俺、眼福なんで
第三章、水棲種編スタートです!
「それっ!」
「きゃー! 冷たいですよう、リーリャさん!」
「そうかヒナミ殿。ではもっとかけてやろう。ははは!」
「きゃっ! やりましたねー。ではこちらから、も!」
「うわ、冷たいなあ! でも、気持ちがいい。海というのはいいものだな。なあ、貴様もそう思うだろ?」
「ああ……そうだな」
俺は目を細め、柔らかな笑みを浮かべながらそう答えた。
俺たちは今、海に来ている。そう、海に来ている。海に来ているのだっ! 大事なことなので三回言いました。
俺は今、真っ白な砂浜に刺さった大きなパラソルの下にあるビーチチェアで、南国のフルーツでできたカラフルなジュースを飲んでいる。
目の前にはどこまでも広がる青い海。
元の世界にいたころに見た海とは比べ物にならないほど美しい海。
太陽の光を受けキラキラと輝く水面。
そしてその水は一切の汚れがなく透き通っている。
そんな美しい海には、その美しい景色に見劣りしない三人の麗しき乙女がいた。
「あはは! 気持ちいいです!」
一人は依上ヒナミという人間の女の子である。
彼女が身にまといし水着は純白のワンピース。
彼女の幼さの残るあどけない顔立ちとワンピースが相まって、中学生くらいに見えるが、本当は二十歳の現役大学生である。
上下にセパレートされておらず、また、腰から膝にかけてスカートが覆ってしまうワンピースは、ともすれば彼女の魅力を損なうと思われるかもしれない。
しかし、若人よ。早まってはいけない。
露出。肌色。それは確かに魅力である。
しかし、ぼくたちが知っている魅力というのは果たしてそれだけだろうか?
少し考えてみてほしい。
街中を露出度の高い服……いやむしろ全裸で歩くことが普通の世界が明日やってきたとしたらぼくたちはどう思うだろう?
最初の一日はドキドキしてろくに外に出られないかもしれない。
しかし、二日、三日と経つにつれぼくたちはドキドキを乗り越えウハウハで街に出るだろう。
そこにあるは肌色、肌色、肌色! 見渡す限りの肌色!
青少年が一度は夢見る桃源郷がそこにはあるだろう。
さらに思考を進めよう。
それが一週間、二週間と続き、さらに一か月が経ったころ、ぼくたちは異変に気づく。
あれだけ興奮した肌色に、今や何も感じなくなっている……。
ぼくたちはある事実に恐怖し、絶望する。
ぼくたちが今まで肌色に興奮できていたのは、普段隠されているからだったんだ……! と。
非日常も続いてしまえば日常になるのだ。
全裸が当たり前の世界でぼくたちの心には、ぽっかりと穴が開いてしまうだろう。
ヒナミの姿はそんなぼくたちに、思い出させてくれる。
忘れかけた日常のありがたさを。
さあさあさあ! 括目せよ! 青少年たちよ!
水着が濡れて肌にぴったりと密着しているからこそわかるくびれ!
水着のスカートが風でなびくたびにちらりと見える太もも!
さらに胸元に飾られたフリルがかわいらしさを演出する豊満な胸!
しかも背中は前面と異なり、肌の露出が多く、ぱっくりと開いた背中に見えるは妖艶なる肩甲骨!
これぞ『見えない』という魅力。ぼくたちが忘れかけた魅力。チラリズム! 隠された神秘!
例えるならば、そうっ! 袋とじは開けて中身を見たときよりも開ける前の方がドキドキするアレである!
かつてロン毛でメガネの偉い人が言っていた。「想像してごらん(イマジン)」と。
想像力という名の翼をはためかせ、ぼくたちはさらに広い世界を目指すのだ!
「それっどうだ、ヒナミ殿。ははは!」
一人はリーリャ・クラッシィーヴィという森精種の女性である。
彼女が身につけているのはライトグリーンがまぶしい大胆なホルターネックのビキニである。
ヒナミとは違い、リーリャの美しさはいい意味でわかりやすい。
服の上からではよくわからなかった慎ましやかな胸も、ビキニという魔法をかけられ幾分大きく見える。
目線を下げれば、引き締まったくびれがこれでもかと惜しげもなくさらされている。そのお腹の、真ん中より少し下にはチャーミングなおへそが観測できる。
さらに目線を下げていくとしなやかな脚がボトムスからのびている。
太もも、ひざ、ふくらはぎ、くるぶし、そして足に至るまで計算されたかのような完璧なバランスであり、まさしく芸術品のような美しさである。
そして背中に目をやるとゆらゆらと揺れる金色のポニーテールが見える。
そのポニーテールはリーリャのうなじを見せたり隠したりと、こちらを弄んでくるかのようだ。
俺の目は見えそうで見えないうなじをどうにかして目に焼き付けようとしている。
しかし一点だけを注視していては全体の魅力に気付けない。
なんとかうなじの誘惑を逃れ視野を広く保とうとした矢先、今度はリーリャの形のいいおしりが目に飛び込んでくる。
ときおりリーリャが気にするかのようにボトムスのお尻のラインを指で直すそのしぐさに、俺の目はくぎ付けになってしまっていた。
リーリャの美しさは、前面は芸術品のように繊細だが、後背は暴力的なほどである。訓練を積んでいない小学生の頃の俺ならば出血多量で死んでいたかもしれない。
表と裏で見せる顔が違うというのはリーリャらしい。
「み……みなさん。た……たの、しそうで……『海精』も、よろ……よろこんでると、思います……」
一人はオルカ・フォルトゥーナという水棲種の少女である。
オルカは青いチューブトップのビキニを身につけている。
オルカは人間で言うと十四歳くらいで、胸は未発達である。
そんな子にチューブトップなどという過激な水着は不釣り合いでは? という声が上がるかもしれない。
俺も初めて見たときはそう思った。こういう子にはスク水とかがいいと思った。
しかし俺がオルカの水着姿を初めて見たのは地上でのことだった。
彼女が海に潜り、海上に上がってきた瞬間、俺の頭はハンマーで殴られたような衝撃を感じた。
そして猛省した。
ちっぱいだからスク水だと安易に思った俺はとても恥ずかしい人間だ。
オルカが海に潜り、そして海上に上がってきた瞬間俺は目撃したのだ。
彼女の肌が、ハスの葉のように水を弾くのを。
弾かれた水が散って陽光に当たりきらめく海上を、オルカは優雅に泳いでいた。
その光景はさながら、竜宮城の乙姫が舞いを舞っているようであった。
これがもし布面積が広く露出度の低いスク水だったら、俺はオルカの肌が水を弾くのに気がつかなかったかもしれない。
チューブトップという露出度の高い水着だったから、オルカの肌が水に触れる面積が広かったから、俺はその神秘の現象に気がつけたのだ。
オルカの赤ん坊のような玉子肌を布で隠してしまうなどというのは愚かな選択である。
肩が、鎖骨が、腋が、腕が、お腹が、脇腹が、腰が、背中が、お尻が、太ももが水を弾く。
そしてその下にある鱗に覆われた魚の尾びれのような脚は水に濡れ、きらきらと宝石のように輝く。光の当たり具合で色を変えるその様に俺は知らず知らずのうちに見惚れた。
「ソウマ」
「おい、貴様」
「ソ、ソ……ソウマ、さん……」
「なんだね? 君たち」
俺が聞くと彼女たちは手に水のいっぱい入った小汚いバケツを持っていた。
なんだ? 水をかけられるのは構わないが、そのバケツの汚れがあまりにこの場に似合わず無粋である。もうちっといいのはなかったのか?
「目を」
「覚ませ」
「い、いきま、す……!」
「へ……?」
俺が間抜けな声を出した瞬間、顔面にばしゃりと水をかけられた。