニメ制作会社とかがぐるぐると回っている。
平日の昼間からゴロゴロ、ゴロゴロ。あーあ、俺のこの経験を超有名アニメ制作会社様がアニメ化して、その儲けで楽に暮らせたらなー。
「ライデンシャフトだ。シュトルツの階級は少将だ」
「少将って結構上ですね」
たしかメグミさんが大尉でファイクは大佐だったから、まあ上ですな。
「そうだな。シュトルツ少将は元々名家の生まれでもなければ、特別なコネがあったわけでもない。一兵卒からの叩き上げだ」
「とんでもないっすね。実力だけで少将ですか」
「ああ。王国軍内で少将を知らない者はいないとまで聞く。さらにそういった経歴からか、部下のことも実力を最優先で考える。だからといってエリート意識というか、そういうのは一切持たないそうだ。面倒見のいい上官として、部下からずいぶんと慕われていると聞く」
メグミさんはサラダを口に運び、飲み込んでから続けた。
「しかも珍しいことに、亜人種にかなり理解がある。見下したり、偏見を持っていたりしないんだ。軍の人間の、しかもかなり上の階級の人間なのにだ」
「超人格者じゃないですか」
これでウルトライケメンだったら世界中が嫉妬の炎で燃え上がることだろう。
「欠点と言えば、上層部にあまり気に入られていないことと、少しまっすぐすぎるというところか」
その欠点だって裏返せば、それほど真面目であるということだろう。
「……ん? ちょっと待ってください。そんな人が、じゃあどうしてオルカの住む海を汚くしたりするんでしょう?」
「そこなのだ。そこが私も引っかかった。少将ほどの人が、どうしてそんなことをするのか……」
何か事情があるのか? 海を汚す事情? ……まったく思い当たらない。
「で、でも、そんなに良い人、なら……ボクたちの、話を……聞いて、くれない、でしょうか?」
「……可能性はなくはないな。もしかしたら少将の部下が勝手にやっていることで、少将が知らないのかもしれない。なにせマーレ連邦特別派遣部隊の規模はかなり大きいからな」
「へえ、そうなんですか」
「ああ。マーレ連邦は世界一の広さの領土……というか、領海を持っている。それらを隅から隅まで見ようと思うと必然的に組織の人数は多くなり、組織すべてを把握するのも難しくなってくる」
組織が大きければ大きいほど、組織内の動向を細かいところまで知るのは難しいのだろう。
「だがまあ、もし部下が勝手なことをしているのを少将が知れば、すぐに調査をしてやめさせるだろう」
「だ、だったら……」
「ただ問題は、どうやってコンタクトをとるかだ」
「あ……」
ふむ、たしかに。
軍の少将クラスともなればなかなかお目にかかれる人物ではないだろう。しかもオルカは水棲種で、まだまだ子どもである。直談判という手は悪くはないが、難しいものがある。
「じゃあ、ボクは……ボクたちは……どうすれば」
「正式に会うのが難しいのなら、強引に乗り込んじゃえばいいじゃない」
「え……?」
俺がなんとかネットさんみたいに言うと、オルカは涙が滲んだ瞳を俺に向けてきた。
「向こうが会ってくれるのを待つ余裕はないだろ?」
「え、あ、はい……今も、汚染は広がっていて、早く、なんとか、しないと、いけません」
「だったらもう会いに行くしかないじゃん。なんなら俺も一緒に行ってやるよ。乗り込むのを手伝ってやる」
「え……!」
「まあ乗り込むって言ってもあくまで平和裏に話をしに行くだけだ。メグミさん、シュトルツ少将のいそうな施設を教えてください」
メグミさんは、冗談みたいな話だが、この大陸にある軍関係の施設の位置をすべて覚えているという。なら、シュトルツ少将のいる施設もある程度見当がつくだろう。
「少将は超弩級戦艦『アポステル』にいると思うが……」
……ふんふん、なるほど。戦艦ね。あれだ、バトルシップだ。異世界にも宇宙人出るのかな? あれけっこう面白かったよね。なーんで低評価を受けたのか不思議なくらい。ああ、それとも艦娘の方かな? でもアポステルなんて娘いたっけ? 今度のイベントで実装されるのかな? できれば大型艦建造よりも海域突破の報酬のほうが楽でいいなあ。……それとも聞き間違いの線もあるな。超弩級選管の聞き間違いかもしれない。とてつもない選挙管理委員会だな。それだと俺手伝えないかもな。まだ選挙権持ってないからなあ。
「ふ、ふふふ……」
「おいソウマ君。しっかりしろ! 白目をむいているぞ!」
メグミさんにぺちぺちとほほを叩かれて、俺ははっと気がついた。
「あっと、すいません……。あまりに予想外で。って戦艦ですか!?」
「そうだ。マーレ連邦は国のほとんどが海なのだ。どこかに施設を建設するより、船で移動しながら監視するのが当然だろう」
「まじかよ無理だよごめんねオルカ……」
「なな、なんで……謝る、ですか?」
「だって戦艦に乗り込むなんてどうすりゃいいんだよ……。陸にある建物とかなら、がんばれば行けそうだけど、海に浮かんでいる船には……」
これがまだ川を、橋のかかっている川を進んでいる船ならなんとかなったかもしれない。橋の下を通りかかったところで橋から飛び降りれば、すんなり乗り込めるかもしれないからだ。
ただし海、テメーはだめだ。
はあ、橋もねえ、ボートもねえ、ヘリコプターもなんもねえ。おらこんなミッションいやだ……。
「停泊中を狙えばいい」
頭を抱えた俺に、メグミさんはそう言った。
「停泊中は多くの乗組員が船から降りる。つまり、それだけ警備は薄くなると思う。私は残念ながら海軍の経験はないから、はっきりしたことは言えんが」
「なるほど。港に泊まってくれていたら、乗り込むのははるかに楽になりますね」
「その通り。どこにいつ泊まるかは、ユウヤに調べさせよう」
そう言ってメグミさんは携帯端末を取り出し、メールを打ち始めた。
ユウヤ……羽佐間ユウヤさんは、そういった調べものに関してのスペシャリストである。さらに付け加えるならば、メグミさんの恋人でもある。さらにさらに付け加えるならば、超イケメンでもある。つまり人生の覇者である。
「よし、それならなんとかなりそうだ。オルカ、安心しろ。リーリャが海の汚染を解決するし、俺は汚染問題そのものを解決してやる」
俺がそう言うと、オルカは持っていたスプーンを落とし、ぶわっと目から涙をあふれさせた。
「あう、あり、あり……がと、ござい、ます……。ボク、断られたら……どうしよ、って、ずっと……不安で」
「大丈夫ですよ、オルカちゃん。ここにいる人はみんな、困っている人を見捨てるなんて、絶対しない人たちです。安心してください。ね?」
優しい声でヒナミはオルカにそう言い、オルカの頭をゆっくりとなでた。
「は、はいっ……。みな、さん……本当に、ありがとう、ございます……」
「それじゃあ、早速計画を立てましょうか」