俺、力の使い方にまだ自信ないんで
「なんなんだまったく……あれか、いい人たちか、あんたらは」
俺はぼそりとそうつぶやき部屋で寝転がった。
すると途端に疲れが全身を覆い、ずっしりと体が重たくなってきた。
体が重たくなると思考も少し暗くなってきて、不安なことやネガティブな考えが頭をよぎる。
ファイクは二度とこの村に来ないだろうか。報復にこの村を襲わないだろうか。
俺たちの顔は見られてしまった。覚えられてしまっただろうか。
メグミさんのお腹の傷は、命に別条はないとしても後遺症とかは大丈夫だろうか。
そうしてうだうだと考え事をしていると急に頭にもやがかかったようになり、一気にまぶたが重くなってきた。
さすがに、疲れた。
寝るか。
そして俺は寝る前に一つだけ、今日気づいたことを思い出した。
俺は今まで、ただ悪いだけのやつはいないと思っていた。
ヴァンジャンスのシャンのように、何かしら事情があるんだって思っていた。
でも、ファイクはどうだ。
あいつにもやむにやまれぬ事情がないとは限らない。
でも俺は。
たとえあいつにどんな事情があったとしても、絶対に許せないと思った。
あいつは、純然たる悪だ。
俺はそんなものがこの世にあるということに、気づいてしまった。
「想真、お前は同年代の子に比べて力が強いし運動もできる」
低く太い声で父さんは俺に話しかけた。
「うん。ぼくがいちばんはじめにさか上がりできたし、足もはやいよ」
「そうだな。でもその力の使い方を、間違ってはいけない」
「つかい方?」
「うん。例えばクラスの子が、一人を大勢でいじめていたり、女の子を男の子が叩いていたりしたら、想真はどうする?」
「そんなの、一人の子や女の子をたすけるにきまってるじゃん」
「そうだ。それが正しい力の使い方だ」
父さんは俺の頭をわしわしとなでた。
「人を助けたり、人を守ったり、他の人のためになることをする。それが正しい力の使い方なんだ」
「ふーん」
「ははっ、まだ難しいか」
「うーん」
「今はまだいい。でも、もう少し大きくなったら思い出してほしい。父さんの言ったことをな」
「……、……マ。……ソウマ」
「んん? ううん、なんだヒナミ……?」
「夕食ですよ。起きてください」
「ああ夕食か。わか……った……え!」
俺はがばっと体を起こし窓の外を見た。……暗いです。
「え! 俺朝から夜までずっと寝てたの!?」
「ええ、一度も起きてきませんでした。それくらい疲れていたんでしょうね」
まじかよ。半日以上寝続けたってことか。
「みんな待ってます。夕食、食べに行きましょう?」
「ああ、そうだな」
そう言って立ち上がろうとすると、体から毛布がずり落ちた。
あれ? 寝るときこんなのあったっけ。
誰かがかけてくれたのかな?
俺はその毛布を丁寧にたたんで一階に下りた。
「あっ! メグミさん!」
「よっソウマ君。お疲れ」
一階に下りるとあぐらをかいたメグミさんがいた。
「もう大丈夫なんですか!」
「ああ、大丈夫だ。ヒナミちゃんのおかげだよ」
「そうですか。……よかった」
「まあ全快とは言えないがね。今はこれにお世話になっている」
メグミさんはそう言って、木製の杖を掲げた。
「わしが昔使っていたものじゃ」
村長さんの言う昔っていつだろう? ちょっと怖い。聞かない。
「ほら、夕食にするぞ。貴様も座れ」
リーリャに促され、俺は座った。
ってか呼び名戻ってるし……。照れなくてもいいんだよ!
「では、いただくとしようかの」
俺たちは全員で手を合わせいただきますと言った。
その何気ない光景が、俺は無性にうれしかった。
「ソウマ君、これを見てみなさい」
食事が終わった後、メグミさんは俺に携帯端末を見せた。
「ネットニュースだ」
「これは!」
『ファイク・グラウザム大佐を王国軍が不正献金の疑いで拘束』
という見出しがトップを飾っていた。
「ファイク大佐が製薬会社に多額の投資をし、違法な成分の薬物を作らせていたことが軍内部からの告発で発覚した。ファイク大佐は他にも、女性を誘拐し乱暴をした容疑に問われており、王国軍はさらに調査を進めている……。これ、ついさっきの記事じゃないですか」
偶然にしちゃ、できすぎてる。
「内部、告発……はっ! メグミさんもしかして、あのときの電話!」
メグミさんはリーリャのもとに行く前、どこかに電話をしていた。
俺が言うとメグミさんはニヤリと笑った。
「ああ、勘がいいな君は。あのときの電話の相手は、ユウヤだ」
「ユウヤさん……?」
「ああ。私はあの時ユウヤに頼んだのだ。ファイクのことを調べろ、とね。叩けば埃が出るような奴だと思っていたが、いやはや、わかりやすく悪いことをしていたな」
「それでユウヤさんが情報を流したということですか?」
「そうだ。まあ、自分で告発したというより上手いこと情報を捜査して誰かに告発させたのだろうな。あいつは目立つことは嫌いだから」
「……ユウヤさんは、俺たちが今何をしているのかを知っているんですか?」
「いや、知らない……と思う。電話で聞かれたよ。『君は今どこにいるんだ? 何をしているんだ?』と。私は『今は重要な任務の途中だから何も言えない。でも、終わったら話す。それまで待っていてくれ』と言った」
「それでユウヤさん、よく頼みを聞いてくれましたね」
俺がそう言うとメグミさんはもにゅもにゅと口を動かした。
「そ、それはだな、約束をしたんだ」
「約束?」
「『次に会ったら、何でも一つ言うことを聞く。その代わり、今後私の任務のサポートを秘密裏にやれ』というものだ。私がそう言ったら、あいつめ、二つ返事だった。……くそう、私はいったい何をさせられるのだろうか」
メグミさんは頭を抱えてうめいていた。
うるせえ、のろけんな。
「あれ、まだ続きがある」
俺は記事の続きを読んだ。
「王国軍の調査委員会によると、委員がファイク大佐のいる兵舎に立ち入ると、なぜか一階から三階には誰もおらず、四階に兵舎にいた隊員全員がいた。しかも彼らは皆床に倒れていた。委員が屋上に上がると、血まみれの隊員を一人見つけた。それこそがファイク大佐だった。顔は識別できないくらいに損傷しており、それがファイク大佐だとわかったのは胸の勲章からだと言う。ファイク大佐はヘリで王国内の病院に運ばれ一命はとりとめたものの、まだ話せるような状態ではなく、軍は回復を待って事情を聞く方針だ……」
俺の手に骨の砕ける感触がよみがえってくる。
キレたのは、これで三回目だ。
俺が初めてキレたのは小学三年生の時、当時好きだった女の子が上級生複数人に囲まれて裸にされているのを偶然見かけた時だ。
ハッと我に返ると、俺は教師三人がかりで押さえつけられていて、周りには血だらけになった上級生が何人も倒れていた。
学校側は問題の露見を恐れ、俺を転校させた。
二回目は中学二年生のとき、クラスのやつがどこから仕入れてきたのか、俺の父さんのことと母さんのことを馬鹿にした時だ。父さんのことを言われているときはまだ我慢できた。また転校とかになったら母さんに迷惑をかけてしまう。でも、母さんのことを言われた瞬間、我慢できなくなった。
あの時初めてさすまたのお世話になった。いやホント一回やられてみるといいけどまじで動けねえの。
俺を馬鹿にした二人は、半年ほど病院のベッドの上だったそうだ。
結局転校になった。
母さんには、本当に迷惑をかけた。
あの時も、あの時も、俺は力の使い方を間違えた。
今回も、俺は……。
「ふっ……まったく。何て顔をしているんだ君は。男前が台無しだ」
「え? はっ、メグミさん、何を……」
俺が考え事をしていると、突然俺の頭にメグミさんの手が置かれた。
「ちょっ、何してるんですか? ハズいからやめてください」
「やり過ぎた、とか思っているのだろう?」
「……え?」
「ファイクのこと、やり過ぎてしまったと後悔しているのだろう?」
メグミさんは俺の頭をなでることをやめずに続けた。
「君が正しいかどうかはわからない。でもあの時君がいなければ、私も、ヒナミちゃんも、リーリャも、殺されていた」
メグミさんの声は優しかった。
それにすがれば、どんな罪も許されてしまいそうなほどに。
「君の力は、私たちを守ったのだ。それは忘れちゃいけないよ」
「……わかりました」
「さあ、二階に行って横になっていなさい。まだ疲れが完全に取れてはいないだろう」
「はい、そうします。あの、メグミさん……」
「ん?」
「ありがとうございます」
メグミさんは気にするなというふうに手をひらひらと横に振った。
俺は階段を上がる途中ふと思った。
きっと、俺が憧れ尊敬したプロレスラーの方々は、自分の力の使い方を正しく理解しているんだろうな。
そうじゃなきゃ、あそこまで人々を熱狂させることはできないだろう。
あの人たちみたいに、なりたいな。
翌朝。
俺は外から聞こえてくる声で目を覚ました。
騒がしいなあ、なんだ?
俺は眠たい目をこすりながら家の外に出た。
「あの……」
「あ、ソウマさん。おはようございます」
俺は偶然近くにいたピャトゥカに声をかけた。
「ああおはよう。えっと、騒がしいけど何が?」
「それが……近くの川に、水棲種の子どもが流れついてきて」
「な、なに!? 今その子はどこに?」
「今、ヒナミちゃんと一緒に診療所の方に行きました」
「わかった。ありがとう!」
「あ、でも今は……」
ピャトゥカが何か言いかけたが気にしていられなかった。
水棲種。
いわゆる人魚というやつだ。
人魚ちゃんに、マーメイドちゃんに会えるぜ!
俺は診療所のドアを勢い良く開けた。
「ヒナミ! 水棲種の子がいるって……聞い、た、んだけど……」
診療所のベッドには、たしかに水棲種の少女がいた。
シャギーが入ったセミショートの青みがかった髪。
ぱっちりと大きな目に、サファイアのような美しい青色の瞳。
そして、真っ白な太ももから先が、ぴかぴかと輝く鱗でおおわれた魚の尾びれのようになっていた。
上半身は人の姿、そして足は魚。
間違いなく水棲種だ。
……ということは置いといて、その少女は、一糸まとわぬ姿をしていた。
「いや、あの、そのね。わざとじゃないと言うか悪気はないと言いますか。だからえっとそのヒナミさん。その握りしめた右手から力を抜いてもらえますか? その右手がどこに向かうのかある程度想像ついちゃうんで。だからまじでホントごめんなさいぎゃはばあっ!」
ヒナミが無言で俺の顔面に右ストレートをぶっぱなし、俺の体は診療所の外まで吹き飛ばされた。
なんで、なんでそーなるの!?