俺、この世界のこと説明してもらうんで
「なあ。さっきメグミさんが言ってたの。あれどういうことだ?」
俺たちはメグミさんと別れ、部屋に戻ってきた。
そしてヒナミが料理を作り机に並べ、座ったので聞いた。
ちなみにメニューはオムライスだ。なんか真ん中をスって切るとフワってなる
タイプのオムライスだ。料理スキル高いな……。
「うーん。それについてはこの世界のことも含めて、順に説明したほうがわかりやすいですね。まあ、わたしの知る限りのことだけですけれど。あ、あと、さっきわたしが疑問に残ったこともその流れで話しちゃいます」
「ああ。お願いする」
「わからないところがあったら質問してください。まず地理的な話から。この世界は大陸と海からなっていて、その割合は三対七と言われています」
「大陸はいくつあるんだ?」
「え、一つですけど……。大陸っていくつもあるものなんですか?」
「まあ、俺のいた世界ではな。続けてくれ」
「はい。そしてこの大陸には人間、森精種、獣人種、吸血種、それに水棲種の五つの種族が住んでいて、それぞれ国を造っています」
「な、な、なんだってー! こここここの世界には人間以外の種族がいるのか!」
興奮のあまり俺は立ちあがった。
なんと……。ついに夢をかなえる時がきてしまった……。
彼ら、彼女らと共に平和に暮らすという夢を……!
「食事中に立たないでください。……怒りますよ。ソウマさん……?」
こ、こ、怖いっ! 俺の知ってるヒナミじゃない! 目がやばい!
「ひ、ひゃい。ご、ごめんなさい!」
ビビりながら俺は謝り、元の位置に座った。
「命を頂いているんですから礼儀はしっかりね。じゃあ、続きを話しますね」
「は、はい。お、おおお願いします」
「人間を含めた五つの種族は長い間、多少の対立はあったものの友好的な関係を築いてきました。国家間は自由に行き来ができ、活発な交流がありました。ですが……」
そこでヒナミは声の調子を落とした。
「人間社会における急速な科学の発達とともに、貧富の差が激しくなったんです。都市部の人間と郊外の人間の間で。そして郊外の人間から国家に対する不満が溢れました」
なるほど。まあ、科学が発達したところで裕福になるのは、それらを生み出した一部企業とかだからだろうな。そしてそういう企業は都市部に集中しているのだろう。
「ほかの国との間に貧富の差は?」
「確かに経済的に見れば人間より他種族は貧しい暮らしでした。ですが彼らは自分たちの伝統的な暮らしを営んでいました。自分たちの文化に誇りを持っていたんです。しかし時の国王、リスティヒ・アーデルは国民の不満を外に、他種族に向けようとしました」
ヒナミは暗い表情をして続けた。
「リスティヒ王はこのようなことを言いました。『昨今、我がアーデル王国の人間の間に貧富の差が生まれているのは、郊外の人々が悪いのではない。ましてや都市部の人々が富を占有しているわけではない。では一体何がいけないのか? それは、我々高貴な人間よりも劣っている他種族のものがこの国にいることによって、科学技術の普及が妨げられているのである。彼らはこの国を蝕む存在である。寄生虫のごとき存在だ。このままでは我が国の進歩は、発展は、成し得られない! さあ、アーデル王国民諸君! 今こそ我々人間がこの世界の、唯一無二の支配者となる時だ! 劣等種族を滅ぼすのだ!』このような演説を何度もいたるところでしました。王はそのカリスマ性をいかんなく発揮し他種族は悪だという『空気』を作り上げました。そして、国民に熱がつき……」
そこで一拍おいてヒナミはこう言った。
「大戦が始まりました……。三年間にわたって続いた人間と他四種族との戦争が……」
俺は何かを言おうと思ったが、ヒナミの沈痛な面持ちを見たら何も言えなかった。どんな言葉も、薄っぺらなものに感じられたから。
話している間に昼食は終わった。はっきり言ってめちゃくちゃ美味かった。もうちょっとで宇宙遊泳しながら細かい味の感想を言うところだった。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。美味かったよ。ありがとう、ヒナミ」
「え! あ、はい、ありがとうございます……。き、急に素直になるとびっくりしちゃうじゃないですか……」
なんだ? いまいち聞き取れなかった。はっきりしゃべれ、はっきり。夜中のコンビニ店員か。ラッシャッセー、カードモチッスカー?
ヒナミは食器の片づけを終えると元の位置に戻ってきた。
「では続きを。あ、わからないところはありませんか?」
「うーん……。いや、今は別にいい。おいおい聞いていく」
「わかりました。では……」
ヒナミは紅茶を一口飲み話し始めた。
「他種族の国々は連合を組んでアーデル王国と戦いましたが、圧倒的な軍事力を持っているアーデル王国には敵いませんでした」
「他種族は魔法とか、人間より並外れた身体能力を持っているはずだ。なのになんで軍事力で負けるんだ?」
「よくそんなこと知ってますね……。魔法とか、身体能力とか。たしかに彼らはそういった力を持っています」
「じゃあどうして」
俺が知っている亜人種はそうそう人間に負けたりしない。ファンタジー……じゃなくて、ノンフィクション作品の中でもほとんどの場合人間が弱者だった。
「わたしも魔法の仕組みを詳しく知っているわけではないのですが、それらは自然の力を借りているものです。自然が科学に勝てますか? 身体能力もです。銃弾くらいなら獣人種なら躱せると思いますが、上空からの爆撃などは躱しようがありません」
なるほど。ノンフィクション作品の人間の主な武器は、剣や弓矢だった。だから魔法とかには勝てなかった。しかしこの世界にはどうやら銃どころか爆撃機まであるようだ。水棲種にも勝ったということは戦艦や潜水艦なんかもあるのかもしれない。艦娘はいないのかな?
「戦争はアーデル王国の、人間側の勝利という結果で終わりました。講和条約も結ばれました。十年前のことです。軍人民間人の死者は、人間側はおよそ三千。他種族連合は……不明です。ですが、おそらく数万、あるいは数十万だろうとは言われています」
「現在の状況は?」
「形の上では他種族の国は残っていますが、アーデル王国の、実質占領下にあると言っていいでしょう。政府は傀儡政府同然です。国家間の行き来も、よほど特別な事情がない限りできません。アーデル王国側の被害は郊外の一部、国境付近が攻撃を受けただけなのですでに復興を終えています。ですが、他国の被害は甚大で復興はまだ首都周辺までといったところです」
つーことはちょっと会いに行くみたいなことはできないわけだ……。残念。
ん? ちょっと引っかかることがあるな。
「リスティヒは他種族を滅ぼそうとしたんだろ? だが占領下とはいえ国は残っている。途中で諦めたのか?」
「リスティヒ王は終戦のおよそ一年前に崩御されました。そして現国王、ツァールト・アーデル王と他四種族のトップとの一年に及ぶ交渉の末、戦争は終わりました」
トップが変われば方針も変わるのかな。でもそれで国民は納得するのか?
「……これはあくまでうわさなんですけれど」
ヒナミはそう前置きして続けた。
「その交渉の場を設けようと奔走した人間がいたそうです。終戦はその人間なくしてありえなかったと」
「ん? 人間が? 他種族じゃなくてか?」
「あくまでうわさです。すいません、余計なことを言いました」
「いや別にいいけど」
「とりあえずこの世界についてはこんなところです。何かありますか?」
まあ、ちょっとある。まずは……。
「さっき外に行ったときいろんな人種がいたじゃないか。肌の色が違ったり、目や髪の色が違ったりさ。あれって……」
どういうことだ? と俺が言う前に目の前にこぶしが飛んできた。って、うわ! あっぶね! さっきもあったぞこんなこと。
こぶしを寸止めで放ってきたヒナミは怒った顔をしていた。
「ソウマ、あなたなんてことを言うんですか? 肌の色が違っても、髪の色が違っても同じ人間でしょう」
そういうヒナミの顔は真剣そのものだった。
そうか。この世界では種族差別はあっても、人種差別はないのか。というよりも人種という概念がなさそうだ。
「あ、ごめん。俺のいた世界では肌の色が違ったり、ときには考え方が違ったりして殺し合いが、戦争があるんだ。人間同士で」
「そんな……。同じように笑ったり悲しんだりできるのに」
「でもヒナミ。他種族とだって昔は交流があったんだろ。ということは同じように笑ったり悲しんだりできていたはずだ。それはどうなんだ?」
「それは! ……そんなつもりで言ったんじゃないんです。わたしだってあの大戦が正しいものだったなんて思えません。それに大戦中にも戦争に反対していた人は少しですがいました」
国家規模の『空気』に流されずに対抗した人もいたのか……。まあ、そういう人は大抵弾圧されるとかするんだろうな。
ヒナミは少し寂しげな笑顔を浮かべ、話を続けた
「……わたしのお父さんとお母さんも、間違っていると言って活動していました」
「それはさっきのメグミさんの話と関係が?」
「はい。お父さんとお母さんは、アーデル王国と森精種の国、リェース皇国との国境付近の町で小さな診療所を営んでいました。わたしはそこの一人娘です。そこには人間だけでなく森精種の方も来ていました。ですが……」
「戦争が始まってしまったか……」
「はい……。そして戦争が二年目を迎えたころ、お父さんとお母さんは非公認にリェース皇国に行きました。森精種の命を少しでも救うために」
そう言うヒナミの表情は誇らしげでもあり、寂しげでもある複雑な表情をしていた。
「その後のことはよく知りませんが、一つだけ確かなことが……」
その先はあまり聞きたくないな。だがここで話を遮るのも難しい。
「お父さんとお母さんは、人間によるリェース皇国への爆撃に巻き込まれて亡くなりました……。わたしはその頃、診療所の近くの知り合いの家にお世話になっていました。そこにメグミさんがやってきました。そこで教えられました。『君のお父さんとお母さんはリェース皇国で爆撃に巻き込まれ、亡くなった』と」
その報告を聞いた九歳か十歳くらいのヒナミと、その報告をしなければならなかったメグミさん。一体どんな気持ちだったのだろうか。聞こうとは思わない。ただ想うしかない。
「それからメグミさんはわたしのためにいろいろしてくれました。大学に行くまでわたしは、この部屋の真下のメグミさんの部屋で暮らしていました。学費も出してくれています。それに……」
ん? それに、なんだ?
「それに、お父さんとお母さんがリェース皇国で医療活動をしていたという記録をすべて抹消しました。軍の報告義務に背いて。お父さんとお母さんがしたことは公的に認められるものではなく、むしろ罰せられるものだから。だからわたしにそのことで影響が出ることを防ぐために」
戦時中に敵国で敵を助ける……。国としては迷惑な話だろう。戦時中にそれがばれたら即刻処刑されるような行為だ。
戦争が終わった今だって、どんな重罪が下ることか。それがたとえ、その子どもだとしてもだ。
俺の母国が経験した戦争でも同じようなことがあったらしい。
軍を称え、兵を称え、戦争を称えろ。反するものは非国民であり悪である。
戦争は、人の心を鬼に変える。
部屋を少し見渡すと、家族写真のようなものは一枚も見当たらなかった。一人暮らしなら、置いてあってもおかしくはないのに。
ヒナミはきっと、両親とのつながりがわかってしまうものをすべて処分したんだ。
処分……せざるをえなかったんだ。
「メグミさんはこう言ってくれました。『君のお父さんとお母さんがしたことは誰にも知られることはないだろう。私がそのようにしたから。だが私とヒナミちゃんだけは知っている。覚えている。私たちのように愚かに銃や爆弾を持って戦ったのではなく、包帯や薬を持って闘った二人のことを。誇り高く、信念を貫き、海よりも深き優しさを持って『人』を助けようと奮闘した素晴らしい二人のことを。だから、ヒナミちゃん。どうか胸を張ってこれからを生きてほしい。そしてこの愚かな世界を許してやってほしい』と」
俺は、ヒナミの優しさがここまで深いその理由の一端を、垣間見た気がした。
「メグミさんは、わたしに、とって、とても、優しい、お姉さんです……。すいません……。ちょっと……」
そう言ってヒナミは俯いて、両手で顔を覆ってしまった。
そうしている女の子にかける言葉を、俺は持っていない。
そんな自分のことを、俺は少し嫌いになりそうだった。